796. 違う、違うよ
ペアダンス。学年で完成度を争うわけでもなく、ポイントが入るわけでもない。箸休め。余興も余興である。
にも関わらず学校中が楽しみにしているのは、誰にも文句を言われず茶化されることもなく、異性とお近付きになれるからだ。
よしんば恥じらいがあるとしても結局全員やるのだから、仕方ないの一言で隠し通せる。
くじ引きで決められるパターンもあるが、他のクラスは希望制を取っていたりして、カップル同士が堂々とイチャついたり、片思いの相手と距離を縮めるきっかけになったり。様々な関係性が垣間見え傍から眺める分にも結構面白い。
「でも、言うほどペアダンスか?」
「実行委員のチョイスに偏るしな。二年はそーゆーカンジなんでしょ」
爆音で流れる音楽。隣に座る瑞希がよく聞いている、流行りのK-POPだ。あまり詳しくはなかった。BLTとかそんな名前のグループだった筈。
僅か一週間弱の準備では練習不足も否めず、お世辞にも良いパフォーマンスとは言えない。大半がグダグダでまともに踊る気の無い連中も多数。
一方、輪のド真ん中でキレキレのステップを披露する金髪コンビ。ノノとルビーだ。一応ペアの男子がいるらしいが、途中で相方をほっぽりだし勝手に二人でオリジナルの振り付けを始めた。周りと全然動き違うから超目立ってる。
「ああいう微妙に空気読めないところが女子に嫌われんねんアイツ」
「分からないでもないけど……まぁ良いんじゃない、盛り上がってるし。シルヴィアと一緒に嫌われるなら本望でしょ」
リハ無しの一発勝負だから目立ってしまえばこっちのものだ。乾いた笑いを溢す俺と愛莉だが、歓声にアイドルさながらのパフォーマンスで応える二人に限ってその心配も不要か。そういう星の下の生まれなのだ、アイツらは。
「しかし酷いですね。文香さん」
「琴音が言えた口じゃねえけどな」
「ダンスは減点対象に入らないのでしょうか」
「なんでそんな強気に出れるんだよお前」
一人真面目に踊っているのがつまらなくなったのか、文香もペアの男子を置いて輪の中心へ混ざり始めた。だが酷いカクつきようだ。錆び付いている。油と関節が明らかに足りていない。直線だけで構成されている。ウケる。
結局あの三人が良くも悪くも大いに目立ち二年のダンスはアクシデントもなく終了。
存在自体がアクシデントそのものと言えばそうだが。特筆事項、無し。
続いて一年生の出番。こちらはスタート前からエライ盛り上がりぶり。特に三年生が。
勝手も分からず馬鹿正直にペアで踊らされ、上級生に可愛いだ初々しいだ好き放題言われるのだから可哀そうのなんの。
「ねえハルト、これなんの曲?」
「ウエディングソングらしいで」
「いま『二年以内に別れる』とか歌ってなかった? 聞き間違いよね?」
「いや多分合っとる」
「…………変な曲」
「時代や。時代」
愛莉は心なしかげんなりしている。ノノが好きなバンドだ。ヤバすぎるなんとか屋さん。俺と同郷らしく、こないだ教えて貰った『喜志駅周辺は面白いものがなにも無い』という内容の曲は非常に共感するものがあった。変な曲だとは思う。
「見て見て~聖来ちゃん顔真っ赤~! 可愛い~♪」
「ウザい上級生の手本やなお前ホンマに」
比奈の掲げるスマホへ収まるは、ペアの男子とまるで呼吸が合わず拙い演舞を披露する小谷松さん。サッカー部の奴が相手と言っていたが、結局本番でも連携は取れなかったようだ。方言の壁は厚い。
フットサル部勢はなんと言うか、本当にいつも通りだ。慧ちゃんはずっと楽しそうだし、真琴はかったるそうだし。性格が出るな。
ミクルは練習に参加していないので動きが分からないのか、微動だにせずその場にポケっと立ち尽くしていた。誰か摘まみ出せ。
(……やっぱり見てるよな。俺のこと)
平常運転の四人は心配無用として、やはり有希だ。最初から注目して見ていたのだが、彼女も割と早い段階で俺を見つけたようで。
克真の手をしっかり握り、拙くも真面目に演技をこなしている。が、明らかに視線はこちら向きで、隙あらば俺の様子を窺っていた。
なんだか妙に挑発的な目だ。よくよく観察すると、鼻息も荒いように見える。疲れているだけかも分からないが。
克真との仲を見せ付けて『さあ嫉妬しろ』とでも言いたいのか……ともかく、個人賞を起因に何らかの目的を持って体育祭へ挑んだのは間違いないようだな。
すると最後のサビ。なんと、男が女性陣をお姫様抱っこするパートが。そんなに長い時間でも無かったけど。
放置されているミクル、相方との体格差がデカ過ぎた慧ちゃんは回避(失敗)するが、他の三人は抱っこされている。これはムカつく。普通に。
「お~。結構グイグイ来るな~」
「凄いですね……」
「にふふっ。あとでハルに頼んでみたら?」
「……時と場所は選びます」
「あ、違う、違うよくすみん。そんな甘々なリアクションは求めてないよ」
上級生の黄色い声援が矢継ぎ早に飛び交い、ペアダンスは締めへと向かう……ちょっとズキっと来るな。練習からこんなことをやっていたと思うと、嫌でも相手を意識してしまうのではないかと邪知も膨らむ。
退場時までご丁寧に手を繋ぐ演出のようだ。個人プレイが目立った二年生とは異なり、徹頭徹尾しっかりペアダンスという感じ。
はあ。苛々する。片思いってこんな気分なのかな。この期に及んで味わう羽目になるとは。
克真が終始デレデレなのは微笑ましいまであって、もうなんでも良いけど。有希お前さ。その笑顔は駄目だよ。転がし過ぎだって。
「先手は取られちゃったみたいだね?」
「……ハッ。逆に嫉妬させてやるわ」
「それはそれでわたしが不満なんだけどねえ~。真奈美ちゃん羨ましいなぁ」
「己のくじ運の無さを恨め。不正常習犯め」
「えぇ~? なんのこと~?」
比奈の余計な茶々も振り切ったところで、いよいよトリ。三年生の出番だ。
余談も余談だが音楽は一年と同じバンドの曲。可愛い、かわFとか言ってる曲。意味は分からない。ノリだけがひたすらに良い。
「いやぁ~結構緊張しちゃいますなあ」
「練習足りてへんと尚更よな」
「四人の機嫌損ねないように気を付けないと~」
「ええよそんなこと考えへんで」
所定の位置に付きペアの奥野さんと合流。そう、フットサル部の誰かではない。何故か奥野さんが相手である。嫌ではないが、ちょっと悲しくはある。
付け焼刃のダンスにどんな思いを込めようと事足りないが、せめてもの抵抗だ。下手くそなりに楽しんで踊ろう。
余計な駆け引き持ち込みやがって。メチャクチャ仲良さそうに見せて『またライバルが増えたのか』と勘違いさせてやる。
「そうだそうだ、タイミング無くて渡すの忘れてたよ~。はい、よろしくね」
「……え、なにこれ」
「あれ? 聞いてない?」
見覚えの無いTシャツを手渡される。
って、なんだ。みんなシャツ持ってるな。
途中で着替えるのか? そんな段取りあったっけ?
「あぁ~、そっかそっか! 一昨日の練習バイトで抜けちゃったんだっけ? 最後のサビ前に着るんだよ」
「着てどうすんの?」
「みんなで二人を囲うんだよ。ダンスは練習した通りで大丈夫だから! ほらっ、始まる始まる!」
「おっと!」
お喋りも程々に音楽が流れダンスが始まった。妙に緊張するのは奥野さんと手を繋いでいるからではなく、皆のご両親からガン見されていると分かっているからだ。マジで恥ずかしい。でもちゃんとやらないと。
ぶっちゃけほとんど練習出来ていないので、他の四人がペアの男子とどんな様子だとか、気にしている余裕はまったく無かった。一年みたいな過度に密着するパートが無いからまだマシだけど。
「あははははっ!! やばいって廣瀬くん!油差した方が良いよっ!」
「喧しいわッ!」
しかも奥野さんがゲラゲラ笑いっぱなしでロクに集中出来ない。クソ、ダンスなんて生まれてこの方まるで縁が無いのだ。
実は文香のことを手放しで馬鹿に出来ない。所詮は瑞希のTikT○kに付き合わされ笑われる程度のダンス力だよ。
覚えたてホヤホヤの振り付けも大方片付いた頃、曲は最後のサビへと向かう。メロディーがゆったりめになったところで、何やら皆に動きが。
そうだ、ここでさっき渡されたシャツを着るんだ。マジでなにも聞かされてないんだけど、ここからはどんな流れなんだ……?
「廣瀬くん、こっちこっち!」
「なに!? なにが始まるの!?」
「……サプライズだよっ!!」
手を引かれ端っこへと移動。
皆で大きな輪を作るような陣形に。
ここは練習通りだ。
ダンスの上手い人たちを真ん中に集めて目立たせるのだが……ん、おかしいな。明らかに練習のときより人数が足りない。というか二人しかいない。
一組のペアを除いてみんな端に寄ってしまった…………って、あれは!?
「オミと橘田!?」
「本家と同じ展開なんだよっ!」
「そんなエグイ仕打ちある!?」
曲を覚えるついでに楽曲のミュージックビデオも少しだけ拝見した。男がフラッシュモブと共にプロポーズするのだが、女性はフラッシュモブが嫌いで最後は失敗に終わるという酷いストーリー。
よく見ると着せられたシャツには『付き合え』と太文字で書かれており、みんなのシャツにも『お似合い』『好き』『キスしろ!』などの文字が。
「同じ展開って、まさか……ッ」
「動き止めないで! 踊って!」
「アカンって!! 止めなアカンってこれは! だって失敗するやんあのビデオ! オミはともかく橘田やろ!? 丸きり同じ流れなっとるやん!!」
二人だけ中央に取り残されてしまったオミと橘田は、皆のしてやったりな悪どい笑顔に囲まれ大慌て。でも一応踊っている。
突然フューチャーされた二人に、下級生たちは大興奮。物凄い声援だ。これ、どうするんだ。まさか曲が終わったら……!?
「酷いこと考える奴もおるな……」
「いやはや、実行委員は私と大ちゃんなんだよね~。そして私は生徒会役員でもあるという……誰にも止められないのですよ!」
「どうなっても知らんぞ……ッ!」
奥野真奈美。ただのお腐れ女子かと思いきや、比奈の友人に相応しいネジの外れた恐ろしい女であった。決して敵には回さないでおこう。
そして谷口くん。キミもこの手の悪ノリに加担してしまうタイプなんですね。まぁ嫌いでもないけどね。距離を置こう。
「ち、ちょっと、なんなのよこれッ!? 練習と全然違うじゃないのよ!!」
「…………会長!!」
BGMが止まる。グラウンド中に響くはキスしろチューしろ告白しろの大合唱。
甘酸っぱい青春の一ページとは思わない。地獄も地獄だ。当事者なら尚更。
だがここで折れない、へこたれない、流されてしまうのがオミの長所で、ある意味本当に駄目なところ。雰囲気に圧され橘田の肩をギュッと掴み取り。
「えぇぇ~受け入れちゃうんだ~……」
「薫子ーっ! おめでとーっ!!」
その合図から一瞬の静寂を待って、グラウンドは狂喜乱舞の大歓声に包まれる。本家のビデオとは異なり、サプライズは大成功に終わった。
……なんかもう、有希の件がどうでもよく思えて来る。全然思った通りに運ばない。やだもうこの体育祭……。
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