916. 何度も、何度も、何度も
二時間もすると熱気が部屋中に籠り出し、流石に暑過ぎて冷房を入れることになったが、気休めにもならない。
未だに乾き切らない大量の汗、シーツと身体に染み込んだ淫臭。
複数の頂を境とし、睡眠と呼ぶにも事足りない幾多の微睡みを引き摺りながら。互いを貪り合うように、何度も何度も行為へと赴く。
自分主導のマッサージを頑張っていたのは最初だけ。一人遊びの経験さえ覚束ない初心な彼女だ。
あっという間にイニシアチブを奪われ、それからは一方的な蹂躙。されるがまま。ネコミミは気付かないうちに外れていた。
声を出すのは恥ずかしいのか我慢はするものの、少し力を込めれば牙城はいとも簡単に崩れ去る。日頃の平坦で抑揚の無いソレとは似ても似つかない、少し下品過ぎるくらいの嬌声が一晩中響き渡った。
なんせ『48時間コース』である。
長い夜が明けても尚、行為は留まることなく続いた。両親の不在を良いことに、繋がったままリビングへと連れ出す。
普段の彼女なら間違いなく抵抗しただろうが、その時点で既に意識は朦朧としていて、もはや押し寄せる快楽の波に抗う術も残っていない。
ソファー、キッチン、手洗い、更には玄関口……この家での生活と思い出をすべて塗り潰さんとばかりの勢いだった。
彼女は一度たりとも拒みはしない。溢れ返る想いが火花のように弾け、あらゆるタガが外れてしまったのだ。
まともな会話を交わした記憶が無い。行為自体がコミュニケーションそのもの。互いの募りに募った愛情と欲求を確かめ合うに、言葉など一つも必要無かった。
無防備に曝け出される情動になんとか応えようと、同じくらい。いや、それ以上のモノを彼女に注ぎ続けた。何度も、何度も、何度も…………。
部屋へ戻り幾ばくかの休息と睡眠を取った頃。少し肌寒いと彼女は言い出した。制服を脱いで身体を冷やしてしまったのだろう。
深夜二時。虚ろな眼のまま擦り寄って来る彼女の手を引き、一階の浴室を目指す。
道中、廊下にポトポトと垂れていた。腹部を優しく撫でると、琴音は満足そうに目を細め更に身体を預けて来る。あとで家中を掃除しないと。
長い黒髪をタオルで簡単に纏め、軽く汚れを流してからバスタブに浸かる。全身の疲労がゆっくり抜けていくようだ。筋肉痛待ったなしかと思ったが、思いのほか元気だな。彼女はともかく。
「痛いところ無いか?」
「…………痛くは、ないです、けど」
「けど?」
「……お腹が、重いです」
お湯のなかで頻りに腹部を擦っている。手を重ねてゆっくり撫でてやると、この一日ですっかり聞き慣れた甘い吐息がバスルームに反響した。
「……当たって、ます」
「琴音が可愛すぎるのがいけないんだよ……しかし凄いな。むっちゃ浮いとるやん」
「んっ……うぅぁ……っ」
背後から右手で鷲掴みにすると、すぐ小刻みに震え始めた。昨日からずっとこんな調子だ。
彼女の鉄仮面を外すのはあまりに簡単過ぎて、ちょっと悪戯するだけのつもりが、その気にさせられてしまう。
「どうする?」
「……したい、ですっ……」
「したい? なにを?」
「…………ぱんぱん、したい、です」
もう数えきれないほどしたというのに、また始まった。ささやかな口づけはあっという間に熱量を増し、お手隙の左腕は腹部から更に先へと向かう。
ベロッと伸ばした舌が一向に元へ戻らない琴音。俺も俺で問題はあるが、欲しがっているのは彼女の方だ。
「慧ちゃんのパパから貰ったやつ、ホンマに普通の栄養ドリンクやってん。寝とる間に調べてみたわ」
「……そうなんですか?」
「ん。全然媚薬でもなんでもなかった。つまり、琴音がこんなにえっちになったのは薬のせいやなくて……元々そうやったっちゅうわけやな」
「…………じゃあ、良いです。それで」
「ド変態め」
「ぁぅ……う、うるさい、ですっ……! 大人しくしててください……っ」
素直に甘える、正直に伝える……新たに取り決められた二つの約束と、擬音を用いた二人にしか伝わらない隠語。たったこれだけのことで、琴音の内なる秘め事はすっかり開眼してしまった。
向きを変えソレを握り取り、自ら侵入を促す。俺に乗って向き合うのが好きみたいだ。そのまま抱き締められると、とても安心するらしい。
久々に主導権を明け渡すのも悪くないと思ったが、そこから琴音はちっとも動けなくなった。流石に疲れちゃったか。
「ええよ。ゆっくりで。暫くこのままにしよか」
「…………ふにゅっ」
一ミリの妥協も許しはしないと言わんばかりに、背中へ腕を回しガッチリと密着する。湯船の暖かさとはまた違う熱だ。
何度こなしても慣れることの無い、不思議な高揚感がある。同じくらい安堵してしまうのは、彼女も一緒だろうか。
「……陽翔さん」
「ん?」
「…………好きです」
「うん? 俺もやで」
「……大好き、です」
うわ言のように何度も呟く。抱き合っているので顔が見えないのがなんとも惜しいところ……見えないからこそ、なのかもしれないけど。
「ちょっと、怖いです」
「……怖い? なにが?」
「…………こんな気持ち、生まれて初めてなんです。嬉しくて、気持ち良くて、頭がふわふわして……そうしたら、陽翔さんの顔が、ぼんやり浮かんできて……それしか、考えられなくて……わたし、壊れてしまったんでしょうか……?」
たどたどしい口振りで、更にこう語る。
「もう、普通の生活に戻れないんじゃないかって……頭の片隅まで、貴方のことでいっぱいで……なのに、それでも良いって、思ってしまいます」
「……琴音?」
「愛莉さんの気持ちが、今ならよく分かります。分かるというか……同じことをずっと考えていたと、やっと気付いたんです……っ」
今一つ要領を得ない証言に、思わず首を傾げた。愛莉の気持ちが分かった……もしかして、昨日盗み見た進路調査票と何か関係があるのか?
「……監禁、しますか?」
「えっ?」
「こないだ言ったじゃないですか…………嫌じゃ、ないです……本当に、してくれますか……っ?」
「……ずっとこういうことをしていたい、と?」
身体ごとカクっと揺れ動く。思ってもみない告白に、つい息を呑んだ。あんなの彼女を困らせたいがための冗談だ。
まぁ確かに、常に一緒に居たいという意味では決して間違ってもいないのだが……まさか、真に受け取るなんて。
もうデレるとかそういう次元じゃない。もしかしなくても琴音、この快楽に依存し掛けているのか……?
「まぁその、監禁は言い過ぎやけどな? でも、本当にずーっとこういうことしながら、一緒に居られたら……そりゃまぁ、ええよな。うん。最高やわ」
「……赤ちゃん、欲しいですか?」
「え」
聞き間違えではない。
彼女はハッキリと口にした。
赤ちゃん……子ども? 俺と琴音の?
「母からも言われました……本気で望んでいるのなら、いつにするか、何人欲しいのか、今からしっかり考えるべきだと」
「今すぐじゃ……無いよな?」
「……そう、ですね。今では、ないですけど」
背中を掴む力が一層強くなって、滾りに滾ったあらゆる残留物を引き出しに掛かるようだ。血流が一点へ集中するのが分かる。
確かに今行われている行為は、彼女の望みを叶えるに相応しいソレではある。
とは言え、他の四人が施している防衛策を琴音も勿論用意しているわけで……。
……あれ?
昨日から琴音って……。
(あっ)
頭の先から急速に冷えていくような感覚。それを境に、一切の考え事が出来なくなる。気付かぬうちに限界をとっくに超えていたようだ。
疲れていると言えど本能が訴えるのか。琴音は突然ソレを促すよう、身体を上下に揺すり始める。そこからはあっという間。
甘い口づけ。永遠のような微睡み。甘美な余韻に包まれ、あらゆる思考が柔らかな温もりとバスタブへ溶けていく。
「……もっと、ぱんぱん、してください」
期待混じりの。いや、期待という言葉そのものみたいなことを呟いて、彼女は笑った。その姿はどことなく痴呆者のようで、女神のようでもあった。
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