933. ……だと思います!
前半終了間際、またもミクルの個人技が炸裂。
左サイドからドリブルで果敢に仕掛け、瑞希をブチ抜いてしまった。
シュートは琴音に防がれるが、零れ球をノノがプッシュ。奇策のパワープレーから流れを保ったまま、ついにセカンドセットが逆転してみせる。
「ああああ゛ああああムカツクううアイツゥゥ゛ゥゥー゛ーッ゛ッ!!」
「良いから落ち着きなさいって」
そのまま2-3で折り返し。
起点になってしまっただけでなく、ノノとミクルの挑発的なゴールパフォーマンスを見せつけられ瑞希は荒れに荒れている。愛莉が濡れタオルを被せてあげて、続けてこう切り出した。
「取りあえず、後半はハルトがずっと居るからそこは良いとして……どういう戦術で来るかしら? まさか引き篭もったりはしないわよね?」
「さあな。前半の采配を見る限りそういうタイプやなさそうやけど……まぁでも、関係ねえわ」
隣のベンチで戦術ボードを用い指示を送る峯岸。このまま逃げ切るような采配はしないだろう。隙あらば追加点を狙って来る筈だ。
「強みを消すような戦い方はしない。相手に左右されるチームなんて最初から目指してねえんだよ……すっかり忘れとったわ」
「じゃあ、前半の最初と同じ感じだね?」
「ああ。でももっとラインを上げる。比奈も高い位置で潰したり、捌くように意識してくれ」
「了解っ。任せて」
元より個の力はこちらの方が上。相手陣地で長い時間プレーすれば自ずとチャンスは転がって来る。とにかく攻撃、ゴールへの意識を高めたい。
戦術的な話はせず、10分のハーフタイムはそれぞれ疲労回復へ務めさせる。疲弊しているのは相手も同じだ、足を止めないことが何より重要。
「なんだよ。さっきまでの威勢はどこ行った」
「ハルっ……いや、分かってんだけどね。やっぱこうもヤラれるとさ……」
柔軟運動を繰り返す傍ら、瑞希は左腕に巻いたキャプテンマークを頻りに巻き直す。みすみす逆転のきっかけを作られたのが結構堪えたようだ。
「まさかプレッシャー感じてんのか?」
「ん~……そーじゃないけどさ。なんか、モヤモヤするなぁって。途中まで良い感じだったのに、中々ゴール決まんないし」
「決定力低いのはいつも通りやろ。気にしすぎ」
「はいウザすぎ~」
往々にして良くあることだ。流れは悪くないのに結果だけ着いて来ないというのは、これまでの練習試合でも何度か経験している。
その点、俺や愛莉と違い楽天家の瑞希はこうした悪い空気を引き摺ったりしないので、そういう意味でもゲームキャプテンには向いている。
のだが、流石に本番も近付いて来て、焦りも生まれてしまうか。
「最後の方、守備で体力使い過ぎたやろ。序盤ちょっと休んでろよ」
「なんか作戦あんの?」
「あるよ。瑞希の大好きなやつ」
「ふ~ん……じゃあそーしよっかな!」
ビブスとキャプテンマークを交換、空いた手でハイタッチ。チームの纏め役が彼女なら、支えてあげるのは俺の役目だ。どうやら効果は覿面のようで。
「琴音。失点はどれも防ぎようの無いモンばっかや、気にせんでええ。それより後半やって欲しいことがある」
「はい、なんでしょう?」
「有希もこっち来い」
キャプテンマークを琴音に渡し、有希も呼びつけて軽くレクチャー。
ホイッスルが鳴り集合が促される。キックオフ直前、愛莉が駆け寄ってきた。
「今の話、私は聞かなくて良かったの?」
「瑞希が言うたやろ。お前の仕事は一つや、余計なことは考えんでええ……心配すんな。美味しいとこは譲ってやる」
「……そういうの、ちょっと寂しいんだけど」
「おいアホ。試合中やぞ」
「ふんっ、冗談よ」
話が通じないアホっ子扱いされているとでも思ったのか、ジト目で俺を睨みポジションへ戻る彼女であった。急に女を見せるんじゃない、集中しろ。
なにも意地悪で省いたわけではないのだ。この一年間、常に俺の隣でプレーして来たのだから。今更説明する必要も無いと思っただけ。
ラッキーゴール一つでは物足りないだろう。
俺にも魅せてくれ。長瀬愛莉の本懐ってやつ。
「では、後半始めますっ!」
(実は暇なのかサッカー部)
克真のホイッスル、セカンドセットのキックオフで後半開始。どうでもいい疑念はさっさと忘れ、前線からボールを追い掛ける。
慧ちゃんがゴレイロに戻っている。流石に前半からの流れも切れてしまったし、パワープレーは継続出来ないだろう。その一方、勝利への強い渇望が途切れることは無い。早速仕掛けてきた。
「文香先輩!」
「任しときっ!」
サイドラインをなぞるような縦の鋭いパス。流れて抜け出した文香が、有希を背負いながらキープを目指す。
しかし有希、上手いこと脚を伸ばしてライン外へ蹴り出してみせた。キックインだ。そうそう、それで良い。
「なにっ? ポゼッション譲ってくれるの?」
「そう思うか?」
すっかりイケイケ状態の真琴だ、インプレーにも関わらず普段に増した小癪な笑顔が広がる。今の台詞、最後まで覚えておけよ。
開始一分まではセカンドセットが優勢。ノノが下がり目のポジションを取りボールを握っている。
積極的にパスを呼び込む文香とシルヴィアへ縦パスを付けて、有希と比奈が簡単に蹴り出す。似たような展開が幾つか続いた。
『ふふんっ! そろそろ行っちゃうわよ!』
ライン上で受けたシルヴィア、対峙する比奈へ勇猛果敢に勝負を仕掛ける。前半の活躍で更に勢い付いているようだ。
常に仕掛ける姿勢を忘れない度胸、本当に素晴らしい。でもさ、それだけじゃ解決出来ないモノもやっぱりあるんだよ。なんだと思う?
「取れるで比奈っ!」
「同感っ!」
シンプルな縦への仕掛けに比奈はしっかりと着いていく。上手く身体を入れてブロックし止めてみせた。すかさず琴音へバックパス。
「琴音ちゃん!」
「分かってます! 陽翔さんっ!」
ワントラップから右脚を振り抜く。地を這うロングフィードがコートを真っ二つに割いてみせた。俺仕込みの最高なパスだ、惚れ惚れする。
「ところがしかしッ、市川ノノ!!」
ちょうどハーフウェーラインの辺りで受けると、ノノが背後からするりと現れ強引に寄せて来る。腰の入った良いチャージだ。ただな。
「ングッ……! あ、あれっ……!?」
「しゃしゃってんじゃねえぞ!」
他の面子だったら奪い切れたかもな。
大事なことを思い出せ。相手は俺やぞ。
「上がって来い有希!」
「そっ、そうはさせな、ダワァッ!?」
サイドを駆け上がった有希を囮に使い、フェイクを入れて反対側へターン。なぎ倒されるような格好となり、派手にスッ転ぶノノであった。
「審判! ファールだろ!」
「いや、正当なブロック……だと思います!」
峯岸のアピールは功を奏さず。笛はならない。おい克真、前半のPKと帳尻合わせやがったな。まぁ良いけど。
さて、一人剥がしたおかげで視界は馬鹿に広い。愛莉には真琴がベッタリくっ付いているし……自分で行くか。
「ウチを忘れてへんかなァ!!」
「覚えとるで」
「ヴぇッ!?」
戻ってきた文香がボールめがけて飛び込むが、これも軽々と躱す。背後からの急襲を難なく往なしたこともあり、アリーナからは若干のどよめきが。
「ゲェッ!? ちょっ、真琴氏ィィ!! めちゃくちゃフリーっスよぉ!?」
「分かってるって!!」
流石に自由に持たせ過ぎたと、真琴もマークを外しブロックへ入って来る。良いぞ慧ちゃん、悪くないコーチングだ。ちょっと遅かったけどな。
左脚アウトで切り返し一気に加速。これと言ったフェイントは使っていないが、体勢を崩していた真琴は着いて来れない。
「シニサラセェェーー!!」
「口悪いなお前」
「¿Eh!?」
ようやく戻ってきたシルヴィアも渾身のスライディング。が、冷静に見切りターン。結局フィールドの四人を全員抜いてしまった。
巻き気味のコントロールショット。
狙うのはゴール隅……ではなく。
「わっぷ!?」
「はは。ナイスヘッド」
「ちょっ、自分で撃ちなさいってアンタ! 外したらどうするのよ!?」
「何を言う完璧なポジション取っておいて」
愛莉が構えていたのでお凸の辺りを狙ってみる。見事に的中しネットが豪快に揺れた。俺のシュートを警戒していた慧ちゃんは反応出来ず。
ベンチの瑞希と聖来は飛び上がって喜ぶ。釈然としない愛莉を除きみんな駆け寄ってきた。嗚呼、超幸せ。女に囲まれて。
「すごい陽翔くんっ、一人で決めちゃった!」
「愛莉さんもナイスヘディングですっ! でも、ほとんど廣瀬さんのゴールですかねっ?」
「おーおー。もっと褒めろ。崇め奉れ」
「何様ですか貴方は」
対照的にアリーナの反応は鈍い。まぁそれもそうだ、女子相手に思いっきり無双噛ましてしまったし。男が出しゃばりやがって、ってか?
「おい、ボサッとするな切り替えろっ! 廣瀬に限らず個人技で敵わない相手はどうしてもいるんだ! チーム全員で止めろ!」
そんななか声を止めないのはやはり峯岸。ただ言葉とは裏腹に、随分と愉快に笑っているもので。こちらまで笑いそうになる。
ありがとう、先生。
でも流石に大ヒント過ぎたよ。
性別の差は勿論あるさ。だが大事なのはそこじゃない。下級生共、そしてアリーナの観衆たち。早く気付いた方が身の為、今後の為。
あの廣瀬陽翔のプレーを、生で拝めるんだぜ。
もっと楽しそうな顔してくれよ。
いや、なんならちょっと引いてしまえ。
そっちの方が嬉しいのだ。
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