807. にぃに


 理由が分かった。似たような形状のスロープが多過ぎるし、並んでいる店も詳しくなければ同じに見えるものばかり。これは初見だと迷ってもおかしくない。


 表通りの人出が多いところは良いのだが、大きなライブハウスがある裏通りは柄の悪い若者が結構いて、女の子一人では歩かせたくないエリアだ。敷地を外れると客引きも多いし、土地勘の無い彼女では怖く感じてしまうかも。



「店に入って出口が分からないとかならええけど……外に出ちまったかな」


 もう五分ほど探しているが小谷松さんの姿は無い。電話を掛けてもやはり無反応。この時間ですっかり外は暗くなってしまった。ヒントも無しに探し続けるのは無謀か……いや、待てよ?



「そうだ、GPS!」


 こんなときこそあのストーカーアプリだ。俺の居場所が分かるのなら、こっちだって小谷松さんの居場所が分かる筈。

 まさか役に立つ日が来るとは。なるべく存在自体忘れようとして本当に忘れていた。


 アプリを立ち上げる。しっかり機能しているようだ、彼女の現在地と思わしきマークがここから少し離れた場所で静止している。


 ちょうど対面にある大きな建物だ。小走りで向かいエスカレーターを上がって二階へ。ビレ○ンがあるな……この中だろうか?



(ん、あれ? だったらなんで……)


 至極真っ当な疑問へ辿り着く。俺の居場所が分かるのなら、小谷松さん、なんでこんなに迷ってるんだ? アプリを見れば一発なのに。


 それとも、GPSを確認する余裕も無いくらいテンパっているか、面倒な奴に絡まれているか。前者であることを祈りたいが。



「……おった」


 店舗の前にある小規模なゲームコーナーに、小谷松さんはいた。だが一人ではない。数人の男に囲まれている。四方を囲まれて動けなくなっていた。


 が、焦ることも無いだろう。

 そもそもあれはナンパの類に入るのか。



「大丈夫だよ! 俺らが駅まで送ってあげるから! 俺らこの辺詳しいし!」

「それ、あっちの店で買ったんでしょ? センス良いよなっ! 超似合ってるよ!」

「ひえぇぇぇ……ッ」


 複数の男に言い寄られ小谷松さんは涙目になっていた。だが相手が相手。明らかに年端も行かない子どもなのだ。高めに見積もっても小学校高学年か中学生。


 恐らく同世代と勘違いされているのだろう。彼らも大人しそうな彼女を見つけて『ナンパごっこしようぜ!』的な軽いノリで絡んでいるものと思われる。アクティブなガキンチョ共だ、良くも悪くも将来有望。


 性格上強気に出れないから、彼らを引き離せず立ち往生ってところか。スマホを確認する暇も無いわけだ……仕方ない、助けるか。



「おいお前ら、寄って集って女の子イジメてやるなよ。困っとるやろが」

「あっ……!」


 俺の姿を見つけるや否や、大慌てで駆け寄よろうとする小谷松さん。

 だったが、ここでまさかの事態。内の一人が彼女の手を掴み、それを阻んだのだ。



「なっ、なんだよ! 俺らが先に話し掛けたんだぞ! 横取りすんなッ!」

「そーだそーだ! お前みたいなヤンキーがいるから、この辺が危ないとか、治安が悪いとか言われるんだっ! 反省しろ!」

「こ、こっち来るなぁ!」


 何故か小谷松さんを守ろうとする三人のナンパボーイたち。言葉とは裏腹に酷く怯えた様子だが、必死な顔で身体を大きく広げブロックを形成。


 

「いや、俺はこの子の……」

「調子乗るな性犯罪者!」

「けっ、警察呼ぶぞぉ!」

「キャバクラでも行っとけロリコン!」


 完全に俺が悪者。

 駄目だ。話が通じそうにない。


 ああ、もしかしてこの子たち、ナンパじゃなくて一人で困っていた小谷松さんを助けようとしてくれたのか。

 で、人相の悪い俺を駅前でうろついているようなDQNと勘違いして強気に出ていると。性犯罪者扱いとロリコン呼ばわりはともかく。


 どうしよう。この感じだと彼女が高校生だとも思っていないから、そこから説明して……いやでも、部活の後輩と教えたところで信じて貰えるか……?



「あ、あのっ……」

「大丈夫だって! 俺らマジで喧嘩つえーから! あんな奴ワンパンで……!」

「そ、そうじゃのうて……! あの人は、わしのにぃにじゃけえ……!」

「……えっ? にぃに?」


 ハッと目を見開き驚きを露わにする少年たち。こちらも似たようなもので、思わず眉を顰めてしまった。にぃに? お兄ちゃん?



「みんなからも『似とらん』ってよう言われるんじゃ……けど、ほんまにそうじゃけぇ、せわーねーよ」

「……え、何語?」


 隙を見てこちらへ駆け寄って来る。あぁ、なるほど。やっと分かった。兄妹という設定でこの場を切り抜けるつもりなんだ。賢いことを考えたもの。


 

「あー……そういうわけやから。ごめんな、ナンパ扱いして。あと、妹を助けてくれてありがとう」

「……マジで?」

「ホンマやって。俺も聖来も方言やろ?」

「あっ、本当だ……! す、すいませんっ!」

「ええよええよ。ありがとな、面倒見てくれて」


 勘違いに気付いたのか、一転慌てて頭を下げるボーイたち。いやまぁ、嘘なんだけど。大阪弁と岡山弁の区別は付かないだろう。ちょっと心が痛い。


 彼女の手を引いてエスカレーターを降りると『この辺詳しいんで、また来たら案内します!』『気を付けて帰ってください!』と矢継ぎ早に声が飛んで来る。小谷松さんの見てくれが気に入ったのは事実みたいだ。もっと心が痛い。


 建物を出て彼らの姿が見えなくなったところで、繋いでいた手を離してやる。もう兄妹を偽る必要も無いだろう。小谷松さんはようやく口を開いた。



「すんません、迷惑掛けてっ……来た道を戻ったつもりが、すぐに迷うてしもうて……そしたらあの子たちに捕まって……」

「ゆっくり歩いとった俺が悪いから、気にすんな。にしてもモテモテやな」

「うぅっ……悪い人じゃあねえけど、あねーなぁ苦手なんじゃ……」


 根っこはドの付く人見知りで男も苦手な小谷松さん。ペースを握られてしまい釈明する余地も無かったようだ。相手がガキンチョでまだ良かった。ともあれ一件落着、早く皆と合流しよう。


 文香に連絡を入れ、先に噴水広場まで戻って来る。すぐみんなに謝らないと、としょんぼり肩を落とす小谷松さんを気遣ったわけではないが、なんの気なしに話を広げてみる。聞きたいことが幾つかあった。



「しかし、上手いこと考えたな。顔立ちはともかく、この身長差なら兄妹でもおかしくないし。顔立ちはともかく」

「な、なんで二回言うんじゃ……」

「あり得ないからだよ。本来は」


 突然のにぃに呼びは流石に驚いた。完全にテンパっていた彼女からそんな機転の利いた言葉が出て来るとも思わなかったし、尚更。


 一人っ子である以上、兄貴扱いはやはり縁が無い。真琴は俺を『兄さん』と呼ぶけど、もはや呼び名だけで兄扱いかどうかは微妙だし。

 文香も一つ下だけど、妹って感じではなかったからな。有希に至っては年下扱いすると不機嫌になるまである。



「にぃにって岡山の方言なのか?」

「うんにゃ。わしの中学の友達がな、お兄さんをそう呼んどった。じゃけぇ、咄嗟に出て来て……」

「あぁ、ちょっと聞いたよ。陸上部で仲が良かった子のこと?」

「へえ。慧ちゃんについったーを教えてもろうて、久しぶりに話が出来たんじゃ。この一年くれーすっかり疎遠になってしもうて……」

「別に喧嘩したわけやないんやろ?」

「……ちいとだけ、距離は出来てしもうたかなって。じゃけぇ、もっぺんやり直しじゃ。ついったーなれーいつでも話せるけぇ」


 あくまでもツ○ッターなのか。ラインじゃなくて。絶対後者の方が楽だと思うんだけどな。まぁ良いけど。


 元来内気な性格で自己主張も苦手。そして声と方言にコンプレックスがある。文面だけでやり取りが出来るSNSは彼女にとって非常に便利なわけだ。


 そして合わせ技にGPSと盗聴器。これさえあれば、極論コミュニケーションを取らなくても相手の居場所、考えていることが分かってしまう。彼女なりに解決策を見つけ出した……と言えば聞こえは良いのだが。



「話変わるけどさ。俺以外の先輩たちのこと、ちょっと苦手だったりする?」

「……うんにゃ。そんなことねえよ」

「ならそのアプリでも、ゼン○ーでもええし、お願いしてみたら? 多分断らねえぞアイツら」

「…………ええんじゃ。先輩たちはカッコええし、優しいし、頼りになるし……けど、みんなはそれだけじゃあおえん。安心出来んけぇ……」

「……安心?」


 小谷松さんは周囲をキョロキョロと見渡し、困ったような顔でシャツの裾を引っ張る。どうやら三人には聞かれたくない話があるようだ。


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