864. ずっと気になっていた


「行けヒロ! 仕掛けろッ!」

「任しときッ!」


 右サイドでパスを受ける。晒しながらジリジリと相手陣地へ侵入し、対峙するマーカーが痺れを切らしたそのタイミングで一気に加速。



「グっ……!?」

「悪いな! お先ッ!」


 ボディコンタクトこそ避けられなかったものの、上手く往なすことが出来た。彼はアカデミーでも指折りのフィジカルの持ち主だが、互角以上に渡り合えている。春から継続してやって来たトレーニングの成果も出ているようだ。


 タッチラインを破りそのまま右脚を振り切る。軌道の低い一撃がサイドネットを貫いた。これで今日五点目。よし、悪くない。



「マージでエッグイわぁ~……なんであんな簡単に突破出来んの?」

「アァ? ホンマに見とったんか貴様。ちゃんとフェイク入れとったやろ」

「いやいや、追えない追えない」

「ハッ。そんな調子やまだまだ世界は遠いな。栗宮一門の穀潰しめ」

「じゃかあしいっ!!」


 紅白戦のチームメイトである弘毅は半分呆れ顔で右腕を掲げる。軽微なハイタッチが決まり同時にホイッスル。この試合はこれで終了。俺たちのチームの圧勝だ。



 文香と有希の誕生日パーティーから翌日、土曜日の午前。久々に弘毅とブラオヴィーゼ横濱フットサルクラブのアカデミーへ顔を出していた。


 トップチームへの昇格を蹴り川崎英稜の一員として全国を目指す弘毅と共に、こうして暇を縫ってアカデミーの練習に度々参加している。実戦的な機会は幾らあっても良いと、ミスター・アレクことコロラドが話を付けてくれたのだ。


 この日はコロラドがアカデミーの練習を見ていたので殊更都合が良かった。弘毅には悪いが来たる公式戦の為にも、使えるものはなんでも使いたい……。



「ミスター・アレク。例の件ですが」

「あア、ちょっと待っテ! 用意スッから! お茶でも飲んでロ!」

「屋外のコートでそれは如何かと」


 クールダウンを終え面々は解散。弘毅がコートから居なくなったのを確認したところで、こっそりコロラドを呼び付ける。彼がいる日にわざわざ来たのにはもう一つ理由があった。

 


「ハイハイ、お待たセ。あァ、エイゾーはチェックしておいたヨ。ナイスゲームだったネ。まさかコーキをあれだけ抑えるなんてナ!」

「頼もしくして仕方ないですよ、ホンマ」

「Número.2は前にレディースに来てた子ネ。ポジショニングはなかなかのセンスヨ……それからNúmero.8。カレもスゴイネ」

「女の子ですよ」

「マジデ!? ナラもっとヤバイナ!」


 先日の川崎英稜との試合の映像。聖来が撮ってくれていたものを予め送り、各々のウィークポイントを洗い出して欲しいと依頼していたのだ。

 併せて今のチーム状況を顧みて、どのような戦術を取るのが最も効率的かアイデアを出して貰おうという魂胆。


 まずコロラドが挙げたのは背番号8。真琴だ。相当印象的だったようで、興奮気味に映像の彼女を饒舌に語る。



「マズなんと言ってモ、視野の広さネ。首を振ル、相手ノ位置を確認すル。当たり前だけド簡単には出来ないヨ。世代別か何カ入ってるのカ?」

「いえ、特には」

「オイオイ、前のクラブのEntrenadorはフシアナなのカ? フリーランニングもコーリツテキで無駄走りが無イ。スキルも高いネ……ファイナルサードでの精度を向上させれバ、敵なしだナ。悪いけどレディースの子たちハ比較にならねーヨ」

「他のみんなは?」

「ユーまでもネー。ミンナ上手すぎネ。女子の大会出たラ良いとこまデ行っちゃうヨ。全国ベスト8くらいはヨユーじゃネーカ?」


 手放しで褒められ自分のことみたいに嬉しくなってしまう。なんだか遊んでばっかりな印象の俺たちだけど、練習はしっかりやってるんだぜ。って、誰に向かって釈明しているんだ俺は。まぁええか。


 ただ……少し引っ掛かるな。

 それでもまだベスト8、か。



「なら優勝するにはどうすれば……どこを改善すれば良いと思いますか?」

「テクニックは十分ツーヨーするヨ。でもフット・サラはそれだけジャ勝てなイ。ボクに聞くまでもねーダロ?」


 ニヒルな笑みを浮かべ問い掛けるコロラド。

 暫しの青空ミーティングが始まった。



「ヤマサキのパスワークは中々のモノネ。だがシカシ、付け焼刃の域を出ないのモまた事実。ファーストセットが抜けるとイッキにクオリティーが落ちるのネ」

「仰る通りで……新入生が加わってまだ数か月ですから。まだまだ個人練習が必要な子も多くて、中々戦術パターンを仕込めないんです」

「ダローナ。この子もそうだシ、それからNúmero.99モ。本来のポテンシャルを活かし切れテいないのネ」

「ノノもですか?」

「二人とモ、個でやり切るよりチームの中デ輝くタイプだロ? ファーストセットと微妙ニテンポがあって無いのネ。この二人の連携がモット深まれバ、相当出来るゼ。ベスト4も狙えるナ」


 ノノと真琴……二年と一年の主力格だ。本格的に合流して数か月の真琴はともかく、ノノはもう一年近く一緒にやっているわけだが……まだ足りないのか?



「二人とモ、元々は別のチームにいたんだロ? Número.8はサッカー。99はほぼ独学だって聞いたゼ」

「それが何か問題なんですか?」

「ダッテ、根っこの部分がフット・サラじゃねーンだから、当然ネ。もっと言えバ、Número.9もソーダケド……まー二人よりマシだナ。Número.2も」

「9番……愛莉もサッカー畑ですよ?」

「練度が全然チガウのネ。その二人はヒロが一年以上仕込んで来たんだロ? チームのワン・ピースじゃなくテ、フット・サラのプレーヤーとして足りないモノがあると思うナ。そっちの二人にハ」


 至って真面目な口振りのコロラド。ふむ、愛莉と比奈にあって、ノノと真琴に無いもの……考えたことも無かったな。


 でも、そうか。確かに……これまでの練習試合で、何だかんだでノノと真琴が失点の起点になることが多かったような気がしないでもない。


 失点へは至らなくても、決定的なシーンを作られる前には二人のミスが絡んでいることが多い印象だ。普段は実力者組に属するのであまり目立たないが……。



「ヒロ。思うんだケドヨ。ベツにフット・サラらしい拘ったTácticas……戦術は必要ネーんじゃねーカ?」

「……と言うと?」

「個人戦術を磨く方ガ戦力アップに繋がると思うゼ。例えばdesmarque。マークを外す動きとかヨ。今まデ感覚でやってたのヲ改善すれバ、モットモット違いの作れル選手になれル。ヒロやNúmero.7みたいにナ」


 個人戦術とはザックリ言い表すと、ポゼッションやカウンターに代表される大雑把なチームの戦い方ではなく、一対一、二対二のような状況で必要とされるプレーモデルだ。サッカー界隈では比較的新しい言葉。


 当然フットサルはサッカーよりプレー人数が少ないので、チーム戦術よりも個人戦術へ依存する面が大きい。

 なるほど、ここを磨くことで結果的にチームとしての戦い方にもバリエーションが生まれる、ということか。


 コロラドが『俺や瑞希みたいに』と話しているのも、元々はサッカー出身である愛莉も個人戦術という側面では強みが足りないと考えているから。言われてみればアイツ、女子相手にはフィジカルゴリ押しの一辺倒だもんな……。



「では、どうすればそれらを会得出来るとお考えですか?」

「難しーヨ。頭使って考えても分からんモンはワカラン。生きた教科書がネーとな……それこそゴリゴリのフット・サラチームと試合を組むとかヨ」

「アカデミーに協力して貰うというのは?」

「それはダメネ! 確かにヤマサキの子はみんな上手いケド、全員男子とほぼ女子のチームで試合はアブなすぎるヨ。ツーカそれハ舐めすぎネ」

「ですよね……」


 ともすると、やはりゴールデンウィークの川崎英稜戦が、公式戦まで最後の実戦機会というのは……ちょっと不安が残るな。


 大多数を占める相手校のレベルが分からないので何とも言えないが、最終的に川崎英稜は勿論、女子フットボール界最強の宇宙人こと、栗宮胡桃率いる町田南とも対峙しなければならないわけで。


 …………ちょっと待てよ。



「同じようなメンバー構成で、それでいてフットサルに特化しているチーム……これ以上の適任は無い!」

「オッ?」

「ありがとうミスター・アレク! また遊びに来るんで、今日はこの辺で!」

「オー、いつでも来いヤ。相手してやるヨ。デモ、そんなに焦ってドーシタ?」

「早いとこ弘毅を捕まえるんですよ!」


 どうして今まで気付かなかったんだ。最強のチームが割かしすぐ近くにいるじゃないか。それも姉弟という一番の伝手を使わないでどうする。


 町田南高校。

 高校フットサル界の絶対王者。

 前からずっと気になっていたんだ……!


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