893. ちょーっとだけお説教したい


 最後まで今一つピリッとしないノノ。〆の紅白戦でも軽率なミスを幾つか犯し、あろうことかマークしていた聖来にもゴールを奪われる。

 入部以来最悪のパフォーマンスだ。本番前に膿を出し切ったということならまだしも……。



「ノノ、ゲンキダセヤガレ! トキオリベンジャーズ! マンジマンジ!!」

「うぅ……優しさが痛てェ゛……ッ」


 出来の悪さは自覚しているようで、クールダウンの頃には相当な自己嫌悪へ陥っていた。シルヴィアが慰め、続いて瑞希も加わり声を掛けている。


 練習中厳しく叱責していたのでお説教でも始めるかと思いきや、優しそうに頭をナデナデ。感極まって泣き出しそうなノノである。

 問題を自認しているのなら深くは追及しないと。良いキャプテンだまったく。



「なに? 今度はノノ?」

「そう深刻ちゃうと思うけどな」


 練習機材を回収し綺麗にビブスを畳む愛莉。三人の様子を遠巻きに眺め眉をひん曲げながら呟く。文香の一件を間近で見たこともあり、再びトラブルが起こらないか気が気でないのだろう。


 ただ表情を見るに、部長としてだけの立場でモノを言っているわけでもない。一年近くも面倒を見ている可愛い後輩だ、心配になるのも頷ける。



「多分だけど、あの子のダメなところが出てるのよ。去年の文化祭前みたいに」

「そうか?」

「なんて言うのかな……色々上手くやろうとして、個性が死んでるっていうか? 尖った部分だけ変に浮いてる、みたいな」

「あ~……」


 文化祭前、というより俺たちと出逢うまでのノノだ。出たがりなのに変なところで遠慮して、下手にしようとしてしまう悪癖。


 幼少期にシルヴィアと離れて以降、友人に恵まれず学校生活ではやや浮いていたというノノ。

 部の一員となり、本来のアバンギャルドな面を臆せず発揮出来るようになったのは、割と最近の話だったりもする。


 

「可愛くなりたいんだとよ。なんでも」

「はぁ? あんな整った容姿でそんなこと言うわけ? 女の敵なの?」

「中身が女の子じゃないからってさ」

「……あー。それはそうかも」


 一転深々と頷く愛莉。

 納得するのもそれはそれで失礼では?



「うん、だいたい分かったわ。前と根っこの部分は一緒ってことね」

「前って、文化祭のときの?」

「聞いたわよ。来栖まゆに嫉妬してるとかなんとか。ほら、そういう女子って要するに、世間一般から見た『可愛い』だと思わない? ノノの魅力みたいなのってソレとはちょっと違うんじゃないの?」

「ふむ……なるほど」


 あのぶりっ子性悪モンスターを世間一般の基準にするのもどうかと思うが、言われてみればそんな気もする。


 ザックリ纏めれば『らしくない可愛さを求めても意味が無い』ということ。

 ところがしかし、ノノはノノで自分に無い可愛さや要素を無いものねだりしている。諸々の筋が通らなくなるのも自然な流れだ。



「ハルトを目立たなくするって話、私も賛成よ。マスコミ対策だけじゃなくて」

「と言いますと」

「コートでもあの子が目立てば、私と瑞希のマークも分散されるし。良いことの方が多いと思うわ。それと……」


 穏やかな眼差しで彼女を見つめる。部長や先輩としての立場とも違う、優しさで満ち溢れた微笑。あの日、狸寝入りを決める文香へ向けたものとよく似ていた。



「あの子のスター性っていうか、何もしなくても目立つところ、ちょっと羨ましいの。まぁ、顔と声のデカさもあるっちゃあるけどさ」

「……ふむ」

「その気が無くても輪の中心にいるところとか。考えなくても自然と出来るし、とっくに分かってるのよ。自分がどうすれば輝くのか……だからさハルト。そこをちゃんと教えて、背中を押してあげるのが、アンタの役目じゃない?」


 すっかり元の長さへ戻った栗色の艶髪を纏い、愛莉はくすぐったそうに微笑む。なんて良い面でモノを語るのだ。顔が良過ぎる。


 新しい魅力を模索するのも大事だが、本質を見失わず再確認する作業も怠ってはいけない。そのようなことを言いたいのだろう。なら難しくはないな。



「……俺もやけどな。少しは協力してくれよ」

「もちろん。アイツが湿っぽい顔してたら、みんなも引っ張られちゃうし……馬鹿やって騒いでるノノのこと、私も好きだから」


 真面目なクールダウンはとっくに終わっており、瑞希とシルヴィアにあちこちくすぐられギャーギャー叫びながら悶えるノノ。でもなんか嬉しそう。


 みんな同じ気持ちだ。押し付ける気は無いけれど、ああいうノノを心の底で求めているのだと思う。弱っていたら肩くらい貸してやるさ。


 俺だけが出来ることをやろう。教えてあげる、背中を押してあげる……悪くないけど、それだとちょっと足りないかも。


 共に理解して、幸福を分かち合うのだ。

 飼い主とペットは単なる主従関係ではない。

 心を通わせ愛し合う、立派な家族である。






「あれ? センパイが撮るんですか?」

「ええやろ偶には。ほら、走って」

「はぁ。じゃ、頑張りまーす」


 週のうち二日間、水金は八中の体育館を借りられない。更にこの日も雨が降りコートも使えず。新館の安っぽいトレーニングルームへ逃げ込む。


 基本は野球部の溜まり場で、以前ノノが絡まれたこともあり皆もあまり近付かない。もっとも当人は欠片も覚えちゃいなかったが。


 一方、ゲーム体力に不安のある琴音、シルヴィア、有希を除く面々は視聴覚室を借りてミーティングを行っている。過去の練習試合や町田南戦の映像を用いて、実戦的な戦術の勉強をするためだ。



「あら。案外揺れへんな」

「ちょっ、どこアップしてるんですかっ!? 仮にも真面目なトレーニングの最中だというのに!」

「アップにはしてねーよ。で?」

「サラシ巻いてるんです! 慧ちゃんに貰いましたっ! これがまた良い感じなんですよっ!」

「スポブラとかでええやんなんでまた」

「あれだと完全におっぱい潰すんで、形が悪くなっちゃうんですっ! そーいうわけで、いくら再生速度落としたところでなんも良いもの見れませんからっ! 残念だったな視聴者諸君ッ!!」

「サービス悪いぞ」

「なーんでセンパイがそっち側ッ!?」


 ルールランナーをえっさほいさと駆け抜けるノノ。お遊びの撮影ではなく、本当に動画投稿サイトへ載せる予定だ。

 勿論色々と加工はする。出来るだけえっちい感じにならないようモノクロにしようと思っている。なんとなく。


 瑞希の運用していたSNSアカウントと紐づけし、早速チャンネルを開設。名前は山嵜高校フットサル部……なのだが、基本的にはノノだけを映すつもり。これも瑞希と相談し彼女へ持ち掛けた。



「くぅぅっ! ノノのむちむちロリ巨乳ボディーはセンパイだけのものだというのに……! これでは世の雄共が黙っちゃいないじゃないですかぁ~……!」

「自分で言うなそんなこと」


 シルヴィアの予想した通りだった。この手の動画を投稿すれば邪推の念で注目を浴びること間違いないが、あまり気にしていない様子。『全部見せるのはセンパイだけだし』とかなんとか言っていた。


 取りあえず、来栖まゆとは正反対の路線でアピールしてみよう。という算段。


 変に気取って女の子らしく振る舞わなくても、ノノはノノのままで十分に可愛いのだから。

 いつも通りのノノを映せば、それだけで多くの人々を魅了出来る筈。


 というか、一連の彼女を見て少し思ったのだ。コイツはちょっと勘違いをしている。



「なぁ、ノノ」

「ハァッ、ハァ、ハァーッ……! はいっ!? なんですかッ!?」


 勝手に速度を上げ勝手にシンドくなっている。ほら、やっぱり。女の子らしくなりたいとか言っておいて、結局笑いに振り切っている。


 なーにが案外根暗だ。来栖まゆとはまた違うベクトルで、お前も立派な自己顕示欲モンスターなんだよ。自覚しろ。


 

「可愛くなるのはさ。俺の前だけでええよ」

「…………なんですと?」

「そう思ったのはさ、嫉妬したからだよ。来栖と川原先生に。文香も同じや。余所見されとるって感じたんやろ?」

「…………まぁ、否定は出来ません」

「一緒くたにし過ぎるなよ。余所行きのお前と、ペットの市川ノノ。どんなノノでも俺は大好きだし、絶対に離したりしな……」

「ヴぇア゛ぁぁァ゛ァーーッ゛ッ!?」


 脚が追い付かずルームランナーから投げ捨てられる。ゴロゴロと床を這いずり回り、お尻を突き出してグタっと急停止。絵面がギャグ漫画過ぎる。


 大事な話の途中だったのに。

 まったく、これだからお前は。



「…………きっ、急にカッコいいこと言わないでください、マジでっ! ていうかソレ、撮ってるんですか!?」

「いや撮ってない」

「……あー、ビックリした。流石にカメラのなかでイチャついてたら寄って来る奴も寄って来な……」

「ノノ。こっち見い」


 前にしゃがんで視線を合わせる。ポケッとした上目遣いが俺を貫いた。そうそう、こういう顔は俺にだけ見せれば良いんだ。



「俺とみんなのために、もっと輝いてくれよ。コートのなかでも、動画でもなんでもな……ノノがノノであることが、一番の魅力だから」

「……ふぇっ」

「ええよ。可愛くなっても。もっと可愛くなっては欲しい。でもだからって、無理もして欲しくない。その気持ちだけあれば俺は本当に嬉しいよ。証拠はこれからも、いっぱい見せてやるから」

「あっ……ぁぁぅぅううう……っ!」

「お前はいつだって自慢のペットで、可愛い彼女で、最高の女や。ノノ。せやから出来る範囲でええ。俺たちと一緒に、ちょっとずつ最高を更新しよう。そしたらノノも、もっと自分のことが好きになれるよ……なっ?」

「……しぇんぱぁぁぁぁ~~い……!!」


 ダムが決壊したみたいにダバダバと泣き出してしまう。そのまま馬乗りになってヒンヒン言葉にならない言葉を叫びながら暫し、飼い主を求める大型犬のように甘えるペットらしい彼女であった。


 大した話でもなかったのに、また泣かせてしまった。まぁでも、これで多少のつっかえは取れただろう。今後のノノは大いに期待だな。



「一件落着ですねっ……でもわたし、廣瀬さんにはちょーっとだけお説教したい気分です……こんな風に見せつける必要は無いと思います……っ!!」

「なにも恥じることはありません、有希さん。至極真っ当な人間の権利かと」

「ズルイ……ズルイ……! ユルスマジ、ノノ、イヌチクショー……!!」


 完全に忘れていた。存在を。

 主に前二人の目が死んでいる。


 まず手始めに、三人のお説教を一緒に乗り越えるところからか。人気You○uberになるよりよっぽど大変な気がする。


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