931. そう来なくっちゃ


 一分間のタイムアウトを経て試合再開。有希と交代し暫し戦況を見守る。

 男子のフルタイム出場は大会で認められていない、俺の出ていない10分間をどのように使うかも重要な戦略だ。


 セカンドセットも文香を下げてシルヴィアを再投入。互いにイニシアチブを握ろうと、ハイプレスハイラインでボールを奪い合う。



「長瀬ワンツー!」

「瑞希っ!」


 左サイドで巧みなパス交換。瑞希が縦へ抜け出す。しかしここはシルヴィアが身体を張って守る。コート外へ蹴り出した、アウトオブプレー。


 ポゼッションはややファーストセットに分がある。やはり三年生の熟練度は一歩二歩抜けている印象だ。簡単にはボールを失わない。



「比奈さん、こっちです!」

「ナイスフォロー!」


 キックインの流れから最後尾まで下がる有希。ミクルが猛然と詰め寄るが、冷静に琴音へバックパス。よしよし。しっかり見えている。



「すんげえなあ早坂さん……っ」

「春先まではあそこで受けたらテンパってたんやけどな。自信が顔に出とるわ」


 恐らく三年生に囲まれているのもプラスへ作用しているのだろう。ある程度のミスはカバーしてくれるし、サポートの動きも的確な三人だ。


 ミクルや聖来と違い、強力な武器こそ持っていない有希だが……逆に言えば『なんでもソツなくこなせる』のが有希の長所。初心者故、特別苦手なプレーが無くトータルのバランスが良い。


 技術・メンタル面共に尖ったプレーヤーの多い山嵜において、常に一定のクオリティーを発揮出来る選手はとても貴重。どんな場面でも計算が立つ。



「行けますよ愛莉さん!」

「任せなさいっ!」


 自陣深くから縦パスがズバっと通る。他の面子より技術で劣る反面、変に持ち出したりもせず効果的なプレーを選べるのだ。これ、意外と重要。



「栗宮ッ! パスコースしっかり見ろって!」


 今し方のパスはミクルが縦を切れなかったが故。峯岸はやや厳しい口調だ。個人技に長けるミクルより、有希の序列が高いのはこのような面もある。


 十人で一人をフォロー出来るサッカーと比べて、フィールドに五人しかいないフットサル。守備責任を果たせない選手はどうしても使い辛い。



「また太ったんじゃない姉さんッ!」

「元々こんなモンだっつーの!?」


 真琴を背負いながら強引にターン。振り向きざまのシュートはブロックに遭いキックインに。単発だが悪くないオフェンスだ。



「ふむぅ、前線でタメを作られると厳しいですね……! 慧ちゃんコーハイ、ハイボール警戒です!」

「了解っス!」

「シルヴィア先輩、カウンター用意しといて!」

「Bien! ガッテンショーチン!」


 キッカーは近くにいた瑞希。

 と思われたが、有希を呼び寄せた。

 へえ、有希に蹴らせるのか……。



「えっとね、ゆっきー……」

「……っ! 分かりました……!」


 何やら耳打ちしている。セカンドセットは守備位置の確認中、二人の内緒話に気付いていない。



「あっ、靴紐が……」


 突然その場でしゃがみシューズを触る有希。屈んだと同時に、つま先に少し当たってしまいボールが転がり出した。


 すると瑞希、そのまま回収しドリブルを始める。上手い、ちょっとだけ転がしてインプレーにしたのか!



「やば……ッ!? ミクル!」

「え」


 真琴が気付いたときにはもう遅い。既にトップスピードへ乗った瑞希を、守備の軽いミクルが止められるわけもなく。右サイドを深く抉っていく。


 大慌てでブロックに入るセカンドセット一同だが、ノノが寄せるより先に折り返した。その先には……愛莉!



「舐めんじゃないわよッ!!」


 守備陣の重心がサイドへ寄ったのも、愛莉はすぐさま見抜いたようだ。真琴の肩を押し出し、右脚を振り切る分のスペースを生み出す。


 バックステップを踏み、浮き球を華麗なジャンピングボレーで叩いた。強烈な一撃がゴールマウスを襲う!



「ふりゃッ!!」

「あっ!」


 ワンバウンドする難しい軌道を膝で防いでみせる。しかし、真琴がホッとしたのも束の間。背後をダッシュで通過する14番。



「わあああっ! すごい有希ちゃん!」

「ナイスじゃ早坂さん!」

「やっ……やりましたっ!」


 キックインの流れからゴール前へ突っ込んでいた有希が、零れ球を押し込んだのだ。

 勢い余ってコートの外へ滑って行ってしまうが、ネットに収まる球体を確認し諸手を上げ大喜び。


 なんと有希のゴールで勝ち越し。恐らく瑞希が仕込んだ即席サインプレーの賜物だろう。

 余計な色気を出さず忠実に実行したからこそ、あそこにボールが零れて来た。ひたむきな姿勢が呼び込んだ一発だ。



「ぐぬぬぬぬ、やるやないかユッキ……!」

「おい、こっち来るなよ」


 いつの間にか隣にいた文香、歯軋りまでして悔しそう。気持ちは分かる、あの手の泥臭いゴールは文香に求めるところだ。さっきも外したし。


 しかしまぁ、登録メンバーのなかでは序列の低いミクルと有希が決めるとは……レギュラー争い、ますます分からなくなって来たな。



 このゴールをきっかけに、主導権は少しずつファーストセットへ傾き始める。


 と言うのも、ミクルがあまりにも守備をしなさ過ぎるせいで、徐々にセカンドセットの重心が下がっているのだ。代わって文香が再投入されるも、流れが固まりつつある。



「空いてるよ瑞希ちゃんっ!」

「そう来なくっちゃ!」


 左サイドから瑞希がドリブルで仕掛ける。どうしても最前線の愛莉を警戒せざるを得ないので、自然と瑞希が浮くようになって来た。



『ヘイヘイそこの自称サラブレッド! ちっとも目立ってねーなぁ!』

『調子に乗るのも今のうちよっ!』


 今日何度目かというバレンシア人同士のマッチアップ。汚いスラングも交え、度々派手にやり合っている。


 ここまでは瑞希が優勢。単純なスキルは彼女が一枚も二枚も上手だし、加えて守備はそれほど得意でないシルヴィアだ。

 持ち味の推進力を活かせるような場面が中々訪れない。向こうは上手く潰してカウンターへ持ち込みたいだろうが……。



『腰が高けーんだよッ!』

『クッ……!?』

 

 比奈がサイドをオーバーラップ。一瞬の隙を突き中へ侵入、振り切られるシルヴィア。ビッグチャンスだ。



「ううぉっ!? マジか!」

「ほらっ、チャンス作ったよ!」


 足元へ豪快に滑り込んだ真琴。決死のブロックが実りそのまま保持に成功した。寝転びながらボールを突っつく。



「ルビルビ! こっちやこっち!」

「逆サイドも、って全然見てなァい!!」


 転倒した瑞希を置き去りにし、今度はシルヴィアがサイドを駆け上がる。前線の二人を無視してドンドン加速。



『邪魔よッ!!』


 慌ててストップに入った有希も一瞬で振り切ってしまう。勢いのままに放ったシュートは……。



『ああん、もうっ!』

「にゃァァァァーーーーッッ!? せやからフリーや言うたのにィィ!!」


 ゴールを大きく外れる。

 地団駄を踏む良いとこナシの文香であった。


 ……いや、マジで危ねえ。あれだけ優位に進めていたのに、カウンター一発で仕留められるところだった。


 シルヴィアも不思議な選手だ。確かに技術はそれなり、本場スペインで生まれながらに培ったIQの高さは他に無い魅力。

 だが瑞希のようなスペシャリティーがあるわけでもなく、身体つきも華奢で対人能力はそれほど高くない。スピードも平均値。


 なのにああいうチャンスの場面に限って、簡単に突破してみせたり絶妙なポジションに詰めていたり……なんと言うか、持ってる選手なんだよな。文香とは対照的なツキの良さを度々見せてくれる。



「華がある、ってやつさね。常にプラス思考で動いているから、ここぞという場面で都合良くパスが回って来るんだ」

「お前までなんだよあっち行けって」


 深々と頷く峯岸。本番を想定した紅白戦だろ。相手のベンチへ遊びに来るな。



「どれだけ有利に進めていても、ちょっとした事故やミスで簡単に引っ繰り返る。それがフットサルさね。リバウンドの速さは結果へ直結する」

「外したけどな。ガッツリ」

「そこは時の運さ。ちょっとやそっとでは凹たれないメンタリティー、そしてトランジションのスピード……ああいう奴が決定的な仕事をするモンさね」


 確かにシルヴィアのポジティブ過ぎるマインドは、守から攻への迅速なトランジションと似ている要素があるようにも思う。そこを評価しているってわけか。



「まっ、美味しいところは本番に取っておくに限るとして……どうする? そろそろ五分経つぞ。お前が入らないと、また同点になるかもしれないぜ」

「……何か企んでやがるな」

「さあ~?」


 一点ビハインドながら、峯岸の表情は余裕綽々。どうやら逆転まで持って行く秘策をしっかり用意していると見た。


 とは言え、シルヴィアと文香の一発に警戒すればさほど対処は難しくない筈。

 流れは間違いなくファーストセットが握っているが……何をするつもりだ?


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