871. みんなには秘密だよぉ?
「おっしゃあ! ナーイス胡桃!」
「いやぁ~ん、超クール~♪」
砂川、来栖両名に囲まれ、栗宮胡桃の小さな身体は埋もれてしまう。これといって感情は示さず真顔のまま自陣へ戻っていく12番……あれほどのビッグプレーだというのに、さも当たり前のことと言わんばかりだ。
「……ごめん。全然捕まえられてなかった。あれじゃ何の意味もない……」
「気にすんな。たかが一点や、まだ取り返せる……で、どうや? 実際に対峙してみて。なにか感じたか?」
「……分からない。ホントに一瞬で……ちゃんと見てた筈なのに、気付いたら離れていて……いきなり突破された」
コートに浸落ちるは唯の疲労によるものか、それとも冷や汗か。あまりのレベル差を突き付けられ、落ち込むことさえままならない様子の真琴。
栗宮胡桃。技術もさることながら、あのクイックネスは尋常ではない。静から動へのトランジションが異常に速いのだ。どれだけ準備していても脳が追い付かない。それくらいのスピード感。
加えて、先ほどのようにボールを持っていない時間はちんたら走っていることが多く……オンザボールとのギャップが激しく尚更対処しにくい。
「それより文香、9番のマークはどうした? 完全にドフリーやったやないけ」
「アァン!? ちゃんと見とったって! いきなり肩ドーン押されて、置いてきぼりにされてん、どうしようもないわ!」
唇を尖らせブー垂れる。フォアチェックはともかく構える守備はあまり得意でない文香だ、簡単に出し抜かれてしまった。
逆に9番、砂川明海はオフザボールの動き出しが秀逸だ。それでいてシンプルなプレーを選択するので、後手に回るともう間に合わない。
スタイルはむしろ11番って感じだな。例えるならロマーリオ……小柄だが技術とスピード、パンチ力があり、常にゴールを狙う狡猾さを兼ね備えている。
「あのぶりっ子ちゃんも厄介ですね……派手さなら瑞希センパイに分がありますが、より効率的というか……ボールの隠し方がメッチャ上手いです。取り処が……」
「ええねんで。削っても」
「いやぁ。途中からそのつもりでしたけど、ぶつける場所が無いんですよ。距離の置き方も抜群で……流石は代表っすね」
「なんか胸揉まれてなかった?」
「ちょっと良かったかもです」
「知らんがな」
ノノも舌を巻くキープ力。来栖まゆのボールコントロールは実に繊細だ。前線であれだけ自在にキープされては堪らない。
フットサル部に身を置いて一年。ボールの扱いが上手い美少女には大方見慣れて来た頃だと思っていたが……まだまだ世界は広いな。
「……まずは一点や。構えて守るのもやめよう。守備の強度だけ確かめても意味ねえからな……切り替えるぞッ!」
声を掛け合いスタートポジションへ。元より今日の面子は守備が不得意な奴が多い。だったら撃ち合いに持ち込むまでだ。
7番の兵藤は勿論、2番の鳥居塚。代表レベルのフィクソがどれほどのものか、俺も興味がある。もし奴相手でも通用するのなら……。
「真琴ッ、集中切らすなよ!」
「……兄さんこそっ!」
山嵜のキックオフで試合再開。まずは俺と真琴が横のラインを組み、ノノと文香がサイドに構える。先ほどの町田南と同じ形でのポゼッションだ。
時折サイドの二人と入れ替わり突破口を探りに掛かる。が……ここも素早いディフェンスに遭う。中々前へボールを運べない。
ポジティブな点を挙げれば、暫く不安定だった真琴が何度かボールに触れ少しずつ落ち着きを取り戻し始めたこと。とはいえ……。
「わおっ! あっぶな!?」
「へへっ、そんなもんか!?」
砂川明海の猛烈なフォアチェック。危うくボールを失い掛けるノノは、やや強引に左脚を振り逆サイドへ展開。しかし真琴が拾い切れずタッチを割った。
町田南のキックイン。キッカーは……栗宮胡桃か。キックインから直接シュートは狙えないので、誰かに合わせて来る筈だ。さて、どう展開する?
「兄さん、7番見といて!」
「任せろ。真琴は14番、ノノは……ちょっ、おいミクルッ、どこほっつき歩いとんねん!?」
ポケッとした顔で敵陣に突っ立っているミクル。その後ろから猛然と駆け上がって来たのは……2番の鳥居塚。完全なフリー状態。
栗宮胡桃、すかさずその鳥居塚へふわっとした軌道のロブパスを供給。鳥居塚は力強く地面を踏み、左脚を振り抜く。会心のボレーシュート!
「にゃほわァァッッ!?」
目にも止まらぬキャノン砲がネットへ突き刺さる。ゴール前で構えていた文香はあまりの衝撃で尻餅を着いてしまった。
推定20メートル。ハーフウェーライン少し先からの弾丸ミドルだ。あの手のロブパスをダイレクトで叩き込むとは、恐ろしい技術とパワー。
勿論性差は考慮すべきだが、シュートテクニックは愛莉以上のモノを感じさせる……。
「出たージンの十八番っ! 流石だぜッ!」
「やめろ砂川、ベタベタするな……おい来栖、今のポジショニングではセカンドボールに反応出来ないだろ! もっと考えろ!」
「ぶぅ~! そんな変なとこ立ってないも~ん! カラスちゃんの意地悪ぅ~!」
こちらもファインゴールの直後だというのに、澄ました様子の鳥居塚である。栗宮胡桃と兵藤に至っては反応すらしていない。というかカラスちゃんって。どういうあだ名だよ。
「……切り替えや切り替えッ! あの手のゴールはそう何度も決まらん! ミクル、次サボったらぶっ殺すぞッ!! そんなに退部したいのか!?」
「ヒィィッ!? ご、ごめんなさいもうしませんちゃんと守備しますゥッッ!!」
檄を入れ直し再びキックオフ。今日はミクルに好き勝手やらせ過ぎた。こうやって脅した方がしっかり働いてくれる。筈。
「真琴ッ! シンプルにやれ!」
「わっ、分かってるってば……!」
この2点目を境に、町田南は更に守備の強度を上げた。流石に俺は問題無いが、ノノと真琴へパスが入ると一気に圧力を高めて来る。
文香とミクルに至っては完全にパスコースを消されてしまっている状態。
(アカン、ジリ貧や……!)
辛うじてパスは回せているが、ラインがまったく上がらない。ドンドン自陣へと押し込まれている。
何故こうなっているかというと、パスコースを制限する動きがあまりに完璧だから。攻撃的な選手である砂川、来栖も同様。
ただコースを消すだけでなく、一つひとつの奪いに行く守備も非常にハードで対処が難しい。
「おらおらおらおらッ!! 後ろでパス回して楽しいかァァ!?」
「クッ……!?」
左サイドに開いていた真琴が砂川に捕まり、ついにボールを失う。中央からノノが飛んで来て蹴り飛ばし、辛々キックインへ免れた。これも危ない場面。
「だからミクルッ、目を離すなって!!」
「ぬうぉおおおおッ!?」
まったく同じ展開だ。最後尾から上がって来た鳥居塚へ栗宮胡桃がロブパス。ボレーで叩かれる。
一応にはミクルが飛び付いたおかげで、フリーのシュートとは至らず、ゴールバー上を越えていった。だがギリギリだ。失点してもおかしくはなかった。
「んふふふっ♪ 廣瀬くんには特別に教えてあげるっ! キックインからのリスタート、まゆたちの大事な得点源なの……まゆが喋っちゃったこと、みんなには秘密だよぉ?」
「……ん。お、おう」
「やぁぁん♪ クールな眼差しぃ~♪」
頬に両手を当てツインテールをふりふり、凄まじいぶりっ子と軽快なウインクを残し、自陣へと去る来栖まゆであった。なんだ、敵に塩を送ったつもりか。それとも口説かれているのか……ッ?
「センパイッ!! なにヘラヘラしてるんですか!! 一番集中してないのセンパイじゃないんですかァ!?」
「んなわけーだろッ! 組み立て直すぞノノ!」
「あ゛ーー!! 色々ムカつくーー!!」
発破を掛けるノノ。さっきから来栖まゆには翻弄されっぱなしだからな、鬱憤も溜まっているのだろう。まぁそれはともかく。
ゴレイロが居ないのでゴールキックからやり直し。ターゲットも居ないし自陣から繋いでいくしかない……難しいな。やはりすぐ出し処が無くなる。
(厭らしいところに……ッ)
ルックアップし最前線のミクルへ供給しようとするも、鳥居塚と兵藤が交互にマークを担当し中々を隙を見せてくれない。
無理に出せないことも無いが、そもそも体格差があり過ぎる。パスを出しても潰されるのが関の山。
「はーくん! 裏裏ッ!!」
と、ここで斜めに抜け出した文香へロングフィード。上手くマーカーから離れてみせた。よし、ひっくり返せる……!
「にゃにゃァ!?」
しかし残念、そこは栗宮胡桃。トラップ際を狙い巧みに入れ替わった。それでも追い縋る文香だが、栗宮胡桃が倒れホイッスルが鳴る。
身体は強くない分、ファールの貰い方は上手いな……って、またクイックリスタートか! 不味い!
「真琴ッ! 9番!」
右脚をサッと振り抜き斜め対角線のフィード。栗宮胡桃のパスに反応したのは、一気に裏へ走り出した砂川明海。
肩に腕を伸ばし強引に止めへ掛かる真琴。しかし、ラインを割ろうかというボールを巧みなつま先のコントロールで回収される。
「へッ! そっちじゃねーよ!」
「あっ!?」
中へ切り込むと見せ掛け、シザースフェイントで反転。小さな身体を丸めサイドをゴリ押しで突破。本当にゴリ押しだ。だが倒れない……!
「明海! 中でも良いよっ!」
「チッ……!」
抜け目なく兵藤がゴール前へ飛び込んで来る。最後尾の俺はそちらをマークせざるを得ず、砂川への対応が遅れてしまった。
これは完全なる悪手。ゴレイロを配置していないので、一枚抜かれたらゴールはがら空きなのだ。失念していた。
砂川明海、真琴を引き摺りながら突進し……。
「おらぁぁっ! どんなもんよッ!!」
豪快なショットがゴールネットを貫く。決死のブロックもまったく間に合わなかった。これで三点目。
……強い。強すぎる……ッ!!
【2分6秒 砂川明海
山嵜高校0-3町田南高校】
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