882. 最高の景色を


「まっ……町田南と試合してきたああああアアアアーーッ!?」

「なんであたしを誘わねえんだよオラああああ゛ハルゥゥゥゥ!!」

「痛い痛゛いいだいイ゛ダイごめんごめん゛ごめん゛ごめんな゛さい゛!!」


 マスコミに見つかることも無く町田駅まで到着。そのまま各自解散の運びとなるところ、愛莉と瑞希がほぼ同時に電話を掛けて来た。道中のとある地区センターへ呼び出される。


 なんでも学校のコートが使えないことを理由に、地区センター管理の体育館で自主練をしていたようだ。他の面子にも召集を掛けており、結局部員が全員集まることとなった。



「あんなに『練習は学校裏コートで、これ絶対』とか言っといて、どーいう風の吹き回し? ていうか姉さんお金大丈夫?」

「いい加減本番も近いし、そろそろフローリングの堅いコートに慣れておかないとって、瑞希と話してたのよ。アンタも払ってね100円」

「安っ」


「あー、ほんで仰山ライン来とったんか。堪忍な無視してもうて。いやもう、それどころの話ちゃうねんてホンマ」

「ほっほーん! 詳しく聞かせてもらおーじゃねえかっ! なんであたしじゃなくて長瀬の電話に出たのか、そのへんを特にキッチリな!」

「分ぁった話す、話すから腕離せ外れる外れる外れ゛るッッ!! 愛し゛て゛る瑞希ッッ!!」


 コート真ん中で輪になりミーティングみたいなものが始まった。切れ掛けの安っぽい蛍光灯がチカチカ光り、次第に皆も真面目な顔へ。


 大雑把に今日一日の流れを説明する。まず、ミクルを伝手に町田南の情報を手に入れようと、わざわざ練習会場へ侵入したこと。


 話の流れで試合をすることになり、歴然たる実力差を突き付けられたこと。栗宮胡桃の温情でドローに終わったこと。そして浅からぬ因縁が幾つか生まれたこと。


 初めは興味津々の不参加組だったが、すべてを話し終えると何人かはやや神妙な顔つきに。内の一人、聖来がこのように切り出す。



「あねーに上手な長瀬さんが手も足も出んって……そねーな人相手に、ほんまに勝てるんか……っ?」

「俺は勝ったぞ」

「陽翔くんは心配要らないけど……やっぱりちょっと不安だよね。他の子もとっても上手いんでしょ? ノノちゃんでも苦戦しちゃうなんて……」

「いや、最終的には勝ちましたけどねッ! 色んな意味で! クッ、あの貧乳ゴキブリツインテ女……次会ったらタダじゃおかねえ……!!」

「落ち着けノノ」


 珍しく比奈も気落ちしている。だが致し方ない。事実、俺が鳥居塚と栗宮胡桃を出し抜いた以外のシーンはまるで歯が立たなかった。

 ファイナルスコアはまったく当てにならない。二分で三失点という結果が山嵜と町田南の現実的な実力差と言えるだろう。


 男共の相手は俺が一手に引き受けるとして。誰かしらが栗宮胡桃の対応をしなければならないし、砂川、来栖も相当の実力者。愛莉と瑞希ならなんとかなるだろうが……それだけじゃジリ貧だ。



「要するに、今以上のレベルアップが必要と、そういうことでしょう。幸い公式戦までまだ一か月あります……練習あるのみ、では?」

「うむっ。くすみんの言う通りである。だがしかし、ぐたいてきにどーやって練習していくのか。これが重要なわけである」

「それは瑞希さんのお仕事です」

「丸投げか~い」


 こんなとき頼れるのが二人のキャプテン。まったく影響が無いと言えば嘘になるが、彼女らのおかげでこれ以上雰囲気は悪くならない。今日この場に限っても任命した甲斐があるというもの。



「そうね……ならやっぱり、もっと役割をハッキリさせた方が良いと思うわ」

「と言うと?」

「ポジションよ。上級生はともかく、下級生はまだふんわりしてるでしょ? ファースト・セカンドセットでそれぞれメンバーを固定して、一人ひとりの仕事を減らしつつ、長所を伸ばす……こうでもしないと太刀打ち出来ないわ」


 愛莉はこのように提案する。確かにそうだ。ポジションが確定しているのはピヴォの愛莉、ゴレイロの琴音くらいであとは流動的。


 コートを絶え間なく動き回るフットサルに、そもそもポジションという概念が存在するのかはまた別の議題として。皆の長所を最大限生かすような戦術、システムを模索しパターン化出来れば更に勝率は上がる。



「私も調べてるんだけどさ。町田南は全国レベルでもちょっと抜けてるのよ。他のチームは今の私たちでも十分勝てる相手だと思うの」

「同感や。勝ち上がれば最終的にアイツらと対戦する……予選を戦いつつ、町田南に対抗出来る形を完成させるのが理想やな」


 無論、町田南のファーストセットのような、全員が攻守万能の働きを見せるのが最高ではあるが……山嵜は初心者の割合も少なくないし、短時間で多くは望めない。一つでも勝ち上がるためには必要な対処だ。



「んで長瀬、ぐたいてきには?」

「基本はカウンターね。フィクソに鳥居塚って人がいることを考えると、ハルトはなるべく前でプレーさせたいわ……私と瑞希、それからミクルもね」

「手数掛けないで個人ってこと?」

「あらっ。ミクルはともかく、アンタとの連携はまぁまぁ良い線行ってると思ってたんだけど……気のせいかしら?」

「……へっ。よくゆーぜ」


 お互い挑発するように笑う。色々と噛み合わない愛莉と瑞希だが、何だかんだでケツを蹴り合う良いコンビなのだ。この調子なら大丈夫だろう。



「心配いりません、比奈。貴方のポジションは最初から決まっています。私の一つ前、一番近くです……違いますか?」

「琴音ちゃん……うんっ、ありがとう。ごめんね、弱気なこと言っちゃって」

「構いません。それでこそ比奈です」


 守備の要である幼馴染コンビも健闘を誓い合う。俺が前のポジションを取れば二人に掛かる重圧は更に大きくなるが……こちらも問題無さそうだな。



 ともすれば、この一か月で皆の適性をしっかりと把握し、改めてポジションとレギュラー組を選定し直さなければ。峯岸にも一役買ってもらうか。


 スターターは五人。登録メンバーは十二人。競争は激しい。何かしらを理由に泣きを見る子も少なからずいる。

 だが、それを良しとしない奴はここには居ない。ただの仲良しこよしの集団ではいられない。勿論、全員が望んだことだ。



「いよいよ本番ってカンジっスね……! うおおーーし! 燃えて来たっス!!」

「単純なやっちゃなぁ……しゃあな、ウチもそろそろ本気出しますかね~」

「来栖まゆ……奴だけはコロス……!!」

『ちょっとノノ!? 女の子がしちゃいけない顔してるわっ!?』

「あははは……うん、そうですねっ。気持ちで負けてたら、どんな相手にも勝てませんから! 聖来ちゃん、一緒に頑張ろうっ!」

「へ、へぇっ……こりゃあ大変じゃ。足引っ張らんようにせにゃあ……」

「必ずやお姉ちゃ……我が半身の平穏を取り戻し、聖堕天使ミクエルの名を暗黒魔界全土へ轟かせてみせようっ! 我が眷属よ、用意は出来ているなっ!」


 みんな良い顔をしている。心配する必要も無かった。こんなに強くて逞しい、しかも可憐なチームが他にあるだろうか。


 町田南は強い。でも、そんなの関係無いんだ。俺たちが俺たちであることを忘れなければ。誰にも負けない意思を持ち続ければ。


 必ず成し遂げられる。

 欲しかった理想が、きっと手に入る。

 勝って勝って勝ち続けて、最後は笑うんだ。


 その道中すら笑いっぱなしで、行きも帰りも、どんな場所からだって最高の景色を見渡せる……そんなチームに、家族になれる。



「おっし! あと三十分くらいだけど、最後までキッチリ練習するわよっ!」


 大事なところは愛莉に取られてしまった。掛け声が体育館中に木霊し、それを音頭にミニゲームの用意を始める一同。


 ……まったく、こんなときくらいみんなに合わせておけよな。一丁前にクールぶりやがって。


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