925. 限られた椅子
「ん~、分からん。大ちゃんはどう?」
「葉山中央だけかな。インターハイ予選で隣の組だったから。でも、特に強かったって話は聞いてないな」
「相手のレベルが分からないってキチいよな~」
「対策が立てられないですからね……」
どこもかしこも満席の学生食堂。昼食も程々に対戦表を眺め、あれこれ話し合うサッカー部トリオと克真の四人。
週明け月曜の昼休み。一つでも情報を集めようと相談を持ち掛けたのだが、これと言った成果は得られなかった。
時にサッカー部だが、インターハイは県ベスト8まで勝ち進んでいる。テツオミの二人が点を取りまくっているらしい。キャプテンの谷口は勿論、克真もレギュラーとして活躍している。順調そうで何よりだ。
「新しい大会だし、全体のレベルが分からないから何とも言えないけど……やっぱりピークはトーナメントに持って行くのが良いと思うよ」
「まぁ、定石ではあるな」
「たぶん勝ち上がったら、一回戦は
谷口の話す西ヶ丘高校は、東京でも有数の実力を誇るサッカーの強豪校。冬の全国選手権も今年初出場した。
女子サッカー部があるので、そちらが男子と手を組んで参加して来たらかなり厄介な相手になる。というか……。
「あ。藤村のとこか」
「そーじゃん! 西ヶ丘の藤村俊介! いやでも、こっちに出て来るのかなあ?」
「流石に無いんじゃねー? インターハイ予選と被ってるし、わざわざフットサルの、それも混合大会に出て来るような選手じゃねえだろ」
テツオミの二人も知っているほどの有名人。プロ注目の大型アタッカーにして悲運の寝取られ男、藤村俊介。
大会が近付くにあたって、特に向こうから報告は無い……まぁ冬に遊んで以来ロクに連絡取ってないんだけど。
「廣瀬くん、彼とも面識あるんだよね?」
「セレゾンの同期。選抜クラスから一緒やさかい、なんだかんだで結構な付き合いやな。仲良うなったの最近やけど」
「普段どういう感じの人なの?」
「女運が無い」
「え゛……どういうこと?」
「知らんでええ」
仮に出場するとしたら要警戒だ。サッカー部が調整目的に参加することも珍しくない。今回に限っては女子サッカー部の存在が前提にはなるが。
他のグループに聞き馴染みのある高校は幾つかある。俺をアニキと呼び慕うおちゃらけ野郎、堀省吾の
「関東だけで3.5枠、しかも予選は一位抜けだけって、かなりキツイですよね。あー、でも先輩がいるからなぁ……」
「克真はピンと来るチームあるか? 同期とか先輩が進学した高校とか」
「いやあ、特には……気になるのはやっぱり市原臨海ですかね?」
サッカー強豪校として有名なその名を挙げ、相も変わらぬ困り顔で克真は食堂遠くを眺めた。その先にはフットサル部の一年勢たち。
例の騒動後も有希とは上手くやっているようだ。未だにクラスメイトに弄られてて大変なんです、と話の種にするくらいには吹っ切れているご様子。
「本当に慧って声デカいですよね……聖来やミクルとどうやってコミュニケーション取ってるのかなあ……」
「なんや。今度はあの二人か」
「えっ……い、いやいやいやっ! 違いますって!? どっちも確かに良い子ですけど……ッ!」
「ほ~~ん」
「いやっ、マジで違いますから!?」
大慌てで否定するが、実はクラスで一番仲が良さそうなのが慧ちゃんらしい。真琴がコッソリ教えてくれた。聖来にもちょくちょく話し掛けているとか。
まあ、色恋沙汰は勝手に頑張って貰うとして。
一年と言えば、やはり避けて通れないこの話題。
「登録メンバー、もう決まったんだって?」
「らしいな」
「らしい?」
「多少は相談したけどな。最後は峯岸に一任した。私情入れたくねえし」
「ああ、そっか……廣瀬くんも心苦しいもんね」
同じチームの纏め役として同情するところもあるのか、谷口は複雑な面持ちで頷くのであった。克真も心配そうに彼女たちを見つめている。
ラージリストの提出は先週。そして出場登録メンバーの提出期限は今日の昼までだった。朝方に峯岸がやってくれた筈だ。
なので、俺もまだ知らない。十三人のうち、誰が登録から漏れるのか。しかし現実問題、あの五人のなかの一人となる可能性は極めて高い……。
「……みんな頑張ったよ。この三か月。真琴とミクル以外は初心者で、練習に着いて来るだけでも精一杯やったのに……見違えるほど上手くなった。全員が頼れる戦力や。誰も不足は無い」
「一応、ベンチには入れるんですよね?」
「まぁな。でも見とるだけや」
「……辛い、ですよね。気持ちは分かります。自分も中学ではそんな感じだったんで……何か出来ることとか無いんですか?」
「勿論練習は続けて貰う。ただ、マネージャーっぽい仕事を任せるようになるかもな。本人が受け入れてくれればの話やけど」
負傷離脱など、不測の事態が起こらない限り登録メンバーは変わらない。願わくば十三人全員が、コートで躍動する姿を見てみたかった。
だが、ルールはルールだ。勝負の世界に妥協や忖度の二文字は無い。誰かが輝く一方で、必ず影もまた存在する。
発表は今日の練習後。
限られた椅子を掴み取るのは……。
馬鹿騒ぎは今日限り、明日から本番モードに切り替えよう。と昨日のうちに釘を刺したのが良かったのか。トレーニングは緊張感が漂う。
八中体育館は皆の大きな声が木霊し、一向に止む気配は無い。完全ランダムで振り分けられた紅白戦は、俄然激しさを増して来た。
「文香ちゃん、スペース空けないでッ!」
「はいはいはいはいはい!!」
「シルヴィア先輩、そのまま持ち出して!」
「ガッテンショウチーン!」
ビブス組のカウンター。左サイドで文香とシルヴィアが対峙。バチンッと音まで聞こえてきそうな肉弾戦が繰り広げられる。
真琴がシルヴィアに近付きルーズボールを回収。すぐさま逆サイドへ展開し、瑞希の足元へズバリ。
「あれぇ瑞希センパイ、ビビってるんすかァァ!?」
「んなわけねーだろォォん!?」
彼女にしては珍しい大掛かりなボディーフェイントでノノを揺さぶり、一気に縦を突いて来た。身体ごと潰しに掛かるが、ここは瑞希のアイデアが上回る。
「ゲェッ!? ボールどこ!?」
「そっちだよ~ん!」
ドリブルの最中にヒールで後ろへ落としたようだ。ノノはこれにまったく反応出来ない。拾ったのは最前線で構えていた……聖来!
「ほえっ!?」
「させないよっ!」
持ち出して左足でシュート、とはならず、比奈のブロックに遭い完全に潰されてしまう。すかさずルックアップし縦パス一本。カウンターのカウンターだ。
「比奈さんっ、こっちです!」
「有希ちゃんそのまま!」
「だから、やらせないって!!」
後ろ向きでパスを受けた有希、背後から真琴の激しい守備に襲われる。だが有希も負けてはいない。圧力を上手く使いながらボールを隠してみせた。
「ユッキ! こっちや!」
「文香さ……あぁっ!?」
「瑞希さんっ!!」
サイドを駆け上がる文香への横パス。これが上手くミートせず、その隙にゴレイロの琴音が飛び出して、見事にカット。
ダイレクトパスが攻め残りしていた瑞希に通った。トラップと同時に反転し比奈を一気に躱す。慌てて寄せに行ったノノも流石に間に合わず……。
「だわああああーーっっ!! 取れねーー!!」
「おっしゃあっ! くすみん超ナイスッ!」
右脚を豪快に振り抜き、ネットが揺れた。息をする暇も無いカウンターの応酬、最後は三年生の二人が仕留めてみせる。
有希のポストプレーは受けるまでは完璧だった。いや、あそこで文香にパスを出す選択も、決して間違ってはいなかったのだ。
これは琴音を褒めるしかない。あの場面でリスクを顧みず、ゴールを飛び出てパスカットを狙うなんて……。
「デキてなくて本当に良かったわね……」
「その褒め方はまったく適切でないどころか不適切やけど、まぁせやな」
試合を見守る愛莉も感嘆の声を挙げる。守備の貢献度だけでもぴか一の琴音が、流れのなかでアシストを決めるようになったのだから。鬼に金棒だ。
みんな凄い。上級生だけでなく、下級生もこのスピード感のなかで自信を持ってプレー出来ている。結果的にゴールを奪われこそしたが、有希も聖来も、慧ちゃんも堂々たる立ち回り。
一年生が三人いる編成でここまで対等に渡り合ったのだ。そんじょそこらの高校相手なら彼女たちだけでもやり合えると思う。
誰が出ても強い、そんなチームが完成しつつある。ここから一人だけメンバーが外れるなんて……やっぱり、勿体ない。勿体なさ過ぎる。
しかし現実は非情。
審判の時は、目前まで迫っていた。
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