928. 感謝しろ~~
予選大会は週末の集中開催なので、交流センターのバイトは暫く入れない。大会前最後の出勤日。区役所へ顔を出すと、またもサプライズに見舞われる。
「すげえ……これ、みんなで作ったのか?」
「ヒロ、アイリ! ガンバレヨ! ツイデニ、ルビー!」
『どういう意味よッ!?』
ペルー人少年、ファビアンを中心に常連の子どもたちが集まって来て、寄せ書きを渡してくれた。
ひらがな中心の拙い文字ではあるが、一生懸命書いてくれたみたいだ。差し金は皆の後ろでニコニコ笑っている関根館長と有希ママだろう。
「僕は仕事で行けないんだけど、みんなは早坂さんに連れて行って貰うから。チャント、だっけ? ファビアンがすっごい練習してたから、期待しててね」
「予選も予選なのに大袈裟な……」
「全国まで行ったら職員と利用者総出で駆け付けちゃおっかなあ~」
外国の応援団みたいだねえ、と詳しくない関根館長の発破もいただく。利用者の皆さんも大会が近いことを知っているようで、館内のあちこちで話し掛けられ、この日はそれだけで仕事が終わってしまった。
「なんか、急にプレッシャーよね……」
「身内だけならともかくなぁ」
シルヴィアを自宅へ送る道中、利用者さんから貰った鞄に入り切らない大量のお菓子を抱え苦笑いの愛莉。元来メンタルの弱い彼女だ、そう感じるのも致し方ないところ。
俺もみんなも当たり前のように口にしているが、本来なら優勝はおろか全国の舞台さえ簡単な道のりではない。
相応の自信があるとはいえ、公式戦そのものが初めてなわけで……あまりナイーブにならず本番を迎えられれば良いが。
『あら、貴方ほどの選手でも緊張するの?』
『自分でも驚いとるわ。今まで感じたこと無いタイプのプレッシャーやな……ワールドカップのときなんて一生ホテルで寝とったし』
『ふーん。変な頭の作りしてるわね』
『お前に言われたかねえよ』
「分かんないからスペイン語で話すのやめてほしいんだけど。ねえ」
世代別ワールドカップもそうだし、セレゾン時代にしたってサポーターは沢山いた筈だ。それをまったく意識していなかったのだから、どれだけ自己中心的で盲目なプレーヤーだったのか身に染みてよく分かる。
あの頃の俺だったら『たかが地区予選で苦戦するわけないだろ、なにがプレッシャーだ馬鹿じゃないのか』とみんなを一喝していたかも。自信が無いから緊張するんだ、みたいな感じで。
でも、何故だろう。確かに緊張はしているけれど、不思議と悪くない気分だ。声援をより身近で感じているからだろうか。
『良いことじゃない。程良いプレッシャーはむしろ効果的よ。パパも選手によく言っているわ。この試合に負けたらお前たちを殺して自分も死ぬって』
『程良いで片付けてええレベルちゃうぞ』
『応援するのは、期待しているからよ。最初から無理だと諦めていたら、もっと優しい言葉を掛けるわ。でもみんなは違うでしょう?』
クスクスと悪戯な笑みを広げ、軽い足取りで先を行くシルヴィア。そりゃお前には無縁の概念だろうな。人生楽しそうで羨ましいよ。
『聞きなさい。貴方が感じているプレッシャーの正体は、きっと選手としてのソレじゃないわ。ヒロセハルトというその人自身へ向けられているものよ』
『俺に?』
『そう。貴方がこの街で紡いで来たモノ……愛情や友情、信頼。それが大会っていう壁を通して跳ね返って来ている、それだけのこと』
『……シルヴィア』
『良いプレーをしようとか、カッコいいところを見せようとか、そんなの誰も求めていないわ。貴方が貴方らしく、貴方を表現して、輝いている様をみんな見たいの。だから大丈夫、普通にしていなさいな』
愛嬌たっぷりのウインクと共に華麗なステップを踏む。あの日、雨のなかで優雅に踊っていた彼女の幻影が見えるようだ。
まったく、こんなところばかり父親とよく似ている。そんなことを言われたら、ますます頑張るしかないじゃないか。
「なら、お前も見せてくれよ。シルヴィアらしく輝いているところ。楽しみにしてるから」
「Lo tengo! マカセヤガレ!」
「うぅ、蚊帳の外過ぎる……瑞希が欲しい……」
そう落ち込むな愛莉。訳すまでもない。
俺たちは俺たちのまま。それだけの話だ。
翌日昼休み。今度は生徒会に呼び出された。橘田会長主導で行われている定例報告だ。主に活動内容だったり予算の使い方をアレコレ口出しされる、あまり楽しくない時間ではある。
会議は長引くことが多い。全国大会へ出場する場合、移動費や宿泊費が持ち合わせの部費だけではどうしても足りないので、追加の予算申請を出しては細かく切り詰められるのが毎度お約束。
「バス? 使えるよ~」
「マジで!?」
「使えるようになった、が正しいわね。お宅とサッカー部以外、みんな敗退しちゃったし。サッカー部は全国の会場が東京で、遠出は貴方たちだけなので」
「サンキュー会長!」
「私にも感謝しろ~~!」
望外の報告に思わず立ち上がる。ハイタッチを要求して来た奥野さんに釣られ、思いっきり乗ってしまった。半笑いで見つめる会長の視線は生暖かい。
更なるサプライズ。地味に問題だった移動手段が一気に解決した。山嵜にはマイクロバスが一台だけあって、毎年各部活の取り合いになるそうで。
後発のフットサル部は部員数やスケジュールなど未知数な部分が多かったため、優先度が低く使えないだろうという算段だったのだが……夏本番を前にほとんどの部が敗退してしまったようだ。
「そうなのよねえ……スポーツ特進校とか名乗っちゃってる割に、ウチの運動部と来たら一回も全国行けてないんだもの。口だけで中身が伴っていないんだから」
「まったまた~。みんなが負けるたびに落ち込んでる癖に~」
「うるさいわねっ……学校の長として、大会の結果くらいチェックするわよ」
というわけで、全国に出場した場合、会場の名古屋までバスで移動できるようになった。運転手(峯岸)に若干の不安は残るが、いちいち電車に乗らないで良いのは有難い。
川原女史や保護者会のおかげでジャージ等の備品も大方揃ってしまったから、あとは宿をどこにするか。瑞希と比奈を省いてしっかり話し合わないと。夏合宿の二の舞は御免だ、理性が死ぬ。
しかしまぁ、急に環境が整ってきて嬉しい反面、ちょっと怖くもある。全国出場はもはや必須条件だな……。
「来週でしたか。予選」
「おう。観に来るか」
「そうしたいのは山々だけれど、サッカー部の試合と被っているのよ」
「えっ……無かったら来たのか?」
スポーツには縁もゆかりも無い橘田会長。なんなら『暇じゃないのよ』的なツッコミを期待して話を振ったのだが、予想外の反応に少々面喰う。
らしくない返答であることは自覚していたのか、顔を赤らめコホンと咳払い。釈明するみたいにパソコンをカタカタ叩きながら、会長は小声で言った。
「……サッカー部の試合、真奈美と一緒に観に行ったの。ちょっと面白かったのよ。ルールとか全然分からないけど、なんて言うか……贔屓を応援する楽しさっていうか」
「すごかったんだよ~。クラスの奴みーんな点取ってさ、葛西くんが決めたときなんか、薫子ったら興奮してスタンドから落っこちそうに……」
「ちょっと、真奈美ッ!?」
「テレビにも映っちゃったんだよね~」
「全部喋らなくて良いわよッ!!」
なるほど、オミを応援しに行ったら思いのほかハマったというわけか。フットサルを愛莉の気を惹く手段に用いたような奴が……変わったなぁ。
「てなわけで、生徒会は頑張る皆さんを誠心誠意応援しておりますので~」
「ンン゛ッ! まぁ、はい。そういうことです…………それに、貴方たちには借りがあるので。たち、というか、貴方にですけど」
「そ、そうか……でもオミには勝てねえわな」
「観に行くと言っていましたよ。決勝戦の日にはサッカー部の予選も終わっているそうですし……邪魔しない程度に応援させて貰います」
決勝戦を観に来る。ということは、遠回しに『全国は行ける』と思っているも同然である。決勝まで行ったら出場は確定だから。
不思議なものだ。俺や愛莉を筆頭に、山嵜で居場所の無いような奴らが集まったフットサル部だというのに。学校で浮いた存在だった俺たちが、今や生徒会やみんなから応援されるチームになったなんて。
これもシルヴィアの話していた、その人自身へ向けられている期待、か。嬉しいけど、ちょっとこそばゆい。
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