805. 許容出来ない
「メチャクチャ好かれてるじゃないっスか。GPSとかアプリとかアタシも詳しくないっスけど、なんとも思ってない人にそんなことしないっスよ」
「……そう、だよなぁ~……」
恋愛沙汰には鈍かろう慧ちゃんでさえ、流石に察しが付くようだ。
他人の動向をいちいち把握したいなんて、よほど入れ込んでいる相手でないと考えにも至らない。やはり小谷松さん、俺のことを異性として……。
「おっとっと……本人に聞かれたらマズイっスね! 危ない危ないっと」
「えっ?」
すると慧ちゃん。スマホを取り出し慣れた手付きで指を滑らせる。発言の真意を問い質すまでもなく、腕をグッと伸ばし画面を見せて来た。
「あれ? このアプリ……」
「別に聞かれて困ることも無いんで、いっつもオンにしてるんスよ。アタシのお喋りなんてなんの参考にもならないと思うんスけどね~」
照れ気味に頬を引っ掻く慧ちゃん。画面に表示されているのは、今朝小谷松さんにインストールされたストーカー御用達のGPSアプリ。
本人の許可があれば位置情報どころか音声まで筒抜け……えっ? なんで慧ちゃんのスマホに?
「……ちょっと待て? そのアプリ、慧ちゃんも使ってる……というか、入れてるの? 入れられてるの?」
「そーですよ? あれっ、今日が先輩の番だったんじゃないんスか? 」
「俺の番?」
「ずっと先輩が拒んでたから、個人賞のご褒美でやっと許可が下りたもんだと……ほえっ? 違うんスか?」
「待って待って待って」
互いに首を傾げ違和感を露わにする。
話が微妙に噛み合っていない。
状況を整理しなければ。慧ちゃんのスマホにもストーキング用のアプリが掲載されていて、本人もそれを良しとしていて…………いや、何故?
「……いつから?」
「栗宮ちゃんが襲撃して来て、セーラちゃんが喋るようになった、次の日っス。ほらっ、アタシのクッションに発信機が入ってたの、覚えてます?」
忘れるわけねえだろあんな大事件。本気でフットサル部の将来と身の安全を疑った唯一無二の恐怖体験だったよ。むしろ忘れたいわ。
「アタシが言い出したんスよ。クッションに入れられると寝心地が悪くなっちゃうんで、他の方法にして欲しいなーって。そしたらこのアプリを使ってくれって」
「監視されること自体は構わないと?」
「別に居場所が分かったからって、なんてことないじゃないっスか。相手が分かってるなら怖いこともないし、セーラちゃんですしっ!」
「それはそうかもしれんが……」
小谷松さんをフットサル部へ引っ張って来たのは慧ちゃんだった筈だ。どちらかと言えば慧ちゃんの方が彼女を好いている。
危害を与えるような子でもなければ、常に居場所を知られているくらいなんでもないってこと?
慧ちゃんの性格上あり得ない話でもないとは思うが。それはそうとして、着目すべき点がもう一つ。
俺以外にもアプリで監視されている、監視したい対象がいるという事実だ。口振りからして俺や慧ちゃんだけでなく……。
「……他の一年組は?」
「入ってるっスよ。あー、でも、アレっす。このアプリはアタシだけっス。みんなゼ○リーやってるんで。操作ミスって声聞かれるのは流石に恥ずかしーみたいで、ユーキちゃんと真琴氏がこっちなら良いよって」
互いの位置情報が分かる、こちらもストーカー御用達のアプリだ。瑞希にゴリ押しされて、俺も何だかんだで使っている。最も有効活用しているのは愛莉。学校でもすぐに押し掛けて来る。
でもあれって、それこそ恋人とか家族とか、確固たる信頼関係が無いと機能しないというか。友人同士でおいそれと使って良いものではないと思うのだが。
要するに有希も真琴も、小谷松さんに位置情報だけは把握されている。ストーカー紛いの行動を受け入れていると? そして俺と慧ちゃんは扱いが同じ?
……あれ? ちょっと待て?
もしかして俺、なにか壮絶に勘違いしてた?
「あのな慧ちゃん。ちょっと聞いて欲しいんだけど。俺の名推理」
「おーっ! どんなのっスか?」
「……男ってさ。すっごい勘違いしやすい生き物なんだよ。小谷松さんみたいな可愛い子にGPS使って居場所を把握されたり、声を聞きたいとか言われて、こう思わない方がおかしいんだ。俺のことが好きなんじゃないかって」
「ほーほー」
「……そうじゃないってこと?」
「あぁ~~…………だと思うっスよ?」
えぇ~~そうなんだ~~……。
「もう一か月以上も一緒なんでだいたい分かるんスけど、セーラちゃん、すっごく依存するタイプなんスよ。あー見えて一人でいるのが耐えられない子みたいっス」
「……常に繋がりを求めている的な?」
「そーそー、それっス! 岡山にいたときも、仲の良い子にベッタリくっ付いて離れなかったらしいっスよ。今もツイ○ターで連絡取ってるっス」
「やってるんだ、ツ○ッター」
「アタシが教えたんスよ。そしたら速攻でその地元の子見つけてたっス」
「別にラ○ンで良くね?」
「そっちはやり方がよく分かんないって」
逆だろ普通。ツ○ッターの方が難しいだろ。
「セーラちゃんなりの信頼なんスよ。アタシも最初はビックリしたっスけど、でも突き放すのも悪いじゃないっスか。別に嫌な気分でもないし」
「愛されてると思えばな。手段はともかく」
「先輩もセーラちゃんの『信頼出来る人リスト』に入ったんスよ! マジ誇っていいと思うっス!」
決まったとばかりにグーサイン。許容出来ない。俺にとっては誇りじゃなくて矛そのものなんだよ。その信頼とやら。
……なるほど。俺の余計な考察より、結びつきの強い慧ちゃんの話を信用した方が良さそうだ。精神衛生上的にも。
つまり小谷松さんは、俺を異性として意識しているのではなく、あくまでも信頼の置ける先輩として見ている。
先のビリヤード中のセクハラで違和感を覚えたのも、急に男特有の視線をぶつけられて戸惑ったに過ぎないというわけか。
ん、ちょっと待て。
ならあの日のやり取りは……?
「その岡山事変の日にさ、小谷松さん『他の先輩たちと勝負する』みたいなこと言ってたんだけど……これも俺の勘違いなのかな?」
「あーっ。それはアレっす。セーラちゃん陸上部の女子の先輩に、その仲の良い子を取られちゃったみたいなんスよ」
「取られた……?」
また初出しの情報が出て来た。深掘りし出すと止まらないな。早く戻って来て欲しいアイツら。これ以上聞くの怖くなって来たよ。
「入学してからずっと仲良しで、中学の頃も常に一緒だったみたいなんスけど……理由までは聞いてないんスけど、なんかのきっかけで、その子が先輩たちにすっごい好かれるようになったらしいんスよ」
「……ほー」
「それで段々と疎遠になっちゃって……ほら、自分からは強く行けない性格じゃないっスか。だからその子が先輩たちと仲良くなって、自分から離れるのを眺めてることしか出来なかったって」
「……な、なるほど……っ?」
「いまツイ○ターで連絡取ってるのも、セーラちゃんなりのリベンジなんスよ。で、多分、ヒロセ先輩もアタシらも、同じように思われてるっス」
俺たちが地元の友達と同じ扱い?
三年と二年組はそうじゃないと?
「別にフットサル部の先輩が苦手とか、嫌いなわけじゃないっスよ。『優しい人ばっかりで逆に困る』とか言ってましたし」
「なら勝負するって……?」
「何だかんだでセーラちゃん、アタシらが先輩たちと仲良くしてると『自分のモノを取られた』みたいに思って、妬いちゃうんだと思うっス。でもそれが嫌だって言えないから、アプリとかそーゆーのに頼っちゃうんじゃないっスかね?」
「……納得するような、しないような」
「現にセーラちゃん、このアプリもゼン○ーも先輩たちには使って欲しいって言ってないっス。ヒロセ先輩だけっスよ」
取りあえず三年組もゼ○リーのヘビーユーザーであることは黙っておくとして。
まぁ、なんだ。なんとなくは分かった。俺が思っている以上に小谷松さん、複雑な子なんだな。
ストーカーアプリで俺たちを監視したがるのも偶々ミクルに手段を与えられたからで、あの子の性格上、自然な成り行きだったんだ。
だが……まだ納得は出来ないな。慧ちゃんの言い分が正しいのなら、俺だって有希や真琴、慧ちゃんを『取ってしまう』先輩の筈なのに、俺だけ彼女たちと同じ括りに入っているのはおかしい。
それこそ慧ちゃんも関知していない『男女の差』が理由なのではないかと、どうしても同じ悩みへ回帰してしまうのだが。
「ふぃ~、出した出した。捻り出したわ」
「まったく、相変わらず覚えが悪いな貴様はッ! 今日からこのミクエル死海文書を読み込み勉学に励むのだ! 良いなッ!」
「ひいい~!? こんな分厚いんかぁ……!?」
それぞれ用事を済ませようやく三人が戻って来た。内緒話はここで終わり。小谷松さんはまだ宿題がありそうだが。なにが死海文書だ。どこから取り出した。文香に関しては、もう何も言わん。
慧ちゃんの秘蔵トークは大変参考になったが、やはり本人へ問い質すのが一番早いだろう。今日中にその機会が訪れるかどうか……。
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