926. まだ終わってない
紅白戦が終わり各自クールダウンを済ませてから、一同は峯岸の元へ集まった。お抱えのファイルボードには恐らく登録メンバーの名前が載っている。たった一人を除いて……。
「……まっ、座れや。楽にしろ」
登録期限が今日であることはみんなも分かっている。いよいよその瞬間がやって来たと、珍しく空気もピリついていた。峯岸は全員を見渡し一つ深呼吸。
「何度も言っているが、ラージリストには全員入っている。少なくともベンチに座れるし、すべての試合に帯同して貰う。怪我人や累積で一時的に入れ替わることもあるからな。準備は怠るなよ」
曲がりなりにも一年間フットサル部を見守ってきた峯岸だ。この半年はコーチライセンスまで取得し精力的にサポートしてくれただけあって、彼女にとっても心苦しい瞬間であろう。
今一度全員の顔をしっかりと確認し、ファイルボードへと目を下した。そして、一人ずつ名前を読み上げる。
「まずはゴレイロから。楠美琴音」
「……はいっ」
「先週まで色々あったようだが、私からは詮索しない。不測の事態が起こらない限り、レギュラーは大会通してお前だ。チームキャプテンも務めて貰う。しっかりやれよ」
「はい、任せてください」
先の騒動もありやや不安だったようだが、最初に名前を呼ばれホッと一息。誰も文句は無いだろう。ここまでは既定路線。
「控え、保科慧」
「……ううぉっ!? は、はいっ!!」
「基本はゴレイロだが、いざというときはフィールドでも出て貰う。常に準備を怠らないこと。期待してるぞ」
「がっ、がんばりまっす……ッ!」
二人目で呼ばれるとは思っていなかったのか、素っ頓狂な声を挙げテンパる慧ちゃんであった。珍しく年相応で可愛い。
ゴレイロとフィールドプレーヤー、両方で計算の立つ慧ちゃんの存在は本当にデカい。恵まれたフィジカルはここぞという場面で大いに役立つ筈だ。
「次にフィールド。ポジションごとに発表するぞ。まずフィクソ、倉畑比奈」
「は~い、頑張りま~す」
「少しは緊張感持てや……まぁ良いけど」
余裕を扱いていたわけではないだろう。努力を重ねて来た自信の表れみたいなものだ。この一年で最も成長したのは間違いなく比奈だと思う。
はじめはインサイドキックさえ覚束ないずぶの初心者だった彼女。今では最後尾からチームを支える不動の司令塔だ。守備面の成長も著しい。
「それから、長瀬真琴。対戦相手によってはお前もスターター候補だ」
「了解です……負けませんよ、比奈先輩」
「んふふ♪ レギュラーは譲らないよ~?」
ライバル心も露わに不敵に微笑む。この負けん気の強さが彼女の最大の魅力。貪欲な姿勢がチームを一段階押し上げてくれる。
はじめは攻撃的なポジションだった彼女だが、ここに来て新境地を開拓してみせた。栗宮胡桃を抑えるのはお前の仕事だ……頼んだぜ。
「アラは計五人。スターター、金澤瑞希」
「へへっ。とーぜん!」
「気ィ抜くんじゃねえぞ。少しでも腑抜けたプレーしやがったら、キャプテンもはく奪してやる。その点だけは個人的にどうしても納得いかねえ」
「アァ!? なーんでさァ!?」
世界一しっくりこないゲームキャプテンだ。俺も同意する。だが山嵜フットサル部において彼女以上の適任は居ない。
コート内外で見せるエネルギッシュな姿、決して途切れない激烈な闘志。俺たちのマインドをそのまま表したのが金澤瑞希。久々にスキルフルなプレーも拝んでみたいものだ。
「もう一人は……おい、なに笑ってんだよ」
「楽しくってさ。なんか」
「お前も緊張感ねえな……ったく、シャキッとしろや」
「んだよ。名前呼んでくれねえのか?」
「はいはい。廣瀬陽翔」
万に一つも心配はしていなかったが、ちょっとだけ安心する。セレゾン時代もレギュラーや帯同メンバーから漏れたことは一度も無かったし、皆と平等な位置からスタートするのも初めて。
ここで何か一つ、大きなものを手に入れたのだとしたら。今日この瞬間も、ハイライトに加えてやって良いと思う。何物にも代え難い誇りだ。
「セカンドセット、一気に行くぞ。市川ノノ」
「はいはいはいっ!」
「シルヴィア・トラショーラス」
「Sí!! ナシトゲタ!!」
「早坂有希」
「……ふぇっ!? わ、わたしっ!?」
ハイタッチを交わし喜び合うゴールデンコンビ。この二人も心配無用。ノノのハードワークはチームに欠かせない強力な武器の一つ。
シルヴィアはなんと言っても平均点の高さ。時折荒さは垣間見えるが、持ち前のエネルギーと強気なメンタリティーはあらゆる突破口となる。二人は専任というよりオールラウンダーとしての選出だろう。
そんな彼女たちを余所に、驚きを隠せないもう一人のアラ。俺もビックリした。心のなかでガッツポーズを決めたのはここだけの秘密。
「やったじゃん有希! おめでとう!」
「あっ、ありがとうマコくん……でも先生、本当にわたしで良いんですか!?」
「たりめえだろ。こんなところで嘘吐くか。言っとくけど、温情でもなんでもねえからな。この半年間の成長、特にボールを呼び込むオフザボールの動き出しさね。そこを評価させて貰った」
「……やっ……やったあ……っ!!」
真琴を中心に一年たちが彼女を褒め称える。少し涙目で応える様子を見るに、半ば諦め掛けていたのかもしれない。
峯岸の言う通り、有希も半年の間にグングン成長している。ミスを怖がらなくなったし、慌ててボールを手放すようなことも無くなった。
「フィクソが足りなくなったら、そっちでもプレーして貰うぞ。安心してねえで、本番までしっかり準備しろ。良いな」
「……はいっ! がんばりますっ!」
ゴールデンウィーク以降は様々な出来事を境に、更に吹っ切れたように思う。練習中も声を絶やさず、一年組の中心としてリーダーシップを発揮していた。彼女のひたむきな努力が、ついに結果となって表れたのだ。
……でも、そうか。
有希が選ばれたということは……。
「最後にピヴォ。スターター、長瀬愛莉」
「……はぁ。緊張した」
「ポジション順だとどうしてもな。お前に求めるのは一つ、ゴールだ。それがエースの仕事さね。余計なこと考えず、しっかりやれよ」
「分かってます……私が、エース……っ」
既定路線とは言え、愛莉もホッと胸を撫で下ろす。彼女の抜きん出た決定力無しに俺たちは戦えない。誰もが認める山嵜のエースだ。
キャプテンを瑞希と琴音に譲ったことで、必要以上の重荷も無くなった。彼女が伸び伸びとプレー出来るか否かで、チームの出来は大きく変わる。
なにも心配要らない。俺が最高のパスを出してやる、お前は決めるだけ。全国の舞台で輝く愛莉の姿が、今から楽しみだ。
「二人目、世良文香。相手によってはお前もスターター候補だ。気ィ抜くなよ」
「ぐぬぬぬぬっ……! 絶対あーりんより点取って、全国までにレギュラー奪ったるからな! 覚悟しときっ!」
「ふんっ。望むところよ……っ!」
ピヴォ二番手は文香。ここも当然の選出だろう。若干の波はあるが、彼女もストライカーとして類稀な素質を兼ね備えている。
最前線からの嵐のようなプレッシングは、愛莉には無い武器の一つでもある。オフェンスは水物、結果次第では本当にレギュラーを奪ってしまうかも……こちらも楽しみだ。同じコートに立つ日が待ち遠しい。
さあ、最後の一人。
呼ばれていないのは、聖来とミクル。
「…………ラストの枠は、まあ、言っちまえばジョーカーみたいなモンだ。戦術面は度外視で、ここぞという場面で違いを作れる秘密兵器になり得る存在。二人ともそういう武器を持っているのは、私もよく知っている」
あの瑞希をも上回るドリブルテクニックを兼ね備えたミクル、男子顔負けのスピードを誇る聖来……どちらも一発逆転の武器としてこの上ない。
長所も短所も同じように持ち合わせる二人。
最後に峯岸が選んだのは……。
「…………栗宮未来。お前がそのジョーカーだ」
「……あっ……ぶねえェェー……ッッ!!」
「ハッ。厨二語どこ行ったよ」
ようやくプレッシャーから解放され、パタリと後ろへ倒れてしまう。素面に戻ってしまうほどには緊張していたようだ。わざわざ姉と戦うために山嵜へ来たのに、メンバー入りすら出来なかったら本末転倒だもんな。
守備は自分勝手にやるだけ。度々ボールを持ち過ぎて怒られるし、約束事もロクに守らないが……それでも、ミクルの個人技には期待してしまう。
味方でさえ予想の付かないプレーを、どうやって相手が防げるというのか。まさにジョーカーとしてこれ以上無い存在だ。
「今の調子で長い時間プレー出来ると思うなよ。この一か月繰り返した紅白戦、ゴールと同じくらい失点の起点になってること、忘れてくれるな」
「グっ……まだ我の力では及ばぬと……!?」
「そうならないように、慎重に起用するつもりさね。今更弱点を克服しろなんて言わないさ。強みだけ発揮して、チームの役に立て。良いな」
「……フンッ! 良いだろう、目にもの見せてくれようではないか……!!」
ミクルの超絶美技を拝める回数は、決して多くは無いだろう。だが、その限られた数でも十分にインパクトを残せる。
生活力はともかく、実はチームで最もハングリー精神に飢えている彼女。募りに募った情動はきっと全国の舞台で、プラスの方向へ振り切れる筈だ。
「……登録メンバーは以上だ。そういうわけで、小谷松。残念だが……」
「…………っ」
残された唯一のプレーヤー、小谷松聖来。
眼鏡を外し、既に涙を流していた。
「……ギリギリまで迷った。なんなら昨日の夜までな。お前のスピードは間違いなく通用する。粒揃いのウチじゃなかったら、間違いなくメンバー入りしていただろうさ。だが、やはり……」
「ええんじゃ先生。もう何も言いなんな……わしが一番下手くそなんは、自分が一番分かっとるけぇ……」
聖来も勿論、みんなも薄々気付いているだろう。
最後に明暗を分けたのは、単純な技術力。
まだフットサルを始めて数か月の聖来。既に初心者とは呼び難い領域には達しているが、他の面々と比べるとどうしても見劣りしてしまう。
強みである抜群の加速力も、狭いコートのなかでは中々生きるタイミングが少ない。あまりに惜しい、惜し過ぎる選択だが……峯岸の判断は妥当だ。
「大丈夫や、聖来。もし怪我人が出たり、誰かが退場したりしたら、お前にも出番は回って来る」
「……にぃに……っ」
「フットサル部は今年で終わりじゃない。まだ一年なんや、来年もある。それに……今日まで頑張って来たことは、一つも無駄や無かったやろ?」
「…………分かっとる。分かっとるよ……! こねーに楽しゅうて、やり甲斐のある場所、生まれて初めてじゃった。にぃにとみんなのおかげで、わし、頑張れたんじゃ……!」
「聖来……」
「けど、悔しいんじゃ……! あねーに助けて貰うたのに、みんなの力になれんのが、悔しゅうて、情けのうて……っ!!」
方言と人見知りな性格が原因で、中々人の輪に入れなかった聖来。そんな自分を受け入れてくれたチームへ、少しでも何か還元したかったのだろう。聖来の気持ちは痛いほど伝わって来る。
「マネージャー。やってみるか?」
「……ほえっ?」
「勿論、選手としての準備も続けながら……みんなが気持ち良くプレー出来るように、ちょっとした雑用とか、色々とさ。嫌なら断ってもええけど」
本当はこういう役目自体も作りたくない。今までみんな、自分のことは自分でやって来たのだ。今更マネージャーなんて、という気持ちもあるにはある。
だが、今の聖来にはこんな役目でも必要だ。それは決して善意の押し付けではなく、彼女がいま最も求めていることだと、そう思った。
「良いんじゃない? プレーで貢献出来なくても、聖来の出来ることが沢山あるに越したことはないと思う。どうかな、聖来」
「長瀬さん……ッ」
「そうだよ聖来ちゃんっ。悔しい、情けないって気持ちは、そのままにしておいたらダメだと思う! 聖来ちゃんの夏は、まだ終わってないよ!」
「……早坂さぁぁん……ッ!!」
二人の健気な励ましに、いよいよ涙腺も限度を超えてしまったようだ。みんなも聖来の元へ集まる。
そうだ。プレーは出来なくても、聖来はチームの立派な一員。すぐに切り替えるのは難しいかもしれないけれど……でも、彼女が成長するコツは、コートの外にも沢山転がっている。
「というわけだが。小谷松、どうする?」
「…………やる。マネージャー、やらせてもらう! 少しでもみんなの力になれるなら……わし、なんでもやるわっ!」
グチャグチャの顔を何度も振り払って、聖来は力強く頷いた。きっと大丈夫だ。この経験を経て聖来は、もっともっと強く、逞しくなれる。
「さあ、明日からはレギュラー争いさね……覚悟は出来てるなっ!」
峯岸の号令に、みんな大きな声で応える。
ここにいる十四人、全員で掴み取るんだ。
誰一人掛けても成し遂げられない――。
「うむ、良い返事さね。兆候兆候……じゃあ小谷松、早速だが肩揉んでくれ」
「行け慧ちゃん! 奴を殺せッ!」
「あいあいさーっ!!」
「うわっ、ちょ、アホ、冗談だっつうの!? 馬鹿テメェやめ――――」
アクロバットなプロレス技が決まり、悶絶する峯岸の絶叫と皆の笑い声が体育館へ響き渡った。
オチにはちょっと弱いけど。
まぁこんなもんだろ。俺らは。いっつも。
そして、これからも。
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