899. 来ると分かっているもの


 この日も午後から雨が降り、五限の無い三年組は早々に八中体育館へ移動。

 ひと段落付いたようで、峯岸も下級生を連れて来てくれるとのこと。なのだが。



「――ァァ第一回ッ!! ズラタンのスーパーゴール、先に再現できた方が勝ち選手権~~ッッ!!」

「あー、あのオーバーヘッドのやつなぁ」

Demasiado難易度 difícil高過ぎ,¿No es así?じゃない!?」


 二年組が先に到着しており、動画を撮影していた。ノノとシルヴィアが無謀なオーバーヘッドに挑戦し、何度も何度も地面へ投げ出されている。せめてクッションかマットを使え。怪我するぞ。



「欠片の危機感もありませんね……」

「まぁ元気やしな。ええんちゃうの。変に気落ちするよりはこっちの方が」


 呆れ顔で様子を眺める琴音だが、二年組のアホさ加減に気も緩んだのか。ホッとしたように口元を綻ばせた。


 体育館に籠っているうちは心配もいらない。これくらいのテンションがむしろ正解だろう。昨晩に続いてノノには感謝だ。



 さて。峯岸にも言われた通り、練習中は余計なことを考えずしっかりやらなければ。人数も少ないし、琴音のシュートストップの特訓をしよう。


 町田南の横村佳菜子に感化されたのか、自分もテーピングでプレーしてみたいと言い出した。だが本番まで一か月というタイミングで装備の変更は怪我に繋がる可能性もある。そこで一考。



「どや。今朝届いたばっかの新品やぞ」

「なるほど、これがフットサル専用の……今までの物よりボールを掴みやすくて、投げるのも楽そうですね」


 ボールを抱え感触を確かめる。フットサルにおいてゴレイロの仕事は『キャッチ』より『セービング』『カウンター時のロングスロー』の方が圧倒的に多いので、ボールを投げやすいテーピングが重宝されるのだそうだ。


 が、琴音にはそれより、とにかくシュートストップに重きを置いて欲しい。腕力が弱過ぎるというのもあるが、相手は砂川明海を筆頭にパワーのあるシュートを撃って来る相手ばかり。


 攻撃に比重を置いたチームだからこそ、琴音が最後尾でどこまで踏ん張れるかが大きなカギとなる。文字通りの守護神となって貰わねば困るのだ。



「じゃ、行くわよっ! 手加減出来ないから、怪我しないように気を付けて! ていうか二年組もっ! そっち懲りたら混ざりなさいよっ!」


 比奈にポスト役をお願いし、俺、愛莉、瑞希が代わる代わるシュートを放つ。掛け声と共に愛莉の強烈な弾丸ミドルがゴールマウスを襲った。



「ふっ……ッ!!」

「はいはいっ、決まってもドンドン行くよー! くすみんファイトっ!!」


 威力もさることながらこの近過ぎる距離。並の奴ならビビって目を瞑ってしまいそうなものだが、一年に渡ってゴールを守って来た琴音だ。臆せず立ちはだかりシュートへ喰らい付く。


 反射神経は中々のモノを持っているので、あとは二次攻撃、セカンドボールへの処理が課題。

 次々と襲い掛かるシュートに対し適切なポジショニングを取り、確実に外へ弾き出す。これが何よりも重要。



「ビビんなよ琴音ッ!」

「どっ、どんと来い、ですっ!」


 左脚を振り抜く。パワー・精度共に全力のシュートだ。勇気を振り絞り前進する琴音だったが、惜しくも肩を掠めネットが派手に揺れた。


 女相手になんて容赦の無い、とか言われても困る。多くのチームが男性選手をゴレイロに起用する筈だから、俺も練習しておかないと。横村佳菜子みたいな奴に遠慮している場合でもない。



「あっ、ウソ……ッ!?」

「わあっ! 琴音ちゃんナイスセーブ!」


 渾身の一撃を右手一本で防いでみせる。そのままバーに当たりコートの外へと消えて行った。

 止められるとは思っていなかったのか、愛莉はビックリ仰天。比奈も自分のことのように喜ぶ。


 振り上げて掻き出すようなあのセービング……横村佳菜子が見せていたものとよく似ていた。もうコツを掴んだのか。流石は優等生。



「おーーっ! 今のはすげーなくすみん!」

「いっ、いえ、それほどでは……」

「そーですよ琴音センパイ! 来ると分かっているものを止めるのは案外簡単なのです! さあさあ、ノノがお相手しますよっ!」


 撮影を取り止めノノが乱入して来た。

 リターンをダイレクトで……いや、違う。



「にゃは~。憎たらしいやつ~」

「¡Vaya! パネンカ!」


 文香、シルヴィアも関心げに声を挙げる。コースを消しに前進した琴音を嘲笑うかのような、ふんわりと頭上を越すチップキック。川崎英稜戦で弘毅が決めた第二PKもあんな感じだった。


 思えば昨夏のミニ大会で似たようなシュートを狙っていたような気が。得意技なんだろうな。これに限らずトリッキーなプレーは彼女の十八番だ。



「これだけ狭いゴールなんですから、強引に狙うよりタイミングをズラした方が入りやすいのは至極当然なのです! 要注意ですよセンパイ!」

「は、はい。ありがとうございますっ……」


 素直に受け取ったにしては悔しそうだ。散々遊んでいた癖にいきなり乱入して来て、易々とゴールを奪われたわけだからな。あんな顔にもなるか。


 まさに今、俺が指摘しようとしていたところだった。横取りされたといじけることもない。ちゃらんぽらんのように見えて、案外色んなところに目が回って、気配りも出来てしまう。それが市川ノノ。


 偶に出しゃばり過ぎるのは悪い癖かもしれないが……含めてノノらしいと思う。

 すべてにおいて高い汎用性と、時折覗かせるイマジネーション。内外における彼女だけの特性だ。



「気が変わったので、ノノもシュート練します! 次の動画のネタは『可愛いゴレイロのセンパイを全力で扱いてみた』に決定ですっ!」

「なっ……し、しごく……!?」

「あ~ノノちゃんズル~い! わたしも~!」

「比奈までっ!?」


 結局全員が加わり集中砲火を受ける羽目となる。そう、これが悪いところ。ついでに比奈も。根がイジメっ子。


 取りあえず、例の件もノノはちっとも気にしていないようだ。この調子で真の『何でも屋』として、更にチームへ貢献出来るようになれば……彼女の存在はより大きく、重要なものとなる。間違いない。






「倉畑! 背後しっかりケアしろ!」

「わっ……!?」

「市川ノノのお通りじゃああアアアア!!」


 先日とは打って変わり、この日のノノは絶好調。持ち前のハードワークのみならず、皆を励ますようなコーチングの声を誰よりも轟かせていた。峯岸の指示も比奈の呟きも掻き消される。


 技術的なミスやポジショニングの拙さは時折垣間見えるが、それを補って余りあるほどの存在感。ノンストップで働き続ける彼女は非常に印象的だ。


 峯岸、休憩中の瑞希と紅白戦を見学。フィクソの真琴との相性も良いし、ノノはセカンドセットの右アラで確定にして良いだろう。



「市川はアラで決まりだな」

「あぁ。最近の調子見た限りやと、ピヴォで自由にやらせた方がええ思うとったけど……あのハードワークを中盤で生かさない手も無いしな」

「じゃー、あたしのライバル?」

「俺やな。ノノが代わりに入ればクオリティーが下がっても、運動量と攻守の圧は担保出来る……パワープレー対策で3-1の頂点に置いてもええな」


 元よりベンチメンバーから外す気はあまり無かったが。復調すればこれほど頼もしい選手もいない。


 敵陣深くでミクルから強引にボールを奪い取ると、琴音との一対一を制し丁寧に流し込んでみせた。抜け目ないプレーだ。峯岸も目を細めた。


 

「つくづく有難い人材だな……あれだけ走ってサボらない選手ならどんな状況でも起用出来る。仮に怪我したって、ベンチでも最高の仕事をやってくれるさね」

「随分評価高いんやな」

「そりゃそうさ。ああいう奴は育てようと思っても勝手には生えて来ない。天然モノだよ。一人いるかいないかでチームも大きく変わる」


 思った通りの結果になった。ノノがノノらしく振る舞うこと自体が、そのままこのチームの強みに繋がっている。


 コート内外のテンションを一段階引き上げてくれるんだ。今の俺たちにとってそれがどれだけ有り難いことか……。



 〆の紅白戦も終了。ノノのハイテンションに引っ張られたのか、皆も普段に増して高いインテンシティーを披露。

 峯岸が合流してくれたおかげでメンバーの選定作業も一気に進み、非常に良いトレーニングだったと言えるだろう。


 八中は更衣室のようなものが無いため、女性陣の着替えは倉庫の中で。その間、川原女史へ次回の利用許可をいただくため校舎へ向かう。逢うのを躊躇っていた峯岸も無理やり連れて来た。



「なにをそこまで嫌がるかね」

「言わなきゃ分からんかぁ? 声デケぇしベタベタしてくるし、暇さえあればどこどこの誰が可愛いだ尊いだとか……いちいち付き合ってられん」

「言うて可愛い後輩やろ?」

「可愛げしかねえんだよ。逆に」


 顔いっぱいに達観を募らせ肩を落とす峯岸。なんでも学生の頃から育成年代の追っ掛けをしていて、界隈では少々有名らしい。

 峯岸の豊富な知識は川原女史から流れて来たものも多いそうだ。そんな奴が中学の先生やってて良いのかよ。不安しかねえ。



 で、川原女史を探しに職員室を訪れたのだが、明かりが点いているだけで中に誰もいない。入れ違いになったのだろうか。


 そのとき。何やら西門の方から大きな声が聞こえる。言い争っているような荒い口調だ。揃って声の元へと向かうが……。



「……待て廣瀬。一旦様子を見よう」

「まさか安斎?」

「だとしたら隠れていた方が良い。菫も教師二年目だからな。まだ近隣の中学と連携を取っていないし、下手を打つ可能性も……」


 峯岸を先に歩かせ、昇降口の影から西門の様子を窺おうとした。


 が、言うところの下手を打つ予想がバッチリ当たってしまう。俺と峯岸を見つけた川原女史が大きな声を挙げ手招きした。



「あっ、お二人ともちょうど良いところに! この方、フットサル部のお知合いですか!?」

「ばっか、アイツ……!」


 安っぽいビニール傘を差した中年の男が、閉まった門に手を掛け身を乗り出している。暗闇に染み渡るような悪どい笑みが俺を貫いた。


 ……安斎だ。遂に見つかった……!


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