867. 後戻りは出来ぬ


「ん、なんだあの子たち……?」

「町田南の選手か……いや、どっちだ?」

「やっぱりここが試合会場だったか」

「少し聞いてみるか……」


 ノノが提案した、マスコミ連中を出し抜き尚且つ『関係者』として体育館へ潜入する方法は、意外にも彼女らしからぬ正攻法であった。ミクルを先頭に堂々と入場口へ近付き……。



「良いか貴様らッ!! 我が半身、クルーミの保有する魔力量は一般的魔導師のソレではないっ! 貴様らの消し粕並みに少ない貧相な魔力であろうと、我が半身、クルーミの大いなる繁栄へ与するに吝かではなかろうッ!!」

「ははぁ~っ! 偉大なる同士、聖堕天使ミクエル様! わたくしめのような下々の有象無象に対し、なんたるありがたいお言葉!」

「流石は栗宮一門の偉大なる継承者! 些細なお言葉一つさえ心に深く染み渡りますわ~! よっ、にっぽんいち!」

「聖堕天使ミクエル、ばんざーい……」

「ニョポ! ヤポポポ! メッサモッチャ!!」


 上からミクル、ノノ、文香、真琴、そしてオレ。ミクル考案の『ふしぎなおどり』を舞いながらご登場。謎の言語体系を司る激キモ集団が突如現れ、マスコミ連中は激しく狼狽えている。


 ちなみに俺は『メッサモッチャ王国に住まう半人半オークの怪物』という設定。

 髪留めを変な位置で固定され、とにかく奇天烈なキャラで行けと指示を受け、熟考の末、こうなった。ずっと白目を剥いているので頭が痛い。



「あ、あの~……君たちは町田南の関係者なのかな? それとも……」

「左様ッ! 我が名は聖堕天使ミクエル! 新世界の現人神としてその名も高き、栗宮胡桃のれっきとした妹である!! この者共は主の崇拝者、またの名を部の後輩たちだ! 主より厳命を受け、お弁当を献上しに参った!」

「あぁ~……そうなんだぁ……」


 内の一人が勇気を振り絞り先頭のミクルへ声を掛ける。が、明らかに『絡んじゃいけないタイプの人だ』みたいな顔でおずおずと撤退。


 こういうときはちゃんと通用する範囲の日本語が喋れるんだよな。ミクル。普段からやってくれないかな。自分から人生ハードモードにしてる自覚あるのかな。持ってほしいな。恥と外聞。



「本当だと思うか……?」

「あり得なくもないですね……髪型はともかく栗宮胡桃と似た顔してるし、確か二つ下の妹がいた筈です……それに何より」

「あの栗宮胡桃だからね……」

「普段の奇行ぶりを見ればこの手の後輩がいるのも納得だな……」

「実力は間違いないんだけどなぁ……」


 納得してしまうマスコミ連中。ノノ曰く、栗宮胡桃の宇宙人ぶりはメディア界隈でも既に周知の事実らしく……インタビューでの奇妙奇天烈なトークはたびたびSNS等で話題になっているのだとか。


 要するに、普段通りのミクルが正直に身の上を明かし『いかにも』な後輩たちを引き連れていても、さほど違和感が無いという話であった。

 ネタになるならなんでも飛び付くこの手のマスコミさえ怖気づくとは、いったいどういう扱いを受けているんだ、栗宮胡桃……。



「まさかホントに成功するなんて……」

「ほっほっほ。マスコミなんて所詮こんなものですよ! マジで洒落にならないタイプの人間にはわざわざ近付かないのです!」

「市川が言うと妙に説得力あるなぁ……」

「フハハハハハ!! 中々悪くない演舞であったぞ皆の衆ッ! 特に貴様、期待以上の成果だ! 今後もメッサモッチャ王国の栄えある一員とし……」

「二度とやるかボケッ!!」


 マスコミの姿が見えなくなったところで変装解除。髪留めを地面へ叩き付けても尚、ミクルは大いにご機嫌な様子であった。


 良かったな、一瞬でも部の支配者として君臨出来て。当初の目的と夢がついに叶ったというわけだ。あとで殺してやる。

 クソ、瑞希に変なユーチ○ーバーの動画を見せられなければ、メッサモッチャなんて奇妙なフレーズが思い浮かぶわけ……!



「はーくん、言うて楽しんどったやん」

「ちょっとな、ちょっと!」

「どーゆう感情で喋っとん?」

「知らんッッ!!」






 第二の関門である警備員からの追及には『妹』のゴリ押し一辺倒で通過することが出来た。

 学生手帳と保険証、ラインのやり取りを証拠に、極めて常識的な言葉遣いで警備員に説明していた。あのミクルが。脳ミソ壊れそう。


 とは言えアポ無しの突撃訪問、無許可で侵入していることに変わりは無い。町田南の関係者に見つからない死角を見つける必要がある。



「メインアリーナは二階みたいです。観客席の端っこならバレませんかね?」

「まぁ他に選択肢は無いな……」

「今更言うのもなんだケド、明らかな犯罪に手を染めてまで偵察する必要あったのかな。非公開じゃない練習試合でも観に行けば……」

「真琴。それ以上はいけない」


 もはや後戻りは出来ぬ。ミクルの手を借りた時点でこうなることは避けられなかったのだ。



 階段で二階へ移動。すぐ目の前のサブアリーナと吹抜を通過しエントランスへ。出入り口の鍵は掛かっていなかった。


 サブアリーナに選手たちの荷物が置かれているのがガラス越しに見えたので、わざわざ締め切っていないのだろう。まさか体育館全体を町田南のフットサル部が貸し切っているのか……金持ちだな。



「おっ。やっとるやっとる……!」

「文香、静かに……」


 ほふく前進みたいな恰好でメインアリーナの観客席へと侵入。余談も余談だが前を進む文香のお尻がドアップで目のやり場に困った。薄い生地履きやがって。こういうときこそもっと気にしろ。


 フローリングを走り抜けるシューズの摩擦と、ボールを蹴る音が絶え間なく聞こえて来る。背もたれに身を潜め、ようやくコートの全容を窺うことが出来た。



「おっ、いましたね……ふむふむ。確かに取材が殺到するのも納得の美少女と呼べなくも……まぁノノには敵いませんが」

「ええから喋んなって」


 ちょうど試合中だったようだ。敵陣へ侵入し華麗なパスワークを披露する、黄色とグレーの縦縞が特徴的なユニフォーム。


 その中心に、赤み掛かったブラウンのミディアムヘアを靡かせる少女……いや、こうして見ると限りなくピンクだな。染髪しているのだろうか。


 ヘアピンで止めた前髪の奥に覗く涼しい目元。見れば見るほどミクルと瓜二つ……間違いない、栗宮胡桃その人だ。



「……紅白戦じゃないね。相手チームのユニフォーム、見覚えがある……」

「余所と練習試合っちゅうこと?」

「たぶん…………あっ」


 対戦相手は町田南の控え組かと思ったがそうではないらしい。高校年代のサッカー事情には精通している真琴。冬に選手権予選を観に行ったときも、饒舌に対戦校の情報を得意げに語っていた。



常葉長崎トコハナガサキだ。間違いない」

「あ~。高校サッカー強いとこですよね。今年の全国は三回戦負けでしたけど……有名なコーチが異動になって弱体化気味なんですよねぇ~」


 ノノも語るように、常葉長崎高校は高校サッカー界でも随一の強豪。九州を代表する歴史の長い名門校だ。

 軍隊レベルの厳しいトレーニングに裏打ちされた肉弾戦に定評があり、二十年ほど前に全国三連覇の偉業を成し遂げた。プロ選手も数多く輩出している。


 一方、そんなチームを作り上げた高校サッカー界において伝説的存在である名将が学校を離れ、近年はやや成績を落としている。

 ユース年代の頂点であるU-18リーグでも対戦したことが無い。確か所属は三部だったか……セレゾンの先輩にここへ進学した人もいたな。



「なーなー、はーくん。あん人テレビで見たことあるで。名前忘れたけど」

「栗宮胡桃じゃなくて?」

「あっちの白いユニの……ほれ、10番のでっかい兄ちゃんや」

羽瀬川理久ハセガワリクだ。まさか知らないのか?」


 代わりに答えるミクルだが、酷く不快げな憎悪に満ちた煙たい顔をしている。なんだ、なにか因縁でもあるのか……?



「アベンジャーズの一員でありながら、貴重なアーティファクトを持て余す愚かな男……のみならず、我が半身クルーミを誑かさんと、禁断の果実へ手を伸ばす不届き者だ……ッ!!」


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