902. それそれそれそれ
翌日。峯岸から周知があり、不審者の問題が解決したとの報告を受ける。昼休みを前にこちらから出向くまでもなくノノに召集された。なんでも安斎、既に日本からエリトリアへ発ったらしい。
「これにてセンパイとフットサル部の平和は守られ、一切の心配無用というわけですねっ! 年度末に出版社自体潰れると思いますけど、フリーになったとて日本には帰って来れない筈ですっ」
「お、おう……」
賑わう食堂の一角。ぷるんとマシュマロを震わせ、ドヤ顔で総菜パンをかっ食らうご機嫌の市川お嬢様である。
川原女史から延々と届く謝罪のメッセージ(場の流れで連絡先を交換してしまった)にスタンプで返信する間、幾つか質問を投げ掛けてみる。
「で……秘密にしろって?」
「いやぁ、わざわざ教えるのもどうかと。嫌味に取られても困りますし」
「んなことねえと思うけどなあ……」
あの後、ノノは『部員の誰にも言わないでください』と執拗に釘を刺し、そのまま音頭を取って皆を解散させた。今日もわざわざ談話スペースを避けて食堂へ俺を呼んだくらいだから、よっぽど知られたくないのだろう。
「ていうか、そのせいでちゃんとした友達があんま出来なかったんですよ。子どもの頃。なんも考えないで周りに言い触らしてたんで」
「あー……親に伝わって、みたいな?」
「かもですね。言葉の通じないシルヴィアちゃんに声掛けたのはそーいう理由もあります。日本の会社なんて知らないでしょうし、シルヴィアちゃんもなんかお金持ちそうだったんで」
「そんなんで友達選ぶなや……」
「とにかく、ノノが大企業のご令嬢だなんてこと、みんなが知る必要は無いんですよ。だって関係無いですし」
素性を明かしたばっかりに距離を置かれたことも一度や二度では無いらしい。部には長瀬姉妹を筆頭に金欠の子も居るには居るから、ノノとしてはどうしても引っ掛かってしまうみたいだ。
でも、それこそノノの言う通りだと思う。サブカルチャーに精通する比奈は多少驚くかもしれないが、みんな『逆にノノらしい』くらいは言いそうだし、あっさり納得する気はする。当人がそう言うのなら無理強いはしないが。
「ご両親、ほとんど日本に帰らんでアメリカおるんやろ? 着いて行こうとか思わなかったのか?」
「思わなかったですねえ。シアトル支部が出来たの最近ですし、ノノが子どもの頃は普通に日本で仕事してたんで。せっかくデッカイ家住んでるし、おじいちゃんとおばあちゃんもいるし、寂しいとかも無かったです」
「それで友達づくりに苦労したのに?」
「わざわざ喋んなきゃ良いだけの話です。普通にコミュ障だったんで、あんま関係無いっすよ」
「うーん……」
「センパイもマジで、あんま気にしないでくださいね? ホント、全然普通の家なんですから。おじいちゃんがちょっと凄いってくらいの」
「ちょっと……?」
壮絶な経済格差に顔も引き攣るが、ノノは謙遜しているわけではなく本気で思っているようだ。
鼻に掛ける傲慢な女に育ってもおかしくない身の上だが……これも『ノノらしい』としか言いようがないな。
時折垣間見せる謎のスケール感と、怖いもの知らずのエキセントリックな言動にはしっかりと裏付けがあったわけだ。鶴の一声で人一人の人生破滅させられるんだもの。こんな性格にもなるわ。
「俺が不安なのは一つだけ」
「はい?」
「別にノノがお嬢様やからって、態度や見る目が変わったりするようなことは無いんよ。だってノノやし」
「はぁ。とても嬉しいでございますが?」
「……俺たちの関係、どう説明する気?」
「ペットと飼い主では?」
「それそれそれそれ」
ただでさ皆のご両親にどう説明したものか困り果てているというのに。これほどのお嬢様をペット扱いしているなどと一族に知られようものなら……やめよう、ご飯が不味くなる。思考を止めよう。
その、なんだ。マスコミ云々で頭を悩ませていた昨日一昨日と比べれば、よっぽど建設的で有意義な悩みというものか。そういうことにしておこう。
「まっ、ノノの金持ち自慢なんてどうでも良いんですよ。これでセンパイがマスコミにケンカを売られることは無くなりました。一旦は、ですけどね」
「一旦?」
「偶然なんですよ。偶々安斎さんの会社がICHIGEIの子会社だっただけで、違うとこだったらノノには手を打てませんでした。身に振る火の粉を払い除けたに過ぎないのです」
「全国まで勝ち進んだら、注目されることに変わりは無い……ってことか」
「ザッツライトです。あーいうウザいマスコミは一人や二人ではありませんから……よーするに、ノノがYou○uber兼インフルエンサーとして活躍するのは必須というわけですね。間違いなく!」
「そうでもないとは思う」
腕を組み踏ん反り返る彼女は非常に頼もしいとして。確かにそうだ、今回の安斎の一件はあくまで前触れに過ぎない。
俺だけではない。皆の恵まれた容姿は言わずもがな、名将チェコを父に持つシルヴィア、栗宮胡桃の妹であるミクル……マスコミの食い付きそうなネタが山嵜フットサル部にはゴロゴロ転がっている。
この事件を教訓に、最低限の自衛手段も身に付けておくべきだ。場合によっては峯岸を筆頭に、可能な範囲で大人へ頼るのも一つの方法。
まぁ、一番の正攻法は大会を勝ち進んで、話題性だけではない『強いチーム』だと証明することだろうが。
かと言って周囲の雑音をすべて無視するのも難しい……上手いことバランスを取って、賢く対処出来れば良いな。
「時にノノ」
「ふぁい?」
「将来はやっぱり、ICHIGEIの関連会社に就職したりとか、そういう感じ?」
「いや、ちっとも。全然興味無いです。両親どっちも自力で入社してますし、特にコネとかも無いっぽいんで」
焼きそばパンを頬張りながら暢気に語る。約束された将来のようにも見えるが、どうやらその恩恵に与る気は微塵も無いらしい。
「市川家の家訓なのです。道は自力で切り開け。どうしようもないときは、頼れる奴を見つけて全力で依存しろ、と」
「途中で考えるの飽きたやろその家訓」
「んははっ。まーでも、ホントにそんな感じですよ。今回の件にしたって『ノノが迷惑している』って理由でおじいちゃんと偉い人が動いてくれただけですから」
「必要以上に手は貸さないと?」
「例えばノノがアイドルになりたいと言い出したら、きっとダンスレッスンとボイトレの出来る場所くらいは用意してくれると思います。でも有名グループにコネ使って押し込むとか、そーいうことはしてくれません。ズルなんで」
「自分の力で勝ち取れってわけか」
「はいっ。それ故に妥協は出来ないのです。サポートはいっぱいして貰えますが、見合った成果を出さないといけません……」
残りの焼きそばパンを飲み込みスマホを取り出す。合間を縫って昨日撮影した動画をちょこちょこ編集しているようだ。
軽いノリで始めたようにも見えたYou○uber化計画だが、簡単には止めそうにない雰囲気。自信に満ちた面持ちが何よりの証拠だ。
「ノノ、You○uberも本気で目指します。良い機会だと思うんですよ。家の力に頼らなくても自立出来るし、このご時世ともなれば立派な職業ですから」
「……ん。ええんちゃうの」
「いま、すっごくワクワクしてるんですっ。これまでなんの不自由もなく生活して来て、欲しいものはだいたい手に入って……そんなノノでも手に入らない、デッカイ目標をやっと見つけたっていうか」
「……来栖まゆ?」
「んふふ。それもありますけど、あくまで極一部ですね…………陽翔センパイ、貴方ですよ。あと、フットサル部」
ニヤニヤと思わせぶりに笑い、すぐさまスマホで顔を隠してしまう。随分と楽しそうなもので、それ以上追及する気にはなれなかった。
勿論気になるは気になるのだが、彼女のこんな笑顔を見ている方が真面目に語り合うよりよっぽど面白くて。だったらお楽しみは後に取っておこうという、そういう気分だ。
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