アクの強すぎるライバル校の皆さんのご登場です
863. 独白 No.8
日帰り箱根旅行から約一週間後の金曜日。主に兄さんの部屋を会場に、その文香先輩と有希の誕生日パーティーが開かれた。
二人とも五月の末だから、四月の時みたいに纏めて祝うことになったんだ。脳筋デーの後で疲れているのにみんなよくやるよ、ホントに。
文香先輩は『はーくんだけで良かったんになぁ~』とかなんとか言っていたけれど、何だかんだで普通に楽しそうというか、嬉しそうだった。兄さんに負けず劣らず天邪鬼な人だ。嫌いでもないケド。
「で……どうすんの? これ」
「どうしよっか~……?」
ベッド、床、更にはトイレなどあらゆる場所に転がるフットサル部の面々。諸悪の根源はこの子。さも自分のせいではないみたいな顔をしている有希。
誕生日だからこそ手料理でおもてなしするんだ、と張り切ってカレーを大量に作った結果、辛い物好きの聖来とあまり手を付けなかった兄さん、そして自分を除く全員がこうなった。
なんというか、ちょっと安心している自分がいたりもする。最近の有希は急に大人っぽくなり過ぎて、なんだか置いて行かれた気分だった。でもやっぱり、有希は有希だなぁって。
そうやってレベルの低いところで構えている自分はどうなんだよ。と、思うところもあるにはあるケド。まぁこれはこれ。
「死ぬぅゥ゛……死んでまうゥゥ゛……!」
「あーあー。顔真っ青やな……ほれ、ちゃんと掴まれ。お前は自分の部屋あんねんから、そっち戻ろうな」
「にゃ~~ん、あんがとさんなァ~…………あっ。おしりさわった」
「不可抗力やって」
「かぁ~~! 寝込みを襲うなんホンマ卑怯なはーく、ウぐぉおォ゛……゛ッ!?」
「吐いたら殺すぞ貴様」
お姫様抱っこで自宅へ連行される文香先輩。誕生日プレゼントであるお気に入りの漫画の新刊はちゃっかり回収したらしい。
仮にも好きな人からのプレゼントがアレで良いのかと思わないこともないけど、すっごく喜んでた。やっぱり変な人だ。
「ごめんねえマコくん。みんなをベッドに並べるの手伝っ……マコくん?」
「……あぁ、いや。なんでもないよ」
琴音先輩を持ち上げてベッドへ乗せる有希。ボーっと玄関の辺りを見ていた自分を不思議に思ったのか、可愛らしく首をコテンと傾げる。
いちいち絵になるんだよな。そろそろ見慣れて来たと思ったケド、やっぱり羨ましい。とゆーかムカつく。女としての出来が違い過ぎる。理不尽な世界だ。
(……いやいやいや。別に羨ましいとか……そーゆーのじゃないでしょ)
逃避行から一週間が経ち、文香先輩はすっかり元気を取り戻した。はじめの数日は必要以上にベタベタして主に姉さんを困らせて(怒らせて)いたけど、残りは極めて穏やかなもので。
学年も違うし、互いにバイトもあって中々顔を合わせられないみたいだけど……あんまり気にしていないみたいだ。
練習中、なんとなく触れてみたら『ええねん。ちゃんと分かっとるさかいに』とドヤ顔でほくそ笑んでいた。これはウザイ。フツーに。
とにかく先輩も兄さんも、これといって後腐れなく普段通りの日常へ戻って来たというワケ。部の活動も学校生活もなんら支障は無い。平穏そのもの。
なん、だけど……。
「ちょっと外出て来る。風に当たりたいんだ」
「うん、いってらっしゃい」
有希に一言告げ、足元に転がっている姉さんをわざと踏んづけて部屋を出る。
梅雨入りにはまだ早いけど、夜風はほんのり冷たくて髪の毛が気持ちギシギシする。ヘアケアとか意識してやったこと無いな。そう言えば。瑞希先輩にでも聞いてみよう。比奈先輩でも良いな。
「おー。どした真琴」
「部屋暑くてさ。こう、熱気がね」
「料理だけは相変わらずやしなぁ」
ちょうど文香先輩の部屋から兄さんが出て来た。すごいな。こんなにヘラヘラ出来るものか。出逢った頃の仏頂面が嘘みたいだ。男が出来ると女は変わるとよく言うが、兄さんは逆だな。ちょっとキモイ。顔が。
「……良かったね。仲直り出来て」
「ん? 文香?」
「有希もか。一応」
「せやなぁ……まぁ、アレや。色んなとこグルグル回って、元んところに落ち着いたって感じやな」
「ふーん……まっ、なんでも良いケド」
そんなつもりはまったく無かったが、妙に冷たい態度を取ってしまい自分でも驚いた。兄さんもそれを感じたみたいで、ちょっと気になった様子で切れ目の端をピクっと動かす。
「なんや。どうかしたか?」
「え。いや、別に。なんでも?」
「…………妬いてる?」
「……は、はぁっ? なんだよいきなりっ」
「ええで。誰も見てへんし」
馬鹿に優しい顔で腕を広げて、いかにも『さあおいで』みたいなポーズを取る。まさか、こんなアパートの狭い通路で飛び込んで来いとでも言うつもりか。
そのまさかだ。掌をパタパタさせて『カモンカモン』ってやってる。真顔で。どういう感情なんだろう。マジでキモいなこれは。フツーに。
(ホント変わったなぁ……)
兄さんが部のみんなに甘いのは昔からだけど、以前はこんな風に露骨な態度は取らなかった。もっとこう、仕方ないな、みたいな感じで受け入れていたのに。
今日だって主役である文香先輩とも、いつも通りボディタッチの多い瑞希先輩とも人目を憚らずイチャイチャしていた。琴音先輩がそれをちょっと羨ましそうに見ていると、察して先輩を呼び寄せたりとか。
上手く言えないけど、自分が好かれているという状況をとことん堪能している、みたいな。身の振り方を弁えて来たというか。そんなカンジ。キモイはキモイ。
「……なんか、楽しそうだネ」
「楽しいさ。こんなの。どう足掻いたって」
うわあ。なんて良い笑顔。
嫌いじゃないケド、なんかなぁ。
一週間前。展望台下の芝生広場で兄さんは言った。どれだけ遊び惚けても、必ずお前のところに帰って来る、と。
そしてそれは文香先輩だけでなく、自分たちにも向けられたものらしい。ということは、その場にいた自分もやっぱり含まれている。
ともすれば、自分だって兄さんに『もっとこうして欲しい』という旨をしっかり伝えるべきだ。伝えるべき、なんだケド……。
「あのさ、兄さん。舞い上がっちゃう気持ちは分かるんだケド、そろそろシャンとした方が良いと思うんだよね」
「は? なんやいきなり」
「いやだって、もうすぐ六月じゃん。関東予選って七月の上旬からでしょ? 確かに普段の練習はキッチリやってるケドさ……もっとこう、メンタル的にバシッと決めた方が良いんじゃないかな」
これは割と本心だった。結局先週も有希との特訓はお流れになってしまったし、いくら平日は毎日練習があるとはいえ、本気で全国を目指すにしてはちょっと物足りないというか。
例えば今日の誕生日パーティーだって、きっと他の高校はこの時間も練習をしているわけで……なんか、大丈夫なのかなって。どうしても思ってしまう。
「勿論考えとるで。来週から本格的に戦術練習も取り入れる予定やったしな……それでも不安か?」
「……うん。不安。なんか、ふわふわしてる気がする」
「ふわふわ?」
「兄さんが。毎日幸せそうで、そりゃ良いことだけどネ。それだけじゃ足元掬われるよって、そんなカンジ」
あーあ。余計なこと言っちゃって。
別に兄さんを困らせたいわけじゃない。信用していないわけでもない。兄さんが本気を出したらどれだけ凄いのかはよく知っている。この人はただの天才じゃない。努力の天才なのだから。
おかしいな……じゃあ自分は、いったい何が引っ掛かっているのだろう?
(……か、構ってくれないから、とか?)
いやいやいやいや……一瞬過ぎったけど、それは無いって。無い無い。流石に。
確かにゴールデンウィークからは未来の問題があって、続いてシルヴィア先輩、有希、そして文香先輩へと繋がり、自分はずーっと脇役だったけど……だからって、兄さんに何か不満があるとか、別にそんなことは……。
(悩みがあるわけでもないしなぁ……)
「……真琴?」
不思議そうに顔を顰める兄さん。
考え事が回って鳴り止まない。
中学卒業からだいたい三か月。兄さんとは中々悪くない距離感でやって来たつもりだ。一瞬襲われたこともあったケド。忘れた。マジで。本当だってば。
妹扱いでも、女として見られていても、別にどっちでも良いと思っている。結果的に兄さんの傍に居られれば問題は無いし。
そういう意味で自分は、有希や文香先輩よりも早く『本質』に辿り着いたんじゃないかって、ちょっと自信も持っている。
だから、マジで分からない。この残り10パーセントくらいのモヤモヤは、いったいなんなのだろう。深刻なものじゃなければいいケド……。
「グオオォォ゛ォ……゛! アタシも混゛ざるっスぅぅ゛……ッ!!」
「あれ。どうしたの慧」
「よく兄ちゃんたちがお酒飲んで、ベランダでエモい話してるんで、そーゆーのかなって……! ォ゛グふッ゛……!!」
「全然違うよ」
部屋から慧が這いつくばって出て来た。うん、これ以上真面目な空気にはなりそうにない。程々にしておこう。
「ほら慧ちゃん、大人しく寝てなさいな。俺ん家はもう狭いから有希の部屋で、オッ、ううぉッ゛……!?」
「いやぁ~~申し訳ないっス~……アタシ結構重いっスよねぇ~……」
「そっ、そんなことはまったく……ッ!」
姉さんより身体がガッチリしている慧だ。流石の兄さんもおんぶは大変らしい。あちこちフラフラしながら鍵を開け有希の部屋へと連れ込む。
……あー。おんぶかぁ。
それはちょっとアリだなぁ……。
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