927. 頼もしい限り
翌日も八中体育館でトレーニング。今日からはスターターとセカンドセットを完全に分けて、実戦を想定したメニューを多く取り入れていく。
システムは1-2-1。スターターは三年生の五人で、セカンドセットはゴレイロ慧ちゃん、フィクソに真琴、アラにノノとシルヴィア、ピヴォが文香だ。
マネージャー役を承った聖来も、早速仕事を見つけフル回転。ドリンクの作り置き、タイムキーパー、練習風景の録画に、紅白戦から外れた有希とミクルのお相手など精力的に動いてくれている。頼もしい限りだ。
「すいませーんお邪魔しまーす!!」
「¡Ah! cariño、ヘンタイキタ! ヘンタイ!」
「思っても口に出すなって」
さて、二時間ほどが経過し中休みへ入った頃。体育館の扉を開け、八中の川原菫女史が汗だくで現れた。何やら大きな段ボールを抱えている。
「なんだよ。サインの転売でもするのか?」
「ちょっ、違いますよぉ!? わたしのことなんだと思ってるんですかー!」
「マゾ奴隷」
「ひどいっ!? もっとください!!」
「どういう感情だよお前キッショいな」
安斎の一件で下手を打って以降、後輩である川原女史への当たりが更にキツくなった峯岸である。てっきりツンデレの延長かと思っていたが、どうも本気で苦手なみたいだ。まぁ川原女史が逞し過ぎるというのも原因だが。
時々やって来て練習を隅っこで見学しては勝手に帰っていく彼女。はて、このタイミングでなんの用事だろうか。
「で、なんの用だよ」
「えへへへ……! もうすぐ大会ということで、差し入れというか、プレゼントを持って来ました! ぜひ使ってください!!」
「おーッ! ジャージだーー!!」
「ピステもありますよっ!」
慧ちゃんとノノが段ボールをバリバリ引っ剝がす。出て来たのは、山嵜のユニフォームカラーであるライトグリーンを基調に、白の縦線が入ったトレーニングジャージ。更にピステと呼ばれる防寒用ウェアの上下一式。
「いっつもユニフォームかバラバラのウェアで練習しているので、良い機会かなぁと……えっへっへっへ……!」
「凄い、全員分……! 本当に良いんですか!?」
「勿論ですッ! あ、でも割と安物なんでその辺勘弁していただけると……」
驚く愛莉を前に手胡麻を擂りヘラヘラと笑う。俺や部の連中から気に入られたいという下心が透けて見えるというか、手放しで喜ぶのもアレだが。
ともあれ僥倖。ただでさえ部費が足りず頭を悩ませていた愛莉部長も、これには諸手を上げて大喜びであった。そうそう、俺も欲しかったんだよ。
「おいおい、金は大丈夫なのか?」
「へへへへ。他に使うところも無いんでぇ……あ、夏休みもバッチリ取っといたんで! 名古屋まで応援に行きます!!」
「勝手にしてくれ……」
呆れる峯岸だが、限界オタクぶりに目を瞑れば実に頼れるサポーター、もといウルトラスだ。或いはシンパか。
「にゃはー! なっついなあ~! はーくんこれよう着とったやつやん!」
「なっ。むっちゃアガるわ」
早速みんなで着てみることに。俺と文香は敢えてピステを選んだ。このカサカサした感じがなんか好きなんだよな。セレゾンでも好んで着ていた。
「比奈、よく似合ってますよ」
「琴音ちゃんも可愛いよ~~」
「フンッ! 我と同じ
「栗宮さん……えへへへ、あんがとなあ」
「マコくんマコくん! これ、すっごく良いっ! 気合が入るっていうか……!」
「そうだね。悪くないかも…………なんで着痩せしないんだよ。ムカツク」
「えぇっ!? 急になに!?」
感想は様々だが、みんな喜んでいるようで何より。うむ。同じカラーなだけあって、統一感があって良い。なんだか一気に『チーム』って感じだ。
……って、あれ。
全員サイズぴったりだな。
「えっへっへっへっへ……!!」
背後から舌なめずりが聞こえる。
コイツ、まさか練習中に目視だけで……!?
中休みを過ごし装いも新たにトレーニングを再開。するとすぐに新しい訪問客がやって来た。慧ちゃんパパだ。
「あれ、親父? どーしたの!」
「ようフットサル! 差し入れ持って来たぜッ!」
こちらも段ボールを抱えている。
今日はやたら差し入れが多いな。有難いけど。
あとフットサルて。雑過ぎるだろ呼び方。
って、後ろに有希のご両親もいるじゃないか。いや待て、まだいる。あれは……比奈のご両親と、琴音のお母さん!?
「久しぶり廣瀬く~ん! 元気にしてた~?」
「ど、どうも……いや、こないだもなにも、交流センターでしょっちゅう会ってるじゃないですか」
「良いの良いのそんなこと! ほら、これを買って来たの! これから暑くなるんだから、室内でも大変でしょ?」
まぁまぁ大きめのジャグタンクをドカッと床へ置く。レバーを捻ると飲み物が出て来るアレだ。懐かしい。子どもの頃セレゾンの強化合宿で使ってた。
比奈のご両親と琴音の母、香苗さんもソレ用の粉末が入っていると思わしき段ボールを抱えている。す、凄い量だ……。
「済まないね。お節介だと分かってはいるんだけれど、どうしても行くって言って聞かなくて」
「い、いえいえ……本当に、ありがとうございます。こういう備品どうしても足りなくて、ちょっと困ってたんですよ」
「是非活用してくれ。何かあったらいくらでも頼って良いからね。保護者会一同、応援しているよ」
「いつの間にそんなものを……」
相変わらず大学生からそこらの好青年にしか見えない有希パパである。良い人過ぎて逆に気後れする。好意しかない筈なのに。怖い。
話に聞くと、どうやら早坂夫妻と慧ちゃんパパを中心に保護者の会を結成したそうだ。一堂に介した体育祭を機に峯岸と連携を取って、他の面々のご家族も呼び掛けている最中なのだとか。
「お母さん……仕事はどうされたんですか?」
「今日は早めに上がらせて貰ったわ。倉畑さんに誘われたの……大会前に一度くらいは、貴方の頑張っている姿を見てみたくて」
「そっ、そうですか……ど、どうも」
若干のたどたどしさは残っているが、すっかり関係も修復した楠美家。露骨に恥ずかしがる琴音にみんなも思わずニヤニヤ。
そんななか、やや浮かない顔をしている奴が二人。愛莉と瑞希だ。愛華さんは仕事で来れなかったようで、それは仕方ないとして……。
「……まー、いるわけねーか」
「最近どうなんだよ。ちょっとは話せたか?」
「全然。そもそも帰って来ねーし、あたしもこっちにいるし……まっ、どーでもいいんだけどねっ」
他の保護者は勿論、峯岸も瑞希母の連絡先は分からないようで、会合に呼ぼうにも呼べない状況だ。大会が始まるまでに進展は見られるだろうか……。
「予選はさ。今いる人たちに任せようぜ。春休みに自分で言うたやろ、名古屋まで来させるって……ゆっくりやろうや」
「……んっ。そーだね」
願わくば全員のご家族に観に来て欲しい。そして、みんなの輝いている姿をその目で確かめて欲しいものだ。
まぁ、一番の問題は俺の親なんだけどな。また連絡を寄越さなくなった。まったく、すぐにサボりやがって。実家帰ってやらねえぞ。
差し入れついでに保護者の会一同は、そのまま練習を見学していった。初めてのお客さんに緊張している子も何人かいたが、みんな時間が経つに連れそんなこともすっかり忘れてしまう。
「ううぉぉおおおおーー! すげーぞ慧ッッ!! そのままゴール取っちまえ!」
「有希ぃー! ナイスシュートよー!」
「すごい琴音、あんなに運動音痴だったのに……!」
「おおっ! 流石に上手いなあ廣瀬くん!」
「きゃあああああ!!!! 廣瀬きゅううううゥゥーーーーん!!!!」
白熱する紅白戦に外野は騒がしい。これが予選から毎試合続くのだから、みんなも大変だ。応援が力になるまではもうちょっと掛かりそう。
でも、良いな。こういうの。
コートに立つ選手だけじゃない。聖来は勿論、峯岸に川原女史。皆のご両親……取り巻く環境なにもかもが一体となって、チームになろうとしている。
あの頃は感じなかった。いや、見ようともしなかった。スタンドに詰め寄せるサポーターたちの存在も、ある種の重しのようにも感じていた。
今は違う。この一年間で、俺はようやく気付けた。向けられていたのはいつだって、溢れんばかりの愛情だったということに。
予選開幕まで二週間弱。沢山の期待と声援に後押しされて、あっという間に時間が経ってしまいそうだ。
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