795. 二日後にピークが来る
『父兄の皆さんお疲れさまでした! 筋肉痛は二日後にピークが来るのでしっかり労わってくださいね! さぁここからは午後のプログラム! 実況は引き続き奥野、解説は茂木くんに代わり暇していた二年D組市川ノノさんが担当します!』
『やぽぽぽぉぉーーい!! 午前で個人競技全部終わっちゃってクソ暇してた市川ノノa.k.aノートルダムでーーーーすッ!!』
『おおっ、テンションが高い! やり易い!!』
『抑えめでも行けますけどどうしますか』
『……お任せしますっ!』
身内ノリの加速する実況席は然るべく放っておくとして、まずは午後最初の種目。二人三脚だ。こちらは全学年ごちゃ混ぜで行われる。男女ペアでの参加なので見る側やる側問わず人気の競技とのこと。見慣れた顔も何人か揃っていた。
「コミュニケーション取れるのかよ」
「¡Perfecto! ヨユーノヨッチャン!!」
「おっ! 先輩方も一緒の組だったんスね! 負けないっスよぉ~!」
ルビーと慧ちゃんも同じレースを走る。
意気込みはともかく縁面通り受け取るべきか。
ルビーは足首を固定されてからも好き勝手動き回るので、ペアの男子はエライやり辛そう。言葉通じないし、途中で修正効かないから大変だろうな。
一方、ペアの男子とほとんど背丈の変わらない慧ちゃん。足並みを揃えキビキビと動いている。これは強敵の予感。
でも勝たないと。貴重な休日が筋トレオンリーで終わってしまうのは嫌だ。よしんば負けたとしても普通のデートにしてやる。
「一位狙うぞ、比奈。しっかり着いて来いよ」
「えぇ~、どうしよっかなぁ。強気過ぎても女の子は引いちゃうんだよ~?」
「……温泉でもなんでも行ってやるよ。ただし日帰りで済むと思うな。潤った分だけ徹底的に吸い尽くしてやる」
「わ~いやった~♪」
「なにを暢気な声でお前は」
どう足掻いても比奈相手に主導権は握れないので、取りあえずやる気だけは出して貰うとする。多少の犠牲を払っても一位を、個人賞を取りたい。例えこちらが吸い尽くされようとも。
景品が俺だというのなら、俺が個人賞を取れば誰を休日のお供に選ぼうと自由な筈だ。これなら最悪、有希が受賞出来なくても問題無い。
克真のことは応援しているけれど、俺と有希の関係はまた別の話だ。一日、いや半日だけでも良い。二人だけの時間を作りたい。
『二人三脚第11組、注目選手が目白押しです! 午前の騎馬戦で大活躍を見せた一年A組の保科慧さん、大玉転がしのルールを把握しておらず玉に乗ろうとした二年D組シルヴィアさん! 活躍が期待されます!』
『ノノが嗾けました』
『そして子どもの頃にロクな思い出が無かった三年A組の廣瀬陽翔さん! ペアを組むのは同じフットサル部の倉畑比奈さんです! 比奈ちゃん頑張れ~!』
『ラッキースケベ期待してまーす』
実況は余計な茶々を入れるし解説は仕事をしない。激しくやる気を失う。ペアダンス覚悟してろ奥野この野郎。手ェ繋いだ拍子に投げ飛ばしてやる。
グラウンドを半周するので、カーブでいかにスピードを落とさないか、直線でどこまで加速出来るかが勝負のカギとなる。ピストルを合図に一斉にスタート。
『おーっとシルヴィアさん、ペアの男子にまったく気を遣わずゴリゴリ進んでいくーーッ! ルールも情けも一切無用だーーッ!』
『シルヴィアちゃんはもっと人を疑うということを知るべきだと思います』
『敵と味方どっちなんだーッ!!』
ついに足を取られ盛大にズッコケるルビー。またノノが変な入れ知恵をしたようだ。ともかくライバルが一組減った。
その横を颯爽と駆け抜ける慧ちゃんペア。やはり息ピッタリだ。なんとか追い掛けるが少し距離が開いてしまった。
なんせ俺と比奈では20センチ以上の身長差。肩を組むのも一苦労、歩幅もまったく合わない。密着する身体や汗の匂いを楽しむ余裕も無かった。不味い、このままでは大衆の面前でイチャイチャしただけで終わってしまう!
「陽翔くんっ、掛け声掛け声!」
「どれで行く!?」
「温泉にしようっ!」
「他にもっと無かった!?」
必死なので頭が回らない。素直に従い『おん、せん!』『おん、せん!』のリズムで足並みを揃え慧ちゃんペアを追撃。意外にもしっくり来るもので、段々と差が縮まって来た。若干ペースは落ちたがスムーズに走れている。
時として欲望は大きな力となる。少し下を向けば意外にも存在感豊かな双丘が迎えてくれるし、比奈の浴衣姿なら毎秒見たい。加速する足並み。そして劣情。
「ヤバイヤバイヤバイ!! 後ろメッチャ来てるっス! そうだっ、アタシらも掛け声やるっスよ!」
「え、なにを!?」
「フロント、ダブル、バイ、セップス、ポーズ!!」
「合わない合わない合わないッ!!」
俺たちに感化されたのか慧ちゃんも謎の掛け声を始める。が、五拍子でリズムが取り辛くなってしまいペアの男子は大混乱。一気にペースが落ちる。
『市川さん、あれはどういう意味なんですか?』
『フロントダブルバイセップスポーズ、腕を上げて上腕二頭筋をアピールするボディビルの王道ポーズですね。正面の筋肉が全て見えるので、逆三角形の仕上がりがハッキリと分かります。またの名をコロンビアです』
『なんでそんな詳しいの?』
『アニメ見て筋トレハマってたんで』
『あぁ~あれ面白かったよね~!』
実況席が不要不急の雑談で盛り上がるなか、最後のカーブに差し掛かったところでペアの男子がバランスを崩してしまう。
慧ちゃんも引き摺られるように転倒。これはチャンスだ……ごめん慧ちゃん、こればっかりは譲れない!
「おん!」
「せんっ!」
「おんっ!」
「せんッッ!!」
「……やったぁ~~!!」
他の組を引き離し、見事一位でゴールイン! よし、これは大きい!
慧ちゃんペアの失速を突いた棚ボタの一位だが、勝てば何でも良いのだ。A組で一位になったのは俺たちが唯一で、皆からも拍手で歓声で出迎えられた。
「お二人とも、いつまで足を繋いでいるのですか」
「ていうか、比奈ちゃん近すぎ!」
「だって繋がってるんだも~ん♪」
「いやだから、外せば良くない!?」
「諦めろ長瀬。ひーにゃんの匂わせたがりは今に始まったことじゃない」
「アンタはどういう感情なの……ッ?」
戻って来てからもテープを外さない俺たちに愛莉と琴音は軽く不貞腐れていた。瑞希は端から諦めている。俺も分からない。何かを悟っていることは分かる。
次の組はオミと橘田が出場するようだ。ちゃっかりこちらでもペアを組んでいたのはもう触れないとして、皆はもう既に二人の応援に集中している。
「良かったね。ちゃんと一位になれて」
「んっ。ありがとな比奈」
「陽翔くんがペースを合わせてくれたから、上手く走れたんだよ。凄いよね、スタートよりスピードは落ちちゃったのに、勝っちゃった」
体育座りのまま甘える子猫のように肩へ寄り掛かる。今は注目されていないとはいえよくやるものだ。
余裕で受け入れちゃうけど。良い香りする。走った後なのに。汗すら良い匂いとは。女の子ってズルい。
「慧ちゃんのペアが脱落してくれたからな。あれはラッキーやったわ」
「ううん。そうじゃなくて……陽翔くんがわたしのペースを考えてくれたから、足並みが揃って……最後は同じくらい速くなったでしょ?」
「打算と欲望に支配された結果やけどな」
「良いんだよ。それでも。結果的に一位になれたんだから……意外と難しいんだよねえ。自分では合わせているつもりでも、相手からしたらまだ早かったり、逆に遅かったり。ピッタリ重なるのって、本当に大変だよね」
前髪をふらっと垂らしてクスクス笑う。思わせぶりな発言だ。何か裏があるとしか思えない。なんて、だいたい分かっていたけれど。
「バレンタインのときと、同じなのかもね。もしかしなくても」
「……有希の話?」
「お互いのことを考え過ぎて、一番大事なものが見えなくなって……遠慮し過ぎたり、近過ぎてぶつかっちゃったりね。恋愛って、暗闇のなかを二台の車がライトを付けず並走するようなものだから」
「俺ら、ぶつかったことあったっけ?」
「無いよ。だってわたしたち、恋愛じゃなくて、とっくに愛し合ってるから。二人とも同じ車に乗っているの。実は最初から、ね」
「ハンドルはお前が握っとるな。間違いなく」
「あははっ。確かにそうかも」
急にロマンチックなことを言うもので、久々に肌を晒さずともドキドキさせられてしまった。頭からつま先まで女の子の比奈らしい意見だ。若干重いけど。
なんだ。つまり俺とあの五人は同じ車両でドライブしていて、まだ有希とは並走しているとでも言いたいのか。それともマウント取ってるのか。逆に。
「いつかはどっちかがハンドルを放して、隣の車へ飛び乗らないといけないの。すっごく危ないし、もしかしたら事故になっちゃうかも。でもそうしないといけない場面って、やっぱりあるんじゃないかな」
「手放したつもりが無いのだが」
「そう? 少なくともあのハロウィンの日に、陽翔くんはこっちの車に飛び乗って来たんだって、わたしは思ってるよ」
「分からんでもないが話が遠い」
ギリギリ理解出来なくもない。確かにあの日を境に俺は、比奈を友達として、部活仲間としてでなく、一人の女の子として強く意識し始めた。正確には、意識していることを認めたのかもしれない。
「陽翔くんにとっても大きな賭けだったと思う。でもそのおかげで、わたしたちの関係を大切に思う以上に、自分の気持ちへ素直になれた。そうでしょ?」
「……まぁ、せやな」
「だから有希ちゃんとの関係も、同じことが必要なんだと思う。そんなに難しいことじゃないよ。だってわたしたち、温泉に行きたい一心だけでこんなに足並みが揃ったんだもの。簡単に思えて来ちゃうでしょ?」
「それは流石にゴリ押しやろ」
「一緒だよ。一緒。陽翔くんはもう、ハンドルは手放してるから。あとは上手く飛び込むだけ……ねっ?」
それっぽいことを言う様だが、要領を得ているとも断言し難い。小難しい流れへ持って行って、結局答えは曖昧になる。
彼女も決して恋愛強者なわけではない。ただロマンチストで妄想豊かなだけだ。演出家だが役者向きではない。よく知っている。
そして同じくらい演技が下手くそで、体裁にばかり拘ってしまう俺。わざわざ裏を取らずとも察することが出来るのは、やはり彼女の言う通り、同じ車に乗っていた何よりの証左なのだろう。
「頑張ってね。陽翔くん」
「いっつも頑張ってるよ。俺は」
「勿論知ってるけど、今回は特に、だよ。温泉、本当に期待してるからね?」
「個人賞取ったらな」
「はいはい、分かってますよ~…………本当に、頑張ってね。どっちもハンドルを放したら、大変だよ」
「んだよ。声小さくて聞こえへんわ」
「おっぱい見過ぎって言ったの♪」
「ごめんなさい」
たかが二人三脚から大袈裟な話だ。
まぁ嫌いではなかった。
案外。いつものように。
さて、次の出番はペアダンス。俺は無理やりでも飛び乗る覚悟だとして、有希はどう出て来るのだろう。更にギアを上げるのか、それとも。
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