897. 前半で畳み掛ける
お泊まり会。甘美な響きである。
新入りの一年トリオと文香はこの手の催しは未経験。改めて交流を深めるに……これ以上なにを深めるのかというレベルでみんな仲良しだが、楽しいイベントに違いは無い。全員漏れなく賛成し開催が決まった。
ノノが急に言い出したから驚いただけで、特に抵抗も無い。内の数人はお泊まりどころじゃ到底終わらない間柄なのだから。
今更なにを恥ずかしがるのかという話である。なんならちょっと楽しくなって来た頃。
「ハルぅー! 早くこっちー!」
「…………お、おう……っ」
寝支度を整え六畳一間へ通るドアを開けると、寝間着に衣替えた瑞希が枕をぱんぱん叩いて俺を急かす。
ゴールデンウィークに馬鹿デカいベッドを新調したが、それでも十三人は乗らないので有希と文香が布団を持って来てくれた。みんなトランプをしたりスマホゲームで遊んだり自由に過ごしている。
薄っすいパジャマで。
警戒心ゼロで。
内数人に至っては、ほぼ半裸で。
(油断した……ッ!!)
一人ひとりならまだしも、両手に収まらない数の美少女たちが六畳一間の狭い部屋にぎゅうぎゅう詰め。どこもかしこも白桃色。足の踏み場さえ無い桃源郷。
パジャマパーティー。即ち男子禁制の花園である。刺激の強さも勿論のこと『来ちゃいけないところ』に来てしまった感が否めない。
うっかり男子トイレと女子トイレを間違えてしまったみたいな、そんな感覚。俺の家なのに。叶うことなら逃げ出したい。即刻。
「ご、ごめんな瑞希。今日約束やったのに……せやから、あのっ」
「んー? まぁしゃーないっしょ。状況がジョーキョーだし。こーゆうのも楽しいかんさっ! ほらっ、ハル!」
「えーいっ♪」
「ちょ、待っ!?」
比奈に背中を押されベッドへダイブ。瑞希と二人掛かりで拘束される。続いてノノまで乗っかって来て、布団を被せられる。
何も見えない。何も聞かせてくれない。どうしよう、壊れ掛けている。主にモラルが。
「ありゃま~……なんかヒロセ先輩、大人気っスね。てゆーか……」
「ンン゛ッッ!! ねえ慧ちゃん、いまUN○って言ってなかった気がするんだけど!?」
「ゲェッ!? マジっスかァ!?」
どうせ三人は抑えられないと見て先手を打ったのか、愛莉が慧ちゃん、聖来、ミクルの相手をして気を逸らしてくれている。明日謝ろう。
百歩譲って聖来とミクルは良い。
部分的にもう知られているから。
だが慧ちゃんは不味い。やっぱり駄目だ。
あんな真面目で純粋無垢な子に、俺たちの爛れた関係性の一片でも明かそうなどと、流石の俺でも良心の叱責が……ッ!
「すまんッ、俺はミクルの部屋で寝……!」
「おっと、逃がさないよ!」
「捕まえましたっ!」
「だァァッ゛ふ!?」
布団を抜け出したところユキマコに両サイドから捕獲されまたもベッドに沈む。取り押さえられた犯人みたいになっている。
なんとも意地悪げに顔を見合わせ、例の三人に聞こえないよう耳元で呟く二人。両側から生暖かい吐息が……なにこれぇ耳蕩けちゃうよぉぉォォ……!
「ダメだよ、兄さん。兄さんのせいでこうなったんだから、ちゃんとこの部屋にいてくれないと……それとも、なに? 興奮してるの?」
「んふふ……そうですよっ。廣瀬さんはみんなのお兄さんなんですから……これくらい、我慢出来ますよね……?」
「ほふぁぁァァ~……っ!?」
風呂上がりの熱気、女の子特有のぽかぽかした体温、甘い石鹸の香り……未成熟さというものほど鋭利な凶器は無い。雀の涙にも足りぬハリボテの理性が、ガリガリと音を立て削れていく……。
「なーんて。人に見られる趣味は無いんで、オアイニク……どうしてもって言うなら考えなくもないケド。三人に軽蔑されても構わないなら、ね……」
「信じてます、廣瀬さん……本当にわたしのこと、大切に思ってくれているのなら……耐えられますよね……っ?」
「貴様らァァ……ッッ!!」
真琴はシンプルな社会的地位を、有希は先日の一件を武器にマウントを取って来る。小悪魔然としたドヤ顔がなんとも癪。コイツら、俺がその気になるよう仕向けている……ッ!?
「なにが目的や、答えろ……ッ!!」
「マコくんのアイデアですっ……どんな形でも、手を出したら廣瀬さんの負け……わたしの勝ちってことです……っ!」
「今だって姉さんたちとグズグズなんだからさ……変なプライドなんて捨てちゃって、さっさと認めたら……有希の身体だけでも欲しいって。そーいうのがキッカケで、復活する恋もあるかもよ……?」
「グゴゴゴゴゴ……ッ゛ッ!?」
恐るべしユキマコシスターズ。あらゆる苦難と葛藤を乗り越えた末に、とんでもない魔性の女へと変貌を遂げ掛けている。なんだこの溢れんばかりのフェロモンは、お前ら本当に高一なのか。
しっかりしろ。なにも知らない慧ちゃんと、俺のガツガツ感に抵抗のある聖来の前で狼藉を働こうなどと決して許されない。というか、このあまりに異常な状況に気付かせてはいけない。
(耐えろ……耐えるんや……ッ! これはフットサル部の楽しいお泊まり会……間違ってもヤ○サーの新歓コンパ的なアレではない……ッ!!)
ギリギリのところで保って来た部の秩序が、今度こそ完全に崩壊してしまう。主に性的な意味で。
よしんば全員の理解を得たとしても、絶対に今じゃない。不審者に着け狙われ、大会を一か月後に控えたこの時期にやることじゃない。絶対に。
折れるな。耐え凌ぐんだヒロセハルト。
コイツらの思惑通りにはさせん……ッ!!
『まったく、ユキもマコトもせっかちなのね。こういう大切な瞬間は、しっかりとプランを練って、尚且つ二人きりのときじゃないと……!』
「なに言うとるか分からへんけど、ロクなモンやないんは分かるで。ルビルビ」
「二人ともズル~~い! わたしも陽翔くんギューってする~っ!」
「おし、行くぞひーにゃん! 市川も来い! 前半で畳み掛ける系トリオ猥談だ!」
「いや、意味分かんないっす」
(愛莉さん、お力になれず申し訳ありません。もう少しの辛抱です……)
* * * *
長く恐ろしい夜は未だ明けず。腹を空かした人狼たちが、左右前後へ今も尚のさばり続けている。市民は俺一人。騎士も占い師も寝返った。無理ゲー。
我慢の利かなくなった瑞希に舌を入れられ流石に詰んだかと思ったが、機転を利かせた比奈が『陽翔くんを押し潰すゲームだよ~』などと適当言い出したおかげで流れが一変し。
何故か俺をボコボコに痛めつけるゲームが始まり、辛うじて大乱○スマッシュシスターズの開催とは至らずに済んだ。慧ちゃんに変なトラウマを植えつけなくて本当に良かった。聖来とミクルはもう知らん。
「んん、んぅっ……はるとぉ……っ」
「むぅ……っ」
(こんなん絶対寝不足や……ッ)
日付が変わった頃から一年組を皮切りに続々と脱落。最後に残った愛莉と琴音が鬱憤を晴らすかの如く、すやすやと寝息を立て密着している。
今にも零れ落ちそうな四つのマシュマロが、両腕をふんわり包んで離さない。寝相が悪い癖に、どうして俺が隣だとこうも穏やかなんだ。解せん。
単にデカいだけでなく、ツンと張りのある愛莉とむにゅむにゅ感満載の琴音で微妙な違いがあって、これがまた刺激を誘う。
あ、駄目だ。無理だわこれ。我慢ならん。
みんな寝ているし今のうちにこっそり……ッ。
「おやおやまぁまぁ。趣味が合いますね」
「ヒぃッ!?」
「いや、そんな驚かれても。大きい音出すと二人とも起きちゃいますよ?」
足元からモゾモゾと登って来たと思ったら、ノノが布団からひょっこり顔を出し俺の上に乗った。
胸板に顔を埋め、霧のような薄い声で語り掛ける。まるでASMRのよう……って、このむちむちした感触。
「おい馬鹿ッ、服は……」
「メール送りまくって疲れちゃって。暑いんで脱ぎました。ていうかノノ、センパイのおうちで服着れないんで」
「律儀に守っとる場合か……ッ!」
みんながいるときも全裸で過ごせなんて一言も言っていない。バレたら(慧ちゃんの評価が)一巻の終わりだというのに……馬鹿やめろモゾモゾ動くな、擦り付けるな。突起が、突起がァァ……ッ!!
「ふむう。今夜中に全員手を出すと思いましたが、まさか慧ちゃんコーハイの存在がここまでストッパーになるとは。作戦失敗です」
「アホ抜かせ、聖来とミクルも一緒や……! そもそも今日はそういう集まりちゃうやろが……!」
「ここまで来たら全員手籠めにするくらいが都合良いと思いますけどねぇ……まっ、三人がいないときにまたいずれ、ということで。今日は諦めます」
ニヤニヤと波を立てほくそ笑む。この様子だとユキマコのドS暴走モードもコイツの差し金か。クソ、年中発情しやがって。他にやることないのかよ。
「まぁでも、そうですね。ちょっと甘い考え方でした。全員『そーいうの』になれば、もっと結束も固くなるとか……そんな単純じゃないですよね。センパイにとっての家族って」
「…………あっ?」
「大事に想ってるからこそ、ですもんね。センパイの優しさって……ノノ的にはもっと乱暴に扱って貰って構わないのですが、まぁこの際良しとしましょう」
一転穏やかな吐息を溢し、静かに笑う。こんな限界ギリギリの状況で真っ当な理解者を気取られても困る。困るのだが……。
「良かったです。例の記者のこと、みんな寝るまで一回も話題に出さなかったから……少しは忘れてくれたかなって」
「…………まさか、そのために?」
「半分くらいは。イケるならイッちゃいたかったですけどね。シルヴィアちゃんの初体験シーン普通に見たいんで」
「ハッ。嫌われちまえ……」
買い被りだ。ノノはノノである。それ以上でも以下でもない。常に人を振り回すことしか考えていない、生粋のトリックスター。
が、今夜ばかりは彼女の悪いところも、皆を良い方向へ導いてくれたのだろう。ノノがノノらしく振る舞うことを、俺もみんなも望んでいる。結局は最善に落ち着いてしまうのだ。
「……大丈夫です。センパイだけが頑張ったり、嫌な思いをするようなことは……絶対にさせません。ノノ、ペットはペットでも、番犬にもなれるんです」
「…………ノノ」
「センパイの大切なモノは、ノノにとっても大事なモノです。そうじゃなくても、みんなのことが大好きです……だから、ノノも守ります。どんな手を使ってでも。傷付いたって良いんです。そしたらセンパイに癒して貰うだけですから」
掴みどころの無いへらへらした語り口のなかにも、強い信念は透けて見える。
大した奴だ。みんなの中心で誰かを笑わせたり、癒したり、時には励ましたり。案外空気が読めて、裏方や脇役、ヒールさえ厭わない何でも屋。
敢えて真面目な場面でお茶を濁したのも、ユキマコを嗾けたのも、メチャクチャに見えて筋は通っている。
まさにノノにしか出来ない所業……なんて、それこそ買い被りすぎか。そんなシリアスな場面じゃねえよ。どう足掻いても。
「……んっ。まぁ、悪くない心掛けやな。それでこそ俺のペットや」
「むふふ。すべてノノにお任せくださいっ♪」
「…………じゃあ、服。着ようか」
「イヤです」
「おい」
偶の悪戯も許容範囲。
ノノはノノ。これで全部許される。
ペットの。いや、彼女だけの特権か。
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