907. やっちゃった
ソファーの背もたれに身体を預けお行儀よく寝ている。膝に乗せた薄手のブランケットは、昼寝常習犯である慧ちゃんが持ち込んだものだろう。
短いスカートにこそ最低限の防御が施されているが、それを差し引いても無防備だ。確かに授業中ではあるし、新館はそもそも人通りが少ない場所。滅多に変なことは起こらないとしても。
(ホンマに寝とるのか……?)
正面へ回り込み様子を見る。起きる気配は無い。仮に入眠中としたら、寝起きの悪さには定評のある彼女のことだ。通常モードへ戻るには時間が掛かる。
まさか当人が自覚していない筈がない。分かっていて尚、俺がこの場所へやって来る可能性を考慮せず無防備に寝ていたとしたら?
よしんば狸寝入りだとしても同じ。その間、自身の身に何が起きたとしても、彼女は一切関知しないということだ。
結論。誘っている。
俺をピンポイントで。
「……チーク?」
真っ白な素肌がほんのり薄ピンクに染まっていた。よく見るとアイシャドウも少しだけ塗ってある。
知る限りメイクには一切縁の無い彼女。そもそも部の人間は瑞希を除いて薄化粧すらしないのだ。これもノノのアドバイスと来栖まゆの影響だろう。
(……可愛い……ッ)
琴音の完璧なビジュアルにはまるで必要無い代物……と一笑に付し切り捨てるのは簡単だが、不思議といつもより魅力的に映る。
そもそも顔立ちを整えるためのモノなわけで、可愛く見えるのは当然なのだが。
あの琴音がメイクをして自身を着飾っている事実そのものに、左胸へ強く訴える何かがある。どこからどう見ても琴音だけど、別人のようにも見えて落ち着かない。
普段とのギャップという点でもそうだし、この見慣れない髪型も含め、すべて俺を気を惹くための策略と考えると……。
「……お~い。こ、ことね~」
「……………………」
顔前で手をぷらぷら。擦れた声で呼び掛けるもやはり反応は無い。今のムーブ、傍から見たら相当気持ち悪かっただろうな。誰も居なくて良かった。
いやでも、分かって欲しい。こんなに可愛らしくて無防備な少女が『さあいつでもどうぞ』と言わんばかりに、隙だらけで構えているのだ。
一方、普段と印象が異なるせいか。いつも噛ましているセクハラが一切通用しないような、そんな気もして。
手を出しても良い、いや駄目だの終わらない押し問答が脳内で繰り返され、一向に気が休まらない。挙動不審に磨きが掛かる。
(あっ)
姿勢を変えたことで、膝に掛けていたブランケットが捲れてしまった。寒さ対策だけならともかく、スカートの中を守るという本来の役目はもう果たせていない。
掛け直そうとブランケットへ手を伸ばすが、寸前のところで思い留まった。
周囲を見渡す。近くには誰もいない。他は授業中なのだから当たり前だ。愛莉と比奈もどこかへ行ってしまった。
「…………」
何を考えたわけでもなく、自然と足は裏コートを覗く大窓へと向かった。カーテンを引っ張って、新館玄関口からソファーが見えないように細工する。コートからは丸見えだが、この時間帯に誰かが来ることも無い。
改めて彼女の正面へ。膝前に腰を落とす。足はピッタリ閉じているが、本当に寝ているのなら抵抗など出来やしない。
そうでなかったとしても、この愚行を止めようとしない時点で同意したようなものだ。
手刀を切り、餅のように柔らかい内腿をゆっくりと押し退ける。
同時にスカートを捲り上げ……。
(や……やっちゃった……ッ)
お決まりの純白とご対面。
寝込みを襲い至近距離から下着をガン見。シンプルに犯罪だ。しかも学校で。誰かに見られたら一発アウト。社会的死は免れない。
ここまでの狼藉を働く気は無かった。なのに、気付いたら手を出していた。有り余る魅力と強烈なギャップを前に、論理的思考が完全に停止している。
(ごめん、ごめん、ごめん……ッ!)
頭の中で何度も謝罪を述べるが、もはや免罪符に過ぎなかった。今度は覆い被さるようにソファーへ膝立ち。理性とブレーキを失った両腕は、彼女の胸元へ一直線。やや乱暴にソレを掴み取り、蹂躙。
(な、なんやこれ……ッ!? 重ね着して尚この柔らかさ……!?)
別に初めてというわけでもないのに、あまりの衝撃で思わず身がよろける。プリンや豆腐を素手で揉み崩したかのようだ。指が埋まってしまいそう。
「んぅっ……ぅぁ……っ」
喉をつっかえすような吐息に一端の切なさ。抑揚の無い乾いた声色が次第に甘々しく蕩ける様は恐ろしく扇情的。
一方的な侵略を前に成す術も無く、呼吸は荒々しさを増していく。こちらとて似たようなもの。何十にも張り巡らされた鉄仮面を一つ、また一つと奪い取るその工程は、同時に自らの皮を剥ぎ取る甘美な痛みに近しい。
最後の砦も早々に破られた。初めて着けたに違いない薄手のリップも、互いの唾液と生暖かい吐息であっという間に無味無臭の白紙へと還る。
永遠のような束縛から気休め程度に離れる。それでもまだ繋がっていた。どちらのものかも分からない唾液が透明な糸を引いて、続きを求めているみたいで。
「……やっぱり起きとったな」
「…………っ」
息もままならず肩を小刻みに震わせる。身体中真っ赤に染まって、炎に包まれているみたいだ。潤んだ瞳から浸る一滴は、果たして喜怒どちらによるものか。
いづれにせよ、二人を拒む一切がこの場から消え失せてしまった、それだけが確かだった。あとは何を言おうとキッカケに過ぎない。
「演技下手は相変わらずやな」
「……最低です。許可も得ずに……っ」
「よう言うわ。許可も不許可もあるか……分かっとったやろ、こうなるって。拒まないってことは……違うか?」
「…………っ……」
ゆっくりと視線を落とし唇を僅かに震わせる。数時間経てばようやく『はい』に見えなくもなかったが、とても待てなかった。
肩を掴みソファーへ押し倒す。バランスを少しでも崩せば床へ投げ出されるほどの狭さだが、もう気にもならない。
「だっ……だめですっ、こんなことで……!」
「どこなら良いんだよ。ちゃんと教えろ」
「……せめて、貴方の部屋で……っ」
「授業は? 三限からやろ」
「…………そ、それは」
「俺を見ろ。目を逸らすな……ッ」
ハッと息を呑み喉をしならせる。これ以上どうしようもないと思われた頬が更に赤度を増し、今にも破裂してしまいそうだ。
「こんなことしなくたって、一言言ってくれればええのに……まぁ、覿面やったけどな。効果。ノノと考えたのか? 今度お礼言っとけよ」
「…………ぁ……っ」
「お前が嗾けたんやぞ。分かっとるな。怨むなら精々、己のポテンシャルを過小評価した自分にしとけ……!」
互いの熱い吐息が掛かるくらいに接近し、あらゆる隙を埋めに掛かる。
家まで我慢? とんでもない。ここで始め、終わらせるつもりしか無かった。
どうせ誰か来たとしても部の人間だけだ。ノノや瑞希ならむしろ歓迎。見られたって構わない、むしろ見せびらかすまでだ。
こんなに可愛くて魅力的な彼女が、他でもない俺のモノだと知らしめてやる。
良かったな、琴音。作戦大成功じゃないか。尤も、事を及ぶに最適な場所くらいは考えておくべきだったな……!
「――ありゃっ? 誰かいるんスかね?」
「否ッ!! 我らの快適な安眠を誘うべく、眷属による大いな施しが為されたに違いないっ!」
「いやぁ~それだけは絶対無いっスね~。さてさて、確かソファーに置いた筈なんスけど……」
突如響き渡る二人の声。俺も琴音も驚きのあまり、雷に打たれたみたいに身体を弾ませる。まさか……ミクルと慧ちゃん!?
足音が近付いてくる。どうやら慧ちゃんは置きっぱなしにしたブランケットを回収に、ミクルはサボりにやって来たようだ。不味い、カーテンに手が……!
「あっ、クスミ先輩! お一人ですかっ?」
(危っぶねええェェーーッ゛ッ!!)
ギリギリのタイミングで琴音の上から降り、長テーブルの下へ滑り込む。
スラックスが捲れ上がり、膝が床に擦れる。燃えるように熱い。火傷不可避。
「……こ、こんにちは。その、えっと……少し仮眠を取ろうかと……っ」
決死のダイブが実り、俺の存在は二人に悟られていない。琴音も覚束ない口振りながら釈明を始めた。
「ほえ~、クスミ先輩もお昼寝とかするんスね~。あ、それアタシのブランケット! もしかして使ってました?」
「すっ、すみません。あの、置きっぱなしだったもので……保科さんのですよね。お返しします」
「いえいえっ、そのまま使ってて大丈夫っスよ! 暖かいっスよねこれ! すいませんお邪魔しちゃって、アタシら空き教室で寝るんで!」
「馬鹿を言うな保科ッ!! この
「アァっ!? 返せっスーー!!」
慧ちゃんのビーズクッションを奪い取り、対面のソファーへ寝転ぶミクル。
一先ず危機は去ったが……ど、どうしよう、そこに居られたら動けな……。
「……我が眷属よ、そこ何をしている?」
「…………よう。ミクル」
「何をしているのかと聞いている」
「…………狭いところって、ええよな」
終わった。
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