866. 誉れ高きアベンジャーズ
「はっ? 使えない? 今日はサッカー部の使用日ちゃうやろ?」
『そういうわけじゃないんだが……ちょっと緊急でな。サッカー部に限らず他の部活も午前で解散だ。悪いな』
「はぁ……」
一先ず先の予定であった自主練へ、とアパートを出た直後。峯岸から連絡がありこのように伝えられる。なんでも学校自体に生徒が立ち入り出来ないそうだ。理由は詳しくは教えてくれなかった。
そういうことならと、真っ直ぐ町田南のホームであるという市立体育館へ向かうとする。最寄り駅からピッタリ一時間。町田駅へ降り立つ。
「はぁ~ん、ミクエルのエグイ姉ちゃんなぁ。日本語通じんのかいな」
「多少はマシっちゅう程度やな」
「アレか? やっぱ上手にボール蹴るんに常識やらいっぺん捨てなアカンのか?」
「誰見ながら言うとんねん貴様」
こちらは先に学校へ到着してしまいとんぼ返りを喰らったところ、偶々駅前のバスターミナルで出くわした文香である。
目的も聞かずにホイホイ着いて来た。別に良いけど距離が近い。車内からずーっと手を握り続けている。残る三人をけん制しながら。仲良くせえや。
「ほほー。町田南って私立なんですね。名前からしててっきり公立校かと」
「珍しい運動部が多いのがウリみたいです。BMXとかフェンシングとか……ペタンクってなんだろう」
市街地を抜け、新緑と日光の香りが交差する体育館への道中。ノノと真琴がスマホで町田南について調べてくれている。
真琴、それ以上は時間の無駄だからやめておけ。つまらないから。小坊の頃に大場に誘われて一回やったけど、本当につまらないから。
ともかくその珍しい運動部、のなかに男女のフットサル部がある。ここ十年ほど男子チームは高校年代の大会を総なめしており、プロの参加する全国選手権でも度々上位まで勝ち上がるほど。
後発の女子チームに至っては上記の全国選手権で優勝経験もあるとか。
高校フットサル界隈の絶対王者と呼ぶに相応しい、華々しい幾多の経歴がネットの海には散らばっていた。
「町田南にどんな選手がいるのか知ってるか?」
「笑止。オセアニアでは常識だ。若年期より『神殺し』としてその名を馳せ、中でもクリスタルの粒にも満たぬ限られた精鋭ばかりが集うからな」
「限られた精鋭ねえ……」
「真の『瞳を持ち者』のみが一堂に会するのだ。魑魅魍魎たちの楽園……とでも呼ぶべきか。まさしくアトランティスの箱庭……!」
厨二語録も絶好調。俺たちの代がセレゾンユースの黄金世代と呼ばれていたように、有名処はこぞって町田南フットサル部へ集まるというわけか。
「例えばどんな奴がいるんだ?」
「ふむ。やはりフィクソの
「アベンジャーズってなに? 代表?」
「代表……フッ。『newspeak』以前はそのような表現もされていたようだな」
「最近オーウェル読んだ?」
もうフットサルのA代表でプレーしているのか。早速スマホで町田南、鳥居塚で検索……お、出て来た出て来た。
史上最年少デビューを果たしたフットサル界の逸材。屈強なフィジカルと類まれなゲームメイク能力を兼ね備える若き闘将、ね。ふむふむ。
「残る暗殺部隊もアベンジャーズの一員として相応しい使い手が数多く揃う。我が故郷、ジョガドール墨田の種馬共にも有資格者は何人かいたが……その潜在能力は連中を大いに凌ぐと言えるだろう」
「女子はどうなんだ?」
「我が半身、現人神ク・ルーミは言わずもがな……やはりアベンジャーズの一員であるピヴォの
幼少期からフットサル一筋のミクル、情報量は随一。普段に増して声色も高く、興奮気味にその名をつらつらと並べる。
しかしフットサルと厨二ワールドって欠片も接点無いような気がするんだけど、どうしてこうなっちゃったんだろう。まぁ深くは聞かぬ。
「恐るべくは、先の両者はマジック・アカデミア時代までアーティファクトの使い手ではなかったという事実……無論、他の面々もアカデミアの一員として名高い者がほとんどだ」
「えーっと……今の町田南の女子チームは高校からフットサルに転向した選手が主力で、でも控えメンバーも有名な選手ばっかり……で合ってる?」
「ほうっ、長瀬真琴! ついに貴様も『瞳』を持ち始めたか! 実に喜ばしいな!」
「なんで一ターンの会話でこんなに疲れなきゃいけないんだ……」
半笑いで肩を竦ませる真琴は新たな『解読者』として、すっかりご機嫌のミクルに捕まってしまった。ミクルが部に馴染んだのか、それとも皆が汚染されているのか。俺も気を付けよう。
駅から十五分。市立体育館へ到着。
かなり大きいな。当たり前っちゃ当たり前だが、ゴールデンウィークに訪れた川崎英稜の第二アリーナをも上回る。学校外の施設が日常的なトレーニングコートとは恵まれた環境だ。
結局彼らが今日ここで活動しているか情報は掴めていないが……心配無さそうだな。微かにフローリングのキュキュっと擦れるような音が聞こえる。
「おや? センパイ、あれって……」
「……マスコミやな」
入場口付近に取材クルーの姿がある。それも一組ではない。併せて十人ほどメディア関係者がたむろしていた。栗宮胡桃の取材だろうか。なんだよ、非公開なのに居場所バレてるじゃねえか。
「アレじゃない? 来週のオリンピックの壮行試合に選出されてるから、それ関連のインタビューとか」
「あぁ、そういや今年の夏やったな……あれ、でもアイツ、辞退したんじゃねえのか? 川崎英稜の白石姉が言うとったで」
「代表メンバーじゃなくて、対戦相手のなでしこリーガー選抜の方だよ。プロじゃないのに選ばれたってニュースにも載ってた……知らないの?」
「ネットなんほとんど見いひんし……」
ジト目の真琴から逃れるよう皆を引き連れ、彼らの視界に入らない物陰へと隠れる。見つかったら面倒だ。
恐らく彼らはサッカー、若しくはフットサル関連のメディア。そこへ廣瀬陽翔が現れては大変な騒ぎ……なんて、そろそろ自意識過剰だろうか。
「今もサッカーとフットサルどっちもやってるんですよね……そんなのに選ばれるくらいの有望株なのに、わざわざこっちの大会に出るなんてよほどの物好きなのか、それともセンパイの新たなる愛の奴隷か……?」
「真面目な顔でなに言うとんねんお前は……まぁでも、確かにな」
修学旅行先の蔵王で奇跡の対面を果たした栗宮胡桃。曰く『男女問わず最強のフットボーラーとして君臨する。それが栗宮に課せられた使命』なのだとか。そのために俺と愛莉を倒す必要があるとも言っていた。
ミクルの姉に相応しいファンタスティックなあの性格だ。意味の分からないところに固執するのも分からないでもないのだが……にしたって、本当にそれだけが理由なのだろうか。
世界中のアスリートたちが目指すオリンピアンの称号を蹴ってまで、新設の男女混合大会に拘る動機はいったい。
そして、決してメジャーとは言えないフットサルと、地位と名声においては比較にならないサッカーを天秤に掛けているのは何故なのか……。
「ぶっちゃけさ……山嵜って、かなり強いと思うんだよネ。全国レベルの青学館や瀬谷北に勝てるくらいだし」
「真琴?」
「全国優勝だって手の届かない目標じゃない……でもさ、栗宮胡桃だよ。町田南も強いチームなんだろうケドさ……あの人だけはちょっとモノが違う」
栗宮胡桃の登場を待ち構えるマスコミたちを見つめ、真琴は何やら心中複雑そうに語り始める。
彼女も中学までクラブチームでプレーしていた身の上。栗宮胡桃の凄さはよく知っているのだろう。
「五年後の女子バロンドーラー。日本女子サッカー界の歴史を変え得る存在。もし男だったらメッシ・ロナウド級の化け物になるに違いない……よくネットニュースに書かれてるよ。映像しか見たことないケド、自分も過大評価とは思わない」
「……そんなに、か」
「まだ日本の、それも高体連のチームでプレーしてるのが意味分かんないようなレベルの選手だよ。マジでさ。そんな人と同じコートで戦うとか……」
達観した面持ちでため息を溢す。なんだ。妙に弱気だな。というか、昨日から妙に攻撃的だったり急に落ち込んだり……どうしたんだろう、真琴。
「それもええねんけどな。なぁはーくん、どうやって入るんこれ。正面突破は流石にアカンやろ? はーくん有名人やとさかいに」
「せやな……マスコミが入れへんいうことは、関係者以外はそもそも立ち入り禁止やろうし……ノノ、何かアイデアは無いか?」
「えぇ~。そんなの……ありますけど」
「あるんかい」
「ミクエルちゃん、髪留め一つ貸してください……むふふっ。また伸びて来ましたね。髪の毛。久々にワイルドなセンパイが見たかったんですよね~♪」
おい、待て。なにをするつもりだ。
やめろ。どこへ手を伸ば、ちょっ――。
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