898. 痴情の縺れ


「全員で固まってたら逆に怪しくね?」

「確かに」


 瑞希にしては真っ当過ぎる提案により、今朝は学年ごとに分かれ学校へ向かうことになった。

 可能な限りみんなと一緒にいる時間を減らすことで、例の記者に余計な餌を与えないのが目的。


 やむを得ず一人ぼっちでの登校。そもそも出席率が悪い俺だし、この際休んで良かったのだが。何人かに呼び出しを受け、そうもいかなかった。



「すいません先輩、忙しいのに時間作って貰っちゃって……その痣、どうしたんですか?」

「気にすんな。痴情の縺れや」

「は、はぁ……お大事に?」


 結局ノノが朝まで服を着なかったので、早起きの慧ちゃんにくっついて寝ているところを目撃されそうになり、すったもんだの末に愛莉から張り手を喰らった為だ。誤魔化し切れたのかは正味分からん。


 昼休み。生徒で溢れ返る食堂の一角で彼は待っていた。和田克真、サッカー部期待のホープにして、フットサル部の隠れた準会員でもある。



「今朝、全校集会であった話……不審者に気を付けろってやつなんですけど」

「声を掛けられたのか?」

「はい、昨日の練習帰りに。名刺も渡されました。なにも話さなかった……というか、怖くて逃げちゃったんですけどね」

「そうか……迷惑掛けてごめんな」

「いやいやいやっ……あの、マジで謝らないといけないんです。本当は当人を連れて来たかったんですけど、今日は風邪引いて学校来てなくて……」


 文香が受け取った名刺とまったく同じものをテーブルに差し出し、克真はガックリと項垂れた。当人を連れて来る、とは?



「……他の一年が喋っちゃったみたいです。ほら、やっぱり先輩って有名人じゃないですか? サッカー部のみんなはだいたい知ってますから……」

「あー……まぁ、しゃあないわな」

「いやっ、しょうがないことは無いんですよっ……これ、真壁のSNSです」


 続いてスマホの画面を見せて来る。真壁、というとフロレンツィア出身の特待組で、春にちょっかいを掛けて来た四人衆の一人。

 長いこと克真をパシリ扱いしていたが、ウチの一年組に大敗したのをきっかけに心を入れ替え、今では関係も改善した……と聞いていたが。



「おいおい、ガッツリ漏洩しやがって……まさかこれが情報の出処か?」

「悪気は無かったって言ってましたけど、まぁ似たようなものですよね……」


 廣瀬陽翔がうちの学校にいた。何故かフットサルをやっている。サッカー部に入ってくれれば……という具合で幾つか呟いている。

 確かに悪意は無さそうだが、にしたって人の個人情報をペラペラと。ネチケットとは。



「今日の朝練で谷口キャプテンから『先輩のことは何も喋るな』って、かん口令っていうんですか? そういうのがあったんですけど……もう何人か、この安斎って人に絡まれて、話しちゃってるみたいです……すいません」

「克真が謝ることじゃねえよ。校外でも知っとる奴は知っとるからな」


 これまで対戦した高校は俺の存在を認知している。遅かれ早かれ情報は出回っていた。

 サッカー部の一年にしたって、俺がフットサル部に所属している以上のことは知らない。スキャンダルの決定打とは至らないだろう。


 尤も、真壁のSNSとお喋りな克真の同級生によって噂が事実となり、安斎という男がここまでやって来る原因にはなってしまったが……過ぎたことを悔いても仕方ない。いつかは直面する問題だった。



「ありがとな、心配してくれて。でも大丈夫や。どうせなら全国まで行って、堂々とバラしてやるさ。女に囲まれて楽しい高校生活でした、ってな」

「あははは……」

「真壁と他の一年にも伝えておいてくれ。わざわざ謝りに来る必要も無いけど、これ以上はなにも答えるなって」

「はい、分かりました。でも先輩、マジで気を付けてくださいね。あの安斎って人……なんかもう、根っからの悪人面っていうか。なんとしてでも粗を探してやるって、そんな感じでした」

「恨み買った覚えは無いんやけどなぁ……」


 昼飯を奢るついでに他の話も色々聞いてやって、一先ずこの場はお開きとなる。


 続いて向かったのはB本館三階。英コミュの授業等で使う小さい会議室みたいな部屋だ。ここで待っていたのは峯岸。



「悪いな昼休みに。被害が無ければ話す必要も無かったんだが……偶然とはいえ直接部員に接触したとなると、流石に黙ってもいられない」

「だから俺のこと避けとったのか?」

「そんなつもりは無いが……いやまぁ、言動には出ていたかもな。余計なこと考えさせたくなかったんだよ。ただでさえ予選も近いってのに……」


 鍵を掛け窓際のカーテンも閉め切ってしまう。テーブルへ寄り掛かり腕組み。

 今週の職員室はこの話題で持ち切りだ、と峯岸は大きなため息を吐いた。



「実を言うと、前々からタレコミは幾つかあった。三年の廣瀬についてアレコレ聞いて来る、身なりの汚いオッサンが駅前をうろついているってな」

「だったら早く教えてくれれば……」

「下手に対応したら答え合わせになっちまうだろ? お前と近しい生徒には接触していなかったから、向こうのヤマが外れるまでやり過ごすつもりだったんだ……ったく、あの一年坊主共め。スマホ取り上げてやる」


 きっかけは真壁のSNSか。俺個人的な感情はともかく、確固たる証拠になってしまった以上見過ごすわけにもいかないのだろう。居た堪れない、俺一人のせいで随分と苦労を掛けているようだ……。



「もしかして、土曜に新館裏のコートを使えなかったのと何か関係が?」

「大有りさね。直接乗り込んで来たんだよ。その日はサッカー部の練習試合で、誰でも出入り出来るようになっていたからな……コートをウロウロしていたもんで、警備員が対応して追い返したんだ。警察呼ぶフリしてな」


 もう学校にまで来ているのか。となると、直接に俺に声を掛けていないのが奇跡的なくらいの確率だな……いつ見つかってもおかしくない。


 

「世良が見せてくれてな。有難くコピーさせてもらった。ところで、この安斎って奴と面識は?」

「まったく。覚えとる限りやけど」

「向こうは違うみたいだけどな。一年前、お前を誹謗中傷する記事が週刊誌に載ったのを知っているか? 調べたらすぐに足が付いた。あれを書いたのが安斎だ」


 また懐かしい話題を。皆と喧嘩していた時期にコンビニで発見したんだっけ。

 セレゾンでの暴力沙汰と首脳陣への造反をスクープした記事。八割が嘘だった。宮本と殴り合ったのだけが事実。



「どーせお前、過去に的外れな戦術論かロクでもないプライベートな質問ぶつけられて、まともに取り合わなかったんだろ。それで根に持ってるんだよ」

「だとしても逆恨みやろ……」

「間違いないな。たかが子ども、元プロ選手でもない一介の高校生を、真正面から誹謗中傷するような……そういう奴なんだよ」


 肩を落とし名刺のコピーをテーブル上へ弾き飛ばす。これといって打開策も見当たらず、暫し重たい沈黙が部屋を漂った。



 かつての天才が今どこで何をしているのか……確かに野次馬根性を掻き立てそうな話題ではある。


 だがそれ以上に、この安斎という記者が実に厄介だ。少しでも隙を見せれば、相当ネガティブなことを書かれてしまうだろう。


 ノノもみんなも協力して守るとは言ってくれたが……彼女たちとその周辺に危害が及ぶような事態だけは、どうにか避けなければならない。



「取りあえず、落ち着くまでは新館裏のコートを使わない方が良い。アイツらとも部活以外ではなるべく外で会わないように。良いな」

「あぁ、分かっとる」

「余計な首突っ込むなよ。今は大会のことだけ考えろ……今朝、正式に出版社へ抗議文を送った。返事が来るまでは要警戒だ。どうせ無視されるだろうけどな」

「……ごめん。迷惑掛けて」

「馬鹿言ってんじゃねえ。生徒を守るのが先生の仕事さね……言わなかったか? 誰か孕ませない限りはお前の味方さね」

「覚えてへんわ、アホ」


 この期に及んで弄られる。どちらかと言えば峯岸もこっちを警戒しているのだろう……別に良いけど、なんでこうも筒抜けなんだ。



「アホはどっちだ。他に言うことは?」

「……ありがと。先生。頼りにしてます」

「ん。それで良し」


 学校の中でくらい一緒にいてやれよ、と背中を押され部屋を後にする。

 談話スペースは敷地の外れにあるし、外から見られる可能性もゼロじゃない。今は近付かない方が良いか……素直に教室へ戻ろう。



(余計な首……つってもな)


 自分よりみんなが心配だ。今朝も特段気にし過ぎている様子は無かったが、大会が近いことも考えれば先延ばしにはしたくない問題。


 未熟で馬鹿な子どもであることは認める。

 しかし、守られるだけというのも……。


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