891. お嫁にいけません
こうなると行動が早い。始発のスクールバスに乗るためさっさと家を出て行ってしまった。
曰く『ボール蹴りながら動画のネタ考えます』とのことである。なら俺も連れて行けよ。なんで置いていくんだよ。
遅れて新館裏コートへ到着すると、芝生のド真ん中で胡坐を搔き、頭にボールを乗せながら熟考するノノを発見。凄いバランス感覚だ。
声は掛けていない。新館側から窓ガラス越しに見守っている。なんとなく絡むのが怠い。
「おはよーハル」
「あら瑞希。珍しいなこんな時間に」
「朝練やろーってシルヴィアがうるさくてさぁ。まーじ眠い。あ、市川復活した?」
「おかげさまで。ありがとな気遣ってくれて」
「んーにゃ。ぜんぜん」
ウェア姿でふわふわと欠伸を噛ます瑞希。文香、シルヴィアも続々と現れる。やはりノノのご乱心ぶりを見抜いていたようだ。頼り甲斐しかねえ。
「来栖まゆ? あー、やってるねYou○ube。TikT○kとイン○タも。けっこー人気らしーよ」
「ほーん。ウチはそーゆうの自体見いひんなぁ」
『ノノは芸人の方が向いていると思うわ』
『敢えて言わなかったのに』
ついでにノノのYou○uber化計画をザックリ話してみる。反応は様々だが、ひとまず『来栖まゆと同じ路線でやり合うのは無理』という結論へ落ち着くのであった。異論は無い。欠片も。
「前に作ったアカウントってどうなっとん?」
「んー? たま~に投稿してるよ。ほら」
去年の夏休みに瑞希が始めた、フットサル部のSNSアカウントを見せて貰う。
当時ほど熱心にはやっていないようだが、フォロワーは未だ数千人をキープしていて、最新の動画にもリプライが多く付いている。
先の体験入部期間も『動画を見て気になってました』という子が何人かいたし、チームの広報としてある程度は役立っているようだ。もっとも高校の部活動にそんなものが必要かという話ではあるが。
「どーいうことやるのか知らんけど、こっちのアカウントと紐づければちょっとは人気出るんじゃねーの?」
「なんや手伝わへんのか?」
「いやぁ、前まではアリかなーって思ってたんだけどさ。リプライとかセクハラばっかでダルいんよな。ハル以外にそーゆーの見せたくねーし」
「愛してる」
「みーとぅ~♪」
大半は瑞希のリフティングテクニックを披露する動画なのだが、内容とまったく関係無い、結構ドキツいコメントも送られている。
文香もリプライを見てうげぇ~~っと眉を顰めた。なにが『おじさんの玉でも遊んで欲しい』やねん。その妄想力もっと他のところで活かせ。
『でも確かに、貴方は有名人だから……ノノに注目を集めて目立たなくするっていう作戦は悪くないと思うわ』
『ノノにセクハラが集中しても?』
『あの子は大丈夫よ。むしろ男が喜ぶのを見て調子に乗るタイプじゃない?』
『幼馴染相手になんちゅう言い草を……』
シルヴィアは変なところで信頼し過ぎだが、まぁ言いたいことは分かる。当人は根っこが陰キャだなんだと話していたけれど、あまり信じていない。普通に目立ちたがり屋だと思う。
アイツの考える『ちょっと面白いことしてやろう』は俺たち凡人の感性から見ればクラスター爆弾級の何かである。
生まれ持ったポテンシャル含め、無意識のうちにスター性を発揮してしまう。それが市川ノノだ。
「まっ、その辺なんも考え無しってわけちゃうやろし、取りあえず放っとけばええんちゃう? 一線超えそうなったらウチらが止めればええし」
「ほな頼むわ文香。クラスメイトやさかいに、仲良くしたってくれよ」
「にゃはは。んな辛気臭い顔せんと、心配あらへんよ。結構嫌いやないでアイツ。ダルいけどな」
ふふーんと鼻を鳴らし文香は悪戯に微笑む。昨日の刺々しい態度も気にしていないようだ。
あぁ、もしかして瑞希が愛莉のことを一貫して『長瀬』と呼ぶ、そういうタイプか。なるほど。
結局良いアイデアが思い浮かばなかったのか、頭に乗ったボールをゴロンと落とし芝生へ仰向けになるノノ。それを窓越しに見守る一同。
要するに、特に問題は起きていない。
いつも通りのノノだ。たぶん。恐らく。
「――というわけでっ、最後の女子部員をご紹介しますッ! 山嵜フットサル部が誇る頼れるゴレイロ、そしてチームキャプテン! 琴音センパイですッ!!」
「ひやああああァァああああっっ!?」
「魅力はなんと言ってもコレ! 両手に収まらないほどのダブルメロン!! ノノより大きいんですよっ!? この身長でこのボリューム感、もはや狂気でしかないッ! 三次元に住まう奇跡のロリ巨乳!!」
「い、市川さんっ、やめっ……! んぅ、んうぅぁっ……っ!」
「聞きましたかッ!! 聞きましたか今の声ッ!? 声まで可愛いんですよ琴音センパイ! 全力で喘ごうものならそれはもうエゲツナイ破壊りょ――」
「なーにやってんだアイツ」
「……プレイ?」
「覚えがあるのかいハルさんや」
「ねーよ」
起こった。問題が。早速。
四限を終え昼食の時間。同じ授業だった瑞希と一緒に談話スペースへ向かう。クラスメイトとの交流も大方済んだので、最近はまたフットサル部で固まって食べることが多い。下級生もだいたい集まるようになっている。
いかがわしい嬌声が聞こえると思ったら、ノノが琴音の胸を後ろから鷲掴みにして、比奈の構えるスマホへ何やら喋っていた。もしかしなくてもYou○uber化計画の一環だろうか。
「愛莉もやられたのか?」
「休み時間に廊下で捕まって……撮り終わる前に殴ってやめさせたけど」
「被害者の山が……」
ミクルを除く一年組、更にシルヴィアがソファーへぐったりと寝転んでいる。同じような手口で狼藉を働かれた模様。可哀そうに。
ノリノリで参加している比奈と文香も質が悪い。前者はぐにゃぐにゃに揉みしだかれる琴音を撮りながらムフッてるし、後者はどこからか持って来た照明器具を二人に当てている。一線超えたら止めるんじゃねえのかよ。
「どっから持って来たそれ」
「クラスの演劇部に借してもろた~」
「ああそう、お友達が出来て良いこった……はいストップ! ノノ、お前も!」
「あべしッッ゛!!」
「痛っだァ゛ァ゛ッッ!゛?」
ダブル脳天チョップが炸裂し二人揃って地面へ突っ伏す。解放された琴音は涙目で俺の胸元へ飛び込んで来た。頬が紅潮している。エロい。
「うぅっ……ごめんなさい、陽翔さん。どうしても抵抗出来なくて……っ!」
「にしてはちょっと良さそうやったけどな……比奈もいつまで撮ってんだよ」
「えぇ~? だめぇ~?」
「ダメ。その動画、サイトにアップする予定で撮っとるんやろ? こんなん載せられるか。顔出しの許可も取ってねえんだろどうせ」
「あっ。確かにそうだね」
なら観賞用にしよ~。などと恐ろしいことを呟き録画を止める比奈。
また一つ琴音の黒歴史が増えてしまった。全部流出したら社会的に終わっちゃうこの子。
「で、なんでこうなった?」
「いたたたっ……いやぁ、取りあえず自己紹介動画はマストかなぁ、と。みんな可愛いしそれ一本でも釣れると思って……」
「アイドルちゃうねんぞ。んなんやっても意味あらへんわ。あんな、協力はしたるけどみんなを変に巻き込むのは無しや。ええな?」
「あ゛ぁぁ~~い……」
力無く呟き一年組のフォローへ向かうノノ。皆もプレーでなくビジュアルで売り出されるのは本望ではなかろう。
あの廣瀬陽翔がサッカーほっぽり出して美少女侍らせてる、みたいな論調を作られても困る。事実は事実だが。もう抗えない。
「久々に空気読まないなコイツ」
「ね。ミクル辺りに好き勝手やられて鬱憤溜ってたんじゃない。知らないけど」
「ふーん……市川レベルなら単体でも人気出そーだけどね。水着でリフティングしてみた動画とか」
「他にもっとマシな路線無いの?」
半笑いの愛莉と瑞希は口々にそう語る。内容はともかく、二人も協力してやらないことも無いというスタンスのようだ。
或いは久々にノノの後輩らしいムーブを見て安心しているのかも。分からんが。なんでも良いが。
ノノだって可愛い女の子だ。中身はともかく。やるならやるで別に構わないが、もっとこう、上手いやり方があるような気もする。
動画にしろ何にしろ、ノノが輝く方法はシンプルに……って、こんな大事な時期になにを真面目に考えているのやら。さっさと昼飯食べよ。
「うぅっ……もうお嫁にいけません……っ!」
「大丈夫やって。俺が貰うから」
「……やっ、やめてください。人前で」
「居なかったら良いのかよ」
「んふふ。今のやり取りも撮っちゃった~♪」
「消せ。さっさと消せ」
「クッ! 秘儀たるアーティファクトを無視するとは市川ノノ、聖堕天使たる我へなんたる侮辱……!」
「牛乳飲んで出直せアホ」
オチを奪い合うな。メシ食わせろ。
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