934. 調子の良いことで


「愛莉さん、シュートまで!」

「ナイスパス!」


 有希の縦パス、ライン際で受けるとそのままカットインし右脚を振り抜く。シルヴィアは強靭なフィジカルに吹っ飛ばされてしまった。


 シュートは慧ちゃんの内腿に当たり跳ね返る。しかし零れた場所が悪い。真琴を押し退け突進、つま先で掬い上げたボールが優雅にネットを揺らす。



「ナーイスハルっ!」

「な。言うたやろ」

「次あたしなっ!」


 同点直後、比奈と瑞希が交代。

 その三十秒後に逆転ゴールが生まれた。


 瑞希が自陣深くでボールを奪ったのを基点に、カウンター一発で仕留めた形だ。あまりに呆気ない失点、セカンドセットは茫然としている。



「うぐぐぐ……!? ど、どうして、あんなに上手く行ってたのに……!?」

「しっかりせえ市川ッ! もっかいパワープレーや! せやろセンセーっ!」


 落ち込むノノに文香が発破を掛け、ベンチの峯岸を促す。ビブスを着たミクルが投入され、またも捨て身のパワープレーが始まった。



「廣瀬さんっ、ポジションは……」

「フィクソのままでええ。文香の位置取りだけしっかり見といてくれ」


 前半の嫌な記憶が蘇るのか、有希はやや不安そうだ。いくら俺がいるとは言え、数的不利でパスを回されては対処も難しい。


 本来は、な。

 有希、落ち着いてよく見てみろ。

 焦っているのはどっちだ?



「出し処が……ッ」


 最後尾でキープする真琴は苦渋の面持ち。自身がフリーでもパスコースが無いのでは崩しようがない。愛莉がノノをマークしつつアラートを利かせているし、持ち出すのも難しいだろう。


 これがパワープレーの落とし穴。

 一つでもミスしたら即失点。

 そのプレッシャーは半端ではない。


 更に直前、俺と愛莉の個人技で逆転まで持って行かれた悪いイメージがまだ残っている。迂闊に仕掛けたらカウンターで仕留められる……焦りと緊張がイマジネーションを奪っているのだ。



「狼狽えるなッ! プレーを切ればそう簡単には攻められないだろう!」

「っ……! 頼んだ!」


 最前線から降りてきたミクル。テンポの良いワンタッチのやり取りから左脚で持ち出し、ロングシュートを狙う。


 が、これはゴール遥か頭上へと外れる。すぐさまビブスを脱いでベンチへダッシュ、慧ちゃんと交代。


 中途半端にパスを回すより、狙える時に狙った方がリスクは少ない。流石はチーム随一のフットサル経験者、合理的な判断も出来るじゃないか。


 尤も、今のプレーでが切れなければ良いんだけどな。ミクル、お前じゃない。チームメイトのことだよ。



「フミカ、ハイプレス! ヒナ、イネー!」

「しゃあな、ユッキならワンチャン取り切れるか……! 市川、ライン上げるで! 最初と同じや!」


 琴音のゴールクリアランスから再開。文香とシルヴィアが連動してプレスを掛ける。二人の言う通り、ここで奪えれば一点モノだが。



「あ、ちょっ、ストップストップ世良さん!? まだ上げ切れてな……!」

「にゃにゃァァ!?」

「軽いんだよタヌキ!」


 素早いダブルタッチで文香を往なしてみせる。中盤がぽっかり空いてしまった。莫大なスペース、それは俺にとって最高のステージ。



「自分が遅らせる! 姉さん潰しといて!」

「じゃあ瑞希センパイはっ!?」

「どっちも!!」

「ムチャ言わないでくださいよォォ!?」


 ノノがテンパっているうちにグングン加速。あっという間に敵陣へ侵入し、今度は真琴を躱しに掛かる。



「速ッ……!?」

「へえ、栗宮胡桃よりもか?」

「知らないって!?」


 やはり悪いイメージが残っているのか。シュートを警戒するあまり、縦へのケアがおざなりになっている。守備者としてはまだまだ発展途上だな。


 敢えて減速しライン際でキープしてみせる。あらゆる角度からボール奪取を狙う真琴だが、腰を深く落とし着実にブロック。



「行きすぎるな長瀬っ! それよりも……」

「うるせえベンチやな!」


 足裏で引いて即座に押し出す。前掛かりな真琴の股下を抜き、コートの外に溢れながらも強引に縦を突破。立っていた峯岸と危うく接触するところ。


 ノノがマークを放棄しシュートブロックに入るが、これは冷静に見切る。マイナスへ折り返した先には、フリーの瑞希!



「これは外せんっしょ!!」

「んぎゃッ!?」


 届きにくい膝の近くを狙った巧みなショットだ。慧ちゃんはものの見事に体勢を崩される。追加点、これで5-3。



「ナイッシュー瑞希!」

「へへっ、たりめえよぉ! ハルもナイス!」

「うい、お粗末様」


 三年女子のダブルエースもすっかり調子を取り戻した。汗交じりのハイタッチがアリーナへ響き、ほどなくして拍手が沸き起こる。



「うわー、あっという間に二点差か……やっぱ廣瀬が入ると違うんだなぁ」

「それもあるけど、シンプルに一対一で剥がせるのが強いんだよ。三年組は。瑞希も長瀬さんもキープ力あるしね」

「あんだけスペース空いてたらねぇ~」


 サッカー部トリオのお喋りが聞こえて来る。そう、これが前半との違いだ。パスワークに固執せず対人戦へフォーカスした結果が現れている。


 実に簡単なロジック。一対一で勝てばそれだけ優位に立てるという、至極当たり前の話である。

 だから前線の二人……文香とシルヴィアを孤立させて、ノノと真琴が一人で晒されるような状況を敢えて作った。


 勿論、巧みな連携から生み出されるパスワークは俺たちの大きな強み。チームの基礎戦術と言っても良い。

 だがそればかりに拘り過ぎると、完璧にハメられてしまったとき、抜け道が無くなってしまう。


 そこで個人技だ。どれだけ緻密な守備網を作り上げたとしても、一人が出し抜かれてしまえば穴が開いて、雪崩のようにスペースが生まれる。



「廣瀬くんだけじゃないんだよ。いざってときに個人で打開出来る選手が何人もいるんじゃね……相手からしたら、もうどうしようもない」

「守備戦術が全部無意味になっちまうんだもんなぁ。あんなん反則だろ」

「通りで強いわけだよね~」


 峯岸が求めているのは、まさにこの『打開力』において他ならない。多少の無理が効いて一人で持ち出せるスペシャルワン的な存在。


 俺にマークが集中すれば、愛莉と瑞希も本来の実力を発揮しやすくなる。手詰まりになれば他の面々がカバーすれば良い。


 予め仕組まれた運命か。

 やはりこのチームの主役は……俺なんだ。



 セカンドセットは二度目のタイムアウトを取り体制を整えて来たが、流れはあまり変わらなかった。変わらず主導権はこちらが握っている。


 疲れの見えた有希を下げ比奈を再投入。三年生オンリーとなり、セカンドセットは後手後手に回る一方。またもチャンスが生まれる。



「陽翔くんっ!」

「カンペキか!」


 バチンッ、と鋭い音が響く。

 これでスイッチが入った。

 腰を落とし一気に中央へ切り込む。



「ぐおおおお止めれええエエェェーーッッ!!」

「悪いなっ!」


 ノノを振り切り逆サイドの瑞希へ展開。インナーラップし時間的余裕を与える。さあ、あとは任せたぜ。



『ついて来いよ、コーハイ!!』


 ダンサブルなドリブルと小刻みなタッチでシルヴィアを翻弄。自分で撃っても良かっただろうが、背後から現れた9番が目に入ったのだろう。



「ブチ込め長瀬ッ!!」

「……ッ!」


 ひょいっと後ろへ戻しスイッチ。

 真琴がブロックへ入るが……。



「なぁっ……!?」


 ダイレクトではなく、足裏で舐めてもう一歩持ち出す。真琴は完全に外されてしまった。さて……利き足じゃないけど、勿論決めるよな?



「――はああぁぁああッッ!!」


 その一撃は重火器の類か、或いは轟く雷鳴か。インパクトの瞬間、ボールが破裂したのかと勘違いするほどだ。


 振り抜いた左脚と共にコンマ数秒ほど宙を舞う。着地する前に、ゴールネットが激しく揺れ動いた。慧ちゃんはピクリとも反応出来ない。


 爆音の歓声が鳴り響く新館アリーナ。今度は強い方の味方ってわけか。まったく、調子の良いことで。

 


「ナイスゴール。流石はエース」

「……まぁねっ」


 重ねた腕の隙間から、眩しい笑顔が弾け飛んでいた。まだまだだよ、愛莉。こんなゴール、これからもっともっと魅せてくれ。


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