903. 生粋のトリックスター


 週明け。不審者の影も消え失せ、騒動のことなどみんなすっかり忘れてしまったある日の練習前。



「はっ? 収益化!?」

『どうミズキっ! すごいでしょっ!』

「なんかよう分からへんけど、登録者? っちゅうのも一万人くらいなったで」

「あたしのイン○タよりフォロワー多いだとォ……?」


 文香とシルヴィアがウキウキでチャンネルのページを見せて来た。我が部のSNS大臣である瑞希の引き攣った顔が何よりもその凄さを物語る。


 今どきスマホ一台あれば編集は簡単に出来るので、とてつもないハイペースで投稿しているらしい。先週アップしたノノ対シルヴィアの『サッカーバレー野球拳』が早速バズったみたいだ。


 美少女二人がなんの躊躇いもなく脱いでいるわけだからな。モザイク越しとは言え。そりゃ伸びるわ。誰でも興味あるわ。



「ついでにシルヴィアちゃんのことも軽く紹介しておきました。勿論許可は貰ってますよ?」

「それはそれでどうなんやろな……」


 既にWebメディアからも注目されているらしく、あのトラショーラスの美人娘が混合大会の全国を目指している……そんな記事も出ているそう。


 一方、俺の存在はチャンネル内で一切明かされていない。廣瀬陽翔の知名度抜きでも注目を浴びる下地が整ったというわけだ。



「ねえ、本当に大丈夫? なんかコメント欄、キモイ人ばっかなんだけど……」

「ノノは気にしませんし、シルヴィアちゃんは読めないのでノー問題です。我々の美貌が全世界へ通用したという事実に変わりはありませんっ!」


 愛莉の心配は尤もだが、割合としては薄着の女子高生目当てとフットサルファンが半々ずつくらいで、むしろ目論見通りだとノノは大層喜んでいた。たった一週間でここまで結果を残すとは末恐ろしい。


 早くもマスコミから取材申請が来ているそうだが、やり取りは峯岸に一任しているとのこと。安斎のような人間は事前に省かれるので、真っ当な取材のみ応えるようだ。少なくとも大会が始まるまではお断りの方針だとか。



「兄さんが変にプレッシャー浴びないのは良いかもしれないケドさ……どうせ注目されるからって、ここまでやる必要あるのかな」

「ええねん楽しくやっとるんやから。ああいうのはノノに任せて、こっちはこっちで真面目に本番まで備えておけばええ」

「なら良いケド……うん、スマホ構えてたらすぐ逃げるようにしよう……」


 そさくさと皆の傍を離れウォームアップに勤しむ真琴。これはこれで構わない、無理に協力する必要も無かろう。

 コート内外でチームが上手く回るように、ノノがノノなりに、ノノにしか出来ないことをやっているのだ。


 例の一件も良い方向へ転がった。それぞれが部内に置ける自身の役割を模索するなかで、ノノも自分が一番輝ける方法を見付けている。この一週間、ノノは本当に生き生きとしていて。


 練習中もその傾向は強く表れた。以前にも増して存在感を発揮し、自信とエネルギーに満ち溢れたプレーがチームを押し上げてくれている。



「――ミクエルちゃん、こっちです!」

「承った!」

「ゲェッ!? いつの間に!?」


 紅白戦。下級生主体のセカンドセットがこの日も絶好調。瑞希の猛チャージをミクルとの華麗なワンツーで回避、一気に敵陣へ侵入。


 瞬く間にコートを縦断し、どんな場所にも顔を出して局面を打開する。まさにノノ真骨頂とも呼べる、攻守における隙の無いハードワークだ。



「今のは上手いな……これで逆転か?」

「ん。3-4」

「相変わらず人間離れした運動量さね……あれだけ動き回ったら細かいポジショニングとか足元の技術とか、どうでもよく思えて来るわ」


 試合を見守る峯岸もこの呆れた表情。コロラドから個人戦術に際しピックアップされていたノノだが、もはやその心配も必要無いだろう。


 欠点を補うよりとことん長所を伸ばす方が、彼女にもチームにとっても有益になる。市川ノノ、突き抜けたな。いよいよ完全覚醒だ。



「ヒャッフウうううーーッッ!! ナイスゴールですシルヴィアちゃんっ!」

「ヨイアシスト! ムテキ!!」


 軽快なハイタッチが響き、汗交じりの煌びやかな笑顔が弾ける。この日はすっかりノノの独壇場になってしまった。


 いや、これも含めていつも通りか。どれだけアウトロー気取ろうと、気付いたら主役の座に収まっている。誰よりも目立ち、輝いてしまう。


 そういう星の下に生まれたのだ。それでいて、磨く努力を怠らない。良くも悪くもないものねだりばかりしている。


 だから見ていて飽きない。

 いつどんなときも俺の心を奪う。

 最高で、最強のペットなのだ。






「というわけでノノとセンパイ方のお部屋です」

「だから早過ぎるんだよ何もかもが」


 練習後。当たり前のように自宅アパートへ着いて来たと思ったら、そのまま新居紹介が始まった。


 幾つか並ぶクローゼットの中は、既に皆の衣類でいっぱいになっている。五つの小さい段ボールは他の持ち物だろう。アパートのフットサル部専用寮化計画が遂に実現した瞬間である。



「昨日来とった引っ越しのトラックはこれが理由か……家具は全部ノノが?」

「イエスいえす。取りあえずノノが週五くらいで住んで、瑞希センパイもちょっとずつ移住して来る予定です。夏休みを目安に」

「用意周到にもほどがある……」


 早速入居祝いのパーティーが行われるらしい。三年女子は買い出しへ出掛けており、暫しの間ノノと二人きり。


 寝るのはセンパイの家だから要らなかったかもですね~、と新品真っ白のシングルベッドへ寝転がり素足をパタパタ。

 ニコニコでスマホを弄っている。溢れ返る動画のコメント欄に一喜一憂。楽しそうだ。逆にムカつくくらい。


 

「……んふっ? なんですかっ?」

「いやなんか、ノノがノノやっとるなぁって」

「ノノはいつでもノノですよ?」

「まぁな」


 来栖まゆと川原女史の脅威に怯えていた数日前が嘘のようだ。オマケに俺の問題までアッサリ解決してしまって、さぞ毎日が愉快なことだろう。


 前言撤回。ムカつくなんてとんでもない。ノノがこんな風に笑ってくれると、俺は心から安心する。勿論それは、薄ら寒い先輩風が吹いたからでもなくて。



「……ええよな。一緒におるって」

「ほえっ?」

「単純な距離だけや測れへんけどさ。ちゃんと手の届く場所にいてくれるって、やっぱり嬉しいもんやなって。思った。安心するって言うか」

「…………むふふっ♪」


 スマホを置いて『こっちこっち』と手招き。促されるままベッドに腰掛けると、彼女は腰回りに力強く抱き着いて顔を埋める。


 突然の発情期かと一瞬警戒したが、どうやらそうではないらしい。薄ゴールドの髪を優しく撫でると、くすぐったそうに吐息を漏らすノノ。



「……ノノも一緒です。センパイが近くにいればいるほど、安心します。なのに、ふとした瞬間なんてことない言葉や態度で、いちいちドキドキして、ワクワクして……色んなものが輝いて見えるんですっ」

「奇遇やな。俺も一緒」

「……センパイのこと、好きになって良かった」


 珍しく真っ直ぐな告白に、思わず頬も緩む。まさにノノの言う通り。突然やって来るギャップと仄かな温もりに、今日の今まで翻弄されっぱなしだ。



「ノノが色んなことを頑張れるのは、陽翔センパイと、みんなのおかげです。今までは違いました。自分をアピールすることばっかり考えて、そのせいで勘違いされたり、誰かを傷付けたり、全部失敗しちゃったり……」

「俺たちだけじゃない。ノノの力だよ」

「それもあります。ありますけど……でも、やっぱり違うんですっ。ノノ、誰かのために頑張ることが、とっても楽しいんです。ノノがノノのまま、センパイたちの力になれるのが……すっごく嬉しいですっ」


 むくっと顔を上げ穏やかに笑う。平常時のヘラヘラした馬鹿笑いもあれはあれで好きだけど、こういうノノも大好きだ。帰り道を照らす真夏の美しい夕日のような、不思議と心落ち着く暖かさがある。


 ノノの目指す先は俺たちの未来でもあり、そして帰る場所でもある。そんな風に思うのだ。

 太陽のように光り輝く彼女は、いつどんなときもこの世界の拠り所。



「……ノノのこと、もっと頼ってください。いっぱい可愛がってください。そしたらノノ、もっとセンパイとみんなのこと、大好きになれます。なりたいんです。もっともっと。それだけが望みで、ノノの目標です。愛が欲しいのです」

「溢れるくらいやるよ。そんなの」

「いえ、全部拾います。すべてノノが独占ですっ。センパイこそ、ノノのラブを受け損ねるような真似は厳禁です。飼い主の責任ですよっ?」

「おー。ドンと来いや」


 偶に熱すぎて火傷しそうになるけど、それさえ愛おしい。凍えるような寒さを乗り越えて来た俺たちには、彼女の燃えるような生き様が必要だ。



「……でも、本当にペットで良いのか?」

「もちろんっ! 別に彼女になれないとか、一番が難しいからとか、そーいうのじゃないのです。むしろペットが良いのです。性癖なんで」

「はい雰囲気ぶち壊し~」

「あーっ! だったら言わなきゃ良いのに!」


 クシャクシャの悪戯な笑顔が溢れ返り、釣られて俺も笑った。微笑ましさと馬鹿らしさ、多分どっちもだ。その思考回路だけは未だ理解不能。


 でも、そうだな。俺も余計なことで悩んでいたのかもしれない。こんなに可愛くて頼もしい彼女が、自らペット扱いを望むのだから。


 俺に出来ることはただ一つ。市川ノノを永遠に飼い続け、全身全霊で守り、愛し抜く。それ以外に無いのだろう。


 想いは変わらない。


 形はなんだって良いのだ。

 ただそこに、隣に居て欲しい。


 俺が俺のまま。ノノがノノのまま。同じ未来を描き、共に歩めるのなら……こんなに幸せなこと、あるわけないよな。



「むふふふっ……ねえねえセンパイ。ノノの壮大なビッグプロジェクト、知りたいですか?」

「ほう。聞かせて貰おうじゃないか」


 ゴロゴロとベッドへ縺れ倒れる。硬く握った手と反対の手で天井をスッと指差し、ノノは自信満々に語り出す。



「まずですね……このままYou○ubeを超頑張ります。全国で優勝すれば、それだけノノとチャンネルの知名度はうなぎ登りなのですっ。将来はめちゃくちゃフットサルが上手い人気者の美少女インフルエンサー……どうですかっ?」

「余裕やな。あっという間やろ」

「行けることまで行くのです。なんならセンパイとみんなが底辺ニートに落ちぶれたとしても、一人で全員食べさせられるくらいの、超お金持ちになります! 勿論、家の力は一切借りずに!」


 ぬっふっふと薄気味悪い顔。思えば将来の夢や展望を今まで聞いたことが無かった。インフルエンサーか。確かにノノの天職だな。

 まぁなんでも良いさ。ノノが楽しいのなら。バイタリティーの申し子みたいな彼女だ、何をやっても成功するだろう。


 今でさえこんなに輝いて見える彼女の、一番の原動力が俺だなんて。そう考えるだけで、喜びで胸が詰まりそうになる。



「世界中のみんなが知ってる人気者……しかし裏の顔は、陽翔センパイに一生の服従を誓う、頭のイカレた忠実なペット……」


 ところが、美談だけで終わらないのがこのペットの良いところで、ある意味一番の悪い癖。生粋のトリックスターが顔を覗かせる。



「ファンのために頑張る? みんなに好きになって貰う? のんのんのんっ……すべてはセンパイに可愛がってもらうためのオマケに過ぎません。みんなから集まったラブとライクは、すべてノノたちの肥やしになるのです……!」

「うわぁ。悪い顔」

「沢山の人の期待を裏切って、たった一人の男のために身を捧げて、尻尾を振り続ける人生! …………んはははっ♪ ゾクゾクしちゃいますね……っ!!」


 地獄の沙汰も真っ青の悪どい笑顔。どちらかというとサキュバス的なソレを感じさせる。小悪魔は比奈だけで十分だ。魔王と呼んでやろう。


 とんでもない奴だ。いったいどれだけ俺を困らせ、呆れ果てさせれば気が済むのか。ペットというよりじゃじゃ馬だな。間違いなく。



 もう駄目だ。あらゆる語彙が尽きた。


 市川ノノが可愛い。むっちゃ可愛い。

 一生飼い続けてやる。一生だ。

 絶対に離してやんねえ、こんな奴。



「大好きですっ、陽翔センパイ……ノノの、ご主人様っ♪」


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