847. 大昔に誰かが作ったよく分かんないもの
「んギャアアーーーーッ!! 熱い熱い熱いアツイッ!! 死んでまうッ!!」
「んだよ。はやく入れよ」
「だまらっしゃいこのアタオカがッ! こんなアッツイん入れるわけあらへんやろがい! 気ィくるっとるんか!」
「40どでなに言うとんねん。よわ」
「アカン! さきシャワーあびる!」
「おー。すきにせえ」
「……あたま! あらって!」
「やだ」
「おねがいおねがいおねがい! ウチあれあらへんとまだこわいねん! しゃんぷーはっと!」
「めんどい」
「は~~く~~~~ん!!」
「だるいだるいだるい! わぁったから、だきつくな! きもいねん!」
「きもい!?」
「ったく……なんで小一にもなっておまえとふろなん入らなあかんねん……おばさんもあかんわ。あまやかしすぎ。いつまでガキやってんねん」
「まだこどもですぅ~あまえたがりなんですぅ~」
「……め、つぶっとけよ」
「はいは~~い♪ にゃふふふふっ、あわあわ~♪」
「……おまえさあ。おれとふろ入ってはずかしくねえの?」
「にゃにゃ?」
「言うとったで。たてわりはんの兄ちゃんが」
「たてわりってなに?」
「なんか小六のひと」
「ほーん……で?」
「妹がいっしょにふろ入ってくれんくなったって」
「ん~~……べつにないなあ」
「……オレはハズイんやけど」
「それってアレやろ? おとことおんなやからハズイっちゅうアレやろ?」
「わからん。たぶん」
「にゃっは~~ん……? つまりはーくんは、ウチのことおんなとして見とるっちゅうわけやな!!」
「ああッ!? ちゃうわ! おまえのどこがおんなやねん! ちょーしのんな!」
「なんやとォォォォ!? おらぁ、見てみいやこのぴっちぴちなぼでー! どっからどう見ても女やろがいっ!」
「あほっ、立つな! まだあらっとる! 髪ふりまわすなうっとーしい!」
「いや~すまんなあ~! うちのあまりのうつくしさにこーふんさせてもうてなぁ~~!!」
「だからだきつくな!! うざい!!」
「んぎゃああああ!! あわあわ目ェんなか入ったああああ痛いいいいい゛!?」
「あばれんなッ!! おばさん、へるぷ!! コイツなんとかして!!」
* * * *
険しいカーブを越えケーブルカーはゆっくりと、しかし着実に山の奥へと進んでいく。道沿いにはちらほらと大きな旅館が見えた。比奈が行きたがっているのはどのホテルだろうなんて考えているうちに目的地もほど近い。
駅名にもなっているほどだから、周囲には様々な毛色の美術館が数多くあるようだ。これに興味を示したのは有希だった。
「行ってみる?」
「……行きたいですっ!」
という流れでここでも下車。運賃も更に嵩む。見つけ次第アイツに交通費出して貰おう。そうしよう。
有希の興味本位一つで降り立ったわけでなく、文香の訪れそうな場所として美術館は予めピックアップしてあった。春休みにアパートで邂逅を果たしたあの日、自室で語られた彼女の意外な趣味を有希も覚えていたようだ。
「文香さんのお部屋って、こういうところに飾ってありそうな置物がいっぱいありますよね」
「なんか好きらしいな。変な陶芸品とか集めるの。詳しくないけど」
駅から数分、美術館の入口へ到着。平日にもかかわらず入場窓口は人でわんさか溢れ返っている。ここも人気の観光スポットなのだそうだ。
中に入って探すつもりだったが、ここで時間を食うのも勿体ないような気も。原付では訪れにくい場所だから本命じゃないしな。
「こんなに混んでいるなら先にチケットでも予約しておけばな……」
「いーよ、どうせいないって」
「そうね。ここにはいない気がするわ」
「興味無いだけやろお前ら」
人混みが嫌いなら美術館にも関心が無い長瀬姉妹。ここへ向かうと聞き揃ってあからさまに面倒臭そうな顔をしていた。
元来のビジュアルはともかく美的センスには乏しい二人だ、美術作品の良し悪しが分からないのはなんとなく察するところ。
……まぁ、センスが無いのはアイツも同じか。いつだったか、図工の時間に粘土か何かで作ったという塊を突き付け『はーくん!』言われたときは本気で恐怖を覚えた。だってただの塊なんだもん。俺をどう認識しているんだよ。
「大昔に誰かが作ったよく分かんないもの見てなにが面白いんだろうね」
「どうせ鑑賞するなら自分で作ったものの方が楽しいと思うわ」
「分かったからもう何も言うな。ここにいる全員敵に回すつもりか」
乗り気でない二人を連れ回すのも可哀そうだし、センス皆無の人間にズケズケ文句を言われる彫刻品たちももっと可哀そうなので美術館はスルー。無駄足になってしまった。ちょっと見てみたかったのに。怠い。
「ふーん、写真美術館か……こっちは兄さんなら楽しめそうだね」
「そういうのは好きじゃないでしょコイツ。一眼レフとか酷いわよ。盗撮写真ばっかりなんだから」
「確かに。前言撤回」
「うるせえなお前らホンマに」
すぐやって来たケーブルカーへ再度乗り込み更に奥地を目指す。流石は血の通った姉妹と言うべきかも分からないが、長瀬姉妹揃い踏みだと俺の悪口が淀みなく飛んで来るので若干ウザイ。一人ずつなら攻略しやすいのに。攻略って。
「今日は持って来なかったんですか?」
「あるよ。一応。あんま使う気無いけど」
鞄に忍ばせていた一眼レフを取り出す。出発する直前に真琴が『それ要らないの』と声を掛けなかったから余裕で忘れていた。
史上かつてない盛り上がりを見せる温泉ブームとは対照的に、写真趣味はすっかりおざなりの今日この頃。俺より比奈や瑞希の方がハマっている。好き勝手撮られるので、偶に見返すと覚えの無い写真が大量に保存してあるのだ。
練習風景や放課後の何気ないひと時、或いは夜遅くに撮られた人には見せられないものまで。全部ごちゃ混ぜだから迂闊に起動するのも憚れる。削除はしない。パスワード掛けて保存。文句は言わせん。隙だらけのアイツらが悪い。
「わあ! これ、お正月の写真ですか?」
「そうそう。初詣に行ったときの……あぁ、これが一枚目やったな」
「文香さん、綺麗……っ!」
なんとなく保存ページの先頭まで戻ると、真っ赤な晴れ着に身を包んだ文香が現れた。普段と雰囲気が違って素敵です、なんて有希も微笑まし気に呟く。
思えば文香と二人で出掛けたのは、何だかんだであの初詣が最後なんだな。あの後は帰省する直前まで結局会わなかったし……。
「にしても撮るの下手くそだね。手ぶれ補正付いてるのにブレブレじゃん」
「こんないかにもな風貌しといてね」
「逆ピューリッツァー賞受賞おめでとう」
「なにそれ」
「なんか凄い写真の賞みたいなやつ」
「イグノーベル賞みたいな?」
「そんなカンジ」
「じゃあハルトは殿堂入りね」
「写真一枚黙って見れんのか貴様ら」
二人も席を立ち覗いて来る。まともな恰好をした文香がおかしかったのか適当なことを言って茶化すのだが、段々と写真に見入っているのか口数が減って来た。いや、単にボキャブラリーの問題か。
真琴の指摘通り良い写真とは言えなかった。構図もクソも無い素人仕事、カメラマン役はいつまで経っても務められそうにない。
でもきっと、四人とも同じことを考えていた。振り袖姿の文香はとても綺麗で、年相応の可愛らしさがあって。真っ当な女の子以外の何物でなく。
上京してからはこんな顔、見たことが無かった。深読みするわけではないが、やっぱりアイツ、ちょっと無理をしていたのかも。こんな身も蓋もない失踪劇を始めるくらいなのだから……。
「これ、兄さんが撮ったんだよね」
「せやな」
「……うん。やっぱりそうなんだね。見ればだいたい分かる」
「アァ? 喧嘩売ってんのかお前」
「そーじゃなくてさっ……あー、まぁいいや。なんでもない」
「んだテメェ、シバくぞこの野郎」
「これも前言撤回。上手いね。撮るの」
「…………はぁぁ~?」
ワケ分からん御託を並べ何かを悟ったように鼻を鳴らす真琴。と思ったら、残る二人も似たような顔を突き合わせ愉快気に笑っている。
「ホントにさ……ハルトの前だけでは、こういう顔が出来るのよね」
「んふふ。愛莉さん、ちょっと嫉妬してます?」
「ちょっとね、ちょっと……なによ、珍しいわね有希ちゃんまで」
「有希、で良いですよ」
「……遠慮なくなって来たわね。いよいよ」
「仲良くなった証明ですっ」
「まっ、良いけど」
なんか距離縮まってるし。勝手に結託するな。除け者にするな俺を。
そんなに変な写真なのか。
やっぱオレ、センス無いのかな……。
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