849. 妖怪の類
「おじゃましま~~す」
「…………え、なに?」
「ありゃ? いそがしかった?」
「……別に。今日は練習無いし」
「にゃふふふっ。今日ははーくんにプレゼントがありま~す! おめでとさーん! ぱんぱかぱんぱんぱ~~ん♪」
「いらん」
「ちょっ、物も見いひんと断わらんといてや!? ほれっ、パワ○ロの新作! いっしょにやろーや!」
「一緒にって、それ、でぃーえすやん」
「はーくんのもあるで! 買うてもろうた!」
「あ~~……今度ママさんにあやまり行かへんと……」
「さっきからなにしとんの?」
「勉強。見りゃ分かるやろ」
「はえ~~…………なに語?」
「スペイン語」
「ウチもべんきょーする! あでぃおす! ちゃお! つぁいつぇーん! ぐっどらぁっく! ……にゃはぁ~ん。お布団あったか~♪」
「ベッドよごすなよ。あと飛びはねるのも禁止」
「あいあ~~い」
「…………いや、やっぱ帰って」
「むり~~もう動けませ~~ん」
「いつの間にマンガを……どっから取り出した」
「なにわきんゆーどー」
「そういうこと聞いてんじゃねえよ」
「読む?」
「読まん」
……………………
「なー。はーくん」
「なに」
「ウチ、コクられてもうた」
「……どういう意味?」
「告白。クラスのサトーくんにな」
「ほーん」
「…………気になる?」
「なにが」
「どー返事したか」
「別に」
「にゃっは~~ん……! ホンマは気になってしゃーないんやろ? 分かっとるで! ウチにかれぴができたらはーくんさみしいもんなぁ~!」
「結婚式の日にち教えろ。予定入れるから」
「かけらのきょうみも無い……!?」
「どーせ断ったんやろ」
「まぁせやねんけどなぁ~」
……………………
「下、うるさいな」
「せやな……よう入ってこれたな」
「いちおーあいさつはしてんねんけどな。たぶん気づいてないわ」
「あっそ」
「……またケンカしとるん?」
「たまに顔合わせた思ったら、いっつもこんなんや。あれでよう夫婦なんやっとるで、まったく……」
「……あーゆうの、イヤ?」
「別に。どうでもええ」
「でもでも、はーくんがしょうらいウチと結婚したとして……」
「ねーよ。そんな未来は」
「ええからっ! もしもの話やん! ほんで、パパさんとママさんみたいにケンカしとったら、やっぱりイヤやなぁ思う?」
「…………せやな。ぜったい結婚とかせんけど。どーせなら、笑っとった方がええな。分からんけど」
「いっちゃん笑わへんはーくんが言うんかい」
「うるせー。もしも、の話やろ」
「にゃははっ。せやったなぁ~」
……………………
「……さむい」
「暖房つければ」
「ええの?」
「ご自由にどーぞ」
「ほなえんりょなく~」
「…………で、なにしに来たんお前」
「ん~? せやから、プレゼント」
「いらん。持って帰れ」
「ま~ま~。いちおー置いてくさかいに、好きに使うてや」
「んっ。気が向いたら」
「にゃふふっ。おーきになぁ」
「……アカンわ。集中出来へん。うるさすぎ」
「ほんなら外行きまっか」
「ええよ着いてこんで」
「んーん。ウチも行く。邪魔しいひんから。なっ、ええやろ?」
「…………勝手にすれば」
「ほな勝手にしますわ~」
「暖房、消しとけよ」
「あいあ~~い……あ、せやはーくん。今日なんの日か覚えとるか?」
「金曜。プラごみの日」
「ちゃうちゃう、今日は…………あぁ、行ってもうた。着替えはっや……」
……………………
「…………ホンマ、アホかいな。自分の誕生日も覚えてへんて」
* * * *
片道約四キロは世界有数の長さであるというロープウェイ。俺たち四人だけの車内には硫黄の匂いが充満し、眼下には荒涼とそびえる大涌谷が姿を見せ始めた。右手には良く晴れた天気の先に富士山も見える。圧巻のパノラマだ。
尋ね人の安否も程々に、ここばかりは四人揃って一介の傍観者へと成り下がる。主に有希が一眼レフを拵え次々と写真を収め和やかな雰囲気。
アプリを注視すれば居場所は分かるのだから、もはや見つけたも同然と腹を括っていた節もあったのかもしれない。せっかく来たのだから大涌谷で降りて観光していけば良かったな、なんて考えてもいた。
これが楽観的な予想であったと気付いたのは、ロープウェイの終着駅に降り立ち数分が経った頃。
「……ん?」
先に長瀬姉妹をフェリーのチケット購入窓口へと向かわせ、改めてGPSアプリを起動し文香の居場所を確認しようとしたのだが……。
「消えた?」
「消えちゃいましたね……?」
湖を横断していた筈の文香と思わしきアイコンが、地図上から綺麗サッパリ居なくなっている。アプリの不具合かと再起動を掛けるが、やはり居ない。
このアプリはインストールした段階でGPSが作動するから、どれだけ設定を弄ってもGPSだけは生きている。Ze○lyとの大きな違いはここ。どれだけ拒絶しても居場所だけは把握される。ストーキングにはうってつけ。
つまり、GPSそのものが反応しないということは……文香がアプリの存在に気付いてアンインストールしてしまった、ということだ。
(あの野郎、部屋の断捨離さえ苦手な癖にッ……ヒマ持て余してスマホ弄ってたな)
唯一にして最大のヒントを失ってしまった。だが案ずることはない。彼女がフェリーに乗ってここまで来たところまでは把握している。
つまりこの近辺には居る筈なのだ。箱根丸ごと使ったかくれんぼとは比にならない。時間を掛ければ必ず見つかる……。
「どうしましょう……文香さんの行きそうなところ、どこですかね?」
「駅自体はそんなに大きくないからな……かといって下手に探し回って、先にフェリーで帰られたら元も子もない……」
有希も心配そうに周囲をあちこち見渡す。土曜午後とあって人出はかなり多い。長身の長瀬姉妹も埋もれて姿が見えなくなるほどだ。小柄な部類に入る文香を見つけ出すのは至難の業…………いや、待て。この人混みならむしろ……。
「兄さん。次のフェリー、一時間後だって」
「そんなに待つのか?」
「これだけ人がいるとね。どうする? 駅のなか探してみる?」
「……いや、外や」
「外?」
文香が嫌いなもの。それは密集。電車やバスで立っていることすら我慢出来ないレベルだ。チケットの購入窓口は長蛇の列になっているし、わざわざこの中に飛び込むとは思えない。人が減って来た時間帯を狙う筈だ。
駅舎内は狭いからゆっくり出来るスペースも無い。ともすれば、ここで文香が向かう場所は一つだけ。
「湖畔にプロムナードがある。このどこかをほっつき歩いとる筈や。間違いない」
「そんなもん?」
「ああ。よう分からんところを意味無く歩いたり、ふらふらするのが好きなんだよ……実質猫やからなアイツ」
「でもタヌキなんでしょ」
「顔はな。顔は」
流石は幼馴染、詳しいんだね。なんて一言置いて、真琴は愛莉を呼びに購入窓口へと引き返す。
そう。奴の行動原理は『なんか面白そう』『なんとなく』『テキトー』の三パターンしかない。使い道の無い置物やマイナー漫画に惹かれるのも『よく分かんないけどおもろい』という脳内バグ回路が導き出した産物。
湖畔のプロムナード。いかにもアイツが向かいそうな場所だ。大阪に居た頃も舞洲の海沿いを理由も無くふらふらしていた。
練習には引っ付いて来る癖に、帰るときは『ちょっと寄り道してくわぁ~』なんて言い残し、いつの間にか姿を消すのだ。
「文香さんってそんなに特徴的な顔ですかね?」
「まぁ俺しか言うてへんからな。タヌキ云々」
「笑った顔はアレに似てると思いますっ。ほら、七福神のイラスト!」
「分かる。恵比寿っぽいよな」
いよいよ文香にも遠慮が無い。そういうところだぞ有希。余計なこと言って無駄に敵作っちゃうの悪い癖だぞ。
ぶっちゃけて言うと、俺もそこまでタヌキ似とは思っていない。普段のヘラヘラした笑顔とぽやぽやの締まらない口がなんとなくタヌキっぽいなって、ただそれだけの理由で子どもの頃から弄り続けている。
(化けて出るって意味では、そうかもな)
時折。ほんの偶に、嘘かと思うくらい綺麗な顔を見せてくれることがある。それがまるで、狸が美人に化けているみたいなんだ。
化け狸。古来伝わる妖怪の類で、人の姿に化け人間をたぶらかす。油断した瞬間、俺の目の前にひょっこりと現れ、心を奪っていく。世良文香とはそういう存在だ。今も昔も。
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