828. ねえ、どうすんの?
気を害したわけではないが恋人らしい甘ったるいムードは遥か彼方へ消し飛んでしまったので、その場で解散の運びとなる。
続きの約束は出来ず終いだったが、きっと大丈夫だろう。これからは友達じゃない。恋人なのだから。気持ち一つあればいつだって。
「なんの用だ……?」
出席する予定だった三限もそろそろ終わる頃。この時間はスクールバスが動いていない。ターミナル西口三番乗り場で有料市営バスの到着を待っている。
てっきり有希が『どうして学校にいないんですか!?』と圧でも掛けて来たのかと思ったが、違った。通知はすべて真琴から送られたものだ。
とにかく早く来て。とスタンプの連打。何か事件でも起こったのだろうか。まさかシルヴィアとの外泊が既に漏洩している……わけないよな。
「あら。言うとる傍から」
「遅すぎるっ!」
到着したバスから真琴が飛び降りて来た。俺の姿を見つけるや否や大股でずかずかと歩み寄る。
「悪い、ちょっと用が長引いてな。でもほら、有希との約束にはギリギリ……」
「相手もいないのに誰とデートするって!」
「……は? どういうこと?」
「有希、今日休んでるんだよ。熱出したんだってさ。あんな雨の日に、あちこち連れ回されたみたいだからねっ!」
ハイテンションで捲し立てられる。怒っているというよりは、色々な感情が混ざってハイになっている、とでも言うべきか。なんとも掴みどころの無い顔をしていた。決して嬉しそうではないが。
言っている意味がよく分からない。あんな雨の日、つまり昨日だ。
唯一無二の親友を無理言って引っ張り回して、挙句の果て風邪を引かせやがってと真琴が機嫌を損ねるのは自然な流れ。
がしかし、八つ当たりされる相手は間違っても俺ではない。シルヴィアと一緒にいたのだから。
よしんば有希が『偵察ですっ!』などと言い後を着けていたとしても、それはもう知らんとしか。
「なぁ、ちゃんと説明してくれないか? 何が何だかサッパリで……」
「……そりゃそーだろうネ。兄さんが知るわけないよね……はぁぁ、マジで分かんない。なに考えてるんだろ有希の奴……」
頭を抱え盛大なため息。
いやだから、説明しろって。
「あー……いや、ごめん。自分もちょっとこんがらがってて……そうなんだよ。兄さんは悪くないんだ。全然。むしろ有希に怒ってるくらい」
「うんだから説明」
「朝一でラインが来てさ、雨で身体を冷やしたのかもって……まぁ兄さんならそれくらい暴走してもおかしくないし。で、兄さんも学校来てないから、揃って風邪引いたんだなって。納得した。一回」
「お、おん?」
「でもおかしいんだよ。昨日はシルヴィア先輩の日なんだから……そしたら、そしたらさっ! 似合わないマスク付けたアイツが現れたんだよっ!」
「……アイツ?」
スマホを取り出し顔にグッと近付けて来る。有希とのトーク履歴だ。ちょうど今朝の会話で、写真が貼られている……んんッ!?
「克真……?」
見覚えがある。
確か名前は、幸せの鐘。
ここからすぐ近く、みなと島シーワールドの隠れた観光名所。花火大会で有希と一緒に訪れ、想いを伝えてくれた、俺たちの大切な思い出の場所。
その目の前で有希と克真が並んで収まった写真。手は繋いでいないけれど、まるで恋人同士のようにも見える二人の姿……。
「……ねえ、どうすんの? メチャクチャ浮気されてるんだケド。大丈夫?」
聞かなくても分かるだろ。
大丈夫なわけあるか。
肩を並べそのまま自宅を目指す。
今更だが真琴は授業をサボったみたいだ。お手本のようなやるせなさを華奢な両肩に拵え、低い声色を響かせ一連の流れをこのように語った。
「体育祭の打ち上げでさ。アイツから誘ったんだって。玉砕覚悟で。そしたらオッケー貰ったって……それが昨日だったみたい」
「ついに告白する気になったのか」
「なにを他人事みたいに……ッ」
不貞腐れた顔で苦虫を嚙み潰す真琴。
ここだけの話、真琴は克真のことをあまり良く思っていない。彼の穏やかな性格が『ヘラヘラしている』ように見えるのだそうだ。絶妙に頼りにならない軟弱っぷりもお気に召さないらしい。
それはともかく、例の写真に思うところこそあれど苛付いたりはしない俺だ。相談にも何度か乗っているし、有希に気があるのは前から知っている。
体育祭でも人目を掻い潜り倉庫でお昼を食べていた。積極的なアプローチを続けいよいよ思い立ったのだろう。
一方の有希。克真をそれなりに信頼しているのは偶の合同練習でも見て取れる。遊びに行くくらいなら構わない、そういう相手。
或いは性格的な問題だ。生真面目で義理人情に厚い子だし、真剣に誘われ断れなかったという可能性もある。
「……ねえ、なんでそんな冷静なわけ? 有希のこと、大事なんでしょ!? あんなヒョロヒョロの頼りない奴に有希を取られてもいいのっ!?」
「ちょっ、落ち着けって……冷静は冷静でも、考え無しってわけじゃねえ。ちゃんと分かってるさ」
態度に出さない、というより考え込んで上手く口が回らないから。
それはゴールデンウィーク明けから体育祭に掛け、彼女が取り続けて来た思わせぶりな言動と無関係ではない。
「お前も引っ掛かってるんだろ? 体育祭のこと」
「むっ……まぁ、それは……」
「なにも聞いてない、って言ってたよな?」
「うん。全部はぐらかされた。個人賞取るために秘密の特訓でもしてるんだろうって、勝手に思ってたケド……ちょっと違ったみたいだね」
大親友の真琴にも打ち明けられない、体育祭を基点とする有希の謎めいた行動。今でも鮮明に思い出せる。と言ってもたった数日前の出来事だが……。
あの挑発的とも取れる強気な視線。明らかに俺へ揺さぶりを掛けていた。克真との仲を見せ付け、嫉妬させようとでも言うように。
選抜リレーの前に少し話したが、本懐は窺い知れなかった。ただ個人賞を取りデートの約束を漕ぎ着けたかったわけではない。有希なりに何らかのテーマを持って体育祭へ臨んだことだけが明らか。
「まさか本当にアイツのことが……っ?」
「そんなに嫌なのかよ」
「絶対に無理ッ……」
「嫌い過ぎやって。ええ奴やぞ克真」
「……分かってる。そんなの分かってるよ……クラスの馬鹿な男子とは違う。悪くない奴だよ。ちょっと清廉潔癖過ぎて気持ち悪いケドっ……」
生理的に受け付けない何かがあるようだが、真琴なりに認めてはいるみたいだ。
まぁ気持ちは少し分かる。女子の目線だと性欲の欠片も無い人畜無害なタイプに見えるよな。俺は色々知ってるからそうは思わんが。
「……だってさ。馬鹿じゃん。普通に考えて」
「馬鹿? なにが」
「…………だから、そのっ……確かに和田は良い奴かもしれないケドっ……でも、それだけなんだよ。自分から見ても、全然、男としての魅力が無い」
「んなもんか?」
「その点、兄さんは凄いよ。なんてことない場面でも気が利くし、一緒にいるだけで安心するし、それに何より、ちゃんと褒めてくれる。頑張っているところを認めてくれて、そこからもっと引っ張ってくれて……っ」
「ベタ褒めやな。ありがと」
「……ハッ!?」
息を呑み背筋を凍らせる真琴。当人も想定外だったようで、大慌てて距離を取りそこから更におずおずと引き下がる。耳まで真っ赤。
「……無し、無しっ! ナシっ!! 忘れてッ!!」
「無理。永久保存済み」
「あーもぉぉっ、サイアク……ッ!」
しゃがんで頭を抱え羞恥に悶える真琴。今の台詞、半年くらい前に誰かから聞いたな。流石は姉妹、こんなところもそっくりだ。
つまり真琴はこう言いたいのだろう。って、俺が説明すると本当に自意識過剰で気分悪いけど……。
「俺を差し置いて、どうして克真なんだって、そういうことやろ」
「…………あり得ない。絶対に。自分が証明する。こんなに想われているのに、他の男が気になるとかっ……絶対に無いから」
「可愛い」
「うるっさいなぁぁ……ッ!?」
声がカッスカスだ。ツンデレのデレの部分まで姉譲りか。よりによってあの真琴からここまで言われると、すっごく嬉しい。
可愛がって来た甲斐がある。今度一緒に試合でも観に行こうな。二人でな。待っててね。
(まぁ、真琴はこうでも有希はな)
長瀬家の毛色みたいなものもあると思う。一度深入りするとドンドン沼にハマってしまう傾向にあって、恐らく母の愛華さんもそうだ。要するに真琴の心配は万に一つも必要無い。ついでに愛莉も。
しかし有希は違う。大の親友とはいえ別の人格だ。傍から見ても友達なのが不思議なくらい正反対の二人だし、噛み合わないところも多いだろう。
有希には有希の考え方がある。そしてそれに従い、克真とのデートも、俺への挑発も。何らかの意図を持って仕掛けて来た。
「どうする? お前も来るか?」
「……良い。待ってる。思ってもないこと言っちゃいそうだし…………親友だからさ。勘違いでもなんでも、喧嘩とかしたくない」
「優しいな」
「ビビりなだけだよ、兄さんなら知ってるでしょ……未来の部屋にいる。どうせ鍵開けっぱだし」
自宅のアパートが近付いて来た。そさくさと一階のミクル邸へ身を潜めた真琴。本当に開いてるのかよ不用心だな。まぁ良いけど。
そう、真琴の力を借りるのはここまで。
あとは俺が片付ける。いよいよご対面だ。
自らの口で、言葉で。一字一句、しっかりと説明して貰おう。
間違っても冷静ではない。思うところはある。俺に無断でデートとか、普通に許さん。
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