一年目の○○くらい大目に見てよ
826. 独白 No.14
「それ、普通の恋愛じゃないって絶対に!」
「絶対騙されてるよ! 他にも彼女がいるって、ただの浮気じゃん!」
お友達が沢山いるのが、わたしの隠れた自慢。自分から作ろうって思ったことはあんまり無くて、気付いたら出来ていることが多い。
人を惹き付ける才能があるんだよって、ママもパパも、マコくんもよく言ってくれる。
山嵜高校は通っていた中学からはちょっと遠くて、一緒に進学したのはマコくんと数人の男の子だけ。新しい友達が出来るか、少し不安だったけれど……今回も大丈夫だった。
慧ちゃん。聖来ちゃん。未来ちゃん。そして、克真くん。あと、サッカー部の他の男の子も良く話し掛けてくれる。高校デビュー? って言うんでしょうか。たぶん、成功しましたっ。
「そんな……廣瀬さんは……っ」
「だって有希、冷静に考えてみなって~。アンタが知らないところで他の女とイチャイチャしてるって嫌じゃな~い?」
「フットサル部、男一人でしょ? 体験入部のときもさあ、なんか雰囲気怪しいなーって思ったんだよねえ~。あの先輩いかにも女慣れしてそうだし~」
「う、うーーん……っ」
フットサル部と関わりの無いお友達も何人か出来た。柴崎さんと今野さんはお昼ご飯に良く誘ってくれて、一緒にいることが結構多い。
ある日の昼休み。マコくんと慧ちゃんは体育祭の準備でいなくて、未来ちゃんは聖来ちゃんを連れてどこかへ行ってしまった。二人と席を囲う。話題はわたしと廣瀬さんの関係について。
というのも、わたしがいっぱい喋ってしまったから。入学してすぐに部活を決めたのがみんなには不思議だったみたいで……あんまり運動部っぽくない見た目だから驚いたって、今野さんも言っていた。
それで、中学生の頃から廣瀬さんと交流があって、フットサル部に入るために山嵜へ来て……ずっと好きな人なんだってことも、一緒に打ち明けてしまって。
最初の頃は『一途なんだね』『応援してるよ』って言ってくれたけど……最近はこんな風に、お説教じゃないけど、強い口調で窘められることが増えて来た。
「あたしだったら絶対無理だなー。だって、こうやってその人と一緒にいない間もさ、三年の先輩と平気で恋人ごっこしてるんでしょ?」
「あー、あの人でしょ? 真琴のお姉さん。真琴もよく普通にしてられるよね~……実はあの子もそうだったり?」
「いや~、真琴に限ってそれは無いっしょ」
「どっちにしても、言っちゃったら有希ってその先輩に『キープ』されてるわけじゃん? そういうの嫌とか思わないわけ?」
「恋は盲目って言うけどさあ、流石にキープ扱いでずっと好きでいられるのは……ちょっとあたしには分かんないわぁ~」
揃ってこんな風に廣瀬さんを評価する。二人ともフットサル部の体験入部に来てくれたけど、雰囲気が合わないからと、一日だけで辞めてしまった。
その内の一人、柴崎さんは、紅白戦で廣瀬さんと同じチームで。説明会で廣瀬さんの姿を見て、凄くタイプだと言っていた。
でも、実際に逢ってみると少し印象が違ったみたい。確かに廣瀬さん、知り合いじゃない人には冷たいところあるし……って、そうじゃなくて!
「……廣瀬さんは、そんな人じゃないよ。いっつも真剣だし、わたしのこと大事に想ってくれてるし……っ!」
「いやいや有希……それ、流石に節穴だって! 大事に想ってるなら、有希のこと放っておいて他の女のとこ行かないから!」
「二股を正当化するのは無理あるって~」
二人は知らない。廣瀬さんがどれだけフットサル部を、部の皆さんを心から信頼し、愛情を持って接しているか。
わたしも最初は、自分だけを選んで欲しいと思っていた。今でも勿論思ってるけど……でもそれ以上に廣瀬さんには、フットサル部の仲間、家族しての意識が強くある。これが何よりも大事。
その中にわたしもいる。わたしが必要だ、好きだ、可愛いって、廣瀬さんは言ってくれた。
だから、男女の関係とか、恋人らしいこととか……そういうのはもっと後回しでも良いのかなって、最近はちょっと思っていたり。
一人だけ遅れている自覚はあるし、納得していないこともいっぱいある。でもやっぱり、廣瀬さんの与えてくれる愛情や、信頼は……わたしにとって本当に特別なもので。
「せっかく可愛い顔してるんだからさあ。その先輩だけじゃなくて、もっと他に候補とか探せば良いのにね」
「そうそう。和田とかちょうど良いじゃん!」
「あ、言うと思った~! ねー和田ぁー! こっちでご飯食べーん!? 有希もいるよ~!!」
「あはははっ! やめてあげなって!」
サッカー部で固まっていた克真くんを大声で呼ぶのは、女子の中心でもある今野さん。克真くんは驚いた様子で目を見開き、ちょっとたどたどしい口振りで『ま、また今度ね!』と苦笑いで誘いを断る。
すると一緒にご飯を食べていた真壁くんや、他のサッカー部の男の子が、ニヤニヤ笑いながら克真くんとお喋りを始める。どうやらみんな、克真くんがなにを考えているのか、もう分かっているみたい。
「……ほら。どうよ和田。優良案件だと思うんだよねえ。顔も悪くないし、サッカー部でもいいカンジらしいじゃん?」
「あんな馬鹿正直で素直な奴、イマドキいないよね~……ねっ、有希。アンタもさ、一回浮気すれば良いんだよ!」
「うっ、浮気……っ!?」
柴崎さんがとんでもないことを言い始める。それはつまり……わたしが廣瀬さんとではなく、克真くんと……ってこと!?
「そうそう。和田と先輩を比較してみるの。そしたらさ、嫌でも気付くから。いかに有希が先輩から雑に扱われているかを!」
「それアリっ! ていうか有希もさあ、今の中途半端なままだからその先輩に舐められるんだって! 一回痛い目見せるべき!」
「い、痛い目って……!? 別に廣瀬さん、なにも悪いこと……」
「だーかーらーっ! してるって悪いこと! そーやって他の女と居ること自体、メチャクチャ悪いことなんだって! 普通あり得ないから!」
「有希にとっては普通でも、常識じゃないんだって! 完全にクズ! 下種野郎だからその先輩っ! 都合よく扱われてるんだって! 気付きなよっ!」
あまりの迫力に言葉も出て来ない。流石に教室中に聞こえてしまいそうで、ちょっと恥ずかしい。
……でも二人とも、本気でわたしを心配してくれている。こんなに真剣なのだから、突き放すわけにもいかないし……っ。
(廣瀬さんが……クズ?)
確かに愛莉さんは『性格悪すぎ』なんてよく言っているけど、でも、クズではないと思う。それ以上に優しいし、愛莉さんの場合はほとんど照れ隠し。本心から出た言葉ではない筈。
もう一年近くも廣瀬さんと一緒にいる。彼の良いところも悪いところも、それなりに知っているつもり。全部分かった上で、好きだと自信を持って言える。この気持ちだけは本物。
……でも、二人の言う『常識』が、本当に常識だとしたら。わたしが知らないだけ、身に覚えが無いだけで、廣瀬さんの行動が女の子に優しくないものだとしたら……っ。
(だけどそんなっ、克真くんを利用するみたいな……ダメだよ、絶対に……ッ)
正直、気付いていた。
ううん。気付かない方がおかしい。
克真くんは、わたしのことが好き。
廣瀬さんには何かと子ども扱いされるわたしだけれど、中身は至って普通の女の子、の筈。中学生の頃も、友達同士が付き合い出したり、別れたり……色んなものを見て来た。
告白されたことも何度かある。ずっと『よく分からないから』と断って来た。ママも『本当に好きな人と付き合わないと、告白してくれた人にも失礼よ』と言っていたし、それを守っていた。
克真くんが見せる態度は、分かり易く好きな人を前にしたそれだ。まさかわたしに向けられたものとは思わず、ちょっと気付くまで時間が掛かったけれど。
オリエンテーションで行った動物園。克真くんは『二人で一緒に回りたい』と顔を真っ赤にして言って来た。
その時、やっと気付いた。去年の夏、廣瀬さんを花火大会に誘おうとして、鏡の前で練習していたわたしと……同じ顔だった。
(克真くん……かぁ)
真面目で裏表の無い人。クラスの女の子もカッコいいって良く噂している。確かに今野さんの言う通り、素敵な人だと思う。
そんな人に好かれているのだから、相手をしないのは勿体ないことだと、二人は言いたいのだ。
でもわたしは、廣瀬さんが好き。克真くんのことは信頼しているけれど、彼への感情はあくまで友達としてのソレ。
「お試しでも良いから! ほらっ、もうすぐ体育祭だしさ。結局ペアダンスも和田が相手じゃん? 絶対に運命だって!」
「ちょっと仲良いところ見せつけてさ、それこそ先輩を嫉妬させるくらいに……そしたら、絶対に変化あるから! 間違いなく!」
ひそひそと計画の一端を打ち明ける二人。聞かなくたって分かる。どちらにせよ克真くんの気持ちを利用することに変わりは無い。
でも……もし、もし仮に。
本当に、仮定の話だけれど。
克真くんが、廣瀬さんよりわたしのことを好きでいてくれて。わたしも、彼の良いところをもっと見つけられたら。
想像したくもないけれど……二人が言うように、廣瀬さんがわたしを『キープ』扱いしていて、本当は酷いことを考えていたとしたら。
ずっと知らなかっただけで、廣瀬さんの後を追い掛けるより、もっと楽しくて、幸せな世界があるとしたら……。
「ねえねえ、有希もちょっと揺すってみようよ。ほら、個人賞! 体育祭もうすぐでしょ? 賞取ったらデートしろーとかその人に言わせてさ」
「それでどうなるわけ?」
「だからぁ、そうしたら有希も、自分がどれだけその人に本気なのかって、改めてちゃんと分かるっていうか?」
「あー、なるほど!」
「学年一人しか取れないんでしょ? そんな難しいことするより、すぐ近くにいる和田の方が……ってなるじゃん!」
「上手いっ! それで行こう!」
気付かないうちにわたしは、二人のアイデアに聞き入ってしまっていた。体育祭をきっかけに、廣瀬さんと、そして克真くんとの関係を見直す作戦。
克真くんがわたしを見ている。人影に隠れているつもりが、まったく隠れていない。視線が重なり、互いに逃げるように目を逸らした。
この教室に、廣瀬さんはいない。
家に帰れば、たぶんいる。隣の部屋に。
でも、今はいない……。
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