929. 油売ってんじゃねえ


「向こうまで移動しなくて良いのは有難いけどさ……この見学の数はなに?」

「すげーだろ。全員あたしのファン」

「嘘吐きなさいって」

「アレでしょ、みんなヒマしてんじゃね? 他の運動部みんな負けちゃったし」


 八中体育館が利用出来ない曜日。雨も上がらず頭を悩ませていたところ、空いていたアリーナを緊急で使わせて貰えることになった。普段住処としているバスケ部、バレー部は地区予選の初戦で負けてしまったらしい。


 愛莉がゲンナリしているように、アリーナのキャットウォークにそこそこの生徒が集まっていた。

 普段は裏コートでひっそり活動しているフットサル部が物珍しいのだろう。瑞希のファンではないと思う。たぶん。



「その通り、あれはノノのファンですね!」

「やり辛いなぁ……」


 手を振って声援に応えるノノ。インフルエンサー計画は順調のようだ。顔出しで動画投稿しているので、ウチの生徒には当然バレバレである。真琴、近くにいると出演させられるぞ。気を付けろ。


 まぁ彼女に頼らずとも、フットサル部は校内でそこそこ人気の集団だ。なんせ俺を除いて選りすぐりの美少女ばかり。

 全国大会はネット中継も入るらしいし、今のうちに人の目に慣れておくのも大切かもしれない。そして俺の存在を可能な限り薄めろ。



「ふむ。むしろちょうど良い機会さね。まだ既定通りの方式でやってねえし、ここらで締め直しておくか」

「紅白戦?」

「本番の客寄せには持って来いだろ。他の高校はどうか知らねえけど、応援の数が多いに越したことないしな」


 峯岸が提案する。初戦まで一週間と少し、本番と同じ形の試合をこなしておくのは大切だ。バチバチのゲームをやってみせて熱量と冷やかしの連中諸共、会場へ連れて行くと。悪くない。



「どうだ? 勝った方が初戦のスターターってのは。最初からレギュラーが決まってるのもつまらねえだろ」

「こないだ決めたばっかやろうに……」

「ううぉー! 下剋上チャーンス!!」


 盛り上がる慧ちゃんを筆頭に、下級生たちは目の色を変え始めた。サッカーと違い一試合通してどんどん入れ替わるから、スターターであることにあまり意味は無いのだが……出来るだけ長い時間プレーしたいのは当たり前か。


 この一年、そして最後の一か月間。少しでもチームに貢献するためみんな頑張って来た。最後の総復習だ。きっと面白い試合になる。



「せっかくやしユニフォームでやるか。セカンドはアウェー用に着替えてくれ。慧ちゃんはビブス着てな」

「残った二人は……よし、早坂がファーストで、栗宮がセカンドだ。小谷松、ファーストセットの監督やってくれ。私はこっちを見る」

「ひえぇっ!? 監督!?」


 突然のご指名に慌てふためく聖来を取り囲み、三年生プラス有希で作戦会議が始まった。懐かしい絵面だ。聖来を除いて夏のミニ大会以来だな。



「聖来ちゃ~ん作戦くださ~い」

「へえぇぇっ!? そっ、そんな、わしゃあそういうのは……!?」

「比奈、イジメは良くないです」

「ん~~。でもどーしよっか。フルタイムでってなると、しっかり交代策とか考えないといけないよね」

「大会と同じルールなら、ハルトは20分しか出れないのよね……少しシステムも弄る?」


 愛莉と瑞希が中心となり対策を打ち立てる。手の内は良く知っているが、それはアイツらも同じだ。並のチームよりよっぽど難しい相手だろう。


 白ユニに着替えたセカンドセットへ、峯岸が戦術ボードを用いて何やら指示を送っている。どうやら本気で勝ちに来るようだな……曲がりなりにも一年見ているわけだから、俺たちの弱点はよく分かっている筈だ。



「じゃ、まとめるね。前からハメに来ても落ち着いてしっかり繋ぐ。シルヴィアとチビ助の裏はスペースが空きやすいから、ハルとあたしで徹底的に狙う。ひーにゃんはロングボールも混ぜてドンドン縦に付けてね。おっけー?」

「私は?」

「決めろ。ぜんぶ」

「ふんわりね……まっ、他に仕事なんて無いけど」

「がっ、頑張りんせー、先輩方……!」


 瑞希が音頭を取り円陣を組む。ほぼ同時に反対サイドから馬鹿みたいなデカい掛け声が聞こえて来た。凄い気合の入りようだ。



「あ。審判は?」

「オレやりましょうか?」

「おい、サッカー部。油売ってんじゃねえぞ」

「大丈夫ですよ、今は中休み中なので。ていうかほら、先輩たちも……」


 コート脇の人波から克真がひょっこり現れる。よく見たらテツオミも谷口もキャットウォークにいるじゃねえか。大会真っ最中だろ、なにやっとんねん。


 隣に会長と奥野さんもいるし。本当に本番みたいになってきたな……皆に対する黄色い声援がデカ過ぎるけど、まぁそんなもんか。



 峯岸から譲り受けたホイッスルを克真が鳴らす。

 ファーストセットのキックオフで試合開始。


 って、早速来たな……!



「ライン上げてッ! 前に蹴らせるな!!」


 真琴の号令でノノ、シルヴィア、そして最前線の文香が猛烈なプレッシング。予想通りだ、高い位置で奪いショートカウンターを狙っている。



「ビビんなよ比奈ッ!」

「任せて!」


 簡単に愛莉へ蹴るような真似はしない。真琴の対人守備能力、ノノのカバーリングを持ってすれば裏ケアはそう難しくないからだ。


 フィクソの比奈を中心に勇気を持ってパスを繋ぐ。可能な限り食い付かせ、敵陣でより優位な状況を作り出す……!



「愛莉、降りて来い!」

「オッケー! 瑞希、ダイレクト!」

「ハルこっち! ひーにゃん!」

「瑞希ちゃん、セーフティーセーフティー!」

「比奈っ、後ろから来てます! 一度下げて!」


 自陣へ降りて来た愛莉も含め、ポジションを入れ替えつつ次々パスを回す。相手陣地に少しだけボールを入れることで、琴音もポゼッションに参加。


 体現者の一人とは言え、目が回るようなハイテンポだ。一つの軽いプレーが致命傷となる。だが、誰も軽率なミスは犯さない。


 まさにこの一年間の賜物。鳴り止まないサポートの声がパス回しをより円滑なものとしている。

 それだけでなく、誰がどのように動くのか、みんなしっかり理解している。一つの生き物のように通じ合っている感覚だ。



「ちょ、峯岸センセーッ!! なんか話と違うんですけどぉぉッ!?」

「はぁ~~……三年生オンリーだとここまでスムーズなのか。すげえなあ……」

「感心してる場合ですかァァァァ!!」


 ほぼノンストップでボールを追い回しているノノだが、開始1分頃、流石に疲れが見えて来た。いくら無尽蔵の彼女でも休憩無しは辛かろう。必死に着いて来た文香とシルヴィアは早くもダレている。


 というのも、ここまでファーストセットのパスワークがノーミスだからだ。ボールは一度も外に出ていない。素早く寄せても簡単に回避されてしまうので、メンタル的にも厳しいものがあるだろう。


 まさにあの試合で、俺たちが喰らったモノだ。

 おいおい、ノノと文香はだろ。

 そろそろ気付いても良いんじゃないか?



「ッ!? シルヴィア先輩、裏ウラッ!」

「¿Qué!?」


 おっと忘れていた。あともう一人、身を持ってそのスピードを体感した奴がいたか……でもちょっと遅かったな!



「瑞希!」

「待ってたぜェ!!」


 文香の甘いチェイシングの隙を縫い、自陣深くで比奈とスイッチすると同時に、左サイドへ斜めのスルーパス。我ながら美しい軌道。


 シルヴィアは完全に裏を突かれる形となる。狙い通りの展開だ。さあ、ここからは瑞希と真琴の一対一。いや、もう二対一だな。



「瑞希こっち、縦!!」

「ノノ先輩、姉さん潰してッ!」

「ヨソミしてんじゃねーぞ、コーハイ!」

「ううぉッ……!?」


 目にも止まらぬシザースフェイント。からの、足裏を駆使した舐め回すようなボールタッチ。瑞希の真骨頂だ。真琴は徐々に後退せざるを得ない。


 愛莉が反対サイドから流れて来るとそのままカットイン。姉へのラストパスを警戒していたか、ブロックが僅かに甘い。



「ちぃッ! ハル、セカンド!」

「やらせへんわッ!!」


 しかし最後の最後で上手く脚を出し、ブロックしてみせた。零れ球は逆サイドを駆け上がっていた俺の足元へ。


 背後から文香が必死に戻って来る。左に持ち直す時間は無さそうだ。右で撃っても決める自信はあるが……少し色気を出すか。



「はい残念っ!」

「にゃにゃーーーーッ!?」



 右脚のシュートを警戒し滑り込んで来た文香。を、嘲笑うかのようなキックフェイント。足裏でターンし完全に振り切る。

 捨て身のブロックを無碍にされ、フローリングコートをズサ~っと流れていく文香の滑稽さと言ったらもう。流石は大阪の女。



「狙えッ!」


 あとは左脚を振り切るだけ。なのだが、なんとなくアシストしたい気分だった。教科書通りの横パス、自陣から飛び出して来た比奈がミドルシュート!



「えっ、そういう!?」

「やった! 愛莉ちゃんナイス!」


 が、比奈が選択したのはなんとラストパス。やや巻き気味に放った強烈なグラウンダーパスが、ゴール脇で構えていた愛莉へズバリ。

 シュートを待っていた慧ちゃんは体勢を崩され反応出来ない。ダイレクトで軽く押し込み、ネットが揺れた。


 オフサイドが無いことを利用した『ファー詰め』という戦術。でも愛莉も驚いている。たぶん何も考えず突っ立ってたな。


 俺をも上回る比奈のアイデアで掴み取った、美しい先制ゴールだ。アカデミーでコロラドから教わったのだろうか。流石は優等生、習得が早い。



「ナーイスひーにゃん! お疲れ長瀬!」

「ありがと~。愛莉ちゃんお疲れ~」

「アァッ!? 喧嘩売ってんの!?」


 冷やかしに遭う棚ボタ愛莉だったが、ともあれゴールはゴール。思い描いていた通りのプランで先制してみせた。

 さて、出鼻を挫かれたセカンドセット。ここからどう出て来るかな。まさか最初のプレッシングで終わりってことは無いだろ。



「……切り替えるよみんな! シルヴィア先輩、ファール上等で潰していいから! 紅白戦とか関係無いよッ!!」


 真琴が檄を飛ばし、すぐさま気合を入れ直す。

 そうそう、それで良い。簡単に折れてくれるなよ。



 恐ろしくハイテンポなゲーム展開に、単なる紅白戦だと思っていたギャラリーたちはすっかり黙りこくっている。克真もゴールが決まったというのに、ホイッスルを吹く様子さえ無い。


 暫く黙って見てろ。そして、気付かぬうちに巻き込まれてしまえ。俺たちの情熱と、フットサルの魅力に。


 プレッシャーを感じるのなら。

 応援されるのが恥ずかしいなら。


 揃って同じ気持ちになって貰おう。

 みんな纏めて、当事者にすれば良いんだ。


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