870. ヤバすぎ
試合は公式戦準拠のプレーイングタイム方式。時間は五分一本。互いに交代要員は無し。ビブスを貸り気休め程度のウォームアップと打ち合わせ。
砂川明海、来栖まゆは前線の選手と聞いている。ゴレイロを置いていないのでコートはその分狭い、しっかりとブロックを作ればこの面子でも簡単には崩されないだろうが……。
「栗宮胡桃を誰が見るのか、ですよね……ノノでも構いませんけど、釣り出されると穴開けちゃいそうでちょっと怖いかも」
皆の注目は栗宮胡桃へ。背番号、12番なんだな。確かフットサルで有名な選手が着けていた番号だ。誰だったっけな。
「向こうはメンズ二人やもんなあ。はーくんがどっちか見いひんと好き勝手回されそうやわ」
文香は男性陣が気になるようだ。軽くボールを蹴り合う町田南の面々。
A代表の鳥居塚はさることながら、7番の兵藤という男も技術の高さを感じさせる。大前提として町田南の主力選手だ、ノーマークというわけにもいかない。
「……俺がフィクソに入る。真琴が一列前で、右にノノ、左は文香や。ミクルは前で遊んでろ」
「1-3-1ってとこやな」
「ああ。これならオフェンスに転じても最低限の強度は保てる。尤も、ある程度ボールを持たれるのは許容しねえとな……」
ミクルの守備力にさして期待は出来ない。破れかぶれでも前から追い回してくれた方が後ろは楽だ。フォアチェックの上手い文香と走れるノノでサイドの起点を潰し、俺と真琴でフォロー。
オフェンスでは頂点のミクルを中心にスピードのある文香、ノノで一気に畳み掛ける。配給はオレ、真琴は詰め役。これが一番良い。
「じゃあ、自分が栗宮胡桃を?」
「完璧に封じる必要はねえ。シュートコースさえ切れば、あとは俺がなんとかする……頼むで真琴」
「……わ、分かった……っ」
頷くには頷くが煮え切らない様子の真琴だ。何故かコートに寝そべる栗宮胡桃を遠く見つめるその表情は、さながら石のように固い。
中央に構える真琴が落ち着いてボールを捌ければ、むしろポゼッションで優位に立てる。そう考えての配置だ……ナーバスにならず、らしいプレーを見せて欲しいところ。
「相模が言うたやろ。あくまでスパーリング、練習試合ですらない。気楽にやろうぜ……負ける気は更々ねえけどな。そうだろミクル!」
「当然ッ! 最終形態へ突入した我に死角は無い! 今こそ真の実力を我が半身へと突き付けるのみ!」
「要するに練習相手には物足りないって言われてるようなものですからね~……ほっほっほ! ボコボコにしてやりますよッ!」
「アホが二枚揃うと気楽でええなぁ~」
ノノとミクルはやる気満々。文香もいつも通りだ。モチベーションに不足は無い。
真琴はやや心配だが、試合が始まれば切り替えてくれる筈。まずはやれるだけやってみよう。
審判は相模自ら務めるようだ。キックオフは譲って貰った。他の選手たちも様子が気になるのか、ウォームアップの傍ら興味深そうにこちらを眺める。
ブザーが鳴り響き、いざ試合開始。
まずはミクル、ボールを後ろに……。
「ミクエルちゃん、ゴーッ!!」
「先手必勝ッ! 参るッ!!」
「やると思ったわアホッ! 行けミクル!」
ノノからリターンを受けいきなり敵陣へ突っ込む。さぁ小手調べ。ファーストディフェンスは14番の来栖まゆ。試合中でもツインテールなのか。邪魔くさそう。
「きゃあっ! あー、やだぁもぉぉ~! 前髪崩れちゃった~!」
「馬鹿野郎ッ、なに遊んでんだ!」
軽く足を出しただけで簡単に振り切られる。大慌てで9番の砂川明海がフォローに入るが、ミクルのドリブルは止まらない。
最後尾には2番の鳥居塚が構えるが、ゴレイロが居ないのでコースは十分に開いている。左脚に持ち替えシュートモーションへ……おっと?
「ダニィッ!?」
「まゆ! ちょっとは真面目にやれよ!」
7番の兵藤だ。巧みに身体を寄せ足裏で掠め取ってみせた。足元からボールが消えミクルはオーバーリアクションで慌てふためく。
やはり足裏を駆使した軽快なコントロールでミクルから離れ、すかさず鳥居塚へ戻し……いや、違う、縦だ!
「来るぞ文香ッ!」
「にゃにゃっ!?」
急転直下、鋭いくさびのパス。サイドを駆け上がる9番、砂川明海の足元へズバリ。さっきまでコート中央でふらふらしていたのに、いつの間に……!
「へッ、五分は流石に長いんじゃねーか!? 廣瀬陽翔の肝入りか何だか知らねーが……アタシらの敵じゃねーな!」
間髪入れず縦へ蹴り出す。慌てて対応する文香だがやや後手に回っていた。手数は少なくとも直線的で破壊力のあるドリブル。
小柄な体格もハンデには至らない。そのまま文香を弾き飛ばし、右足を振り抜いた。低い弾道の強烈なシュートだ!
「あっぶねぇッ!!」
「ナーイスはーくん!」
「チィッ! まゆ、セカンドだ!」
「はいは~い♪」
辛うじてブロックするが、セカンドボールは14番の来栖まゆに拾われた。そのゾーンはノノがカバーしていた筈……先に触られたか!
「え、うまッ!」
「うふふふっ♪ このくらいで驚いちゃうんだ~? やっぱり実力と顔面偏差値は比例するってこと~?」
「なッ、なにをォ!?」
遠回しにノノを不細工扱いし、華麗なステップとターンでハードプレスを軽々と往なす来栖まゆ。
どうにかサイドへと追いやるが……本当に上手いな。恐ろしく優雅な身のこなしだ。まるでダンスでも踊っているかのよう。
対人守備に掛けては部内有数の実力を誇るノノが、満足なアタックも叶わず翻弄されている。身体をぶつけることすら出来ないのか……!?
「うわぁ~、醜い脂肪~! えいっ!」
「にょほわぁぁァァ!?」
「あーん、取れなかったぁ~♪」
終いには攻防の最中で胸を鷲掴みされる。ノノが激しく狼狽えている間にバックパス、一度自陣から組み立て直すようだ。
「追えミクルッ! 真琴、目を離すなよ!」
「分かってるよッ!」
コート中央に鎮座する鳥居塚を基点に、町田南はポゼッションを開始。合わせてこちらも元の陣形へ回帰。
ミクルが一心不乱にハイプレスを噛ますが、鳥居塚と兵藤が横のラインを組み、いとも簡単に往なし続ける。
時折サイドに流れた砂川明海と来栖まゆに縦パスを付け、やはりノノと文香が食い付くが……奪い切れない。
……これは、ちょっと想像以上だ。外から見るのと実際に体験するのでは、こんなに違いがあるのか……!
(速い、速過ぎる……ッ!!)
目で追うのも一苦労。
恐ろしい速度のパスワーク。
今更語るまでもなく、フローリングのコートは人工芝と比べボールが走る。勿論それだけでなく各選手、足元の技術が尋常でなく高いのだ。
これまで対戦して来た青学館、瀬谷北、川崎英稜とはハッキリ言って比較にならない。止める・蹴るの精度が明らかに違う。
「アカン、目が追い付かへん……ッ!?」
「ちょちょっ、ちょ、センパイ、センパイヘルプ! これ不味いですって陽翔センパイッ! 全然マーク絞れないんですけどぉ!?」
基本はツータッチ、時々ダイレクトパスやワンツーが入り、主にサイドを守るノノと文香は大忙しだ。なんとか縦のコースだけは切っているので、決定的なチャンスこそ作らせていないが……。
(ほぼ数的有利でこれか……!)
ここまで栗宮胡桃は一度もボールに触れていない。2-1-2のシステムを維持しながらローテーションする町田南だが、奴はその中央、台形に広がるスペースの真ん中をふらふらと浮遊している。
何度かパスを受ける動きは見せているが、誰も栗宮胡桃には出さない。真琴がピッタリ付いているからか、それとも敢えて使わないのか……ぶ、不気味だ。いったいどこで仕掛けて来る……!?
「おいッ、いつまで遊んでいるつもりだ! さっさと一点取れ!」
すると、タッチラインを忙しなく移動する審判役の相模。痺れを切らし荒々しい声を挙げる。あ、遊んでいる? この高速パスワークが?
「分かってますよ! 案外スペース無くて、ちょっとどうしようかなって!」
「栗宮を使えって言っているんだよ! 今更隠していてどうする!」
ミクルのチャージをワンフェイクで躱し、兵藤が答える。ここからが早かった。左サイドに付けるパス、受け手の来栖まゆがワンタッチで叩き……。
「なァッ!?」
「真琴……!?」
半身からのルーレットターンで距離を作り、目にも止まらぬダブルタッチ。真琴は一瞬で置き去りにされてしまう。グングン加速し一気にゴール前へ。
ギリギリまで俺を引き付け右サイドへ展開。文香は既に千切られていた。ダイレクトでグラウンダーのクロスを入れる砂川明海。
ファーに走り込んだ来栖まゆ。スライディングでコースを消しに掛かるが、彼女はシュートを撃たなかった。ヒールで後ろに戻したのだ。
「ノノッ!!」
「いや、無理ッ!?」
身体を投げ出す強引なブロックも意味を成さない。あろうことか栗宮胡桃、ボールと一緒に倒れたノノを飛び越える。そのまま誰に触れられることも無く、転々とゴールへ吸い込まれるのであった。
電光掲示板は一分足らず止まっている。
兵藤の縦パスから僅か五秒。
もう一度言おう。五秒だ。
来栖まゆに付けた縦パスから、たったの五秒で失点した。しかもよりによって、あんなに警戒していた栗宮胡桃のゴールで。
「……や、ヤバすぎ……ッ」
呆然とする真琴の呟きが微かに聞こえて来た。俺もまったく同じ気持ちだ。意味が分からない。
これが町田南。
高校フットサルの絶対王者――。
【0分49秒 栗宮胡桃
山嵜高校0-1町田南高校】
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