おめでた守り神

904. Dialogue No.1


 ……さっきから何を見ているんですか?


 あぁ、市川さんの……詳しくないのですが、なんだか凄いことになっているそうですね。これが視聴回数ですか? ……いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……五十万回、ですか。凄いですね。


 わ、私ですか? まさか……遠慮しておきます。何度も誘われてはいますけれど……カメラに向かって話すのは苦手なので。


 ち、違いますっ。部の内輪で撮影しているものと、世界中に公開するのとでは勝手が……慣れてません、あんなの。陽翔さんの勘違いですっ。


 とにかく、スマホばかり見ていないでペンを動かしてください。課題が終わらないと練習にも合流出来ません。図書館で集中して一気に終わらせたいと言い出したのは貴方でしょう。まったく……。



 ……な、なんですか?


 怒ってる顔もかわっ……な、なんですか急にっ!? やめてください、誰も居ないからって……! 家以外でそういうことは、その……っ。


 ……ちがいますっ。家ならオーケーとも言っていません。違うったらちがうんです……うぅっ、どうしてそう貴方はいつもいつも……。



 ……………………


 

 ……見たいなら見れば良いじゃないですか。動画。どうせもう終わっているんでしょう。英語に限っては貴方に敵わないんですから。わざわざ私を待たなくても結構です。


 い、いじけてませんっ。

 子どもじゃないんですから。


 むっ……な、なんですか。

 わざわざ隣に来る必要は……。



 ……………………



 ……だから、あの。陽翔さん。外なので、こういうのは……頭撫でてるだけ? そっ、それもダメですっ。見られたら困りますっ……。


 むうぅっ……。



 ……………………



 嫉妬じゃないです。別に。

 今更そんなこと気にしません。

 構わないでください。いつものことです。


 ……もっと、正直に?



 …………………



 少し、寂しかっただけです。学校では、その……二人でいられる時間が……だから、そのっ……。


 そ、そうです。分かれば良いんですっ。ちょっとは察してください、まったく……その気になればいつでも会えるのに、動画の市川さんばかり見て……。


 …………あの。なら、陽翔さん。

 少しだけ、聞いてください。



 ……羨ましいのは、本当です。例の……ゆーちゅーばー? を始めてから、市川さんがとても輝いて見える……と言いますか。


 嫉妬じゃないんです。市川さんが可愛らしい方なのは知っていますから……どちらかというと、そのっ……。


 ……そうですね。そう言うと思いました。もう半分口癖みたいなものでしょう。貴方にとっては。


 だから、市川さんではないんです。私の問題なんです。貴方と比奈はいつもそう言ってくれますけど……正直、あまり自信はありません。


 今までこんな風に扱われたことが無かったんです。両親もそうですし、異性から言い寄られるようなことも……まぁ、それはどうでも良いんですけど。


 その、一応、改めて聞きたいのですが。

 私の……どこが可愛いんですか?


 こういう、ところ?


 ……あの、ごめんなさい。全然分かりません。



 ……………………



 貴方がそう言ってくれるのは、その……とても、嬉しいんです。本当に、本当です。信じられない気持ちも分かりますが。


 ただ、貴方の評価に見合うだけの努力と言いますか……そういったものを自分が出来ているかと問われると、とても素直には頷けないのです。



 部活でも同じようなことを考えます。最近は特に……紅白戦が終わったあと、シュート練習をするようになったじゃないですか。


 今までの練習で、皆さんがどれだけ私に忖度していたのか、よく分かりました。特に貴方と愛莉さんのシュートは……恐怖心ならもうありません。ただ、シンプルに止められないという、それだけです。


 ……分かってます。チームキャプテンに任命していただいて、ようやく下級生への接し方も身に着いて来て。


 この頃、ゴレイロの練習で貴方が特に厳しいのも……私が着いて来れるように、少しずつギアを上げてくれているんですよね。分かってます。ちゃんと。


 ……ごめんなさい。忖度なわけ、ありませんよね。私のためを思ってのことなのに……今のは酷い言い方でした。忘れてください。



 ……………………



 ……でも、やっぱり納得出来ません。納得と言うか……自分が情けないんです。

 私がもっともっと、ゴレイロとして頼れる存在にならないと、全国の舞台では勝ち抜けない……どうしても、焦ってしまいます。


 大丈夫です。皆さんに助けて貰うことを、恥とは思いません。それがチームと言うものだと、この一年で沢山教えて貰いましたから。

 私なりに皆さんを助けられるという自信も、今なら少しだけ持っています。



 それでも、まだ足りません。いただいた映像を毎日寝る前に観ています。町田南の……横村さん、でしたよね。


 上手く言語化出来ないのですが、彼女は、私とよく似ている気がするんです。

 いつもオドオドしていて、とても頼れるような選手には見えないのですが……シュートが飛んで来ると、いきなり雰囲気が変わって。


 絶対にゴールを許さないという気迫が、画面越しから伝わって来るんです。あのような方を、まさに守護神と呼ぶのでしょう。


 選手の皆さんも、横村さんのプレーをある程度計算に入れて動いていると、そのように感じます。一方、私はどうなのか……。


 楠美琴音としての信頼はともかく、まだチームの守護神として、大きなものを預けられるような存在では無いのだと……どうしても、そう思いました。



 ……………………



 ……はい。仰る通りです。貴方が、チームの皆さんが与えてくれた信頼と、愛情が……今では私の一番の武器なのかもしれません。


 でも、それはそれ。これはこれ、です。私が負けず嫌いで意地っ張りなことは、貴方もよく知っているでしょう。


 こればかりはどうしても、生まれ持った性格です。誰よりも高いところから見下ろし、一番であることを強いられてきた、そういう人間ですから。


 むしろ良いことなのだと思います。貴方と、皆の優しさに甘えているだけでは……まるで意味が無いんです。

 こんな自分でも、プライドがあります。大会を控えた今こそ、本当の意味で自立出来る大きなチャンスだと、そう思うんです。


 

 だ、だからっ、いちいち撫でないでください……! そうやって貴方が甘やかすから、わたしは……っ! う、うぅぅっ……。



 ……………………



 ……はい。分かってます。本当に辛いときは、貴方を頼ります。でも忘れないでください。私も同じくらい、貴方に頼って欲しいんです。


 守られるだけの人生に意味はありません。貴方が与えてくれた、ゴレイロと、チームキャプテンとしての役目……私に足りないものが、すべて詰まっています。


 だから、もっと努力します。貴方と、皆さんのチームメイトとして、より相応しいプレーヤーになれるように……。



 えっと……それで、あの。

 最初の話に、戻るんですけれど。


 選手としても勿論そうなのですが……もう一つ努力したいことが、あります。


 ……でも、秘密です。


 貴方に言われた通りの人間になるのは、なんとなく違う気がします。どうせ可愛いだとなんだと、同じようなことを言うのですから。


 期待されたものだけを返すのは、癪です。平均点を狙ったところで、さして興味を抱かないでしょう。どこかの誰かに似て、気紛れな貴方ですから。



 だったら……貴方の力を借りないで手に入れてみせます。有難いことに、私の周りには頼れる友人が沢山いますから。頼りない方も大勢いますが。


 とにかく、手出しは無用です。

 貴方抜きでも、なんとかしてみせます。



 …………ただ、見ているだけで。目を逸らさずにいれてくれたら、それで良いんです。他に何も望みません。


 ようやく籠の中から出られたんです。

 今度は大空を、自由に飛び回るだけです。


 ……まぁ、だからと言って、帰る場所を見失ったわけでは、ありませんけど。ちゃんと見える範囲には、いますけど。はい。



 ……なっ、なんでもないです。

 今のは忘れてください。良いですねっ。



 だから、撫でないでくださいっ!

 課題が終わらないじゃないですか!


 …………むう。


 ……じゃあ、ちょっとだけです。

 その代わり……ちゃんと、お願いします。


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