850. ワクワクして、ドキドキして
「もっしもっしふ~みか~せ~らふ~みか~♪ せっかいのうちで~おまえほど~♪」
「…………」
「きゅーとでかわい~せらふみか~♪ どーしってそんなにせらふ~みか~♪」
「…………」
「…………」
「…………」
「……じ~~んせい、らっく~あ~りゃ~せ~~らふ~みか~~♪」
「うるせえ」
「きいてえな。新作やねん」
「きょーみない」
「なーなー。いつまで同じコーナーおんねん。スパイクなんどれも一緒ちゃうんか?」
「ちゃう。テキトー言うな。自分の足に合った形をえらばな怪我にもつながんねん。これも選手の大事な仕事や」
「ほーん。そんなもんなんやなぁ~~……で、見つかったん?」
「無い」
「アレやろ。ロベルトはんのスパイクやろ? ポスター貼っとるポニテのムサイおっさん」
「ムサイ言うなッ! テメェこの野郎ッ、おれの前で一度でもバッジョをばかにしてみろ! マジでぶっ殺すぞッ!!」
「あーあー、ごめんて! そんな悪くゆーつもりないねん! ほらほら、おちついてえな。お店でさわぐと大変やで」
「お前がおこらせたんやろが…………はー。アッカンわ。やっぱテキトーな店や置いとるわけあらへんわな……ったく、なんで履きつぶした日に限って家族旅行なん行っとんねんあのオッサンは」
「あー。いっつも行っとる店な……なあなあ、はーくん。ずーっと前から聞きたかってんけど……なんでそないにロベルトはんが好きなんよ?」
「……言うても分からへんやろお前」
「えーからえーから。教えてえな。ウチももっと勉強するさかいに」
「…………バッジョは、とにかく上手い。上手いし、それだけやない。あの人の名言に、こんなんがある。思いついたなかで、一番むずかしいプレーを選択している……どういう意味か分かるか?」
「どえむ?」
「ちゃうわ。ハッ倒すでボケ巾着が」
「にゃあん、冗談やって。ほんで?」
「……サッカーの……フットボールの本質は、意外性や。誰も想像できないプレーで、敵も味方も、観客もあざむいて、ゴールを決める。そーやって進化してきたんや。このスポーツは」
「ほんほん」
「バッジョがどんなプレーを選択して、どんなゴールを決めてくれるのか……誰も予想できない。あの人のプレーひとつひとつが、サッカーの新しい面白さを教えてくれる。だからあこがれるし、そんけいしとる」
「ほーん……にゃるほどなぁ~~」
「……上手く言えへんけど……バッジョのプレーを観とると、心が熱くなんねん。奥のほうに溜まっとる、モヤモヤした気持ちが……ぜんぶフッ飛ぶんや」
「……ええな。なんか。そーゆうの」
「ホンマに分かっとるんか?」
「なんとなくやけどな~…………うん、せやな。ウチもアツくなるで。はーくんがボール蹴っとるとこ見とると」
「あっそ」
「ワクワクして、ドキドキして、おっぱいの左っかわがアツくなる。にゃふふふふっ……なんでやろなあ?」
「病気やろ。心臓系の」
「ちょっ、めったなこと言うなやッ!? 縁起でもないッ!? やめえやジジババ病気で亡くしとるやつが!」
「ええねん。もう。いつまでも死んだ人間のこと引きずっとる場合か…………ほら、帰るぞ。俺はええけど、ママさんにしかられるで」
「んにゃ。もうそんな時間か」
「ったく……きょうみもねーのに引っ付いてくるんじゃねえよ。ひま人め」
「あいあい。ほな一緒に帰りまっか」
「勝手に帰れ。あほ」
「あ~~ん、冷たいのイヤ~~!!」
* * * *
「わぁっ……! 綺麗な水……地面まで透けて見えちゃいそう!」
「そんな感動するようなものかな。要するにデカい水溜まりじゃん」
「感受性終わり過ぎやろお前」
空を映したような美しい水面に感嘆する有希。を、横目に大袈裟な欠伸を噛ます真琴。
こんなに価値観の差異があってよく友人関係が成り立つな。尊敬。
庭園とターミナルを結ぶ湖畔の遊歩道は、まだピークには少し早い時期だというヒメシャラの花で青々しく彩られていた。
真琴の感性を馬鹿に出来ない程度の美的センスしか持ち合わせない俺であるが、このプロムナードの素晴らしさだけはよく分かる。
舞洲にも似たような遊歩道があって、半年前に文香と二人で歩いた時のことを思い出した。舞洲を観光スポットとして認識したのはあの日が初めてだ。文香はそうじゃなかったのだろうが……。
「結局GPSは?」
「動いてない。けど、居るとしたらここや」
「そう……ならアンタの勘に任せるわ。どうする? 二手に分かれてみる?」
「せやな。ちょっと本気で探すから、三人で一緒に見て回ってくれ。奥の方まで行って来る」
愛莉にそう言い残し、ウォーキングコースを登り高い場所まで歩いてみる。
全長約三キロの長い道のりだが、草木が生い茂る割に視界は大らかで周囲の状況はハッキリと確認出来る。文香がいたら一発で分かる筈だ。
しかしノンビリするだけというわけにもいかない。まだまだ昼過ぎの喉かな時間とはいえ、悪戯に浪費すれば夜も近付いて来る。
原付で来ているのだから、夜遅くまでは居座るつもりは無いだろう。比奈の予言したような一泊二日コースだけは避けたい。色んな意味で。
(時間は掛けたくないな……)
まさか週明けに練習へ現れない、なんてことも無いと思う。来週には間違えなく逢える。何かを伝えるとしたら、別にそのタイミングでも良い。
でも、そうじゃない。今日この場所でないと意味が無いのだ。根拠は無いが、風に揺れる草木が囁き背中を押しているように感じてならない。
何か理由がある。
単なる失踪ではない。
真琴も言っていた。探して欲しいのだ。他でもない俺に見つけて貰う瞬間を今も待ち続けている。有希もこう言った。早く逢いたい、そんな顔をしていると。
ああ、確かにそうだ。早く逢いたい。
早く見つけて、一緒に帰りたい。
一年も離れ離れだったんだ。いや、彼女にとってはそれ以上長く感じた一年だったかもしれない。だったら尚更。せっかく近付いたのにまた離れていくなんて……耐えられない。
「……俺だけかよ、焦ってるの。なあ」
文香。お前もそうなんだろ。二度とあんな思いをしたくないから、無理を通してあの街にやって来たんじゃないのか。違うのか?
顔付き合わせて、偶には真面目な話しよう。
これじゃ本当に、ただの逃避行だぜ。文香。
「クッソ、いねえ……ッ」
五月下旬、それも太陽が活発に西へと向かうこの時間帯ともなれば森林浴の本懐ともいかず、歩いているだけでも疲労は溜まる。日頃から鍛えている人間とは我ながら思えない。それだけメンタルに支障をきたしている証拠だ。
一時間ほど探し回ったが文香の姿は見当たらなかった。三人からもそれらしいタレコミは無い。たかが幼馴染程度の関係性で、薄っぺらい記憶を辿りにヤマを張ったのが間違いだったのか……。
「ここまで来ちまったな……あぁ、レンタルサイクルか。せっかくなら使えば良かったわ……」
途中大通りに出て土産屋などを通過し、気付けばかなりの距離を歩いた。少し気になる場所があって、最後の目的地に決めたのだ。ここに居なければ大人しく引き返すしかない。
縁結びで有名という箱根有数の著名な神社。先を歩くのは若い女性客、カップルなど。男一人で歩くのはなんとなく気まずい。
やっぱり誰か連れて来れば良かった。どうせなら奴を見つけて一緒に参拝してやる。
非常に浅はかで単純な理由だが、もし彼女が俺との関係に悩んでいるとしたら……縁結びで知られる神社は立ち寄る動機になるのではないかと、やはり予めピックアップしていたのだ。可能性はある。
(パッと見は居ない感じやな……絵馬でも探してみようと思ったけど、こっちでは売ってないのか)
辺りには二つの著名な神社があって、本宮があるのはもう一つの方だそうだ。
こちらは木々に囲まれた真っ赤な社殿がひっそり佇んでいるだけで、姿が無ければそれらしいヒントも見当たらなかった。完全に詰みだな……。
「しゃあな、地道に聞き込みでもするしかねえか……すみません、ちょっと良いですか? 人を探していて……」
「にゃにゃ?」
一人で参拝に来たと思わしき女性客に声を掛ける。オーバーオールのダルッとした装いに野球帽。
縁結びの神社にはやや似つかわしくない出で立ちだが、まぁ人のことをアレコレ言ってられな…………ん?
「…………」
「…………」
「…………どちらからお越しで?」
「ん~……まぁ、堺の方から……」
「あぁ~。遠いですねえ~」
「ナンパは勘弁やねんけどなぁ~」
「いえいえ、そんなつもりではなく……」
今の今まで見たことの無い恰好で、特徴的な猫目も巻き髪も深く被った帽子に隠れていたから、まったく気付かなかった。お前……!
「――――いたァァァァーーーーッ!!」
「ニャア嗚呼アアァ゛ァァ゛ァーーーー!?」
「あ、ちょっ、なんで逃げるッ!?」
適当に声を掛けたのがまさか当人だとは。山奥の神社にて、ついに発見。と、安堵に浸ったのも束の間。
尋ね人、世良文香。坂道を全力疾走。
予想外のムーブに出足は遅れてしまう。
慌てて来た道を戻り追い掛けるが、想像以上のスピードで中々距離が縮まらない。よく見たらアイツ、練習用のトレーニングシューズを履いている。凸凹の坂道も自由自在というわけだ。しくじった、普通にスニーカーで来ちゃった!!
「おいっ、逃げんなって!? 探して欲しいんやなかったんか!?」
「早い早い早いッッ!! まだ陽も落ちてへんのにッ! こっから行くところ仰山あんねん! もうちょっと泳がせといてやぁぁ~~!!」
「断るッ!!」
流石は文香。脳筋デーに行われる長距離ランでもスタートだけなら最速で、足の速さは聖来には及ばずとも部内屈指のものがある。そう簡単には追い付けない。
しかし弱点はある。スタミナだ。たいてい下り坂を三割進んだところでノノに追い抜かれる程度の肺活量。走り続ければ必ず捕獲出来る……ッ!
「ほなばいなら~~!!」
「ナニィィーーッ!?」
道端に置かれていた自転車へ跨り、大通りを爆走。そう、この近辺ではレンタルサイクルのサービスが行われていて、これに乗って湖を散策出来るのだ。原付で来てる癖に自転車までレンタルしたのかよ。金持ちだなッ!!
「反対方向か……クッソ、あのタヌキ女……絶対に捕まえるッ! 今日中にッ!!」
つい数十分前の悶々とした気分はどこへやら。もうアイツを取っ捕まえてタコ殴りにすることしか考えられない。やはり文香は文香だ。どう足掻いたってそれ以上でも以下でもない……ッ!!
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