869. もう負けた気か?


「クゥッッ!! 貴様、我の魔力を制御したのか!? これ以上の狼藉は決して許されんぞ! その汚らわしい手を今すぐ放せェッ!!」

「誰も掴んでねえし今すぐやめて欲しいのはお前の一人芝居だよ」


 先のゲームが終了し、常葉長崎の面々は二本目の試合に向け一旦サブアリーナへ移動。

 その合間を縫い俺たちは例の男にコートへ連れ出された。ミクルだけイヤイヤ言っているが大人しく着いては来ている。


 町田南の選手たちも興味深そうにぞろぞろと集まって来た。そりゃそうだ、完全非公開の練習試合に部外者が紛れ込んでいたのだから。

 ミクルがずっと騒いでいるので恥ずかしいのなんの。メッサモッチャの比ではない。



「次の試合は一時間後だ。15分以上出た奴はアジャストメントに入れ、サボるんじゃないぞ……あとはコートに残れ」

相模サガミ監督、その人たちは?」

「神奈川の高校だ。この辺りで暇していたらしい。伝手もあるみたいだからな……そうだろう栗宮ッ! おい隠れるな! こういうのは前もって俺に報告しろ!」


 男女合わせ約三、四十人の部員たちが海割れの如くパックリ開いた。一番後ろで暢気にゼリー飲料をチューチュー吸っていた栗宮に注目が集まる。途端に駆け出すミクル……なんか感動の再会シーンみたいになってるぞ。



「……ミクル? 貴様、何故ここに。今日は非公開試合の筈では……」

「擬態魔法を行使しゲートを破壊したのだ! 嗚呼、久しき我が半身よ……!」

「ほう。また一段と腕を上げたか……!」

 

 微動だにしない真顔でミクルを受け止める。手を繋ぎその場でグルグル回転し始めた。どういうコミュニケーションだよ。シュールな絵面だな。


 まぁそれはともかく。わざわざ常葉長崎が退いているタイミングで連れて来させられた理由を聞いても良い頃な気がするが。



「あぁ、自己紹介が遅れたな。町田南高校フットサル部総監督、相模淳史サガミアツシだ。聞き覚えがあるんじゃないか?」

「……元セレゾンの? 財部と同期の相模淳史? 右サイドバックの?」

「ハッ、ユースの最高傑作を呼び捨てか。噂に違わぬ大物だな」


 強面を崩さず鼻で笑い飛ばす。名前を聞かされてボンヤリと当時の記憶が蘇って来た。この男、元プロサッカー選手だ。しかもセレゾンの先輩。


 財部と同時期にユースから昇格した選手の一人で、あまり出場機会に恵まれず早期の退団を余儀なくされたが……個人的には好きな選手だったな。派手さは無くとも堅実な守備が特徴の良い選手だった。


 不味い。多少なりとも関係性のある人と知ったら急に緊張して来てしまった。メッサモッチャの件こっちに聞こえてないよな。ヤバい。財部に告げ口されたら一生笑いものにされる。



「すみません、流石に顔までは覚えていなくて……フットサルに転身されていたんですね」

「下手に敬うな。十年も差があれば上下関係もクソも無い……ここでもう十年目になる。今の町田南を作り上げたのは何を隠そうこの俺だ。何故サッカーを辞めたのか気になるか?」

「なにか大きな理由が?」

「江原と揉めたんだよ。レンタル移籍を断ってな、まぁ他にも色々あった……似た者同士ってわけさ。和製ロベルト・バッジョ、廣瀬陽翔」


 相模がその名を口にした途端、町田南の面々は騒然さを増し始める。あの廣瀬陽翔だ、本物だ、何故こんなところにと聞き慣れた台詞が飛び交った。


 そんななか、特に興味津々と言った様子でこちらへ進み出るビブスを纏った二人の女性選手。どちらも幼い顔つきだが、背番号は……9番と14番。若いな。先の試合に出ていない主力組か。



「わぁぁ~! ネットに出回ってる写真より全然カッコいい~♪ あ、髪の毛ちょっと跳ねてる? えへへっ、まゆが直してあげるぅ~」


 馴れ馴れしく絡んで来る黒髪ツインテールの小柄な14番。自分のことを名前で呼ぶタイプか。ノノと同じだな……そう考えると途端に危ない奴に見える。



「まゆ、その辺にしとけよ。色仕掛けが通用するような相手じゃねーだろ」

「むぅ~! 色仕掛けじゃないも~ん! ホントに廣瀬くんと仲良くなりたいだけなんだからぁ~!」

「ったく、よく言うぜ……あぁ、アタシは砂川明海スナカワアケミ。コイツは来栖クルスまゆだ。まっ、覚えておいて損はねーぜ?」


 こちらは健康的な白い歯を輝かせ不敵に笑う、どことなく野生味に溢れるウルフカットの9番。真琴以上に男勝りな印象を受ける。


 砂川明海、来栖まゆ……やはり聞き覚えがある。ミクルが女子チームの主力として名を挙げていた二人だ。既に女子のA代表としてプレーしているとか。



「コイツらは昨日まで代表の強化合宿に行っていてな、今日は別メニューの予定だったんだが……せっかくの機会だ。軽くスパーリングでも?」

「ほえっ? ノノたちとですか?」

「そこらへんの適当な連中ならともかく、あの廣瀬陽翔が預かっているチームだからな。多少は興味もある。まぁ、断ってくれても構わないが。その場合はこのまま警備員に突き出すまでだ」

「選択肢無いやんハナから」


 風貌そのままの厳格な人物かと思いきや、案外柔軟な男である。スパーリング、軽いミニゲームってところか。なんだかベタな展開になって来た。


 だがしかし、願ってもない申し出だ。A代表のレベルを肌で感じる機会は大変貴重である。みんな動ける格好で来ているし問題は無い。

 突飛な流れに困惑していたノノと文香だが、そういうことならと自信気に目線を合わせる。心の準備も万端のようだな。



「分かりました。では5対5のフルコートで。ただ、ゴレイロが居ないので全員フィールドプレーヤーだと助かります」

「良いだろう。さて、こちらも男手を用意しないとな。兵藤、お前が入れ」


 集団の中からひょっこり顔を出した、眼鏡を掛けた細身の青年。背番号は7番。彼も主力組なのだろうか。あまりスポーツマンっぽくない出で立ちだ。



「僕は構いませんが……本当に大丈夫ですか? このあと常葉長崎との二本目もあるのに。というか、珍しいですね。監督がこういうこと言い出すのって」

「同じ関東の高校だからな。少しでも情報があるに越したことは無い……それに言っただろう、あくまでスパーリングだ。気楽にやれ」

「二人とも手抜きとか出来ないタイプでしょうに……まぁ良いですけど」


 これで砂川明海、来栖まゆ、兵藤という選手の三人。残る二人は……あぁ、メッチャやる気満々だ。やめろこっち来るな。話し掛けるな。絡みたくない。



「また逢ったな、廣瀬陽翔」

「悪いな押し掛けて……あとでミクルに小遣いでもやってくれ。そういう設定で来てんねん一応」

「案ずるでない。こう見えて栗宮は超金持ちだからな。巷ではハイブランドお姉さんの異名で親しまれている」

「あ、そう……」

「またの名をユニ○ロの化身だ」

「ハイブランドとは?」


 絡み辛い。早速。


「あぁ、話は聞いている。手を焼いてくれたようだな。ミクルの潜在能力は並大抵の虫けら雑魚では手に負えん。山嵜への進学を勧めたのは正解だった」

「お前の差し金かよ」

「当然だ。栗宮はすべてを見通している……だが流石にこれは予想外だった。まさか貴様にロリコンの毛があるとは」

「偶々この面子だったんだよ」

「栗宮も比較的ロリ系統だ。不本意にも。まぁ脳内彼氏なら五万人いるが。内の半数は美容師、バンドマン、バーテンダーの何れかだ。残りは青森県民。にゃ○ごスター知ってる? 栗宮は知ってる。中の人がムキムキのお兄さんだって。侘しい」

(……助けて……ッ!!)


 ミクルと違って標準語を話しているのに、中身が一つも理解出来ない。怖い。最初は多少マトモだったのに、途中からバグり始めているのがもっと怖い。


 いやそれよりも、予想外なのはこっちだ。

 コイツ、スパーリングに顔を出すつもりか。


 この様子だと町田南のメンバーはほとんどAチーム、それも主力クラスの選手。コンディション調整の一環とは思われるが、下級生中心で太刀打ち出来るか……?


 

「仕方ない、アイツが言い出したら止められないか…………ん、なんだ鳥居塚、お前は出さないぞ。フルタイムやったばかりだろう」

「長くても五分でしょう。なら俺が出ます。余興と言えど、あの廣瀬陽翔と対戦出来る機会は見逃せない」

「気持ちは分かるが……」

「……………………」

「分かったよ。そんな目で見るな。だから睨むんじゃない、おっかない顔しやがって……くれぐれも無理はするなよ」

「……勿論です」


 鳥居塚仁も相模との強面対決を制し出場権を勝ち取る。同じ場所に立つと尚更ガタイの差が浮き彫りになるな。栗宮胡桃の三倍はあろうかという身体の分厚さだ。


 って、これじゃ完全に主力クラス揃い踏みじゃないか。実力を肌で感じられるのは有難いが、思ったよりガチの試合になりそうだな……。



「兄さん……っ」

「心配すんな。野郎共は俺がなんとかする」

「でもっ、栗宮胡桃だよ……っ!?」

「湿気た顔してんじゃねえ。当たって砕けろの精神や、やれるだけやってみろよ……まさかもう負けた気か?」

「……そーいうわけじゃ、ないケド……っ」


 加えて心配なのは、さっきから表情が沈んだままの真琴。コートに降りて来てから増して不安げな面持ちだ。


 本当に珍しい。いつどんなときもクールにスカすあの真琴とは思えない姿だ。それほどまでに栗宮胡桃と町田南を恐れているのか。


 ……いや、でも。


 思い返せば初めて見たというわけでもない。あの日、夜の公園で出会った真琴も。こんな顔をしていた気がする。


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