853. 道を空けろ


「ほんでな? その取り巻きがウチを囲んで、いきなり殴り掛かってきてな。いよいよアカン思うたときに、空がパッカーン割れてな!」


「…………」


「雲の合間からアク○ルホッパーが現れてな! バカテンポでポンポンスポポンと取り巻きをなぎ倒して、エンタの神様となって空へ帰りはって、ほんでなんとか助かったっちゅうわけよ! しかも二回目!」


「…………」


「聞いとる?」


「……………………」


「ホンマに聞いてへんやん」


「マジでウゼえ」


「もおおぉぉ~!! せっかく練習もあらへんと一緒の帰り道なんに、幼馴染に対してなんちゅう了見や! 溜まりに溜まったウチの爆笑エピソード全部聞くまで帰してあげへんで!」


「つまらねえ作り話やめんなら考えるわ」


「嘘やない! ホンマやもんっ!」


「怠いわ……偶に顔合わせたらその手のしょうもない話ばっかやん。昔はもうちょっとセンスあったやろお前」


「えぇ~。そんなもん?」


「生きとるだけで大道芸そのものやったわ」


「にゃはははっ。まぁこんなんでも中学生やもんなぁ~~。大人になってしまいましたからね~~」


「…………」


「ありゃ。ツッコミが無い」


「疲れた」


「むぅ~~! はーくんも大人なりすぎや! こんなシケた面の中学生がどこにおんねん! もっとウチみたいな子ども心をな!」


「いや、大人ちゃうんかい」


「おっしゃ! 引き出したったで!」


「あっ、クソっ。うざ」


「にゃっはは~♪ ウチの勝ち~~っ♪」


「だり~~……ッ」



 ……………………



「……にゃふふっ。なんかナツいなぁ」


「あ。なにが」


「小学校の頃はよう一緒に帰っとったなぁて」


「お前が勝手に着いて来るからやろ」


「したらウチに無断でセレゾンのスクール通い出すしなぁ~。選抜合格したのも言うてくれへんかったし……ホンマ悲しかったわぁ~」


「……なんでわざわざ合わせんねん」


「にゃにゃっ?」


「中学生やろ。いよいよ。ちょっとは恥ずかしがれよ。こんな地元で、誰に見られるかも分からへんのに……」


「ウチとはーくんのイチャイチャな関係なんみんな知っとるやろ。今更やって」


「覚えがねえ」


「チャリキ乗る?」


「乗らん。もう家やろお前」


「にふふっ。そこは覚えとるんや」


「流石に家の場所までは忘れねえよ……」


「まっ、ほんなら良しとしますかね~」



 ……………………



「セレゾン、どう?」


「聞くまでも無いやろお前、あちこち着いて来てよ……ついに名古屋の試合にまで現れやがって、ホンマ驚いて死ぬか思ったわ」


「ウチがおらへんとやる気出えへんやろぉ~?」


「逆」


「……へっ?」


「気が散る。シンプルに。あと、チームの奴に茶化されんのクソ怠い。頼むから俺らの目に入らんとこで見とってくれや。来るのは別にええけど」


「…………イヤやった?」


「まぁ、若干」


「……そっかぁ。ごめんなぁ」



 ……………………



「せやかて、昔はそんなん言わへんかったやん」


「自分が言うたんや。もう子どもとちゃう。立場ってモンがあんねん……だいたい、お前の応援が力になったときなんて一度たりとも……」


「なんで」


「……あ?」


「…………なんでそんなこと言うん!? ウチ、ホンマにはーくんに頑張って欲しくて、そんだけやのに! そこまで言わへんでええやんっ!!」


「おい、文香……ッ」


「知らん! もう知らんわ!! そんなんやったらな! ホンマに誰も味方してくれんくなるで! 後悔しても遅いからなっ!!」


「わ、悪かったって、流石に言い過ぎ……」


「はーくんのアホーーーーッッ!!」


「ちょっ、馬鹿、そっち家ちゃうやろ!? んな猛スピードでどこ行くねんッ!? おい文香っ!?」




*     *     *     *




 最後の目的地。それは湖から少し離れた坂の上にある展望台。


 ここへ向かうまでの長い長い観光有料道路、通称ターンパイクは車、バイク好きの聖地として知られており、偶に聞く『峠を攻める』とはイコールこの道を爆速で駆け上がるも同義だ、とはウキウキな峯岸の解説。



「チッ! なーにノロノロ走ってやがんだこの型落ちポ○シェが! 大人しくプ~ちゃんに道を空けろォッ!!」

「ア゛アアア嗚呼ア゛アア゛ア死ぬ死ぬ死ぬウウウウ゛ッ゛ッ゛!!!!」

「おっ、落ち着いてください先生っ!?」

「ォォオオオオ゛ッ……ッ」


 遥か彼方、富士の山を背に湖を見下ろす様は走り屋たち永遠の憧れ。らしい。饒舌に語る峯岸の興奮ぶりは半分しか伝わらない。

 原付はともかく車の免許持ってないし。終始運転が荒い。真琴が一向に回復しない。可哀そうに。


 原付や自転車にも専用の道があって、文香もこの峠を登るに相応しい装いであるというわけ。

 もっとも峯岸曰く事故も多発しており、それなりの運転技術が無いと非常に危険な道のりなのだとか……。



「進まねえ……こりゃ誰か事故ったな」

「そういうの頻繁にあるのか?」

「しょっちゅうさ。原付用の道がどれほど混んでいるかは分からんが、世良のドライブテクニックにさして期待は出来ん。早いとこ見付けねえと日が暮れて目印になっちまうぜ……さながらエベレストの投棄遺体のようにな!」

「俺たちがこの車から投棄される可能性の方がよっぽど高いような……」


 峯岸の華麗なハンドル捌きも火を噴き、あっという間に展望ラウンジへ到着。勿論皮肉だ。皆まで言わせるな。


 標高千メートルを超える山の頂上に位置しており、広大な駐車場からは富士山と湖の絶景が一望出来た。

 目の前にある二階建ての展望小屋は二階がティーラウンジ、一階はカフェやショップが併設されたフードコートだ。


 周囲にはイベントエリアやジオパーク、著名自動車メーカーの展示ブースもあり退屈はしない一方、逃亡劇にはうってつけの場所でもある。



「じゃ、私は車にいるから。見付けたら連絡してくれ。置いて帰るから」

「勘弁してください先生」


 今度はユキマコとオレ愛莉の二手に分かれ文香を探す。僅か数十分の相席で服が煙草臭くて仕方がない。匂いを振り払うついでに軽く走ろう。


 既に夕陽は半分ほど隠れている。美しいオレンジブラウンの眩い光が、アスファルトに歪な影を作り出した。

 あちこち見渡すたび左胸が跳ね上がる。陽の光が彼女の後ろ姿みたいで、背中越しに見られているのようで落ち着かなかったのだ。


 でも、いない。ここに居る筈なのに。

 あとちょっとで逢えるのに。


 中途半端に顔を合わせたのが逆に良くなかった。船上で有希と交わした会話も尾を引いている。

 相変わらず何も決まっていないが、とにかく見付けたい。捕まえたい。無性に湧き上がる謎めいた感情は、今も説明出来ない。






 ラウンジの目前までやって来た。もう営業時間が残り僅かだそうで、中の人数は多くない。ここに居るとしたらすぐに見付けられる筈。


 愛莉はラウンジ奥の窓ガラスから覗く反対側の景色を眺め感嘆を囁いた。思えば午後一から動き回り、良くここまで辿り着いたものだ……。


 

「すっごい景色……確かに来る価値はあるかもしれないわね」

「そういうのを楽しめる性質じゃねえと思うんだけどなアイツ……まぁええわ。俺は建物の中を探すから、愛莉はエントランスの周辺を……」


 入り口の電子案内板はターンパイクの混雑状況が一目で分かるようになっている。ある箇所にバツ印が付いており、思わず喋る口が止まった。



(……原付が事故?)


 続いて事故の情報が文字で流れて来る。数十分前に原付が玉突き事故を起こし、乗っていた女性が意識不明の重体となっており身元を調べている……。


 ……原付? 女性?

 意識不明の、重体?



「…………ち、ちょっと。まさかあの子じゃないでしょうね……っ?」

「……んなアホな……ッ」


 峯岸の『運転が下手』という証言には覚えがあった。ガキの頃、自転車で何度か危ない目に遭っていることを思い出したのだ。勢い余って舞洲の海に投棄されたのはいつの頃だったか。


 俺から逃げることを第一にあの峠を爆走していたとしたら、危険な運転を繰り出す可能性もゼロではない。万が一でもそんなことは考えたくないが、あり得ない話と切り捨てるには……。



「あの馬鹿野郎……ッ!!」

「ちょっ、ハルト!?」


 慌てふためく愛莉の声を振り切って、俺は走り出した。動かずにはいられなかった。背中を伝う気分の悪い汗は照り付ける夕陽だけが原因ではない。


 走り出してたった数秒で息が切れた。眩暈まで覚える。必死に目を凝らしているのに、何故かラウンジの中はボヤけて見える。


 冷静でないことはとっくに自覚していた。腐っても文香だ。何事ものらりくらりと躱し、タヌキのように化けて出るあの女がそう簡単に死ぬ筈無い。街から箱根まで長い道を走ったんだ。ここまで来てヘマをするほど愚かな奴じゃない。


 分かってる。分かっているのに。どうしてこんなに焦っているんだって、自問自答するまでもない。


 もし、もし仮に。

 最悪の事態が起きていたとしたら。

 やっと再会出来たのに、今度は……。



(あんなしょうもないのが最期の会話とか、冗談でも笑えへんで……ッ!)


 暢気なアホ面だって構いやしない。可愛げが無くたっていい。お前の舐め腐ったしょうもない顔を、出来るだけ近くで見ていたいんだ。


 だから文香。頼むから、悲劇のヒロインぶるのはやめてくれ。お前にそんな顔は似合わない。俺が見たいのは、お前の――。


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