881. さっきも見た


 入場口付近は未だに大勢のマスコミで塞がれている。こうも長居する理由がようやく分かった。混合大会に出場する男女それぞれのナンバーワンプレーヤー、栗宮胡桃と羽瀬川理久のツーショットをどうにか収めたいのだろう。


 メッサモッチャ作戦も二度目は通用しまい。どのように突破したものかと頭を悩ませていたところ。一足先にクールダウンを終えた兵藤がやって来て、裏口を案内してくれた。



「悪いなわざわざ」

「気にしないで。胡桃に振り回されるのは日常茶飯事だからね……ほら、こっちから出れるよ」


 フルネームは兵藤慎太郎ヒョウドウシンタロウというらしい。細い眼鏡と端正な顔立ちはスポーツマンというより爽やか理系大学生の雰囲気。髪の毛、サラサラだな。羨ましい。癖っ毛直したい。



「ちなみにアイツ、最初はフットサル部やなかったんよな?」

「兼部ってところだね。フットサルのエッセンスを取り入れたかったらしくて、プロの誘いを蹴ってウチに進学したみたい。最初は半々くらいの割合だったけど、この一年はもう、女子サッカー部には顔も出してないよ」


 中学まではレオーネ東京レディースという、女子サッカーの名門クラブに所属していた栗宮胡桃。

 プロデビューが内定していたのにも関わらず、それを断って町田南へやって来たそうだ。



「……なんか、辻褄合わなくないですか?」

「ノノ?」

「いやほら……センパイと愛莉センパイをブッ倒すために大会出るって、蔵王で会ったときに言ってたんですよね? 時間軸ズレてません?」


 兵藤に聞こえないようコソコソと耳打ち。


 確かにノノの言う通り。少なくとも冬の大阪遠征で瀬谷北、青学館と対戦するまで、俺と愛莉が山嵜フットサル部として全国を目指しているという情報は出回っていない。というか、去年の今頃には存在さえしなかった事実で。


 この一年くらい。つまり、俺たちの存在抜きにサッカーからフットサルへ転向した理由がある、ということになる。


 

「ここだけの話……胡桃はもう、サッカーには興味が無いんだ。偶に招集される代表戦も、海外遠征は全部断ってる」

「なんでまた国内だけなん?」

「飛行機が苦手なのもそうだけどね。ほら、代表戦は出場給と勝利手当が貰えるから。インタビューも事務所を通してるし。全部小遣い稼ぎのためだよ」

「はっはぁ~、やることやっとるねんなぁ…………ちゅうか、事務所?」

「よ○もとだよ。マネジメント契約してる」

「にゃんやとォォッッ!?」


 エライ食い付きの良い文香である。偶に話を聞くな、芸能事務所とタレント契約してるサッカー選手。あの人いまはオーストラリアかどっかのリーグだっけ……まぁそれはともかく。



「興味が無いって?」

「分からない。理由だけはどうしても話してくれないんだ。そりゃもう思わせぶりな態度で匂わせまくってさ……まぁでも、この一年でだいぶ元気にはなったからね。その点に関しては感謝してるよ」

「あっ? オレ?」

「言っただろ? 元々フットサルには本気じゃなかったんだ。それを廣瀬くんが参加するからって……混合チームの結成を提案したのは胡桃なんだよ」

「……そうなのか」

「男子の監督だった相模さんを異動させたり、明海とまゆ、それから佳菜子を女子サッカー部から引き抜いたりね」


 これもミクルが話していた。砂川明海と来栖まゆは元々サッカー畑で、転向したのは割と最近なのだとか。


 しかし言われてみれば、男女共にプロ顔負けの強豪である町田南が混合チームを結成して、新設大会に出場する……ちょっと違和感があるよな。

 参加出来る大会が少ないという女子はともかく、男子にはあまりメリットも無いし。



「まぁ、ほとんどゴリ押しだったんだけどさ。僕もみんなも。聞きたい?」

「じゃあ一応」

「一人ひとり呼び出されてさ、決闘を申し込んで来るわけ。まぁ普通の一対一なんだけど。で、みんな悉く胡桃に負けて、半ば強制的にって感じ」

「想像に容易いな……お前も負けたのか」

「けちょんけちょんにね。まさか女の子相手にボールすら触れないなんて、流石に初めての経験過ぎてさ……この子になら着いて行っても良いかなって」


 それは本心なのだろうか。なんならさっき『ほとほと失望した』とかクソミソに言われていなかったか? それさえも許容の範囲と? マゾなのか?



「……他の連中は?」

「似たようなものじゃないかな。女子にとっての胡桃は半分憧れみたいな存在だからね。それに今度の大会は今までに無いくらい注目されているし、競技自体の知名度が上がるなら、男子にとってもメリットはある」

「なるほど……鳥居塚も?」

「あー。仁の場合は……自分に負けたことをネットに動画付きで拡散してやるって脅されて……今はもうなぁなぁになってるけど」

「ド畜生かよ」


 実力オンリーで連中を従えているようだ。一見硬派な相模も中々の数寄者だったし、むしろ奴の動向を楽しんでいるまであるな。何が絶対王者だ、山嵜にも劣らぬ奇人変人の集まりじゃねえか。



 ともかく栗宮胡桃。最たる動機こそ依然として謎のままだが、混合大会を制するためかなり早い時期から精力的に動いて来たらしい。


 恐らく当初口にしていた『俺と愛莉を倒し最強を名乗る』というのも後付けの理由。

 更なる大義のためか、それとも自己満足か、或いは……まぁ、考えるだけ無駄だろう。これ以上頭使いたくない。疲れる。



「この道を左折すると大通りに出られる。常葉長崎も後から来るからね、マスコミもまだうろついているし、早く駅まで行った方が良いよ」

「ん。悪いな、助かった」

「一応連絡先とか交換しとく?」

「ええで。メディアに流すなよ」

「しないってそんなこと」


 恐らく彼が唯一の常識人なのだろう。久々に真っ当な男と出逢った。

 嫌いじゃないがオミもテツもちゃらんぽらんだし、内海とか大場は偶にキショイし。南雲は論外だし。せっかくの縁だ、仲良くさせて貰おう。



「あ。せや兵藤。アイツが言うとった『ミスター・J』って……」


 IDを交換し終え、ふと片隅に残っていった疑念を口にしたその瞬間。

 誰かが通路の奥から物凄い速さで走って来た……砂川明海だ。ボールを抱えている。



「あっぶねーーッッ!! 危うく取り逃すところだったぜ!! おい、廣瀬! お前だよお前! おめーに用があるんだよっ!」


 着替えもせず飛んで来たようだ。汗をダラダラ垂らし頭突きでもするのかという勢いで顔をググっと寄せて来る。な、なんだ?



「さっきのフェイント、なんていう名前なんだ!? あれだよあれ、跨いで裏通してからのアレっ!」

「さっきの……?」

「どうやってアタシを抜いたんだよ! そこが知りてーんだって! ラボーナで突っついて、いきなりボールが消えたんだよ! なぁ、ちょっと教えてくれ! 何回やってもああいう風にならなくてさぁ……!」


 エライ興奮した様子である。キラキラのお目めで『さあやってくれ』とボールを差し出して来る。


 鳥居塚との勝負の前に彼女を出し抜いたターンのことだろう。ミクルのやっていた技の応用なのだが……教えろと?


 

「えっと……まぁ最初は、普通に跨ぐやろ。そのあと普通にラボーナで……」

「普通にって、おいおい聞いたか兵藤!? よく言うぜコイツ、あのスピード感でさぁ……! で、それでっ? そっから!?」

「ラボーナで切り返して、それを軸足に……」

「アウトに当てて弾いたってことか!? えっ、でも、それじゃ前にボール飛んじまわねーか? ターンまではイケねーだろ!?」

「そこはまぁ、足首全力で捻って」

「マジでっ!? じゃあアタシの予想は合ってたってことか……! いやでもっ、あんなスピードで普通にでき……出来るかぁー……!?」


 裏道の道路に出てフェイントを練習する砂川。お前、車が通らないからって。 みんなポカンとしてるぞ。



「なぁ兵藤! これ出来てるか!?」

「知らないって。良いから明海、練習するならコートでやりなよ」

「いーじゃねーかちょっとくらいよぉ! すぐに終わるからさぁー!」


 真琴みたいな女っ気の無いタイプかと思っていたが、あれはなんというか、少年そのものだ。

 絵面がわんぱく坊主のソレである。仮にも見てくれは中々だというのに…………んっ?



「んふふふっ♪ だーれだっ?」

「…………比奈、ではないな」

「ぶっぶー! そんな人知りませ~ん! あれれぇ? もしかして、まゆのこと覚えてないのぉ~? 寂しいよぉ~……!」


 あざとさ全開の甘ったるい声で目を塞いだのは、来栖まゆ。 砂川を追い掛けて来たようだ。

 長いツインテールをふりふり揺らし、プクーっと頬を膨らませている。ここまであからさまなのは比奈でもやらんぞ。



「ちょっと。近いんだケド」

「えぇ~そんなことなくな~い? あっ、もしかして妬いてるぅ~? んふふふぅ♪ まゆの可愛さに恐れをなしちゃったテキな~?」


 不機嫌そうな真琴を更に煽り倒す。なんだこの好戦的なぶりっ子は。初めて見るタイプだ。絶対に演技入ってるだろ。


 

「あの、すんません。マジでその辺にしといてください。センパイ困ってるんで」

「…………あー。お前か」

「わお。本性出すの早」

「デブスは黙っててね♪」

「そっくりお返ししますっ☆」


 バチバチの火花を轟かせ煽り合うノノと来栖。試合中も相当やり合っていた二人だ。既に因縁が生まれているらしい。そういや胸揉まれてたな。



「おい、まゆも。いい加減にしろよ。ライバルはライバルだけど、なにも敵ってわけじゃないんだか」

「アァ゛?」

「睨んでも駄目」

「…………チッ。だる…………あっ。えへへへぇ、ごめんねぇ急にベタベタしちゃって♪ でもまゆのこと、ちゃーんと覚えて欲しいなぁ~……?」


 憎悪丸出しの舌打ち。からの上目遣い。いやもう、隠す気無いだろ。なんで俺相手なら通用すると思ってんだよ。どういう感情だよ。



「もう行こう、兄さん。こんなの相手にしてたら目が腐っちゃうよ」

「アァ゛? テメェもっかい言っ」

「ミクルも! 遊ぶのは今度っ!」


 真琴は強引に俺を手を引き、ついでに砂川と遊び始めていたミクルも引き摺り敷地を出る。

 またも余計な因縁が生まれてしまった。取りあえず兵藤にだけ手を振っておこう。あとの二人は良いや。怖い。



「あんなのにもデレデレするとかさ……」

「いや、しねえよ。流石に」

「どーだか……っ!」


 この流れさっきも見たな。


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