879. ほとほと失望した
「おっしゃああああ! ようやったでぇぇまーくううううん!!」
自陣からすっ飛んで来た文香の絶叫を合図に、みんなして真琴を取り囲む。ポカンとした顔もあっという間に埋もれてしまった。
「マコちん、凄すぎますっ! いやマジなんすかあの完璧なボレー! ノノの十八番取らないでくださいよぉっ!」
「否ッ! あれは我の得意技だ!」
「アホ言うなアホエルっ! それ言うたらウチの専売特許やろがいッ!」
「なんで喧嘩始めてんだよ……! ったく、押し込むだけで十分やってのに、エライの決めやがって!」
広がる歓呼の輪の中心で、真琴は依然として放心状態。だがゴールネットに収まる球体をぼんやりと見つめ、少しずつ瞳には色味が戻り始める。
「入っ……た? 自分が、決めた……っ?」
「あぁ。正真正銘、真琴のゴール……俺や姉貴にも、栗宮胡桃にも負けねえスーペルゴラッソや!」
彼女がどこに立っているか最後は分からなかったから、恐らくバックヘッドは構えていたポジションより後ろに逸れたのだろう。
それでも細やかなステップから後ろ向きへ力強く踏み込み、華麗なジャンピングボレー。見事に枠を捉えてみせた。
「言うたやろ。証明してやるって。俺と真琴と、みんなで奪ったゴールや。なっ?」
「…………うんっ……!!」
やっと安心出来たみたいだ。残りの涙を全部絞り出すような、ちょっと情けない面で真琴は笑う。偶には良いものだ、年相応というものも。
「ありがとう、兄さん……自分、まだ出来る。戦えるよ……っ!!」
「こちらこそ真琴。ありがとな、しっかり決めてくれて…………ただ、残り時間がな。相模さん、残り時間は?」
とっくに電光掲示板は確認していたので聞き直すまでもなかったが、敢えて聞いてみる。相模は特大のため息と共に咥えたホイッスルを吐き出した。
「あと二秒だ……栗宮はともかく、全員出し抜かれるとはな。ファーストセットから二点取ったのはお前らが初めてだぜ」
「へえ、そりゃ光栄ですわ。ほんならせっかくやし、最後までやりましょうや。勝ちは譲りますよ。今日だけは」
「フンっ。馬鹿に良い顔しやがって……悪魔だ人外だ呼ばれていたあの廣瀬陽翔とは思えんな……」
心中複雑の例文みたいだ。下級生主体のメンバーで町田南から二点を奪った……スパーリングとはいえこの事実は覆らない。開始直後の余裕ぶりを思い返すに、相模もここまでの善戦は予想外だろう。
真琴、もっと喜んでも良いんだぜ。絶対王者にも匹敵する実力とポテンシャル、俺たちはちゃんと持っている。他でもないお前と、お前の大好きなこのチームで証明したんだ……!
「まっ、二点差はもうしゃーなしやな。今度はベストメンバーや。へへんっ、美味しいトコは本番まで取っておくに限るっちゅうもんやで!」
「悪かったな文香、急にゴレイロ任せて。次はフィールドでお前も……」
スタートポジションに戻り文香と一言交わす。その最中、背中越しに何やら視線を感じた。振り向く先はセンターサークルに立つ……栗宮胡桃。
「……………………」
変わらずののっぺらぼうで、俺を睨んでいる。だがしかし、その瞳へ映る強烈な怒りの色に気付かないわけにはいかなかった。
俺から何か抉り取ろうとするみたいな、冷たくて青白い光。
或いは獲物を屠る蛇、差し向けられた銃口。この世のあらゆる憎悪を搔き集めた、そんな眼。
「退け。横村佳菜子」
「ほえっ?」
「そこから退け。二度も言わせるな」
「は、はぁ……あの、栗宮先輩?」
ゴール前に立つゴレイロの横村へ、見向きもせず冷たい声を飛ばす。すると栗宮胡桃、再開を告げるブザーと共に自陣へ振り返り……。
「なっ……お、おい胡桃!?」
「クルミちゃん!? なにしてるのぉっ!?」
町田南の面々は勿論、相模や俺たちも驚きを隠せない。それもその筈、奴は振り向きざまに自陣ゴールへシュートを突き刺したのだ。
ノンステップであの強烈な一撃。技術は勿論、俺を寸前まで追い詰めた体幹の強さは女性離れしたソレである。
って、冷静に語っている場合か。めちゃくちゃオウンゴールだ。それも超故意的な。これほど自殺点と呼ぶに相応しいものも無い。
「おい胡桃っ!? なにやってるんだ!? 」
「黙れ」
大慌てで咎める兵藤の制止も無視し、ゴールマウスから転がって来たボールを回収し再びセンターサークルへ。セットし直し、またも。
「栗宮……ッ!?」
唖然とする相模。先の一発よりも更に強烈な弾丸ライナー。しっかり固定されていた筈のゴールマウスが横転し掛けていた。二つめの故意的なオウンゴール。
「満足か」
「テメェッ……ッ」
「栗宮の辞書に勝ち逃げという言葉は無い。これで4-4、イーブンだ。決着は付いていない」
信じ難い蛮行だ。まさかコイツ、俺との一対一に負けたことを理由に……この試合諸共、同じスコアにしたのか……?
「……おいおい。お前、スポーツマンシップって知っとるか? これや侮辱しとるも同然やで……!」
「勿論知っている。だが栗宮は女だ。それもただの女ではない。云わばスーパーウーマン。スポーツスーパーウーマンシップなるものがあるのならご教授頂きたい。無いなら潔く受け入れろ」
「……ホンマふざけた奴や……ッ!!」
この五分間の戦いを。チームで取った四つのゴールをすべて無価値と切り捨て、自身のプライドのために唾棄する。
そこへチームメイトのリスペクトや、フォアザチームの精神は一厘も垣間見えない。変わり者もここまで来れば狂人の類だ……。
「駄目だな。やはり。砂川明海、来栖まゆ、兵藤慎太郎、横村佳菜子。貴様らにはほとほと失望した」
「はっ……はァァァッッ!?」
「まったく。この調子ではミスター・Jの力を借りるのは必須か。情けない」
「な、なによぉ!? あーちゃんは関係ないでしょぉ!?」
「この男一人に好き勝手やられるのは万歩譲って構わん。ところがしかし、有象無象のJoãoに後れを取り、尚も栗宮の手足を名乗ろうなどと……甚だ傲慢、転じて傲慢、輪に掛けて傲慢…………虫さんがトコトコ走る」
砂川、来栖の絶叫も飄々と受け流す。
だから、虫唾が走るだって。前に会ったときもわざと間違えてたなコイツ……というかミスター・Jって、誰だ?
「相模淳史。栗宮は帰る。次の試合には出ない。例のゴミ人間にそう伝えろ」
「元々出す予定は無かったさ……まさか羽瀬川理久のことを言っているのか?」
「Joãoよりはマシだろう」
シューズをポイっと脱ぎ捨てコートから離れる。その道中、突如豹変した姉にすっかり慄いているミクルの前で立ち止まり、一瞥。
「わ、我が半身よ……っ」
「誰が栗宮の敵になれと言った。ミクル」
「……ッッ?!」
「貴様を山嵜へ送り込んだのは唯の善意だった。殻を破れずにいた貴様を後押ししたかった。それ自体は否定しない。山嵜と廣瀬陽翔の薫陶が貴様には必要だと、事実栗宮も思った。だがしかし、栗宮に勝てとは言っていない」
「…………おねえ、ちゃん……っ?」
「すべては栗宮が栄華を掴むまでの踏み台に過ぎない。もし貴様が栗宮の脅威として立ち塞がるのなら……次は容赦はしない」
肩を切りその場を去る。
ミクルは力無くへたり込んでしまった。
「それともう一つ。廣瀬陽翔」
「…………アァ?」
「栗宮は守備が苦手。貴様は自身にとって有利な状況で勝利しただけ。努々忘れないことだ」
「……ハッ。負けは負けやろ。なんや、今更言い訳か? 受け入れたからイーブンのスコアにしたんじゃねえのか?」
「負けたのは町田南だ。栗宮ではない」
「それを言い訳って言うんだよ」
ゆっくりと振り返り、恐ろしく鋭利な睨みを利かせる。見えない火花が散り、俺たちは不敵に笑い合った。
いや、そんな生易しいものじゃない。
間違ってもライバルとは呼びたくない。
栗宮胡桃。
奴は俺たちが、山嵜フットサル部が。真の強さを目指す上で、必ず倒し乗り越えなければならない因縁。すなわち、敵そのものだ――――。
「まずは関東予選。必ず決勝まで上がって来い。貴様が首を垂れ、栗宮の偉大さに平伏すその瞬間が……今から待ち遠しくて仕方がない」
「……こっちの台詞や。ボケが。首洗って待ってろよ……ッ!!」
【試合終了】
長瀬真琴×1 砂川明海×1
廣瀬陽翔×1 鳥居塚仁×1
オウンゴール×2 栗宮胡桃×2
【山嵜高校4-4町田南高校】
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