906. 誘ってんじゃん


(なんで居らへんねん)


 翌朝はちょっとだけ。いや、そこそこ不機嫌だった。渡り廊下で待っていろ、というホヤホヤの約束を速攻で破られたからだ。


 予鈴が鳴るまで渡り廊下の自販機前で待っていたのに、ついぞ現れなかった。寝坊助の多いアパート住民に釣られ夜更かしでもしてしまったのか。


 単位ごとの出席である三学年は朝のHRも参加義務が無いのだが、生真面目な彼女なら顔を出すかと思い教室に留まっている。本鈴ギリギリで到着した愛莉が驚いた様子で声を掛けて来た。



「あれ? 陽翔って今日一限だっけ?」

「ちと用事がな……すっぽかされたけど」

「日頃の行いが悪いからね」

「やかましいわ」


 この曜日に一限を取っているのは愛莉だけ。思いがけない遭遇に気を良くしたのか、中途半端な弄りを手土産に隣へ座る。

 普段は比奈の席だ。今は居ないからってコイツ。露骨にフニャるな。キリッとしろ。


 峯岸が眠そうな顔でやって来て、朝の周知をかったるそうに垂れ流している。やはり真面目に聞いていない愛莉、スマホ片手にこんなことを尋ねた。



「すっぽかされたのって琴音ちゃん?」

「あ? なんか聞いた?」

「いや、今ちょうどライン来てさ。陽翔さん教室いますかーって」


 どうやら学校にいるにはいるらしい。時間と場所まで指定して入れ違いになったのもおかしな話だな。と一人首を傾げていると、教室の扉が開く。



「ん、なんだ楠美か。お前今日三限からじゃなかっ…………あっ?」

「……おっ、おはようございますっ……ッ。すみません、HR中に。構わず続けてください……っ」


 半開きの目がバックリ。峯岸に限らず教室中の皆が呆気に取られていた。恐らく奴が名前を出さなかったら、その人物が彼女であると気付かない可能性の方が高かったかもしれない。


 集中する視線を避けるように身体を縮ませ、こちらへ駆け足で寄って来る。馴染みの前列へ座ったということは、もう確定。



「こっ、琴音ちゃん……!? その髪型……えっ、えぇっ……!?」


 愛莉が言葉に詰まるのも無理は無い。我々が知る限り、琴音はこれまで一度だって髪型をアレンジしたことが無かったからだ。


 楠美琴音と言えば日本人形のような腰まで伸びた長い黒髪が代名詞。髪留めすら使わないナチュラルストレートで、前髪も一切弄らず癖通りに垂らしたまま。拘りも無いようで、鬱陶しくなったら切る、くらいの感覚らしい。



(ほぼ来栖まゆ……!?)


 ゴテゴテのリボンで纏めたツインテール。

 ガッチガチに固めたパッツン前髪。


 間違いない。同じ髪型だ。流石は琴音、少しイロモノ感のあるスタイルでも元々のビジュアルが強いおかげで違和感がまったく無い……って、そんなことは果てしなくどうでも良くて。



「おい琴音、いったいなにがどうした……ッ! その辺に落ちとるメンヘラの実でも食うたんか……!?」

「…………っ……」


 一瞬だけ目配せ。

 すぐにそっぽを向いてしまう。


 よく見ると首筋が真っ赤だ。ということはもしかして……この髪型を披露するのが恥ずかしかったから、約束の場所に姿を見せなかったのか?


 いやでも、こうなると分かっていて何故ここまで大胆なイメチェンを? なに? どういう意図? 目的は……!?



「とっ、取りあえず比奈ちゃんを呼ばないと……ッ!? フットサル部始まって以来の大事件だわ……!!」

「急げ愛莉! 事態は一刻を争うぞ……ッ!」


 大慌てでスワイプに勤しむ俺たちを、彼女は反射する窓越しに時折チラチラと眺めているようだった。が、気付く筈も無い。そんな余裕があるものか。






「琴音ちゃんから相談? ううん、なんにも?」

「嘘よッ!!」

「あ、今の似てるっ! ひ○らし見てくれたの?」

「ちょうどその場面で見るのやめたわよ怖いからッ!! ねえお願い比奈ちゃん真面目に聞いてぇぇ……っ!! 」


 比奈は二限前にやって来た。気の抜けた面で誰も着いて行けないアニメの話を一人繰り広げ、無知な愛莉を翻弄するいつもの彼女だ。俺が絡まなければ下ネタも挟んでこない。一生そのままでいろ。



「ノノちゃんの部屋に泊まったのは知ってるよ。夜に連絡来たから。というか、わたしに聞くまでもないんじゃない? 陽翔くんは」

「……まぁ、思い当たる節はあるが」

「また!? またアンタが琴音ちゃんを壊したの!? そうなんでしょっ!?」

「いつまでそのテンションやねんお前」


 会話の糸口になればと一晩預かったスマホを差し出すや否や、強引に奪い取り教室から走り去った彼女を心配する気持ちも分かるが。一時間たっぷり考えれば答えもなんとなく分かって来る。


 恐らく昨晩、ノノから何らかのアドバイスを受けた結果、ああなったのだ。市川ノノYou○uber化計画の一端で彼女も多少なりとも関心を持ち、回り回って来栖まゆの動画へ辿り着いた。


 ノノの一件を間近で見て来ただけあって、琴音が興味を惹かれた理由も今なら分かる。

 来栖まゆはそれこそ、ノノや琴音と対極に位置するような女。自分に足りないモノを持っているのでは……と、変な期待をしてしまうわけだ。



「実のところ、それっぽいことは言うとった。フットサル以外にもう一つ努力したいことがあるとかなんとか。詳しくは教えてくれへんかったけどな」

「ふ~ん……じゃあ決まりだね。取りあえず琴音ちゃん探しに行こっか」

 

 談話スペースに隠れていると読み、揃って新館へ向かう。先日の図書館での一幕を大雑把に打ち明けると、流石は親友にして最大の理解者である比奈。道中このようなことを語るのであった。



「そうなんだよねえ。琴音ちゃん今までお洒落とか、自分を可愛く見せたいっていう感覚が全然無かったから。最近のノノちゃんとか、すっごくキラキラ輝いてるって感じだし」

「……俺のせいか。やっぱ」

「ううん。羨ましいってだけで、嫉妬は全然してないと思う。琴音ちゃん、自分のことを負けず嫌いだってよく言うけど……ちょっと違うんだよね」

「違う?」

「他の人じゃなくて、今までの自分に勝てないのが嫌なんだよ。現状維持を退化と捉えちゃう、っていうか?」

「あぁ~~……」


 ストンと腑に落ちるものがあった。去年の今頃は『勉強以外にロクな長所が無い』『部では役立たずだ』なんだとしょっちゅう口にしていたし……ああ見えてコンプレックスが多いんだよな、アイツ。可愛いの塊なのに。



「なるほどね……フットサル以外のことで、自分自身にプラスワンが欲しいってことかしら」

「ノノがYou○uber目指してる、みたいな?」

「それは特殊だけどさ……うん、でも、気持ちは分かるわ。私も春先とか、ちゃんと部長の仕事頑張らないとって、ちょっと意固地になってたし」


 うんうんと頷き肯定を露わにする愛莉。色んな意味で落ち着いてくれたのは有難いが、にしても激しいな。情緒。不安になるわ。



「だからノノに頼ったのよ。だいたい、いかにもアイツが言いそうじゃない。どうせイメチェンするのなら、ガッツリ振り切れた方が良いのですっ! とか」

「上手いなモノマネ」


 想像に容易い。ノノも来栖まゆの可愛さというか、セルフプロデュース能力という点については大いに認めていた。

 決して琴音を陥れたかったわけではなく、彼女なりに琴音の新しい可能性を模索したが故のアドバイス、ということか。



「マンネリってわけじゃないけど、新しいことに挑戦するのも大切よねえ。琴音ちゃんの場合は特に……ねっ、陽翔くん?」

「……んだよ。その生暖かい目は」

「琴音ちゃんがもう一つ努力したいこと、もう分かったかな? かなっ?」

「誰の真似やねん語尾」

「今度お家で観ようねぇ~」


 階段を降り一階へ。談話スペースが近付いて来た。謎のキャラ真似と併せ、あとは分かっているな、と強烈な念押しを喰らう。


 もはやただの自慢でしかないが、あの楠美琴音と今日へ至るまで、あまりに特別な関係を築き上げて来たのだ。そこまで察しが悪い俺ではない。


 男ウケ命と言っても過言でない来栖まゆを参考に、あのイメチェンを図ったとすれば。彼女が求めているのはただ一つ……。



「おっ、はっけ~ん♪ …………んふふっ。油断してるのか、それとも誰かを待ってるのか……どっちなのかな? かなっ?」

「瑞希が呼んでるから、私も行くわよ……学校だし、程々にしなさいね」


 気遣いかどうかは何とも言えないラインだが、有り合わせの助言を置き二人は元来た道を引き返して行った。本当に余計なお節介だ。助かるけれども。


 ふむ。まずはどうしよう。

 一旦寝てはいる。ソファーで。


 逆に宜しくない気もする。逆に。

 誘ってんじゃん。どう考えても。


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