803. そりゃもう色々
複合レジャー施設スポッチョ最大のウリは、数十種類以上のスポーツが簡易的に楽しめるアクティブコーナーとのこと。
屋上へ、なるほど見て納得。バスケにバドミントン、テニス、そしてフットサルのコートが一帯にすし詰め状態。アーチェリー、パターゴルフなんかもある。体力さえあれば一日いても飽きないような場所だ。
変哲も無い平日なだけあって、子ども連れの家族が少しいるくらい、ほぼ貸し切り状態。目を離したうちに慧ちゃんは小谷松さんを連れバドミントンで遊び始めていた。ローラースケートでの衝突事故もなんのその。元気過ぎる。
「偶には他のスポーツもええもんやろ?」
「気分転換には悪くないな…………で、なに乗ってんの?」
「ミクエル任せたで~」
スイスイと平行運動で奥へと消えていく文香。セグウェイだ。いつの間に借りたんだ、乗るの上手過ぎだろ、俺もあとでやらせろ、と幾つか言いたいことはあるが、もういいや。
「おい貴様、あれはなんだ!」
「だから先輩と呼べ先輩と……バブルサッカーやろ。やってみたいのか?」
「ほほう。あわあわ魔導大戦、とな……この
なんとなく知っている。半透明の柔らかい球体を被って行うサッカー。テレビで何度か見掛けたことがあるが、ボールそっちのけでぶつかり合いまともに試合になっていなかったな。
お目々の輝きが止まらない興味津々のミクル。バブルを被り臨戦態勢。これだけ色々な競技が揃っているのに、結局足でボール蹴るのかよ。別に良いけど。
「二対二で試合しましょーよ! これなら先輩にも勝てるかもっス!」
「めっ、めーが見えん……ッ!?」
二人も集まって来て四人でやることになった。キャストさんに装着を手伝って貰う。見た目は大きなビーチボールのようだが、人が入る部分は穴が空いている。構造は巨大な球形の浮き輪に近い。
中に取っ手とストラップが付いていて、球体ごと背負う感覚だ。結構ずっしりと来るな。小谷松さんは重量で早くもフラフラだ。
「じゃあ、先に二点取った方が……」
「先輩ご覚悟ぉぉオオオオォォーーッ!!」
「うぉおぉッ!?」
早速慧ちゃんの猛チャージに遭いブッ飛ばされる。同じバブルを背負っているので体重差もあまり関係無い。目も回るし体力も削られるし、意外と難しい。足元が見えない。ドリブルが出来ない。なんだこれは……ッ!
「ヴぇああ嗚呼アア゛アアア゛アー゛ー!!」
「ひええええエエぇぇええ゛ッ!?」
「わははははっ!! なにこれぇやばぁ!! 超面白っどわホァァァァ!?」
バイ~~ンと気の抜けた音が重なり、みんなして芝生を転げ回る。分かった。これはサッカーじゃない。アメフトだ。実質。
ボールを蹴ろうにも無理やりブッ飛ばされるのでロクに試合が成り立たない。逆に守備は簡単だ。ぶつかれば良いだけだから。
「行けミクル! ジェットストリームアタックや!」
「ううぉおおおおオオオオ!! 死に晒せええええェェエエエエーーッ!!」
「ギやア゛ア嗚呼゛ァァァ゛ァーーッ!?」
ミクルが慧ちゃんを吹っ飛ばしドリブル、そのままシュート、ゴール。日頃散々フィジカル負けして鬱憤が溜まっているのだろうか。
「クッ……! 栗宮ちゃんの癖に、生意気っス! 格の違いというものを思い知らせてやるっスよ!」
「フンッ! 貴様如きが我に歯向かおうなどと百年早ァァ嗚呼゛アアアア゛ァァ゛ァァ゛ーーー゛ー゛ッ゛!!」
「聖堕天使ミクエルーーーー!!」
助走をつけ物凄い勢いでミクルをブッ飛ばす慧ちゃん。あまりのパワーにミクルはネットまで吹っ飛んでいった。
やはり元々パワーのある、というより足腰の強い奴が有利みたいだ。もはや敵味方関係無く全員ブッ飛ばしゴールへ突進。
「先輩センパイッ! これ超楽しいっス! 練習にも取り入れましょーよ!」
「ぜぇ、ゼェッ……こ、こんな沢山買えねえよッ……そもそも一個の相場が分からん……ッ!」
「相撲しましょうよ相撲ッ! サークルから出た方が負けっス!」
ボールもそっちのけで二人をブッ飛ばし一人無双状態。空気が薄くて俺ですら酸欠なのに、元気だ。エネルギー半分分けて欲しい。
真面目な筋トレでも遊びでも関係無い。力勝負なら慧ちゃんのワンマンショー。ぽかぽか陽気の下、喉かで平和過ぎる時間が過ぎていく。
十分も走り回るとすっかり汗だくになってしまった。小谷松さんはベンチで休憩、もといお昼寝中。慧ちゃんは同じく死屍累々のミクルを連れ回しバスケに夢中だ。身長差があり過ぎるのでまったく勝負になっていない。
こちらもアーチェリー、パターゴルフ、セグウェイなど一通り体験し更に奥のゾーンへ。ここは……バッティングか。
「もしかしてずっとやってる?」
「誰もおらへんし~」
ヘルメットを被り恰好だけは一丁前な文香。130キロの直球を軽々と打ち返している。地味に左打席。
お花見のときに話していたが、俺がレフティーになったのは天然の左利きである文香に影響を受けたかららしい。覚えていない。いつもの虚言癖だろどうせ。
「誰の真似?」
「カネモト。見りゃ分かるやろ」
「分かるかよ」
こじんまりとしたフォームからあわやホームランという会心の打撃。野球選手は本当に詳しくない。SHINJOしか知らない。
今でこそフットサル部の一員である文香だが、元々はサッカーより野球の方が好きで、子どもの頃はキャッチボールによく付き合わされていた。と言っても幼稚園の微かな思い出で、詳しくはやはり覚えていないが。
「しかし上手いな」
「せやろ~。ウチもよう分からへんねん、でも昔っから得意でなぁ」
一度も空振りをしない。動体視力が良いのだろう。偶に見せるアクロバットなプレーや度肝を抜くボレーシュートも、この目の良さが根源というわけか。男を見る目は無さそうだけどな。なんて、敢えて自分から言う。
「甲子園、結局行けてへんな」
「お前がこっち来てもうてるやん」
「ほんならハマスタでもええよ」
「興味ねえ~」
「ちゃんとルール教えたるから~」
正月にそんな話をした。次に帰って来たときに野球を観に行こうなんて。割と乗り気だったけど、ここから甲子園はあまりに遠い。ハマスタも場所が分からない。実を言えば野球もほとんど関心が無い。
文香と一緒なら場所も内容も、動機付けさえなんでも良かった。幼少期の思い出をなぞりたいのではない。今の俺たちが、二人でなにが出来るか。どこまで行けるのか知りたいだけだ。
「普通におんねんなあ。お前」
「あっ? どゆこと?」
「……別に。なんでも」
春休みは色々なことがあり過ぎて、すっかり印象が薄れてしまっている。でも、ちゃんと嬉しかった。普通に嬉しかったんだ。文香が引っ越して来て、また一緒にいられるようになって。
まだ二か月も経っていないのに、同じアパートで暮らしていることも、部屋でゲームをしたり漫画を読んだりして暇を潰す時間も、こうして何気ないきっかけで遊びに行くことも、当たり前の日常になりつつある。
意外と言えば意外なのは、俺たちが思いのほか普通の幼馴染をやっていることだ。好意こそ口に出してくれる彼女だが、それ以上の進展は見えていない。俺も俺でそんな距離感が妙に心地良くて。
「なぁ、文香」
「んー。どしたー」
「……喧嘩売ってええ?」
「おー。買うたるわ」
打ち合わせるまでもなくゲージを出て、打席を代わる。ヘルメットは、別に良いか。どうせ振っても当たらないし。ボールは足で扱うものだ。棒で打つものじゃない。
「お前、色々知っとるやん」
「色々って?」
「そりゃもう色々。俺がみんなと何しとるのか」
「まぁ聞こえるしな。特にあーりん」
「……どう思ってんの?」
「…………ウザイなぁ~、って」
気の抜けた返事にバットは空を舞う。なにを表したいのかは定かでないが、つまるところ会心の当たりには程遠い。
「それだけかよ」
「やめろ言うてもやめへんやろ。ほんなら見て見ぬふりするしかないやん。女の甲斐性ってな」
「……我慢していると?」
「ん~……それもちゃうねんなあ。まぁ慣れたっちゅうのもあんねんけど……よう考えたら、そもそもあんま興味無かったんよ、シンプルに」
……興味が無い?
「別にウチ、はーくんとそーゆーことするために上京したんちゃうし。なんなら今こーやって一緒におるだけで、結構楽しいで。半分くらいは達成しとるわ」
「なら、もう半分は?」
「…………分からん」
「分からんって、お前な」
「分からんモンは分からへんよ。ウチもなんか足りひんような気がしとる。せやけど、そーゆーのやないってことだけは分かるわ」
要領を得ない回答だ。彼女が幼馴染以上のモノを望んでいるのだとしたら、次に向かうべきは恋人で、それこそ皆と繋いだような関係だと思うのだが。
「まっ、ええやん別に。今のままでも。どーせ暫くは一緒におんねん、無理して焦らんでもどうにかなるわ」
「……そんなものかね」
「アカンなぁ。はーくん。毒され過ぎやわ。何でもかんでも突っ込めば解決するわけちゃうねんで。男と女は」
「俺はええけどアイツらに言うなよそれ……」
結局彼女も深いところまでは教えてくれないらしい。まぁでも、分からないのなら誰も答えることは出来ないし。急いても意味の無い問答か。
「しっかし、ちっとも当たらへんなあ」
「お生憎、手で扱う競技は縁が無くてな……アカンな。当たる気せんわ」
「バットだけご立派や意味無いっちゅうわけや」
「どこ見て言うとんねん変態が」
「はーくんほどやありませ~~ん」
下半身を凝視しヘラヘラと笑う文香。お前がそーゆーことを考えるように仕向けているんだろうが、と咎めようにも、その資格も無いような気がする。
お前と言い小谷松さんと言い、今までの相手とはまったく異なるタイプ過ぎて、どうすればいいかサッパリ分からない。別にアイツらが単純だとか、そういう話でもないんだけど……。
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