930. よっ、名女優!
「おいおい、ファールファール!」
「怪我すんなよーッ!」
「展開早いなあ……」
「長瀬さーんナイスファイトーっ!」
「すっげえ強度高いな……公式戦みてえじゃん」
「大人げないぞ廣瀬ェー!」
「どっちもがんばれー!」
ハイボールを真琴と競り合い外へカット。絶え間ない歓声と叱咤の声がアリーナを包んでいる。前半開始5分、生徒たちはすっかり紅白戦に釘付けだ。
失点を境に、セカンドセットは守備のやり方を少し変えて来た。無理に高い位置で奪おうとせず、敢えてボールを持たせ構えている。
なんとか愛莉に収めたいのだが、真琴と位置を入れ替えたノノがかなり激しく守っていて、中々効果的なポストプレーとならない。ならば変化を付けてみようと、次第にハイボールの割合が増えていた。
「真琴氏ーーーーッ!!」
「こっちより文香先輩に出してよッ!! 流石に高さじゃ勝てないって!?」
「良いから行けええええーー!!」
ゴールクリアランスから再開。サイドへ張る真琴へスローイングする慧ちゃん。恐るべき飛距離とスピード、デラップみたいな軌道だ。エグイ。
ヘディングでクリアし難を逃れる……と思いきや、ラインを割るギリギリでノノが回収してみせた。
「うそっ!?」
「おぉ! 我ながら上手いッ!」
すぐさま愛莉が潰しに掛かったが、足裏で巧みにターンし綺麗に入れ替わってみせた。こういう地味なところ、ノノも上手いんだよな……って、おっと!
「比奈ッ、マーク外すな!」
「こっちや市川!」
逆サイドから斜めに走り込んだ文香。
低い弾道のクロスに頭から滑り込む。
捨て身の超低空ダイビングヘッドに、比奈も琴音も一瞬ばかり怯んでしまう。ゴールから逃げるクロスは文香の頭を掠め……。
「にゃーーーーッ!? なんで入らへんのやああああ!!!!」
「瑞希、縦入れろ!」
「オッケー!」
シュートはポストを叩き、辛うじて難を逃れた。セカンドボールは瑞希が回収、すぐさまミドルレンジのパスでカウンターを狙う。
「やらせるかッ!」
「ブッコロス!!」
コート中央で受けると、真琴とシルヴィアが二人掛かりで潰して来る。クソ、思いっきりユニフォーム引っ張りやがって、容赦ねえ。女相手とは言えここまで強く当たられたら大変だ……。
「舐めんなボケッ!」
「はァァァァーー!?」
「¡No puede ser!?」
あと一歩で引き摺り倒されそうだったが、なんとかつま先外側でボールを浮かせ蹴り上げる。そして反転。ゴリ押しシャペウだ。
二人に挟まれながら無理やり縦へ突破。前向きになりさえすれば、あとはパワーで押し切れる……!
「ぽいぽいぽいぽぉぉーーい!!」
「あっぶなッ!?」
と、ここでノノまで突っ込んで来て、三人に押し潰される格好に。間一髪のところでボールだけは手放すが、結構な交通事故だ。シルヴィアに至ってはコートの外まで転がって行ってしまった。
まぁ良い。中央で待つ愛莉にさえ渡れば、追加点は入ったも同然……!
「だらっしゃああァァああああ!!」
「グゥッ……!?」
浮き球にヘディングで合わせに行った愛莉。しかし慧ちゃんが勇敢にも立ち塞がる。エリア外まで出て来て激しく競り合った。
日々の筋トレとバレー部の助っ人で培った驚異のジャンプ力で、愛莉をブッ飛ばしつつヘディングでクリア。あの愛莉が空中戦で負けるなんて……!
「……っ! 今だ栗宮、入れ!」
「なんやとォ!?」
束の間の空白を埋めるように、峯岸の声が飛んだ。それを合図に、コート脇で控えていたミクルが駆け出す。
なるほど、コートアウトしたシルヴィアとそのまま交代させたのか。これは不味い、二対二の同数。しかも重心は明らかに相手へ分がある……!
「止めろ比奈ッ!!」
「笑止! 刮目せよっ!!」
ふわふわと浮遊するクリアボールを巧みに拾い上げ、ドリブルで一気に侵入。比奈が立ち塞がると同時に左サイドへグングン加速。
「秘儀・スタープラチナ!!」
「えっ!?」
左脚を振り抜くと見せ掛け足裏でタッチ。急停止し、すぐさま右足インサイドで押し出す。タイミングを狂わされ、比奈は完全に振り切られる。
逆サイドから瑞希がスライディングで飛び掛かるが、流石に間に合わない。これはやられたか……!
「ふぬっ!!」
「ダニィィィィィーーッッ!?」
ここで登場、頼れる守護神のビッグセーブ。
低い軌道のシュートを左手一本で弾く。
ニアのスペースを消しつつ、重心をファーへ残し見事に反応してみせた。攻守のスーパープレーが連発し、アリーナは渦のようにどよめく。
「すっげーぞくすみん! マジで神!」
「ありがとう琴音ちゃん、ナイスセーブ!」
「助かったわ……!」
「良いから、早く守備に着いてください! コーナーキックですよっ!」
セカンドセットの猛攻は終わらない。すぐさま文香がボールをセット、一度下げて自陣から組み立て直すようだ。
フィクソの真琴を中心に、ノノと文香がサイドと中央を行ったり来たり。ミクルはポゼッションに参加せずゴール前をふらふら。
「意外とやるわね……!」
「行き過ぎるな愛莉! 簡単には取れへんで!」
どちらかと言うとオフザボールの動きに定評のある面子が多いセカンドセットだが、パスワークは想像以上に円滑だ。時折ダイレクトで叩いたり仕掛ける動きを見せて、取り処を絞らせてくれない。
「良いぞっ! ミスを恐れず素早く回すんだ! 思い出せ、町田南のポゼッションはこんなもんじゃなかっただろ!」
峯岸は歌うように叫ぶ。
そうだ。セカンドセットの面子は、町田南の強さを肌で体感した四人。連中のスピード感を再現しようとしているのか。
この一か月間、日々のトレーニングだけならず試合の映像を繰り返し見続け、少しでも奴らに近付こうと藻掻いて来た彼女たち……最高のデモンストレーションじゃないか、これでこそ紅白戦というものだ。
「……行くよっ!」
愛莉のフォアチェックがやや怠慢になったところで、仮想町田南の最先鋒、真琴が一気に仕掛ける。スペースをドリブルで前進。
文香とのワンツーで中央を切り進み、腰をグッと捻って逆サイドへ展開。良い判断、良いパスだ。
「むふふっ♪ 勝負しちゃいますか、センパイっ?」
「その気は無さそうやな……!」
「ご名答ッ!!」
サイドへ流れたミクルへ受け渡す。ここで急加速し、俺のユニフォームを抑えながらゴール前へ突っ込む。
「こっちです、ミクエルちゃん!」
「……ッ!!」
呼び掛けに応じ、ミクルはワンタッチでグラウンダーのパスを選択。ゴールポストも間近、ラインを割るギリギリのところでキープするノノ。
後ろから圧を掛けるが、ボールへ覆い被さるように跨り簡単には奪わせてくれない。身長差がある故、逆に対処が難しいのだ。
「ギヤ゛アアァァ゛嗚呼アア゛ー゛ーーーッ!!」
「はっ?」
するとノノ。いきなり派手に転倒。
いや、なにもしてないんだけれど……。
「ファールファールファール!! 今メッチャ踏まれました!! ア゛ーーーー痛ってえよおおおお!!」
「おいおい、馬鹿言ってんじゃねえ。踏むどころか触ってもいな……」
脚を抑えて悶絶、絶叫するノノ。それに応答するよう、同時に外野から激しいブーイングが飛び交った。試合を観戦する生徒たちだ。
「そうだそうだーっ!」
「PKだPK!」
「市川さん痛がってるって!!」
「卑怯だぞ廣瀬ーーッ!!」
なんてこった。罵詈雑言のバーゲンセールだ。確かに彼らからすれば、女の子のノノに対し激しく当たり過ぎているよう見えたのだろうが……。
「ふ、ファール! PKです!」
「アァッ!? ちょっ、おい克真ッ!」
「すいません、自分も踏んでるように見えて……」
「嘘こけやテメェ!? 明らかに空気読んだやろッ!」
終いには克真も騙されてしまう。えぇ、どっからどう見てもシミュレーションなのに……マリーシアにしたって限度がある。クソウゼえ。
「ナーイス市川! よっ、名女優!」
「ほっほっほっほ! もっと褒めてください!」
「頼り甲斐があるのか無いのか……」
「¡Bien hecho! ズルイオーナ!」
「えっ!? 今の演技だったんスか!?」
「フッ。貴様だけだ、瞳を持っていなかったのは……」
「なにをォ!? 目ならちゃんと二つ付いてるっス!」
褒め称えるセカンドセット一同。あれだけ痛がっていたノノはあっさりと立ち上がり皆とハイタッチを交わす。やっぱり演技だ。うん、慧ちゃんを除いてコートにいる奴らは全員分かってた。
「……すまん、頼む琴音」
「まったく、本番では気を付けてくださいね」
俺に非が無いことはファーストセットの面々も分かっているので、特に咎められはしなかった。むしろ同情されている。
でも気を付けよう。確かに起こり得るケースだ、今のうちに消化しておいて良かった。ノノほどのマリーシア使いは流石に居ないだろうが。
さてペナルティーキック。
キッカーはミクルが務めるようだ。
川崎英稜戦ではトリッキーな一発を決めた彼女だが、果たして今日はどのような策を練って来るか。ホイッスルが鳴る。
「クックック……! 見える、我には見えるぞ……ッ! あまりの恐ろしさに腰が引けているな、このおっぱい魔人め!!」
「…………」
「どうだ、その無駄な脂肪を我と半分ずつ分かち合うというのは……もし取引に応じるのならば、このPKは外してやっても良い!」
「…………」
「さあ応えろッ!! 悪魔に魂を売り勝ち取った栄光ほど惨めなものは無いと、ついぞ思い知るが良い! そして今、審判の時は下った!!」
「早く蹴ってください、時間の無駄ですっ!」
「ふむ。つまらん」
「あっ……!?」
馬鹿らしい口上に痺れを切らす琴音。それと同時にミクル、まったくのノーモーションでポコッとシュートを撃つ。
つま先から放たれたショットは思いのほか鋭く、琴音が反応する前にネットが揺れた。なんて奴だ、厨二語を心理戦に応用しやがったな……ッ。
「フハハハハッ! ざまー見ろー!!」
「くっ……!? あんな安い挑発に……!」
「挑発ですら無いと思うけど、まぁドンマイ」
高笑いと共に自陣へスタスタと戻るミクルであった。アリーナは大歓声、セカンドセットは全員揃って大喜び。ムカつく。ウザすぎる。
落ち込む琴音を皆で励ます。ちょうど良いタイミングだ、一度タイムアウトを取ろう。そろそろ有希も使ってみたい。
まったく、手を変え品を変え懲りない連中だ。正攻法も裏技もバランス良く使いこなすとは、実に憎たらしい。アイツらがチームメイトで本当に良かった。
「はー、マジだりー。なんであたしらがアウェーになってんだよ」
「判官贔屓ってやつやな……悪い空気は自力でひっくり返すまでさ。瑞希、ウォーミングアップは済んだか?」
「……へっ! たりめーだろ、ぜってー勝つわ!」
悪態と共に拳を叩き合う。
ただの紅白戦で終わるにはあまりに惜しい、楽しいゲームだ。尤も、下級生相手に足元を掬われてようじゃ、全国なんて夢のまた夢。
決めた。本気で叩き潰そう。
二度と笑ったり出来なくしてやる。
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