868. ちょっと優しいなって思ってた
コート奥からのキックイン。ロングパスが供給され、ゴール前で激しく競り合う町田南の2番、そして常葉長崎の10番。あれが羽瀬川理久だ。
身長は俺と同じくらい。細身のスラッとしたシルエットで、体格の良い2番とのフィジカル勝負はやや不利なようにも思われるが……。
「フンッ……!!」
「まったくスマートじゃないね! こんなに沢山のレディーに囲まれて、よくもそんな厭らしい守備が出来るものだっ!」
右腕一本で軽々と往なす。あっさりとキープしてみせた。しかし2番も負けてはいない。前だけは向かせまいと必死に食らい付く。
結局撃ち切る前に他のディフェンダーが戻ってしまい、羽瀬川はやれやれと首を横に振りバックパスを選択。受け手の女性選手が放ったダイレクトシュートはゴール右上を掠めた。
「はぁ~、困った困った。チームメイトならいざ知らず、やはり敵に回すと恐ろしい……どうだい鳥居塚、ウチの子も中々のモノだろう? 転校するなら今のうちだよ。選び放題だ、ボクのお下がりで良ければねっ!」
「少しは黙ってプレー出来ないのかお前は…………おい、球際が甘いぞ! コースを消すだけでも良い、簡単に前へ蹴らせるなッ!」
「連れないなぁ~~」
お喋りな羽瀬川を2番はまったく相手にしない。それにしても迫力ある攻防だった……もう後半なのか。スコアは動いていないようだ。
「あぁ、羽瀬川理久! 知ってます知ってます。センパイ、あの人U-18代表のエースですよ。もしかしたらオリンピック選ばれるかもって話題になってた」
「サッカーの方で?」
「ですです。てゆーか、今年の選手権の得点王ですよ。三試合で7点も取って、一気に注目株になったんです」
つらつらと語るノノ。一方ミクルは苦虫を嚙み潰したような渋い顔。まぁ理由は分かる。今し方聞こえた2番との会話から察するに、お行儀の良いプレーヤーではなさそうだ。
「真琴は知ってるか?」
「そりゃモチロン……試合は出なかったけど、こないだのU-23にも選ばれてたからね。しかもまだ高二だし」
「年下か……」
こちらはやや鈍い反応の真琴。同じくらいピンと来ていないのは、俺も俺で下の世代の選手をまったくと言って良いほど知らないからだ。常に上の世代に帯同していたので、セレゾン時代は後輩と一切絡みが無かった。
にしてもU-23か。流石にそっちは俺も選ばれたことが無い。マトモにプレーしていたのは15歳までだから仕方ないけど、ちょっと羨ましい。
……いや、それはともかくとして。
「アイツもフットサルとの兼業なんやな」
「みたいだね。詳しくないケド」
「元々はこちらの畑なのだ、あの愚か者は……我と同じジョガドール墨田の門下生だった。尤も、そちらはあくまで片手間であったと後に知らされたが……」
変わらず虫の居所が悪そうなミクルが解説。同じクラブの出身、ということは面識があるのか。学年も一つ違いだし。
「アーティファクトの所有権を自ら放棄し、遥か南方へと拠点を移した。フットサルを続けていても未来は無いなどと、捨て台詞にも足りぬ戯言を抜かしてな……血を裏切りし者だ……ッ!」
「高校からサッカーに転向したと?」
「左様。ところが昨夏、突如アーティファクトの所有権を再主張し……瞬く間にアベンジャーズの一員となったのだ。図々しいにもほどがある……!」
なるほど。元々サッカーとフットサルを両方続けていて、進学を機にサッカー一本へ絞り九州の強豪校に留学したと思ったら……去年の夏にフットサルへ戻って、それから兼業を続けていると。
しかしミクル、随分と羽瀬川を嫌っているようだ。先ほど『姉に手を出そうとした』とかなんとか言っていたが、それも理由なのだろうか。
「姉ちゃんとも面識あるんか? その羽瀬川言うやつ。アレやろ、あーりんから聞いたで。姉ちゃんは他のチームやったんやろ?」
「…………自ら蒔いた種だ。甘言に唆され、天啓を授けてしまった。まだ魔力が不完全だったのだ……花瓶の手入れだけは欠かさない男だからな」
「あ~……好きやったんやな」
「好きではないッッ!! ただちょっと優しいなって思ってただけだ!! だってちゃんと話聞いてくれるんだもん!!」
厨二ワールドはどこへやら、意地悪気な文香の呟きを剥き出しの牙で全力否定。これは照れ隠しでなく本気の拒絶だろう。
恐らく羽瀬川は、ミクルの厨二趣味に一定の理解を示してくれる唯一の人物だった。恋愛感情かはともかく、多少は好意を持っていたんだ。
だがそれは羽瀬川の策略。姉の胡桃に近付くための手段に過ぎなかった。
去り際にフットサルそのものまで否定され、好意が敵意にひっくり返ってしまったのか。聞けば聞くほどとんでもない男だな……。
「やっぱ普段もそんな性格なんですね~。インタビューもちょーっと鼻に付く感じで、ノノもあんま好きじゃないんですよ。プレー自体は正統派の9番で中々悪くないんですけど」
「フンッ。どうせ混合大会の新設が理由なのだろう。いついかなる時も女にモテることしか考えていないからな……ッ!」
「……どちらにせよ、またライバルが一人増えたわけだ。世代ナンバーワンのFW、しかもフットサル経験者……簡単な相手じゃないね」
ガックリ肩を落としため息を溢す真琴。交代しベンチへ下がった羽瀬川を苦々しい面持ちで見つめている。
お、栗宮胡桃も交代か……って、早速声掛けに行ったな羽瀬川。あーあー、町田南の選手に止められている。試合中までナンパするのかよ……。
「なぁはーくん。さっきバチってた2番、はーくんが調べとった選手やない?」
「えっ……あぁ、みたいやな」
自陣最深地、フィクソの位置でパスを散らす大柄な男。町田南の2番。あれがミクルの話していた、フットサル日本代表の鳥居塚仁という選手だ。
こちらも史上最年少でA代表入りを果たしたという。ってことは、羽瀬川より若い段階で選出されたのか。なら高一か中三の頃か……早いな。
「残りの選手は背番号おっきめですね……セカンドセットなんでしょうか?」
「かもな……ふむ。上手い」
左サイドに預けワンツーで貰い直すと、そのまま引き付けるようにドリブルで敵陣へ侵入。
常葉長崎の男性選手が強気のチャージを噛ますが、まるで意に介していない。見た目通り、評判通りの屈強なフィジカルだ。
左脚を振り抜きライナー性の強烈なシュート。これは惜しくもブロックに遭う……お、カウンターか。
「おぉー! 戻るの速っ!?」
ノノも興奮気味に身を乗り出す。最前線へくさびのパスが通り一気にピンチを迎えたかと思いきや……あっという間に帰陣した鳥居塚の激しいタックルで、ピヴォの男は吹っ飛ばされてしまった。
これぞまさしく、アカデミーでコロラドが熱心に説いていたトランジションの神髄。
今のプレーだけ切り取っても、他の選手より二、三倍は素早く動いている印象だ。しかもガタイが良いので目立つ目立つ。
羽瀬川のプレーはまだそんなに見れていないけど……正直、この鳥居塚の方が良いプレーヤーな気がするな。コートを『制圧する』という表現がしっくり来る。常に味方へ指示を飛ばし続けて、リーダーシップもあるみたいだ。
「……どう? 兄さん。勝てそう?」
「なんとも言えへんな。仮に町田南とやるとして、2番の鳥居塚とマッチアップするのはピヴォの愛莉。正攻法だけやドン詰まりやな」
「……そっか。そうなんだ……っ」
どことなく気落ちした様子の真琴。さっきから一人だけテンションが低い。レベルの高さに怖気づいているのだろうか?
いやでも、鳥居塚と羽瀬川以外にそれほど目立った選手はいないし、肝心の栗宮胡桃もこの試合は今一つキレが無いように見えたが……コートの上に限ってはいつも自信満々な真琴にしては珍しい。
「なんや終わってまいそうやな……ふむう。ミクエルの姉ちゃんがなあ。もうちょい試合出てくれればええねんけどなぁ」
「そーですねぇ~。この後二本目がやればちょうど良いんですけど……」
「あぁ、勿論そのつもりだ。これはまだ一本目だからな、他に試したい選手も大勢いる……招かれざる客を排除してからの話だが」
文香とノノに続き声を挙げたのは、俺でも真琴でも、ましてやミクルでもない。五人揃ってビクンと肩を震わせ振り向いた先には、見知らぬ男の姿。
町田南のトレーニングジャージ。色付きのサングラスと無精髭の組み合わせは最高に人相が悪い。年齢は二十代後半から三十代前半ほどか。
「ほう。どこかで見た顔と思えば、栗宮の厨二妹か。こんなところまでご苦労なことだ。セレクション以来だな、覚えているか?」
「貴様、いつからそこに……!?」
「ついさっきだ。あれだけ大声ではしゃいでいてバレないとでも思ったのか? まったく、不法侵入とは良い度胸…………ん? お前は……」
サングラス奥の鋭い眼光。次に何を言うかは、もう見当が付いていた。この年代の指導者ならたいていの奴は覚えのある顔だろう。誰の話かって……。
「……廣瀬、陽翔……ッ?」
でしょうね。
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