854. 言いたいこと


「………ゃぁぁァァ゛ああああ゛アア゛ア゛ア嗚゛呼アア゛ァァ゛!! はーくん危な゛ァァァ゛ァ゛ーー゛い゛!!」


「……………………」ザッパーン


「……ぺはぁァ゛ッ!! ああんもう最悪やあー!! この服買うたばっかりやのにぃぃ~~!! へっ、へっ……へェくちっ゛!!」


「……まずチャリキの心配せえよ」


「にゃはははっ……いやぁ~、見つけた勢いまんま慌てて走って来てもうてなあ。ブレーキ壊れとるの忘れとったわ……いやホンマ寒ッ゛!!」


「そりゃ寒いやろ五月の海は……偶に海辺とかに捨ててあるチャリキって、お前みたいな奴がそのまま不法投棄したやつなんやろな。謎が一つ解けたわ」


「ちゃんと修理出します~~!!」


「ええからはよ上がれ。みっともない」


「へいへいへい……ったく、わざわざ看板立てるくらいなら柵の一つでも作って欲しいもんや……あ~~寒ぅぅ゛~~……ッ」


「チャリキ寄越せ」


「ごめんなぁ~~」


「ホンマにアホかお前は……よっと!」



 ……………………



「ったく、余計な体力使ったわ…………で、なにしてんだよ。舞洲で」


「なにって、試合観に来たに決まっとるやろ」


「あぁ。おったんやな」


「そらもうエライ端っこにな! 気が散る言うてウチを追いやったのはどこのドイツ人やっちゅうに……よっこいしょういちっと」


「怪我は」


「へーきへーき……あー、ホンマ服どうしよ。これ乾くかぁ~……?」


「……悪かったな。すぐに引っ込んで」


「はーくんが謝ってもなぁ……しっかし江原のおっちゃんもなぁ~。ホンマたまげたで、練習試合とはいえサイドバック起用て。スタンドもエライ騒ぎやったわ」


「ほんでさっさと切り上げて舞洲散策ってか……ん、あれ。チャリキで舞洲って入って来れたっけ……?」


「なぁなぁはーくん。夏のダービーでプロデビューするってホンマか?」


「……なんで知ってんだよ」


「むっちゃニュース出とったで」


「早速お漏らしかあの英国紳士……」


「へへへっ。いよいよやなぁ」


「まぁな」


「…………の、割に嬉しそうやないね」


「そうか?」


「分かるで。そんくらい。案外顔に出るからな」


「……よう言うわ。何年ぶりやねんお前」


「にゃはは。ホンマにな。ワールドカップ終わってから滅多に会わんくなってもうて、もう半年くらいやなぁ。あきまへんわ」


「…………変わらんな。お前は」


「ウチはウチやで。はーくんも一緒や。身体ばっか大きくなりはって、ちっとも変わってへん」



 ……………………



「ほんで? 嬉しくない理由は?」


「…………いや。別に。大したことちゃう」


「んなこと言うて。試合後のミーティングも出んとほっつき歩くような柄ちゃうやろ。散歩を時間の無駄言いはって六歳のウチを泣かせたはーくん」


「覚えてねえ」


「ウチは覚えとる」


「ああ、そう」


「……変わってへんのははーくんも一緒や。前会うたときよりマシやけどな。いっつもシンドイ顔して、試合中も全然楽しそうやあらへん」


「…………気のせいや」


「パパさんとママさんやろ。なんかあった?」


「……お前までそんなこと言いに来るのかよ」


「ああ、財部さんやな」


「頼むから、余計な口挟まんとほっといてくれ。お前らには関係無いねん」


「…………あらへんよ。ちっとも。別に仲直りせえとか、けったいなことも言わへん。でもな。はーくん。もっと大事なことがあるで」


「…………んだよ」


「もっと楽しそうにサッカーしいや。他になんも望まん。ウチははーくんの笑っとる顔が好きやねん。んな辛そうにボール蹴っとるとこ見たくない」



 ………………………



「楽しくねえよ。今も昔も」


「ほーん。そうなん?」


「プロなるためにやってんやこっちは。これからは同世代の雑魚共ちゃう、バケモンだらけの連中に混じってレギュラー目指さなアカンねん。ヘラヘラやっとる場合か……」


「プロ目指しとるのにミーティングは出えへんのな。そーゆうんも大事やん。矛盾しとるでアンタ」


「…………」


「お説教しに来たわけちゃうで。ウチはただ、思い出して欲しいだけや。昔スパイク買いに行ったとき話してくれたやん。バッジョのどこが好きなんやー言うて。忘れてもうたか?」


「……なんの話だよ」


「ホンマにアカンな。はーくん。大事なモン忘れ過ぎや。一年も可愛い幼馴染ほったらかしにした罰やで」


「お前になにが出来るって?」


「どうせ今度の選手権が最後やろ。ユースの試合。活躍できへん呪い掛けたるわ。ちょうど試験と被ってまいそうでなぁ」


「馬鹿言え。甲斐はともかく他の面子は所詮ユースレベルや。俺の敵やない」


「にゃはははっ。よう言うわホンマに。自分に厳しくても、相手は悪く言わへんかったんにな。驕りが出とるで」



 ……………………



「……んやねんお前。ホンマに」


「まっ、精々頑張りいや。さっさとプロ行きはったら中々会えんくなるし、もうちっとだけユースでのんびりしとき」


「……お前もアイツらと一緒や。あのアホんだら共と。馬鹿にしやがって……ッ」


「おーい、どこ行くねーん」


「お前のおらんところや! 着いて来るなッ!」


「…………ハッ。言われんでも追わへんって」



 ……………………



「ちゃうで。はーくん。ウチが馬鹿にしとるのは、今のはーくんや」


「ウチはいつやって、はーくんの心を見とる。はーくんが好きなものを、ウチも一緒に見とる。せやけど、今はそれが見えへん……」


「……ホンマに好きやから、苦しいんや。それを認めてあげへんと、辛いままやろ……とっくの昔から分かっとるやん。なあ、はーくん……」




*     *     *     *




「えっ……見つけた!?」

「すっごい人気な場所みたいだからさ。まさか一人で居る筈無いと思って、後回しにしてたんだケド……」

「ここからすぐ近くですよっ。さあ迎えに行きましょう!」


 別行動を取っていた有希と真琴が愛莉の前へ現れるまで、陽翔がその場を離れ一分も経たなかった。

 駆け足の二人に手を引っ張られ、慌てて飛び出した彼への連絡もおざなりに、愛莉は妹曰く『人気な場所』へと向かう。



「……本当だ。いた」

「なにしてるんだろう……?」

「黄昏ている……んですかね?」


 施設の外れにある、あちこち剥げ掛けた広大な芝生の広場。その中央にぽつんと佇む木製のブランコ。


 箱根のブランコという直球過ぎるネーミングを授かったソレは、少し前にこの展望台エリアへ設置された新しい観光スポットである。富士の山と湖をバックにした壮大なロケーションは主にカップルの聖地として名高い。


 そんなブランコに文香はたった一人で腰掛け、なんとも称し難いぼやけた薄い目で遠く湖をだらだらと眺めていた。

 他にも利用したいカップルがいるようだが、文香の異様な様子にそさくさとブランコから離れていく。かなり長い時間独占しているようだ。


 背後から三人が近付くと、気配を感じ取ったのか文香は背中からひっくり返るようにバタンと芝生へ倒れ、どこか達観した薄い笑顔を広げ静かに呟いた。



「……なんでアンタらやねん。お呼びやないわ」

「悪かったわね、ハルトじゃなくて……言っとくけど、ハルト一人だったら絶対に見つけられてないから。感謝しなさいよ」

「んな必死こいて探さんでもええやん。明日には帰んねんから」

「探せって言ったのアンタでしょ」

「……はーくんに言うたんや。あーりんには言うてへん」


 第一発見者が陽翔でないことに文香は不満げであった。さっさと陽翔を呼べと言わんばかりに退屈気な欠伸を噛まし、足もブランコから放り出して芝生へ寝転ぶ。


 そんな文香の態度に思うところが無いわけでもない愛莉だったが。それ以上に反応を見せたのは、まだ少し気分が悪そうな愛莉と似た顔の彼女。



「……自分たちだけじゃない。部のみんなに居場所を聞いて協力して貰ってます。峯岸先生まで駆り出されたんですよ。反省してください」

「なんやまーくん。んな怒らんでもええやん」

「悪いケド、怒ってます。割と。このターンパイクっていうの、初心者だと結構危険な道だって聞きました……運転、苦手なんですよね?」

「人並みやろ。たぶん。知らんけど」

「なんで逃げ出したんですか」

「ひみつぅ~~」

「…………なんで日比野先輩なの?」


 鋭く尖った声色に、文香は少しばかり目の色を変えその根源を見つめた。逃走劇を演出した共通する先輩の名が挙がり、隣の有希は意外そうに呟く。



「マコくん……?」

「悩んでるんだったらさ。まずは自分たちじゃん。どう考えても。確かにあの人は頼りになるケド、こっちの深い事情までは知らない。兄さんを遠ざけるだけなら、他に方法も、聞くべき相手もいたでしょ」

「……そうだね。うん。確かにそうだと思いますっ。文香さん。もし悩んでいるんだったら、まずはわたしたちに相談して欲しかったです……」


 同調する有希を文香は冷めた目で見据え、吐き捨てるように息を飛ばす。



「言うわけあらへんやろ。誰のせいで悩んどる思っとんねん……あー。せやな。ユッキもそっち側やったな……」

「そっち側?」

「こないだ何があったかは聞いた。まぁ、ええんとちゃう。ウチにはよう分からへんけど、それで納得しとるなら……ウチにはなーんも変わってへんように見えるけどな。結局あん人の尻を追い掛けとるだけやっちゅうに」

「…………どういう意味ですか?」

「ガキの遊びとちゃうんや。アンタらと二か月もおって、がどーゆう状況かはよう分かっとる……結局あーりんの一人勝ちやねん。大事なトコは全部あーりんが持ってっとる。そーなっとんねん。もう変わらん……」


 あまりの言い分に三人は思わず顔を見合わせた。なにも文香の乱雑な態度だけがそうさせたのではない。


 この旅の道中。いや、例の張り紙を前にした段階で、三人が微かに感じ取っていた違和感が。決して間違ってもいなかったことを、改めて突き付けられたのだ。



「……ねえ。ちょっと。もっかい座って」

「あん? なんでえ」

「良いから。早く」

「なんやねん、ったく……」


 一歩踏み出しもう一度ブランコへ座り直すよう愛莉は促す。やれやれと苦笑いを浮かべ深く腰を下ろした様を確認し、愛莉は椅子の端を手に取った。



「芝生。結構剥げてるから痛いだろうけど、まぁそれくらいは我慢しなさい」

「にゃにゃっ?」

「力で訴えるよりこっちのほうが効くわ……二人とも、手伝って!」


 号令を合図に有希と真琴も俊敏に動き出し、ブランコの椅子部分を支える。何がなんだかという様子の文香。


 三人は呼吸を合わせ、せーのでブランコを大きく揺すり……。




「……飛べェェェェーーッ!!」

「ニャああアアアア゛嗚呼アアアア゛嗚呼アアアア゛ァァー゛ー゛ーーッッ!?」


 勢いそのままにブランコは派手に揺れ動く。持ち手を掴んでいなかった文香は椅子から放り出され、数メートル先で転げ回った。


 仰向けで芝生に突っ伏す文香。愛莉はすぐさま彼女の元へ近付き、胸倉を掴み力強く引き寄せる。



「なっ、なんやケンカかっ!?文句があるならハッキリ言いや!?」

「………ええ、そうね。アンタに言いたいことはいくつかあるわ!」


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