Moderato cantabile

810. 独白 No.20


 インターナショナルスクールって、なんだかカッコよく聞こえるかもしれないけどね。凄い場所よ、あそこは。もう動物園。何処も一緒。


 だって外国人っていう括りだけで、実際は国籍も肌の色も、宗教も、学力だってピンキリの子たちが、それだけの理由で集まるのよ。小中高ずーっと。些細なことですれ違いや喧嘩も絶えない。毎日何かしらトラブルが起こるわ。


 え、わたし? まぁ、それなりに上手く躱していたわよ。不良学生に言い寄られることも、一度や二度じゃなかったけどね。わたし、美人だから。


 でもパパの名前を出したら、みんな怖気づいて逃げていくわ。サッカーに詳しくない人には、バレンシア語で捲し立てるの。誰も分からないから。



 二回だけ、普通の小学校に通ったことがあるわ。9歳と10歳の頃。通っていたインターナショナルスクールで大きな問題があって。わたしはどこでも良かったけど、ママの意向でね。転校したの。


 ノノと出逢ったのは9歳のときよ。全然言葉が通じないのに、ノノの考えていることが手に取るように分かるの。不思議な体験だったわ。転校初日にはもう親友だったと思う。それくらい仲が良かった。


 あの子が隣にいれば、たいていのことは解決したわ。今よりもっと猪突猛進で、とにかく無敵って感じ。

 ノノのおかげで、楽しいことを楽しい、嫌なことを嫌だと言える、普通の子どもになれたのかなって思う。本当に感謝しているわ。



 別れの日は本当に悲しかった。パパの仕事で唯一気に入らないのがコレ。ちょっと成績が落ちるとすぐに解任、辞任。任期を全う出来たクラブの方がずっと少ないんじゃないかしら。


 でも、またこの街で会いましょうって、約束したわ。拙い日本語でね。ノノともう一度会うためなら、努力も努力と思わなかった。それから結構頑張ったのよ。ノノみたいな女の子になりたいって、本気で思っていたんだもの。


 ……だめね。あれは無理。真似できない。


 というか、違ったのよ。ノノが特殊過ぎたってことに気付いちゃったの。

 日本人って、本当に外国人に対して壁があるわ。動物園の猿を見るみたいな目で……ちょっと関心を持ったと思ったら、すぐに離れていく。


 そんなことばっかりだったから、日本語の勉強はさっさと辞めてしまった。

 同じような理由で転校して、次からはまた現地のインターナショナルスクール。ちょっと見てくれが良いだけの、無愛想な女だけが残ったってわけ。



 見兼ねてパパとママは、普通の高校へ入学するよう勧めたわ。でも同じことの繰り返し。最初だけ持て囃されて、あとは置いてきぼり。絶やさずにいたノノとの連絡も、ちょっとずつ返さなくなった。


 周りへの不満も勿論あった。ただそれ以上に、現状をどうにか打破しようとしない自分が恥ずかしくて、苛立ったの。

 少なくとも今のわたしは、ノノに相応しい友達とは呼べない。だから恥ずかしくて、言えなかった。


 それから、なるべく目立たないように過ごしていたわ。だからこの街以外では、あんまり良い思い出が無いの。


 ……って、なによ、その可哀そうな人を見る目は! 確かに言葉の壁もあるし、努力をしなかったわたしも悪いけど……でもそれより、美人過ぎて高嶺の花だっただけよ! わたしのせいだけじゃないんだからッ! 半分くらいは!



『随分と洒落込んでいるな。羽が綺麗だとどんな雛鳥も立派に見えるものだ』

『ちょっと、なによパパまで!? それが可愛い一人娘に掛ける言葉なの!?』

『午後から雨が降る、傘を持って行くと良い。せっかくの化粧が落ちたら大変だ。お前ほどのお転婆娘なら泥化粧もさぞ似合うことだろうが』

『褒めてるのそれッ!?』


 櫛を入れてせっせと手入れをしていると、パパがひょっこり顔を出して意地悪なことを言って来る。

 紳士だなんだと世間は言っているけれど、とんだ過大評価。こんなに下世話な男はいないわ。まぁ、嫌いじゃないけどね。そんなところ。



 話を戻すけれど、まぁそんな理由もあって、今までノノを除いて友達らしい友達が居なかったの。

 男の子の知り合いなんて、偶にパパが食事に連れて来る若い選手くらい。だいたい『可愛い娘さんですね』で終わり。


 普段から足でプレーしているだけあって、サッカー選手は頭を使うのが苦手なのよ。揃って口説き下手。あの男が特殊なのかしら。



『勿論冗談だ。楽しんできなさい。だが、朝まで邪魔するようなことが無いようにな。彼の両手はどうやら華でいっぱいのようだ』

『なら、無理やりにでも握らせるわ!』

『素晴らしい心掛けだ、ルビー。それでこそ我が自慢の娘と呼べよう。あれほどの男を手放そうものなら、一族きっての汚点となるだろうな』

『だから、褒めるのか貶すのかどっちなのよ!?』


 悪い悪い、とちっとも悪びれもせずパパはリビングへ戻る。まったく、あれがデートを控えた娘に対する態度なのかしら。

 最近どうも色んな男から馬鹿にされている気がするわ。呆れちゃう。こんな美少女を前に、よく言えたものね!



(……変じゃない、わよね……っ)


 ママにお願いして、いつもよりグレードの高いシャンプーを買って貰った。一週間も使っているんだもの。もうすっかり馴染んでいるわ。

 肌の調子も悪くない。こんなに素質の良い女が肌まで磨いちゃったら、もう無敵よ。落とせない男なんている筈無い。


 ……いる筈無い、のに。



(今日こそとっちめてやるわ……! いつまでもわたしを無視出来ると思わないことねっ!)


 実はヒロのこと、小さい頃から知っていたの。自分じゃそんなこと言わないけれど、あの人、天才少年なんて呼ばれて、界隈じゃ有名なんだから。


 彼を指導出来るなんてサッカー人冥利に尽きるよ。なんて、パパはオオサカの監督に就任した日からずっと煩かった。

 すぐにトップチームへ引き上げて、凄い熱の入れようだったわ。自分の手でこの子を世界的な選手に育て上げるんだって。



 わたしも彼のプレーが好きだったわ。イマジネーションに溢れていて、ひたむきさのなかに遊び心があって。誰よりも輝いて見えた。


 でも当の本人は、なんだか辛そうな顔をしてボールを蹴っている。人を幸せに出来るほどのプレーヤーが、どうしてあんなに寂しそうなのか。興味深かったわ。彼の人となりを、ずっと知りたかった。


 あとは単純に、顔が好みだったのよ。何度も話し掛けようと思ったんだけど、中々機会が無かった。

 そしたら知らないうちにチームを辞めちゃって、それっきりだった。パパも悲しんでいたけれど、わたしも同じように思っていたわ。



(流石に塗り過ぎかしら……? ううん、一回キスしちゃえばちょうど良く落ちるわ。絶対に成し遂げるんだから……ミズキに教えてもらったリップなのが、ちょっと癪だけど!)


 この街で再会するなんて思ってもみなかった。まぁ、向こうにとっては初対面なんだけどね。今となってはどうでも良いことよ。


 運命の出逢いは本当にあるんだって、心から思ったわ。ノノともう一度友達になれて、その上、彼まで一緒にいる。このままわたし、幸せな青春時代を過ごせるんだって、それはもう浮かれていたの。


 ……なのに、なのにっ!

 どういうことなのよ、このライバルの多さは!



(ふふんっ。わたしほどの女に一日もくれるなんて、随分と甘く見積もってくれたものね……今日でハーレムも終わり! ヒロは名実ともに、わたしのものよっ!)


 きっと出逢い方が良くなかったんだと思うわ。ヒロに助けて貰う形になっちゃったから、わたしのことを今でも子ども扱いしているの。


 確かにヒロのガールズたちは、わたしに劣らず綺麗な子たちばかり。アイリなんてどこのモデルかと思ったくらい。ノノもあの頃と変わらない、天真爛漫で可愛らしい子のまま。おっぱいも……クゥっ!


 でっ、でも、負けている気はしないわ。だってわたし、可愛いんだもの。他に理由も根拠もいらない。飛び切り可愛い美少女なのよ、わたしは!



(うん、カンペキ!)


 ノノに教えてもらったの。

 自信さえあれば、あとはなんとかなる。


 パパに教えてもらったの。

 勝負には大胆な決断が必要不可欠だって。


 ママに教えてもらったの。

 人を愛することが、どれだけ素晴らしいことか。



 目に物見せてやるわ、ヒロ。

 貴方の驚いた顔が今から楽しみ。


 どうせわたしのこと、ちょっと可愛いくらいの馬鹿で抜けている女とでも思っているんでしょ。聞こえの良い台詞ばっかり吐いて、本当はわたしのこと、そんなに意識してないんでしょ。女として見てないんでしょ。


 証明してみせるわ。貴方の目がどれだけ曇っていたか。そして思い知りなさい。わたしがどれだけ諦めの悪い女か、心の底から、たっぷりとね!



「……ワタシ、ルビー! スペインソダチノ、イーオーナ! クソビショージョ!!」


 努々忘れないことね、ヒロ。

 わたし、とっても可愛いの。

 最高に良い女なの。知ってるでしょ?


 後輩も、友達も、チームメイトも。

 嫌いじゃないけど、ちょっと飽きて来たわ。



「キアイジューブン! ヒロ、ブッコロス!!」


 ごめんなさい、ユキ。

 明日、彼は貴方のもとへ来ないわ。


 当たり前でしょ。だって、こんなに可愛い彼女を差し置いて。他の女とデートなんて……出来るわけないじゃないっ!


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