932. 魅せてくれ


「チッ、これもダメか……」


 愛莉の強引なシュートが枠を外れ、同時に克真がホイッスル。今度はセカンドセットがタイムアウトを取った。


 前半の残り時間は四分弱。

 仕掛けて来るとしたらこのタイミングだ。



「どうするハルト、交代する?」

「いや、後半フルタイムで出たい。この面子で乗り切ってくれ。つうか、もう一点くらい取ってこいや、しっかりしろスターター」

「そのつもりだけどさーっ、ここって場所でマコと市川に閉められちゃうんだよなぁ。ケイもデカいし中々コース無いんよね」


 大粒の汗をタオルで拭い、じれったそうに瑞希はゴールマウスを睨んだ。恐らく聖来も含め全員が同じことを考えているだろう。


 シルヴィアの守備は明らかに弱点だ。それをフォローするためノノと真琴は後手に回ることが多く、結果的にスペースを空けている。


 だから瑞希のドリブルを中心にサイドから攻め立てているのだ。なのに上手いことチャンスが作れない。

 それどころか一点モノのカウンターまで喰らっている。なにか気付いていない落とし穴にハマっているのか……?



「ポジション変えてみるか……有希、左サイドに入ってくれ。瑞希と入れ替わり」

「分かりましたっ……!」


 やや乾いた声で答える有希。

 瞬きの回数が気持ち多いようにも見える。


 プレータイムはまだ五分少々に過ぎないが、ご存じの通りボールが外に出ている間は時間が止まる。

 その間もポジション取りのために走り回っているので、疲労も溜まるわけだ。まぁこの試合は少ない人数故の特殊な編成ではあるが。


 セカンドセットのゴールクリアランスで再開。最後尾の真琴を中心にゆったりとパスを繋いでいる…………んっ?



「ミクルがコートに……じゃあ下がったのは、って、え、慧ちゃん!?」


 ビブスを纏ったミクルが右サイドに張っている。セカンドセットのゴールはがら空きだ……! おいおい、前半からパワープレーかよ!



「ちょっ、どうするのよハルト!? 流石に数的不利じゃパス回せないって!」

「分かっとるって! ったく峯岸め……!」


 コートで慌てふためく愛莉と対照的に、隣でニヤニヤと笑う峯岸の余裕ぶりと言ったらもう。これが秘策ってわけか。考えたものだ。


 技量で上回るファーストセットとは言え、五人のパスワークを四人で守るのは簡単じゃない。

 マークの余るボールホルダーへチェックに行けないので、奪い処が無いのだ。これがパワープレーの難しいところ。


 だからと言って俺が出場したら時間制限の都合上、後半のどこかで交代しないといけなくなる。


 間違いなく同じタイミングで再度パワープレーを仕掛けて来るだろう……やられた、これじゃ戦術的交代が出来ない!



「無理に突っ掛かるなっ! 後ろで回される分にはノープレッシャーや、前半はこのままやり切れ! 失点さえしなけりゃそれでええ!」


 面々はプレスの強度を下げ、やや引き気味に構え始めた。そうだ、パワープレーはどうしてもゴールが欲しい場面で使う最後の秘密兵器みたいなもの。


 ここをしっかり守って『パワープレーではこじ開けられない』と向こうに認識させれば、戦略を一つ潰せる……奴らにとってもリスキーな筈なんだ。


 頑張れみんな。前半さえ耐え切れば、あとは俺が後半にトドメを刺してやる。生意気な後輩共を蹴散らしてやるから……ここだけは頼む!



「ゆっきー! 食い付きすぎないでっ! ブロックすれば良いんだよ!」

「シュートさえ警戒すれば守り切れます! 落ち着いてください有希さん!」

「はっ、はい!」


 両キャプテンの指示に答える健気な有希だが、唯一のウィークポイントはどうしても彼女だ。この手の『耐える守備』を強いられた経験があまりにも少ない。


 セカンドセットも当然分かっているだろう。真琴とノノが横並びになり、右サイドに張るミクルを頻繁に狙っている。


 クソ、ここまで長い時間ボールを持たれたら、ポジションチェンジすら出来ないじゃないか。ドン詰まりだ……!



「世良さんダイレクト!」

「あいよっと!」


 降りて来た文香のバックパスをノノがワンタッチで叩く。右サイドで構えるミクルの足元へズバリ。不味い、有希の出足が遅れた……!



「ふっ、青いな……!」

「ひゃっ!?」


 上手い、伸びて来た脚を利用し股下を通しやがった。流石にミクルのドリブルを止めるのは無理があり過ぎる!



「させない……っ!」

「お見通しだッ!!」


 入れ替わったと同時に右脚を大きく振り被る。比奈がブロックに入るが、ミクルはそこまで見抜いていた。冷静に中へ折り返し。


 逆サイドから絞っていた瑞希も飛び込むが、受け手の文香はこれをスルー。パスはするすると侵入して来たノノの足元へ。


 琴音のポジションを見て、更に外のシルヴィアへ展開。待ってましたと満面の彼女、流石にこれは外さないだろう。



『やったわ!』

「あぁ……っ!?」


 インサイドで巻いたコントロールショットがネットを揺らした。角ギリギリを狙った精密なシュートだ。琴音の腕は届かない。


 再度同点に追い付いたセカンドセット。面子が下級生中心なのは生徒たちも分かっているようで、アリーナはまたも爆音の歓声に包まれる。


 ……や、やられた。



「ほーら言っただろうに。自分が出て意地でも流れを止めるべきだったんだ」


 憎たらしいまでの勝ち誇った笑み。確かに峯岸の言う通り。常識外れの時期尚早過ぎるパワープレーで、みんなは明らかに動揺していたのに……出し惜しみしている場合じゃなかった。



「お前、コートに立ってるときと外にいるときで、全然考え方が違うんだな。真逆と言っても良い」

「なんやと……?」

「パワープレーだぜ? 奪ったらゴールはがら空き、アイツらのテクニックを持ってすれば、ロングシュートも余裕で入るだろうに。自分が出場していたら、間違いなくプレスの強度を上げて無理やり奪いに来た筈さね」

「……かもな」

「論理的に考え過ぎて、発想がネガティブになってんだよ……いやはや、あの廣瀬陽翔に戦術勝負で圧勝しちまうとはなぁ~!」


 さながら悪役のような高笑いに、黙って指を咥えたままの情けない俺であった。認めるしかない。峯岸の采配は俺より冴えている。


 人数の少ない特殊な編成とは言え、こちらの弱みを完璧に分析し、リスク上等で結果をもぎ取ってみせた。コーチライセンス保持者の戦術眼は伊達じゃないな……勝負勘も極めて優れたものがあると言えよう。



「はぁ~ん、なるほどねぇ。楠美はともかく、金澤にゲームキャプテン任せた理由がやっと分かったよ」

「いや、そんな大した理由でもないが」

「長瀬と一緒なんだよ。あぁ、姉の方な」


 愛莉と……同じ?


「根っからのプレーヤー気質って話さね。全体のバランスを見ようとすると、そっちに影響されちまうんだよ。マネジメント向きじゃない」

「……そう、なんかな」

「ずっと不思議だったんだ。これまでこなして来た練習試合、どうして長瀬やお前ほどの選手が、たかが一点や二点そこらで終わっちまうのか……アシスト役に徹しているのか思っていたが、そうじゃなかった」


 したり顔から一転、肩の高さから向けられる視線は厳しくも仄かに暖かい。



「たった一人の男だ。周りに気を遣って当然さね。勿論それはお前にとって大きな成長だが……向き不向きはどうしてもあるんだよ」

「悪かったな、エゴ全開の自己中人間で」

「別に責めてねえよ。元々欠片の素質も無かった癖に、お前はこの一年間本当によくやった。コートの外では特にな」

「外?」

「私に任せろ。これからの一か月半で、お前の真の輝きを取り戻してやる。天才ファンタジスタ、廣瀬陽翔の神髄をな」

「…………峯岸」


 お決まりのニヒルな笑みと共に肩を強く握る。まぁ、そうだ。この試合に限っては憎たらしい対戦相手だが、彼女は顧問。俺たちの指揮官で。



「初めてなんだわ。顧問やんの」

「ん。それは知っとる」

「もどかしかったんだよ。サッカー部のマネだった頃から……違う角度からサポートは出来るが、フットボールの知識や戦術論を求められたことは無かった。偶にしゃしゃり出ても『女が口出すな』ってな」

「時代錯誤な連中や」

「そういう時代だったのさ。でも、今は違う。責任を取れる、担える場所にいられる。有難いことにな。お前らのおかげだ…………顧問になったのは偶然だが。他でもない廣瀬陽翔に頼られて、嬉しかったよ」


 懐かしい記憶が蘇る。


 単なるサッカー好き教師に過ぎなかった峯岸は、ファンだったという俺に対し多少の忖度はあっただろうが……初対面のときから親身に相談へ乗ってくれた。まぁ、ゴリ押しでもあったけれど。



「私が顧問を続けている理由は、一年前からちっとも変わってねえ。ぶっちゃけ全国とか、優勝とか、どうでも良いんだわ。狙えるから狙うってだけで」

「……で、理由って?」

「前にも言った。私はただ、廣瀬陽翔という素晴らしい選手が然るべく輝いている姿を、なるべく沢山、近いところで見てみたいって、それだけさね」


 陽射しのような温かい声。かったるげな顔はいつも通りで実に小癪だが、だからこそ安心してしまった。悔しくも。たかが峯岸相手に。



「なあに、心配すんな。お前が全国を……トップを狙うってんなら、それは私にとっての夢でもあり、今世紀一の目標さね」

「ハッ。本気出すの遅せえんだよ」

「楽しみは後に取っておくに限るのさ…………必ず頂点まで連れて行ってやる。何も気負うな、責任は私が取る。好きなだけ好きにやって、全部勝ち取れ。もっともっと、魅せてくれよ。廣瀬」

「……おう。まぁ見てろって」


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