848. 裏の手
「はーくんはーくんはーくん!! これ見て!! 図工で作った!!」
「……なんそれ」
「はーくん!!」
「…………いや、めっちゃただの塊やん。どこがおれやねん」
「えー、分からんかあ? ほらぁ、この小っちゃい切込みとか、はーくんのほっそい目ェそのまんまやで!」
「ほそくねえし。おくぶたえやし」
「この黒くぬったとこはかみのけで、とんがってるとこはハナ! どっからどう見てもはーくんや! けっさくやで!」
「ごみ」
「ゴミいいいいィィィィ!?」
「んなの見せるためにわざわざ教室来るなよ……おれ、もう練習行くから」
「げー。まーたサッカーかい」
「たりめーだろ。ほかになにがあんだよ」
「野球やろーや」
「やらんわ! なにがおもろいねんあんな細っそい棒でちっこい玉打って。しかも休憩中はたばこ吸うとか、あんなんスポーツちゃうわ」
「アア゛ン!? んなこと言うて、もうパ○プロ貸したらへんで!?」
「ええよ。貸さんで。ゲームやってる時間ももったいない。すといっくにやらへんと、いつまでたってもプロに近づけへんわ」
「…………なー。はーくん」
「なに」
「……さいきん、つめたい」
「かぜなら引いてらんで。へーねつ」
「そーゆうことちゃうわ! ウチにつめたい言うてんねん! 遊びさそうてもぜんぜんかまってくれへんし、すぐサッカーの練習行ってまうし……!」
「…………」
「……ウチのこと、きらい?」
「……べつに。んなことねーけど」
「最近のはーくん、サッカーばっかりやん。もっとようちえんのときみたいに、色んなとこあそび行きたいのに……」
「……だって、練習しないと」
「そればっかり、そればっかりや。最近のはーくん。なあ、どうしてもうたん? はーくん前よりぜんぜん笑わんくなったで」
「……わらう?」
「学校でもずーっと一人ぼっちやん。ウチが二年のきょーしつ行かへんと一言もしゃべらんで、おんがくばっか聴いとる」
「音楽ちゃう。英語とスペイン語」
「いっしょやん! もっとおしゃべりせなアカンて! そんなんやったらな、だれもかまってくれんくなるからな! 一生どくしんのにーとや!」
「なにどくしんとか、にーとって」
「ゴミ人間っちゅうことや! ボケッ!!」
「アァっ? だれに向かって口きいてんねんオラッ゛!! 年下やろけーご使えけーご!!」
「いやですぅ~~一生つかいません~~!!」
「ウゼえんだよお前っ! ばあちゃんでもなしに、よけいな茶々入れんなや!」
「ババアやないし! 幼馴染やもん!!」
「知らんがな! お前が幼馴染とか、ぜったいみとめへんからな!」
「みとめなくてけっこうですぅぅ~~勝手に言い触らしますぅぅ~~!!」
「んだよ、着いてくんな!?」
「ふーんだ!! ぐらうんどの外で野次とばしたるわ! ミスったら下手くそ~ゴミうんちカス~言うてなぁ!! にゃっはーざまあ見いやぼ~~け!!」
「う~ざ~す~ぎ~る~~ッ!!」
* * * *
一眼レフを愛莉と有希に奪われてしまい暇を持て余したので、僅かな可能性に賭け文香にメッセージを送ることにした。
と言っても『どこにいるんだ』の一言だけだが、猫並みに気紛れな彼女なら何かの拍子に返信の一つでもあるかと思ったのだ。
(駄目か……)
だが、暫く経っても既読すら付かない。スマホを取り出せる状況下に無いのか、敢えて無視しているのかは分からないが……変わらず手掛かり無しでの捜索が続きそうだ。改めて思う。こんな広い場所で人探しって。無謀過ぎる。
「兄さん。聖来から来てるよ」
「覗くな」
「へー。まだプライバシーとか恥ずかしいとか、そういう概念が存在するんだ」
「俺って日本国憲法不適用だっけ?」
「そうだよ」
「そうなのかよ」
真琴まで当たり前のようにスマホを覗いて来る。気心知れた仲とはいえ多少は遠慮して欲しい。隠すようなことは無いけど、なんかこう、嫌だろ。分かるかね。
さて。併せて他の面々にも再度確認を取っているのだが、唯一『心当たりがある』と返信をくれたのが聖来。
ちょうど次の駅に着いたので、一度降りて電話してみることに。ちなみにここでロープウェイに乗り換えるようだ。
「もしもし聖来。悪いな休みの日に」
『うんにゃ……ちょうどやることも無かったけぇ、構わんよ。ええなぁ箱根。けなりいよ。わしも今度行ってみてー』
「えっ、あ、うん。せやな」
文香が失踪したということしか伝えていないのに、何故か俺たちが箱根に居ることを知っていた……と考えるまでもない。GPSアプリで居場所把握されているんだった。忘れてた。怠い。
「それで、心当たりって?」
『こないだスポッチョに行ったときのこと、覚えとるか?』
「忘れるわけねえだろ」
『んへへ……流石はにぃにじゃ!』
喜んでいるところ申し訳ないが、多分違うことを考えている。君の相談に乗ったのはともかく、にぃに爆誕の件は一刻も早く忘れたいんだ。察しろ。
『そんでな、にぃに。あのあと、先輩にもお願いしてみたんじゃ。例のアプリ入れてくれんかって』
「マジで? 嫌がられなかった?」
『へー。最初は断られた。けど、いっぺん頼んだらどねーしても気になってしもうて……あの……裏の手を使うてしもうた』
「裏の手?」
勝手気まま、自由奔放をモットーとする文香は、他人から縛られたり何かを強制されることを極端に嫌う。とにかく自分本位でしか動かない。
ましてやGPSを駆使して居場所を把握されるなんて、彼女が一番嫌がる行為の筈。裏の手を使ったって、いったいなにを?
『練習の前に……先輩、ロッカーに鍵を掛けんもんじゃけぇ、ついスマホを……』
「勝手に取り出してインストールしたと……?」
『へー……先輩にゃあ秘密にしんせー』
「手癖悪過ぎやろお前……ッ」
ヘラヘラするな。
少しは申し訳なさそうに喋れ。
「ってことは、例のアプリが文香のスマホにも入っていて……なら聖来、お前なら文香の居場所が分かるんだよな?」
『へー。さっき連絡もろうたときはすっかり忘れとった。あとな、にぃに。にぃにでも分かるよ』
「えっ? どゆこと?」
『そのアプリ、入れとる同士で場所が把握できるんじゃ。説明書きが英語じゃけぇちいと難しいけど……にぃになら分かる筈じゃ』
「なんだよその激ヤバZe○ly」
手放しで喜ぶべきかは微妙なところだが、これは非常に大きい。神経尖らせて探し回る必要も無くなった。アプリを見れば一発で分かる。
そんな機能があるとは露にも思わず、強制インストールされて以来自分からは一度も起動しなかったのでまったく知らなかった。礼を述べ電話を切り、早速アプリを開いてみる。英語オンリーなので使いにくいは使いにくいが……。
「フレンド登録ってなんやねん」
「ストーカー被害者と加害者にそんな関係が成り立つとは思えないんだケド」
「まぁ有難く使わせて貰おう……」
隣でドン引きしている真琴はさておき、文香のスマホと思わしき機種の名前が一覧に表示された。これをタップすると。
「来た!」
「動いてるね……湖?」
近辺の地図が展開され、文香と思わしきアイコンが湖の上をスイスイと高速で動いている。これが表すのは……。
「フェリーに乗ってるみたいだね。それもこっちに向かって来てる。その辺に原付停めて観光中ってところかな」
「ちゃっかり楽しんでやがるなアイツ……」
これは好都合。今から乗るロープウェイはそのまま大涌谷、芦ノ湖へと向かうので、上手く進めば鉢合わせ出来る筈だ。でかした聖来、にぃにも誇らしいぞ。
愛莉と有希にも情報を伝え、早速ロープウェイに乗り込み終着駅を目指す。湖からはロープウェイかフェリーに乗らないと動けないから、ここで彼女を捉えられれば確保は近い。
「私も一回頼まれたのよね、そのアプリ……場所だけじゃなくて声まで聞けるって、あの子そんな恐ろしいもの使わせようとしてたの……っ?」
「Z○nlyに頼り切ってる姉さんだけは言っちゃいけないと思うけどな」
「だってハルト、目を離したらすぐにどっか行っちゃうんだもん。これだけは必須アイテムでしょ」
「どこに違いがあるってんだ……」
変なところで噛み合わない長瀬姉妹はさておき、爆速で移動を続ける文香のアイコンを注視し続けていた。ロープウェイが動き出したと同時に、隣の有希はこんなことを言い出す。
「良かったですね、廣瀬さんっ。きっともうすぐ逢えますよ」
「ホンマにな。ったく、迷惑掛けよってからに」
「んふふっ。ダメですよ、もっと正直にならないと。そんなこと言って、すっごく嬉しそうじゃないですか」
「……そ、そうか?」
「はいっ。早く逢いたいなあって、顔いっぱいに書いてありますっ」
「またぁ?」
「本当に分かりやすいんですねっ」
ガラス越しに映る自分の顔は、有希が言うようなソレとは到底似つかなかった。いつもと変わらない眉間に皺を寄せ目を尖らせた、人を寄せ付けないしょぼくれた冴えない面だと思う。
でも有希にはそう映らないようだ。違いが分からない。次第に山々を覆い隠し始めた真っ白な噴煙に隠れ、すべてが曖昧になってしまう。
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