923. 禁止します


「ではでは、これより陽翔くん安全保障協力機構、定例会議を始めまーす。今日はなんと、ゲストでご本人に来てもらいました~」


 その日の夜。三年とノノを含めた六人で話し合いをしたいと、比奈が招集を掛け面々が我が家へ集まった。


 結局練習には顔を出さず、俺と比奈、琴音は残る三人の到着を待っていたのだが……顔が揃うや否や、謎の集会が始まる。



「……え、じゃあもしかして、陽翔センパイもグループ入れちゃうんですか? 本末転倒では?」

「そこがミソなんだよ、ノノちゃん。今日のことはさっき文面で送ったでしょ?」


 既に上級生の間で琴音の妊娠疑惑浮上と、その件が解決したことについては周知があったようだ。凄いな。プライバシー一切無いじゃん。



「こういうことが起こった以上、本人抜きで計画立てるのも限界があるんじゃないかなって。タイミングを見て参加して貰う予定ではあったんだけどね」

「そうなんですか?」

「……まぁ、要検討、みたいな」


 ノノの問い掛けに愛莉は複雑な面持ちで答える。というか、さっきから俺の顔を見てくれない。膝まで真っ赤だ。この反応から察するに……。



「良いけどさ……それはそれで良いんだけどっ……アレのことまでハルトに話す必要あったのかなって、それだけ疑問っていうか……うぅぅぅぅ……っ」


 羞恥に耐え切れずベッドへ寝転び、枕を抱えて防御態勢を取り始める。自業自得だろ変態、と瑞希がトドメを刺し、晴れてノックアウト。


 事の発端となった進路調査票の内容を俺が把握してしまったから、まともに顔を合わせられないのだろう。そしてその件は比奈によって流通され、ここに居る全員も知ってしまったという。可哀そうに。



「で……そのなんちゃら機構ってなに?」

「んー? ハルとバランスよく遊べるように、いろいろ調整するライングループ。名前はちょくちょく変わるけどな。先月はハンター〇ハンターだったし」

「イニシャル弄んなちょっと気にしてんだよ」


 確かにヒロセハルトだけどね。その弄りは文香に昔からされてるし、ガキの頃クラスの奴にも『エロ男』って揶揄われてた。やめてほしい。



「あっ……わたしも結婚したらH×Hだ!」

「ええから、その話題引っ張らんでええから。ちゃんと説明してくれ。百歩譲ってそのグループに入るのはええねんけどな」


 ずっと不思議に思っていたのだ。春休み以降、毎晩のように誰かが泊まりに来る一方で、他の誰かと鉢合わせたことが一度も無かった。


 なるほど。こうやって裏で予定を合わせて、不測の事態が起こらないよう保険を掛けていたというわけか。なんて無駄な努力なんだ。



「入るだけならグループに招待すればええ話やろ。わざわざ集める必要が……」

「待ってくださいセンパイ。それ以上はいけません。比奈センパイも……っ! ノノはこの会議を降ります! 受諾は不可能ですっ!」


 何かを察した様子のノノ。慌てて荷物を纏め部屋から出ようとするのだが、これを比奈が引き留めた。まぁまぁ大声で。無駄に悲壮感を込めて。



「だめっ! 足並みを揃えないと、また琴音ちゃんみたいに悲しむ子が出て来ちゃう……絶対に妥協しちゃいけないところなのっ!」

「グググッ……!? しっ、しかし比奈センパイ! これはあくまでもセンパイと、琴音センパイの問題でもあるのです! 勿論大方の話は理解しましたし、納得はしていますっ! でもだからって、こんなのは……!!」

「わたしだってイヤだよ! なんの理由もなくこんなこと言われたら、頭がおかしくなって発狂するかもしれない! でもっ、どうしても必要なの!!」


 ややヒステリックなくらいの勢いで激論を交わす。な、なんだなんだ。比奈はいったいなにを提案しようとしているんだ……?



「愛莉ちゃんも! 恥ずかしいのは分かったから、ちゃんと聞いて! 瑞希ちゃんは陽翔くんのお膝を枕にしない!」

「むえ~~なんで~~?」

「そんな些細なことさえ、キッカケになっちゃうんだよ! 陽翔くん、底なしなんだから……っ!」


 底なし?

 はい? なんのこと?



「……分かった。じゃあこう聞くね。愛莉ちゃん、予選が始まるのはいつ?」

「…………七月一日の土曜、だけど?」

「もう二週間しかないの……! 週明けには登録メンバーも決まる、上級生のわたしたちが浮ついていたら、下のみんなも不安になる……」

「……待って。ちょっと待って比奈ちゃん!?」

「待たないよっ! 一番危ないの愛莉ちゃんだもん! 自覚しなさーい!」


 見る影も無い委員長モードの比奈に圧され、愛莉は表を上げ涙目でプルプルと震え始めた。 いや、影もなんも。こんな比奈知らん。初見過ぎる。


 

「予選は長くても七月下旬、つまり一か月の辛抱。それさえ我慢すれば、あとは……」

「違うわっ! 一か月半よ! 全国の決勝は八月十二日! そこまで行ったら一か月半!! むりっ! 絶対に我慢できないっ!!」

「半月くらい一緒だよ!!」

「一緒じゃない!! 比奈ちゃんが一番分かってるわ! 我慢できないことだって知ってる! 私たち、一緒だもん!」

「それでも、我慢するんだよっ!!」


 必死の抗戦を繰り広げる愛莉。な、なんだこの地獄みたいな空気は。バレンタインの騒動にも匹敵する過激さと居心地の悪さ……ッ!



「まー、言いたいことは分かるけどね。でもあたしもひーにゃんに賛成。てゆーか一か月半禁止されただけで発狂とか、ザコすぎっしょ」

「瑞希は黙ってて!! アンタは大丈夫でも私と比奈ちゃんは違う! ノノも琴音ちゃんも同じよ! 人によってこういうのは違うの!」

「へーへー。素直でよろしいでござんすな~」


 瑞希だけは比奈に賛成のようだ。瑞希は大丈夫で、他のみんなには我慢できないこと……ってことか。なんだ?



 …………あっ。



「愛莉さん。ペナルティーの件、お忘れですか」

「…………え? うそ? 待って琴音ちゃん!? ここでソレ持ち出すの!?」

「そうだねえ~……愛莉ちゃん、バイト先が同じになってから多いもんねえ」

「先月だけで三回もあります」

「みんな我慢してるのに……決められた予定のなかで頑張ってるのに、すぐ抜け駆け

しちゃうもんねぇ~……?」

「うぐぐぐぐぐぐっ……!?」


 唯一の弱みを突かれたと顔面で訴えるかのようだ。そして、彼女のリアクションと皆の話は、抱いた疑念を真実へ導く決定打でもあった……。



「……そうですね。まあ確かに、センパイの仰ることは理に適っています。とても非常に。物凄く。ノノとて許容出来るものではありませんが……」

「自分たちのため、だよ。ノノちゃん」

「ですねっ……春休みの青学館戦と同じような状況になったら、一年たちに合わせる顔がありませんし……」


 納得には程遠くも、ついに観念した様子のノノ。荷物を置いてベッドに大人しく座り直す。

 続いて比奈は、置物と化した愛莉のもとへと出向き、優しく頭を撫でこう語り掛けるのであった。



「ごめんね、愛莉ちゃん。強く当たっちゃって。確かに回数を決めたり、節度を守るよう心掛けたり……色々と対策は出来ると思うんだ。でも、この一年間目指して来た舞台を、全力で戦うためには……」

「…………うん」

「愛莉ちゃんのおかげで、みんなここまで頑張って来れたんだよ。フットサル部に誘ってくれたから、わたしはここにいられる。大好きな人と出逢えて、大好きなみんなと一緒にいられるの。やっぱり、そこは大事にしたいんだ」

「…………うん。分かってる」

「一緒にがんばろ? わたしも辛いけど……でも、みんなも一緒なら我慢出来る。大会が終わったら、いっぱいはっちゃけようよ」

「……分かった」

「愛莉ちゃんが宣言して。部長さんでしょ?」


 むくりと起き上がり、部屋全体とみんなの顔を見渡す。そして、俺と目を逢わせてから一呼吸。ギュッと目を瞑り、愛莉は呟いた。



「…………禁止、します。一か月半……っ!」



 永遠のようにも思える長い一拍の間には、きっと様々な想いが込められていたのだろう。

 スマホを弄っている瑞希とシンプルな羞恥心に苛まれる琴音を除き、みんな今にも涙が溢れそうだ。

 

 俺も同じ気持ち。禁止なんて、あまりにも酷い。惨過ぎる仕打ち。だが、比奈の言葉はそれ以上に重く圧し掛かった。


 これもきっと、俺たちが成長するための大きな一歩。覚悟の一端。メリハリを付けて、すべてにおいて全力で向き合う。


 もう子どもじゃない俺たちは、あらゆる行動にも責任が伴うのだ――。



「全国大会が終わるまで……えっちを、禁止します……っ!!!!」



 その宣言と共に、愛莉はガックリと首を垂れ、すすり泣きながらベッドへうつ伏せに倒れた。比奈とノノもわーわー声を挙げて泣き出してしまう。


 俺たちは成長した。だが、代償は大きい。

 一か月半。それはあまりにも厳しい十字架……。



「あたしとくすみんがキャプテンになったのって、ひつぜんだったんだろうなって、思った。いま」

「……ノーコメント、です」


 埋め難い喪失感に、一筋の光。


 最高にシュールで阿保らしい絵面に、結局俺たちいっつもこんなんだなって、少しだけ安心した。



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