892. 分かってるんですけどぉ


 昨日に引き続き練習場所は八中の体育館。


 川原女史は仕事があるようで、愛莉経由で鍵を渡してくれたきり顔を出していない。助かった。超助かった。


 市川ノノYou○uber化計画は一旦頭の片隅に放棄し、自身も練習に混ざりながらレギュラー構成、適正ポジションの選定作業。今日は主にディフェンスのコンビネーションを磨くメニューだ。



「有希、ホルダーと距離開きすぎ! そのポジションだと一人躱されたら間に合わないよっ!」

「りっ、了解マコくんっ!」

「マーカーに釣られ過ぎるなよ! ただ漠然と守るんやなくて、奪い切るまでがディフェンスや!」

「はいっ、気を付けますっ!」


 フィクソの真琴に纏め役を頼み、有希、聖来、文香がポジションを入れ替えつつ守る。

 オフェンスは俺と瑞希、ピヴォに愛莉。比奈が最後尾からタクトを振るう。三年組を相手にどこまで粘り強く守れるか検証中。


 ファーストセットへ割って入ろうかという真琴は流石の安定感。

 当面の課題はやはり有希と聖来だ。経験の浅い二人はどうしても守備強度が足りない。


 ホルダーへプレッシャーを掛ける鉄則こそしっかりこなしているが、ワンタッチ、ツータッチで簡単に往なされると途端に居場所を見失い、曖昧なポジションを取ってしまう。


 無論、一年近く磨いて来た三年組のコンビネーションを防ぎ切るのは至難の業。しかし完璧に封じずとも、耐えられるようにはなって貰いたい。長丁場の戦いで、一年組の力が必要な場面は必ず訪れる。



「掛かったぁっ!」

「にゃにゃッ!?」


 最後尾に落ちて来た瑞希。敢えてキープし文香をおびき出すと、右サイドの比奈へパスすると見せ掛けドラッグバック。足裏で引き寄せるフェイントだ。


 たちまち入れ替わり中央スペースへ侵入すると、左へ流れつつ愛莉へ預ける……フリをして、またも中央突破。



「エッ!?」

「しっかりしろマコっ!!」


 俺をマークしていた真琴が釣り出され、嘲笑うかのようなヒールパスが決まった。

 入れ替わりでゴール前へ侵入した愛莉が半身で受け取り、大慌てで着いて来た聖来をワンフェイクで簡単に躱し……。



「おっしゃ!!」

「くっ……!?」


 右脚を振り抜く。弾丸ミドルが琴音の手を掠めネット天井へと突き刺さった。反応は出来ていたけどな。惜しかった。



「有希、今の失点がまさにそうや。聖来が躱されたあと、愛莉にコースを狙うだけの余裕を与えてしまった……何故か分かるか?」

「はいっ……わたしがコースを塞ぎ切れなかったから、ですよね?」

「ご名答。俺と比奈がフリーになって、そっちが気になったよな? パスを出されたらどうしようって」

「その通りですっ……」

「気持ちは分かる。せやかてまずは愛莉や。何故なら着目すべきは愛莉のシュートで、俺か比奈へのラストパスは次の選択肢やから」

「分かってはいたんですけど……頭がごちゃごちゃになって、上手く動けなかったんです……どうすれば良いんですか?」


 今日何度目かの指摘を受け、有希はやや凹んでしまう。ようやく初心者に毛が生えたレベルの彼女だ、多くを求め過ぎるのも酷な話。だが今のピンチ、決して防げないものではなかった。



「とにかくシュートコースを空けない。そこを第一に考えるんだ。こんなに小さいゴールやねんから、裏ケアが多少遅れても他のみんながカバーしてくれる…………筈やのになぁ文香ァァ!!」

「にゃにゃッ!?」

「一対一で勝てへんのはしゃーないとして、なにボサッと戻っとんねんこのボケ巾着がッ!」

「ウグッ……!」

「四人しかおらへんのやぞ! 一人がサボったらどんだけデカい穴になるのか、もっと考えろ! 有希に余計な負担掛けるなッ!」

「……にゃあぁぁぁぁ! 堪忍なぁユッキ! もうちっとやってみるわ!」

「はいっ! 切り替えましょうっ!」


 汗を拭いながら有希は健気に答える。文香も絞られたことで気合を入れ直したようだ。そうそう、これをインプレーでもやってくれれば良い。


 まぁしかし、文香も追い回す守備は上手いが……ジックリ構えるのはどうしても苦手だ。

 青学館時代に自由な役回りを与えられていたこともあってか、連動して守る動きがまだまだ身に付いていない。


 ともすれば、セカンドセットのメンバーも一考の余地があるか……大会までに仕込めれば良いが、難しければスーパーサブ的な起用も考慮しなければ。その場合は慧ちゃんをもっと磨かないとな。



「しゃあな。だいぶ長い時間やったし、ディフェンス交代しよか。あぁ、真琴と文香はそのまま。真琴、今のシーンも文香に指示出せば少しは時間稼げたやろ。反省して次に生かせ。文香は言わずがな! ええな!」

「はい、お願いしますっ!」

「しゃあ! やったるでおらぁっ!」


 珍しく敬語になるくらいには集中している。一年組のリーダーとして、真琴には更なる進化を求めたい。文香もまだまだこんなものではないだろう。ゲームのなかで少しでもヒントを見つけてくれ。


 さて、代わって入るのはノノと慧ちゃん。ミクルも瑞希と交代しオフェンス組へ……って、アイツ。



「市川ッ! 交代だって言ってんだろッ! ボーっとすんなぶっ殺すぞッ!」

「うひっ!? ご、ごめんなさい!?」


 練習の模様を動画に収めていたノノだが、中々スマホを手放さないので仕方なく瑞希が一喝。大慌てでコートへ走り出す。


 まったく、練習にまで影響が出るようじゃ禁止令でも出さないと……十二人の登録メンバーに入れると決まったわけではないのに。



(ノノ……ノノはなぁ……)


 現状、スターターは三年組の五人が有力。ではセカンドセットでどのポジションに入るか。

 真琴がフィクソ。文香は明らかにピヴォ向きなので、残るは両サイドのアラになるのだが。これがまた悩ましい。



「始めるぞ!」


 ホイッスルを鳴らし練習再開。まずはフィクソの比奈を中心に俺とミクルがフォローしボールを回す。


 と、ミクルに渡ったところで早速ノノが詰めて来る。無尽蔵のスタミナとアグレッシブなプレーがウリの彼女だが、ここに来て課題が一つ。



「わほっ!?」

「軽いッ! 軽過ぎるぞ貴様っ!」


 シンプルなボディーフェイントで簡単に出し抜かれてしまう。ビブスへ手を伸ばし必死に食い下がるが……うん、一回止めよう。



「ノノ! 今のは……」

「分かってます! でもこうした方がミクエルちゃんは止めやす……」

「違う! 潰すなら潰すでハッキリやれ! そういう雑な守備やってると全体が困るんだよ! ガッツリ行くか周りと連動して止めるか、ちゃんと意思表示しろ! 一人でプレーするな!!」

「うっ……!?」


 厳しい叱責に顔を歪める。すぐに再開するが、やや気が動転しているのかなんとも曖昧なポジショニングだ。



(勿論上手いは上手い。守備も下手というわけでもない、が……)


 なんというか、迷いが出ている。

 そんな気がしないでもない。


 実力は上から数えた方が早い。だが技術は瑞希とミクルに劣るし、フィジカルでは愛莉に勝てない。平均点の高さという点でも真琴に軍配が上がる。


 運動量こそ不動の一位である彼女。しかし改めて観察すると、細かい足元の技術や守備の位置取りが不安定なときも結構ある。



「だからノノ! スペース開け過ぎや!」

「分かってるんですけどぉぉぉぉ!!」


 コロラドも指摘していた。真琴と並んで個人戦術に難があると。

 所狭しと走り回り、その絶大な存在感を武器に誤魔化して来たが……町田南との一戦を機に脆い部分が露呈してしまっている印象。


 何かと手癖の悪いところも改善の余地あり。得意のマリーシアも度が過ぎればラフプレーだ。川崎英稜戦でもファールを重ね、第二PKを与える要因となった。


 激しい守備は一向に構わないが、余計なちょっかいを出すと審判の目に留まり全体へ悪影響なのだ。ファールを取られやすくなってしまう。


 攻守両面で忙しないアラのポジションは、より繊細な状況判断と切り替えの早さが求められる。今のノノが体現出来ているかと言うと……。



「だわはぁっ!?」

「ごめんねえっ!」


 比奈のダイレクトパスが慧ちゃんの股下を通り俺の元へ。ノノが背後から追い縋るが、流石にこれは間に合わない。


 トーキックで軽く突き琴音の逆を取る。呆気なくゴール……うーん、今のも身を投げ出して止めに行けばなぁ。追い付いたと思うんだけど……コート外での迷いがプレーに現れているのか。



「うぐぐぐぐぐッ……どうして、どうして飛び込まなかった市川ノノ……!?」


 言ってる傍から本人も悔しそうだ。頭では分かっていたのに、身体が着いて来なかったのだろう。なんて分かり易い。


 頼むって、ノノ。

 スマートにやりたいのは分かるけどさ。

 

 お前に求めているのは、少なくともコートの上では『そういうの』じゃない。市川ノノだけが魅せられるもの、もっとある筈だろ。


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