887. 破壊行為
「わああああァァ慧ちゃああああん久しぶりいいいい~~~~!!」
「いやいやどーもどーも、スミちゃんセンセーッ! 二か月ぶりっスね! って、ちょっ、な、なんでそんな泣いてるんスか!?」
「だって卒業して寂しかったからぁぁぁぁ~~!! 全然遊びに来てくれないんだもおおん!!」
「部活で忙しかったんスよぉ~! なんであのっ、センセーッ!! そろそろヘッドロック解いてくれませ、ウグォ゛、ウゴガガガガ゛ガガ゛ッッ!?」
うるせえ。早速。
慧ちゃんに連れられやって来た最寄駅から数分の目的地は、彼女の母校である
やたら暑苦しく歓迎しているのは、慧ちゃんが三年時の担任の先生だそうだ。
黒髪サイドポニテと相性抜群のジャージウェアが印象的な、スラッとした背筋の美人さん。慧ちゃんと同じくらいデカい。色々と。
「あっ、やだ、ごめんなさいスルーしちゃって! えっと、
「はっ、はじめまして、部長の長瀬です……慧ちゃんと仲良いんですね」
「そうなの~! 慧ちゃんにはいっつも助っ人をお願いしてて……まぁ、去年いっぱいで無くなっちゃったんだけどねぇ~……!」
「そ、そうなんですか……」
「昔はどの部も強かったんだよ~!? わたしもここの卒業生で、中高ずーっとサッカー部のマネージャーだったの! でも八中のサッカー部、一昨年に問題起こして活動停止中になっちゃってて……!」
「たっ、大変ですね……」
「真面目に活動してたバレー部の顧問になったは良いけど、部員が全然足りなくて試合に出るだけでもやっと……! ホントにね、救世主だったの慧ちゃん! しかも素直で可愛くて、最高の教え子っ! まだ教師二年目だけどぉ~!」
「イだダダダダダダダダ゛ッッ!? スミちゃんストップ゛!! 首折れる゛ッ! マジで折゛れる゛っスゥゥゥゥ゛ーー゛ッッ!゛!」
体育館中によく響く声だ。うるせえ。
ただでさえ人見知りの愛莉は顔が引き攣っている。フィジカルモンスターの慧ちゃんをも凌駕するパワー、もはや恐怖でしかない。
見掛けは実に清楚でお淑やそうな印象なのに、泣いたり笑ったり喜怒哀楽があまりにも激し過ぎる。ギャップが凄い。暑苦しい。うるさい。
ともかく川原女史の協力もあり、今日一日は八中の体育館を使わせていただけることになった。
慧ちゃん曰く『運動部の顧問になりたい』という理由一本で教師を志したほどの方だそうで、フットサル部の活動にも興味津々。
八中は廃部になったバレー部を始め運動部がロクに活動していないらしく、放課後の体育館はいつもすっからかんとのこと。交渉次第では今後もお世話になれるかも。有難いご縁に恵まれた。
早速諸々の準備を整えウォーミングアップを始める。あまり絡まれないよう端っこでノノとフットワークをしていたのだが。
何やら近付いて来た。
なんか、鼻息荒いな。怖い。
「ねえねえっ! 男の子、キミ一人なの?」
「あ、はい。そうですが」
「へぇ~! 羨ましいなぁ~みんな可愛い子ばっかりで……! あ、そうだ。峯岸先生は元気にしてる?」
「……お知り合いですか?」
「知り合いもなにも先輩っ! わたし高校も山嵜でね、一年の時に綾乃先輩が三年で、すっごくお世話になったの!」
誰も峯岸を下の名前で呼ばないので一瞬戸惑った。そう言えばアイツ、まだ二十代半ばか。
不思議な縁もある。察するに峯岸も川原先生も近隣で生まれ育ち、地元で教師になったのか。
「この一年くらい全然連絡してくれなくて……逢おうと思えばすぐに逢えるんだけどね? ちょっと忙しいみたい」
「センセーですか? めっちゃ暇してますよ。なんてったってウチの顧問ですし」
「……えっ、フットサル部のッッ!?」
「わおっ、声でか。うるさ」
「なにそれなにそれぇぇ~~!! なんで言ってくれないのぉぉ~~!? ひどい先輩っ、今度逢ったらお説教しないと……!」
ノノの呟きは欠片も届かなかった。鼻息マシマシで拳を力強く握り潰す。
峯岸が連絡を取りたがらない理由が分かった。慧ちゃんへやったみたいに肉体的接触()の多いタイプだから、絡まれるの怠いんだろうな。ウケる。
「でもすごいよねっ、慧ちゃんも山嵜に進学して、しかも綾乃先輩の下でフットサルなんて……! まさにわたしたちの正統後継者……っ!!」
「あぁ~。それもあって慧ちゃんコーハイに思い入れ強いんですね」
「そうそうっ! えぇ~~良いなぁ楽しそ~~っ! ねぇねぇ、綾乃先輩サッカーすっごく詳しいし、やっぱり専門的なこととか教えて貰ってるの?」
「割と最近ですねえ。ライセンス取ってからは一年ズのコーチしてくれてますし。でも基本は陽翔センパイが教える感じです」
なんの気ない与太話。の筈だったが。
川原女史、ピタリと急停止。
……え、なに? 死んだ?
「…………ハルト、先輩?」
「この人です。廣瀬陽翔センパイ」
ノノが指差すと、首根っこをガゴゴゴと機械みたいに捻る川原先生。
なんか、すっごい見られている。
どうしよう。嫌な予感しかしない。
「…………知ってる……この子、知ってる……ッッ!! 目元と鼻、特徴的な癖っ毛……ッ!!」
「あの、川原先生」
「なっ、なんてことなのっ……!? 正当な進化を遂げている……いや、むしろ二段階進化と言っても過言では……ッッ!?」
人をポ○モンみたいに言うな。
「あー。昔の陽翔センパイ知ってる感じか……そーいえば峯岸センセー、アンダー世代の選手とか特に詳しいですもんねえ。しかも元サッカー部のマネージャーともなれば……」
「そういう意味でも直属の後輩か……」
「あっ、握手ッ!! 握手してくださいっ!! ひっ、廣瀬きゅんっっ!!」
はい?
きゅん?
「あっ、や、やだっ、ごめんなさいわたしったら、昔の癖が……っ!? あのっ、大学生の頃から廣瀬きゅっ、廣瀬くんのこと、ず、ずっとファンだったのッ!! テレビの特集で知って、動画とか、ワールドカップも見てて……ッ!!」
「ど、どーも……ッ」
「やだどうしようっ、こんなところで逢えるなんて……! もう泣きそぉぉ……! むり、むりぃっ……! キッツ……っっ!!」
手を握ったまま崩れ落ちる川原女史。
あまりの狼狽ぶりに皆の注目も集まる。
まさかこれ、いつぞや比奈から教えて貰った『限界オタク』なるものなのか。リアルで初めて見た。
えっ。怖い。
こっちがキツイしどうしよう。
すっげえ怖い。
「にゃっは~。ホンマに実在しとったんやなぁ、はーくんリア恋勢」
「リア恋? あたしらみたいな?」
「あー、そうやなくてほら、こーゆうんの。前にも言うたやん昔っからイケメンやったって。ミズキチも向こうでアルバム見たやろ?」
「いや見たけどさ」
「ネットやとこれくらいのお姉さま世代に大人気やったんよ。偶におるやろ好きな選手を『推し』や言うやつ。ワールドカップでバーッと弾けてなぁ」
「うわぁ……ハルもハルで苦労してんだね」
ドン引きの瑞希、やれやれと目を細める文香であった。詳しく教えろその件。知りたくないけど。あくまでも自衛のために。
「あの、ユーキちゃん。ヒロセ先輩ってなんか有名人なんスか?」
「そうだよっ? 峯岸先生も『サッカー好きで知らない人はいない』って言ってたくらい。廣瀬さん、小さい頃からずーっと活躍してたから」
「はえぇ~~。マジっスかぁ……」
意図せぬところから運命染みたものを引き寄せてしまった慧ちゃん。目を丸くして驚いている。いや、断固として認めないが。そんな運命。
みんなも似たようなものだ。俺が育成年代で名の知れた存在であることなど、フットサル部ではもはや形骸化した昔話。
俺も同じ気持ちだ。もう現役を離れてから二年も経つのに、こんなリアクションをされるとは……。
「あの川原先生。そんな感動されても、今となっちゃ普通の高校生なんで、こういうのはちょっと困ると言いますか……」
「……こ、困る……ッ!? ご、ごごごごっ、ごめんなさいっ、廣瀬きゅんを困らせる気なんてちっとも!?」
「せやから『きゅん』をやめろと」
「じっ、じゃあっ!! ふっ、普通の高校生ならっ、おおおっ、大人のき、教師として、そのっ、かっ、可愛がる的なことも、アリですかっ!?」
話を聞いているようで聞いてない。
接しにくい。怖い。うるさい。
「可愛がる……まぁ、変に敬われるよりはぜんぜっ、ドヴォォ゛ォッ!?」
「ごめんなさいっ!! 全国の廣瀬きゅんラバーズ、ごめんなさいッッ!! どうかこの蛮行を御許しくださああ嗚呼アアアアい!!!!」
何かが限界突破してしまったのか、勢いがままに掴んだ手を手繰り寄せられ、思いっきり抱き締められる。ハグどころじゃない。破壊行為。
慧ちゃんのような被害に遭うかと身構える。
が、案外痛みは無く、むしろ心地良いくらい。
その最たる理由は、愛莉やノノ、琴音とタメを張れるほどの……超特大級の、アレ。
「……むむむむむむ……ッ!!」
不機嫌さMAXでこちらを睨むノノ。フットワークの邪魔をされたからか、それともこの状況に怒っているのか……言うまでもなかった。
「しっ、信じられない……っ! あろうことか『推し』に手を出す担当なんて、そんなのファン失格……っ!」
「比奈。日本語を話してください」
こっちはこっちでよう分からん理由でキレてるし。あの皆さん、そんな目で見ないでください。なるべく早く離れるので。
ごめんなさい。正直に言います。
柔らかいなぁって、思いました。ごめんなさい。
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