804. アボカド
お昼過ぎには学校終わりと思わしき学生が少しずつ増えて来て、どのコーナーも好き勝手使えなくなって来た。
フードラウンジで適当に飯を詰め込み、スポッチョはもう十分楽しんだということで、下の階にあるカラオケへ移動。
学生の遊びでは一二を争うところだが、俺をはじめフットサル部連中はカラオケにあまり縁が無い。愛莉と琴音が嫌がるからだ。省くのも可哀そうなので滅多に候補へ上がらない。偶に二人を馬鹿にする目的で訪れる程度。
「にしても、なんでこんなに安いんスかね? 誰かクーポン持ってたんスか?」
「先輩パワーだよ。崇め奉れ」
「ははぁーっ! ヒロセ先輩、最強っス!!」
ここでも店員の勘違いが起きた。
学割よりも安いファミリー割で通されたのだ。
恐らく俺と慧ちゃんが夫婦で三人が子どもにでも見えたのだろう。確かに背は高いけどさ。身長だけで判断してるじゃん。いじけてる文香のフォロー俺の役目なんだぞ。余計な仕事増やすな。
選曲や歌っている様子を事細かに記すと闇の勢力に殺されると噂で聞いたので、ざっくりジャンルだけ紹介。慧ちゃんはパンクロックが好きなようで、ミクルはアニソンばかり歌っている。小谷松さんはマイクすら握らない。
「別に笑ったりせえへんと好きなん歌えばええのに。ほれっ、これならどや?」
「ご、ごめんなせー。そりゃ分からん……」
「勧めるならメジャーな曲にしてやれよ」
文香はよく分からないマイナーなバンドの曲ばかり。まったく詳しくないが、好きなレーベルがあるらしい。ちゃんと映像が付いている謎。
「なんやねんこの歌、別れ話の縺れでアボカド投げ付けるて。創作にしてももっとマシな表現あるやろ」
「実話らしいでこれ」
「だったらもっと怖えーよ……」
気持ち失恋ソングが多い。俺に伝えたいことでもあるのか、特に意味の無い選曲なのか判断に困るところ。
さっきの曲が頭から離れない。投げたってことは、皮を剝いていない状態か。部屋中に匂いがこびり付きそうだ。嫌だな。暫くアボカド食べたくないな。
「飲みモン取って来る。栗宮さん、何がええ?」
「ブラックポーションを所望するッ!」
「……ぶらっく、ぽー……?」
「ええいじれったいッ! 我に着いて来るが良い! 貴様には今一度、天界の仕来りを叩き込まねばならん……ッ!」
さっきからずっとコーラを飲んでいるから恐らくコーラのことなのだろうが、小谷松さんに厨二言語の解読は早過ぎる。
ミクルは彼女を連れていった。文香も『おしっこおしっこ~』と一緒に部屋を出る。せめてボカして欲しい。
と、ほぼ同じタイミングで料理が運ばれて来る。奢りだからって好き勝手頼みやがって、カラオケのご飯高いんだぞ。
「何故にアボカドサラダ……?」
「さっきセラ先輩が歌ってたんで! 食べたくなっちゃったっス!」
「どういう神経をしているんだキミは」
先のMVに出て来た球体のソレではない。きちんと切り揃えられたアボカド。
ダイエットに効果的、森のバター、なんかオシャレ等々の謳い文句で、若い女性を中心に市民権を得た野菜。野菜なのだろうか。そこからして怪しい。
いつの日か愛莉もお弁当にアボカドを入れて来た。彼女の『健康だから』という文言には納得していない。森のバターとダイエットに効果的って、既に矛盾してるじゃん。デブの代名詞だろバター。
「先輩もどーぞ! 食べれますよねっ?」
「まぁ嫌いではないが……」
「ビタミンAと食物繊維がいっぱい入ってて、血液サラサラになるっス! 脂質も多いからちょっと食べるだけで栄養補給にもなるんスよ! 食べ過ぎには注意っスけどね! すぐ太っちゃうんで!」
筋トレと体力作りが趣味の彼女が言うのなら正しい情報なのだろう。だが気は進まない。
あの歌から察するに、俺はアボカドを食べるのではなく投げ付けられるのが正しい人間だからだ。げんなりする。
なんでもアボカドは動物にとっては猛毒で『なんで人間が食べられるのか逆に不思議』とテレビで話していたのを聞いた。
不思議、じゃねえよ。もう食べてるんだよこっちは。美味いんだよ。普通に。余計困るんだよ。
「帰って来ねえな。アイツら」
「ドリンクバーのメニュー一個ずつ解読してるんじゃないっスかね?」
「慧ちゃんミクルの言ってること分かるの?」
「いや、適当に合わせてるっス」
いよいよ理解者が誰もいない。アボカドが女性に人気な理由くらい分からない。きっと分かるのは比奈だけだろうな。どっちも。
「おっ、ついに歌うんスか!?」
「文香いないし、今のうちにな」
「えー!? 可哀そうっスよ~!」
「なんかヤだ。アイツに聞かれるの」
なんとなく慧ちゃんの好みに合わせて、ノノに教えて貰ったパンクロックの曲を選ぶ。ボーカルの世界観が強いバンド。
声が高過ぎてキモイのが逆に良い、とノノは言っていた。それを歌いこなす俺を見て普通にキモイとも言っていた。不満。
歌い終わると慧ちゃんは惜しげもなく拍手を送る。こういう場面でスマホを弄ったりしないで、真摯に聴いてくれるのが慧ちゃんの良いところだ。なんというか、人間が出来ている。尊敬しちゃう。
「いやぁ~~上手いっスねぇ~……!」
「はいはいどうもどうも」
「先輩、見た目に反して結構声高いっスよね。初めて喋ってるところ見たとき、フツーにビックリしたっス。ほら、体験入部のとき」
「あー。偶に言われるわ」
「もっとダンディーで渋い声なのかと思ってたっス。そーゆーとこもギャップがあってモテるんスかね~?」
「んなんギャップのうちに入らねえよ……」
茶化すわけでもなく真剣な顔でそんなこと言うものだから、妙に照れてしまう。誤魔化すようにストローを咥え緊急避難。
急に二人きりになってしまったのも良くなかった。受付で夫婦と勘違いされたのが原因でもないだろうが、なんだか恥ずかしい。だって慧ちゃん、普通に美人さんなんだもの。他の要素デカ過ぎて忘れがちだけど。
「サラダ、全部食べてええよ」
「え、マジっスか! やった~! いやぁ~、こーゆーとこのサラダって意外と侮れないんスよね~。自分で作るのとはまたちょっと違って、新鮮っス!」
屈託のない笑顔を広げサラダを掻き込む慧ちゃん。親父さんが一切家事をしないから、料理も自分で作っていると前に話していたな。この子の場合、料理というよりコミットか。
「先輩っ! アボカド!」
「……いや、だから全部食べてええって」
「健康第一っス!!」
もういいよアボカドは。
余計なこと思い出したくないんだよ。
フォークにそれをブッ差し向けて来る。俗に言う『あ~ん』スタイルだが、慧ちゃんは一切気にする素振りを見せない。
仮にも華の女子高生が、俺みたいなアボカド塗れの人間にやめてほしい。一生の汚点になっちゃうぞ。
「美味しいっスよね!」
「うん、だから美味いは美味いんだよ。慧ちゃん、そうやなくてな……」
「ほえっ?」
「……こういうこと、男相手に気軽にやるもんちゃうで。俺はまだしも、他の男なら勘違いすっから」
「…………え、それってアレっすか? アタシのこと好きになっちゃう的な?」
思ってもみなかったのか、大きな瞳をパチクリさせポカンとした顔をしている。こんな表情すらも可愛らしい。中々の破壊力だ。涙を呑まされて来た同級生も沢山いるんだろうな……。
「……いやぁ~~。それは無いっスよ~! アタシみたいな女っ気の無い奴に男が惹かれるわけないじゃないっスか~!」
「今まで彼氏とか居なかったのか?」
「ノーノー! 年齢イコールっス!」
「自慢げに仰られても」
他の一年組や上級生と比べても見劣りしない美人さんだと思う。ただやっぱり、このサバサバした性格で隠れちゃうんだろうな。男勝りというか、実際男を上回っている部分が多過ぎるし。
(って、なに考えとんねん……ッ)
どうして俺はこうまでして、慧ちゃんを女性として意識しようとしているんだ。有りもしない展開を無理やり引き寄せるような真似を。
……まぁでも、そうなんだよな。慧ちゃんはともかく、俺にとっては小谷松さんも、もっと言えば文香だって、本来は女性という枠組みから少し離れた存在で……だからこの期に至るまで悩んでいるんだよなぁ……。
「なぁ慧ちゃん。一個相談なんやけど」
「ほえっ?」
「小谷松さんって、俺のことどう思ってるのかな」
「セーラちゃんスか? そりゃあもう……」
最後に残ったアボカドをフォークにブッ差しモグモグと咀嚼。慧ちゃんはこのように語り出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます